スパイ気取りが仕掛けてくる取引には用心すべきです!

羽月☆

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6 私の部屋にたどり着くまでの道のりと導かれるための方法。

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黙ったまま、駅まで来た。
気分的にはやっとというところだろうか。
無駄に伸びた背筋もちょっとぐったりと緩めてあげたい。
私の部屋にも電車で帰れる。
初めてのここからだって問題ない。

駅へ続く階段を見ていたら、立ち止まられた。


「後少し、お酒を飲みに行かない?」

明るく聞かれた。相変わらず軽く誘って来た。
断っても罪悪感はないくらい。軽く断れるくらい。

ごめんだ、帰りたい、グダグダしたい。

そうすぐに答えたかったのに、私の表情を見ても笑顔満点のまま、断られるとは思ってないみたいだ。
ここで断ったらどんな切り返しが来るのか、楽しみたい気持ちもあるけど。

「ご馳走します。」

別にそこは・・・まあ、普通に。
今返事したら、そこに惹かれたみたいだし。


「もしかして、すごく寂しがり屋なんですか?」

「同情してくれるならそれでもいい。でもほら久しぶりの恋愛成就でもう離れたくないって思いがモリモリと心と体を支配して・・・・。」



「久しぶりなんですか?」

ペアのカップは歴代彼女何代も使いまわされたもの?
一緒に揃えたとしたら捨ててもいいかも。
物に罪はないと考えるタイプで拘らないのかもしれない。


「本当にいろいろ考えてるみたいだね、難しい顔してる。その質問以外何か気になるの?ちなみに久しぶりなのは本当・・・・二年・・・とは言わないけど。」

「そうですか。」


「・・・・・それで、返事はどうなったんだろう?」


「すみません、忘れてました。」


「もしかして、嫌われてる?嫌がられてる?」


「それ、笑顔で聞きますか?」


「うん、さっきちょっとだけはくっついた記憶があるから、自信はあるんだけど。」


「・・・・そうですか。」

気のせいだとは思えませんか?長い瞬きの間寝ていたとか。


「じゃあ、行こう。すごく美味しいんだよ、雰囲気もいいし、絶対一緒に行きたいって思ったんだ。」

イエス・ノーの返事はしてない私。
ただ、そう言われて手を取られて脇道へ歩き出した。

あと少しで駅への階段を上るところだったのに。

思わず90度の進路変更。
それでも振り払わずに歩く自分にも呆れる。


ひたすら迷走するふたりの会話と行動。

いつもほどヒールの無い私はオフモード、休日モード。
それでも一応しゃっきりとはしてる。
最初からグダグダをさらすほどだらしなくはない、それに外だし、やっぱりあの部屋限定だし。
戦闘態勢じゃなくても、スッと背筋は伸ばしてる。

そのつもりなのにどこかに隙があるのかもしれない、もうずっと振り回されてるのだから。



たどり着いたのは本当に小さな入り口のお店だった。
壁にドアが一つ。小さなお店のプレート。
夜にはそこにポッと灯がつくみたいだ。


「もうやってるんですか?」

「うん、大丈夫。週末は早いんだよ。」

どこを見て判断すればいいのか分からない。


さっきの紹介からも何度も来てるんだろう。
歴代の・・・まではいかない女性とだって・・・・この二年の間にも・・・。

ドアを開けた。
中の人に声をかけて入った。

その内に腰に手が来た、グッと来た。

お店の人が誤解しそうなくらい。
まだまだ知り合いを少し過ぎたあたりです。
そう言いたい。


お店の人の視線が私を向く。
軽く頭を下げた。

『久しぶりに違う女を連れて来た。』
そんな風に見られてるんじゃないかと、恥ずかしい。
そうだとしたら歴代の人の顔を思い浮かべてるかもしれない。
数人横並びにされてるかもしれない。


相変わらずの腰の手に押されるように奥のカウンターテーブルについた。

数人がカウンターでお酒を飲んでいた。
部屋で一人で飲むのを寂しいと思う同士はいるんだろう。
ただ、その人たちと知り合いじゃなかったのは助かった。
年齢もちょっと上だと思う。


「初めてですね、一人じゃないなんて。」

「でしょう?へへへ・・・・。」

「ごゆっくり。」

深くは聞かれなかった。助かった。
そして藤井さんも変な笑いで終わらせてくれた。
ここで運命論を語られたら、迷わずおしぼりを口に入れて黙らせる用意は出来ていた。

メニュー表を渡されて、見る。

本当に初めてなのか、相手が変わるたびにそんなやり取りがなされてるのか、判断保留だ。

サービス業の人だし、その辺はそつがないのか、クルクル変わり過ぎてもはや礼儀だと思ってるのか分からない。
それでも素敵な人だった。
その笑顔には嘘はないと思いたくなるほど。



「すごく素敵な人ですね。接客の所作も綺麗です。」


そういったら強引に肩の向きを変えられた。


「意地の悪いことを言わないでよ。やっと連れてこれたのに。それにマスターには可愛い子供もいます。」

「褒めただけです。いろんな職業の人を見るのも社会勉強です。」


「じゃあ、僕は?まったく記憶にも残ってなかったけど。あの時差し出したスリッパにはガラスの靴レベルの恭しさを添えたのに。」

思い出したいけど、まったく。

「スパイはあんまり印象に残ったらダメなんじゃないですか?」

「だからスパイを名乗る前は気持ちは王子様だったのに。」


首をかしげる。


「まあ、いいや。お酒を決めようか。」

本当に珍しくがっかりした声を出す。

夕方までお互いに押して引いて、本当に友達のような掛け合いが出来る仲になったと思う。
本当に同期にいてもいい。

もはや年上感もなくなってきた。

おすすめのカクテルを試して、満足して、お代わりして。
お酒の話や、お酒の上の失敗など普通の会話だった。
あまりお互いを探る感じはなかった。

それはもう自然にいれたくらいに。


駅まで送ってもらって、すんなり別れた。
さすがに今度は引き留められなかった。


部屋に帰ってやっとため息をついてダラダラと出来た。

「あ~、疲れた~。」

まだ夕方を過ぎた頃。
でも足が疲れた。
おしゃれな高さのスツールに座っていたりしたんだから、足は疲れる。
プラプラすることもたまにはあったけど、やっぱりソファの上にあげてゴロリと横になるのがいい。

お酒も美味しかった。
いい店を知ってるじゃないか、さすがに年上で手慣れてるだけはある。
だいたいお酒をと誘ったのに飲んでなかったのだ。
大人しくソフトドリンクを飲んでいて、私だけがお酒をお代わりしていた。
何でだかは分からない。


ああ、思い出しても笑顔しか出てこない。
厄介な駆け引きを持ちかけて来ながら焦点をずらすような会話が続いて、結果なんとなくうまくまとめてる。
途中まで間違って突き進むタイプの営業をしてないかと思ったけど、あれはあれで作戦勝ちみたいなところがある。

面倒の後にほろりと言われたら、なんとなく納得してしまうのだ。
ああ・・・・・しまったなあ、今までにないタイプを楽しめるかもと、期待してる・・・・。


落ち着いて考えよう、明日明日寝る寝る。


携帯を手にして、寝室によろよろと入り込んだ。

すぐに眠れると思ってたのに、頭の一部は覚醒してるみたいだ。

夢のような思考の中、思ったより本格的なスパイの話が出来てたみたい。
舞台がロシア、とんでもない美女の登場に見とれたくらいだった。ただ相手がそのまま藤井さんの軽さを持っていて、ぼんやりと面影も藤井さんで、まったく相手にされてなくて、スパイ映画というよりただのロシア美女のナンパ話に落ち着いた。日本語で話をしてくれたから本当に軽さが分かった。

やっぱりスパイにはなりきれてないんじゃないかと思う。
未だにはっきりしない関係と曖昧な情報量しかない間柄だし。


そんな夢のような映像の感想をぼんやりと思っていたら、携帯が震えた。


お休みが言いたいのだろうか、藤井さんだった。

遠慮もなく横になったまま、目を閉じて携帯を耳に当てた。


「はい。」

「藤井です。」

「はい。」

「もう寝てましたか?」

「半分くらいはそうかもしれません。」

「眠れそうですか?」

「そうですね。お休みを言い忘れたなんて、思い出しもしなくて。」

「まだいいですよね。」

「・・・・。」

眠いのに。
そう思っても電話が手から落ちるほどの寝落ちの気配はない。

「会いたくて・・・・・会えませんか?」

なぜ別れるまでに言い出さなかったんだろう。
まったく具体的な誘いはなかったじゃない。

そして今なの?

「無理そうですか?」

「大丈夫です。どこにしましょうか?」

時間と待ち合わせの場所を決めよう。後は明日でもいい。
なんなら電車の中のやり取りで決めてもいい。

「有希さんの方で。最寄り駅はどこですか?」

ここに来て個人情報を仕入れることにしたらしい。

駅名、駅近くの美味しそうなお店を聞かれて教えた。
ただ、最寄り駅は教えた気がするのに、忘れたの?
ダメなスパイじゃない?
そして何故かバス停を聞かれた。
駅近くのお店だから必要ない情報なのに。
部屋の大体の場所も聞きたいらしい。
バス停の名前を教えた。
丁度向かいに公共施設があるから分かりやすいはずだ。


「マンションの名前は?」

「それは必要ですか?」

「部屋の前は無理でも玄関まで行きます。」

お店の待ち合わせでも全く問題ないのに。
だから教えない。
代りにバス停沿いのコンビニにあるフリースペースを教えた。
ガムでも買ってもらってそこにいてもらえればいい。

そう思った。

電話の間、はっきり音楽が聞こえてた。
ボーカルはない、ボサノバのようなリズムの音楽だった。
そんな感じが好きなんだなあと勝手に情報を読み取った私。
しばらく独り言のような喋りを聞いていた。
時々寝言のような反応を挟んでいたら。


「ああ、分かりました。ありました。」

喜色を帯びた声に目を開けた。



「ここで待ち合わせでもいいですが、やっぱり来てもらうのは悪いので部屋まで行きます。」



「もしかして、下調べしてますか?地図見てますか?」

「いえ、ちゃんとたどり着いてます。ここからどうすればいいですか?」

大きくバタンと音がした、音楽はいつの間にか消えていた。

何?

音楽の代わりにいろんな雑音が入る。明らかに部屋の中じゃない。

「何をしてますか?」

「部屋に案内されようとしてます。コンビニにたどり着きました。あとはまっすぐですか?きっと曲がるんですよね?もしかしてバス停まで引き返した方がいいですか?」


「今、その道をたどって・・・・どうしたいんですか?」


「だから会いたいんです。お部屋へご案内お願いします。」



「誰の部屋ですか?」

「もちろん有希さんの部屋です。一人で近くまで来れたんです。電車で行けるところで良かったです。と言っても、実際は車で来たんですが。パーキングも見つけたので問題なしです。」


「夜ですが?」

「本当にもう暗いです。それでも分かりやすいバス停で助かりました。」


「知人を訪ねるにも、あんまり常識とは言えない時間じゃないですか?」

「確かに大人の常識ではそうですが、彼女だったら問題ないですよね、恋人ならもっと問題なしです。」

「・・・・。」


「あの、ちょっと一人でずっと立ってるのも寂しくて。せっかくここまで来れたんですが、やっぱりダメですか?」


「『せっかく』というのは藤井さんの勝手な言い分です。それに『やっぱり』と思ってくれるほどの常識があるんですか?」


「そこは、お互いの関係性と考え方と・・・・まあ、気持ちの盛り上りです。」


「会いたいと言って、いいですよと言われたら、もう盛り上がるしかないです。」

それより前に近くに来てただろうに。

「そもそも、明日の話をしてましたよね?」

「いえ、そんなことは一言も言ってません。」

「それはわざとですよね。」

「敢えてです。」

「それを普通は『わざと』と言うんです。」


言葉が途切れたらしい。
静かになった携帯。
さすがにおかしい。
おかしいというのは異常という意味の、非常識という意味のおかしいだ。
面白いという意味じゃない。
こんなトリッキーな事をされたら『楽』なんて言えない。


「ちょっとおトイレに行きたくなってきました。」

「まさかコンビニのトイレに行けとか冷たいことを言いますか?・・・・トイレを貸してください。すみません。」


もはやため息しか出ない。
本当にトイレに行きたいのか問いただす気力も湧いてこない。
じゃあ、トイレが済んだら帰ってくれる?


「ああ・・・・トイレ・・・・。」

「コンビニの隣を曲がってください。」

分かりやすい自分の部屋。本当に目印のコンビニ、というくらいそこからは近い。
入り口にマンションの名前も出ている。
そこを間違えなければ、オートロックの呼び出し番号を間違えなければ、エレベーターで違う階に降りなければ・・・。

間違いもせずたどり着いたらしい。

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