幼なじみの有効期限は?

羽月☆

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9 そんな偶然には喜べなくて

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暑い日が続く。洗濯物を干して空を見る。
このまま干しっぱなしで、今日は遅くなってもいい。
雨なんて降る様子もない。
気分のいい日。デート日和。

ただ自分は実家に帰る電車の中。
しかも心の中はこの上ない曇天。

駅から実家に帰る道も暑い。
あのころと変わってないはずなのに体にこたえる気がするんだけど。


玄関を開ける前、一瞬だけ、隣の家を見た。
前に偶然一度だけ会った。本当に久しぶりに。
就職してすぐのころだった。

真奈さんと一緒に母さんに頼まれた物を買いに、スーパーまで出かけた、その帰りに。
ビックリした顔のしおりに初めて、本当に初めて『タスク』以外の名前で呼ばれた。
なんで・・・・、ショックだった。

しおりの声で呼ばれたその名前が、自分の名前だと思うのに一瞬の間が必要なくらいに。他人の様に、本当にただのお隣さんのように。

『元気?』と聞いてきたのに、答えも待たず『じゃあね、バイバイ』と言われた。


僕は『真田さん』って呼ぶべきだった?
『しおり』って呼んじゃいけなかったの?


しおりが玄関に入ってドアが閉まるまで立ちすくした。
真奈さんがいなかったら、その背中を追いかけて行っただろうか?

そんなこと出来てるなら、引越しのあの日にすぐに出て来て、せめて手を振っただろう。

すごく寂しくなるよと、素直に言えただろう。

それよりもっと早く、いろんなきっかけとタイミングで話しかけただろう。


隣の家から視線をそらして自分の家に入る。
すごく離れた遠くを見てた気分になった。

しおりは今頃・・・。
きっとあの後、あの男の部屋に行ったんだよな・・・・・。


鍵を開けて玄関の取っ手を掴む手に力が入る。
中に入ってただいまを言っても、奥で返事があるだけ。

そのまま洗面台に直行して頭から水浴びをする。
びしょ濡れのTシャツも脱いで、タオルで拭く。
いっそシャワーを浴びたほうが良かっただろうか?

着替えを持ってきている。

脱いだTシャツは洗濯物に混ぜ込んでおく。
さっぱりしてリビングへ行くと涼しい部屋に皆がいた。


「遅くなりました。」
「お帰り。暑かったでしょう?食事は?」
「お腹空いた。」
「もうすぐ届くから待ってて。」


母親と会話して空腹をなだめる。
甥っ子の琉輝はつかまり立ちが出来るようになったらしく、テーブルに手をついたままの不安定さに大きなお尻が揺れてる。

「琉輝、すごいなあ、もう立てるのか?」

後ろから抱える。
我ながらこんなに甥っ子が可愛いとは思いもしなかった。
暖かくもほっと心を癒してくれる存在。
まだまだ性格も未定。
兄貴に似ないで欲しい、祐おじさんをいじめるなよ。
後ろからあやしながらその背中にグリグリとおでこをくっつける。

何とも言えない甘いにおいがする。

クンクンと匂いを嗅いでたら殴られた。
「変態。」兄貴だ。
「何だよ、赤ちゃんはいい匂いなんだよ。別に男の子だしいいじゃないか。」

何で殴るんだ。
お腹を抱えて背中にぐりぐりしていたら刺激になったのか大きな音とともに何やらかぐわしい匂いが・・・・。

「さすが俺の息子だ。スカンク並みの攻撃力。」

ひどい、琉輝。何も今じゃなくても。
傷心の祐おじさんを癒してくれないのか?

「ごめんね。」

そう言って真奈さんがお風呂場へ連れて行った。
琉輝のご機嫌な声がする。

「祐、これ招待状な。」
「うん。ありがとう。」
「ねえ、洋服持ってないから貸してよ。」
「祐、成人式に作ったのでいいでしょう?」
「え、入るかなあ、太ってはいないと思うけど・・・。」
「成長したって言うのか?」

分からない。

「あとで着てみる。兄貴の借りれると思ったのに。服もネクタイも。」
「まあな、合わないようだったら貸してあげるよ。」

ご機嫌な声がやってきた。
真奈さんと琉輝が帰ってきて、すぐ後にピンポーンと。
母親が出る。お寿司が届いたらしい。
空腹の体が喜びの声を鳴らす。
ぐ~。
昨日の夜からほとんど食べる気もおきずに、ただただお腹が空いてる。


「お前、なんとも言えない弟だなあ。ちゃんと独り暮らしできてるのか?」
「出来てるよ。そこそこ自炊してるし、掃除もしてきれいだし。」
「えらそうに、どうせ暇なだけだろう?」

その通りだが。

「しおりちゃんには会ってるのか?」

なんでこのタイミングに名前を出すんだ。最悪!

「会ってないけど、何でだよ。」

見かけはしたけどな、しかも昨日。

「別に、聞いただけ。」

睨んだような、眉間に皺を刻んだ状態でそっぽを向く。
結局あのデパート自体にはまだ入れてないのだ。
うっかり会ってしまいそうで、まったく気付かれなさそうで。
・・・・どんな反応が帰ってくるのか分からない。

でもお店に入らなくても見かけたのは、残念ながらうれしくない偶然だった。

昨日もまたいつものようにゆっくりとした足取りで、お店の前を通り過ぎようかどうしようかと考えていた。

ちょっと前を急いでいるような足取りでしおりが通り過ぎた。
そんな偶然と思ったけど、間違えないと思う。

信号を渡って向かいのコーヒー屋さんへ入っていった。
しばらくそのコーヒー屋を見ていた。中に行ってみようか、それとも。
信号待ちをして入り口を見ていたら出てきた。

やっぱりしおりだった。
自分の知らないよそいきの笑顔で。
その隣には男がいた。スーツをしっくりと着こなした男が。
自分に気がつかないしおり。隣の男ばかり見ていた。
そして二人は角を入っていった。

信号が青になって通りを渡ったけど、さすがに同じように角を曲がることもせずに駅に向かった。
彼氏だろう。仕事終わりに待ち合わせていたのだろう。

ショックでしばらくただただ歩いた。
危うく信号を無視して通りを渡るところだった。

自分がしおりを見つけようが、うっかり見つかろうが、もしくはまったく気づかれなかったとしても、それはなんてことはなかったらしい。
あんなに店の前でどうしようと思ったことすべてが、まったくの意味のない逡巡だったらしい。


「で、タスクは好きな子とかいないのか?」

とかってなんだかわからないが、いないという事実は変わらない。

「別に。」
「わが弟ながら、まったくもてないとは・・・・情けない。」
「ほっとけ。」

似てない兄弟なんだから。
いいとこ全部持っていきやがって。

ちょっとしたコンプレックスはあるが、年齢が離れてたために意識することはなかった。ほとんど一人っ子のように育ったんだから。


お寿司が届き、父親も酒を買って戻ってきた。

「祐、お帰り。」
「ただいま、父さんが行ってたの?」
「ああ、ついでがあったからな。」

一同揃って広がるご飯を前に手を合わせていただきます。

寿司なんて久しぶりだ。うどんとかドンブリが多いのだ。
飲みに行った時に、時々刺身を頼むけど居酒屋では今一つ。
結局居酒屋定番の枝豆、唐揚げなどが多くなる。
琉輝が伸ばす手をひっこめられながらも、何とか大人に混ざろうとする姿も可愛い。

「兄貴だけ幸せでいいよな。」

琉輝とそれを見守る真奈さんを見ながら愚痴る。

「祐もあと六年後にはこうなってるかもよ。」

母親の願望だろうか?

「そうだよ。それまで男を磨け。俺の弟だから素材は悪くないはずなんだ。」
「光輝さんとタイプが違うだけです。優しそうだし、絶対モテますよ。」

真奈さんに言われた。お世辞でもうれしい。
兄の上から目線の言葉にも縋りたいくらいの今の自分。
真奈さんの優しさは一層自分にしみこむ。本当にいい人だ。
しおりに似てるんだろうか?
ちょっと見つめたけど、首を振って考えないようにする。

思い出したくない。
もれなく隣の男の存在まで思い出す。

目のまえのお寿司に集中した。
少しじわっときた涙は、多めに入ったワサビのせいに違いない。

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