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16 どんどん自分の居場所が小さくなる気がする頃。
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1人で時間をずらしてコンビニにいた。
いきなり後ろから名前を呼ばれて振り向いた。
「秘書課の大曲さんでしょう?」
「はい。」
そう答えたけど、私は知らなくて。
「ごめんね、急に声をかけて。経理の平木と言います。研修に来てくれるのを楽しみにしてたんだけど。なくなったみたいね。」
「はい。営業とデザイン課だけになりました。」
平木さん、確か二人が仲良くなれるんじゃないかって言ってた人だった。
偶然声をかけてくれたんだろうか?
それとも朝陽さんが?
「いつもランチはどうしてるの?上司と一緒?」
「時々一緒ですが、たいてい一人で何かを買ったりしてます。」
「そうなんだ。なかなかフロアが違うから知り合えないよね?良かったら一緒にお食事しない?」
「はい。うれしいです。いつでも・・・・多分大丈夫です。」
「じゃあ、さっそく今日の仕事終わりは?」
「はい、特別何も言われなければ、大丈夫です。今のところは大丈夫です。」
「じゃあ、連絡先交換しよう。都合が悪くなったら連絡してね。私もするから。」
「はい。じゃあ終わったら連絡します。」
「うん、連絡し合おうね。」
買い物をしないで出て行った平木さん。
手を振って別れた。
うれしい。
やっと知ってる人が出来たから。
ヨーグルトを買って、バランスバーも何本か買って引き出しにしまった。
お母さんにも連絡して夕飯を断って。
すごく楽しみにしてたのに、なぜか社長と同行して外に出ることになった。
トイレで急いで平木さんに連絡した。
「すみません。急に社長と同行することになりました。時間が分からないし、帰ってこない確率が高いです。楽しみにしてたのに、今日はダメになりました。すみません。また誘ってください。」
急いでそう送った。
すぐに返事が来た。
「分かった。残念。一応明日のランチ予定していい?また連絡し合おう。じゃあ、行ってらっしゃい。」
そう書かれていた。
すぐにキャンセルなんて、本当に短い予定だった。
ちょっとだけため息が出る。
社長と2人だとすごく緊張するから。
トイレから出て、いつでも出れる準備はしておいた。
声をかけられた。
「後10分くらいで、出るから。」
「はい。分かりました。」
朝陽さんに見送られて、社長と外に出た。
一ケ所、人に挨拶に行ったくらい。
それでお終いだった・・・・。
それだけ?
何で誘われたんだろう?
部屋を出る時に朝陽さんが社長とご飯でも食べてねって言ってた。
冗談だと思ってたのに、本当にレストランに連れていかれた。
時間はまだ早い。
いい具合にハッピーアワー。
さすがにお酒を勧められても、頼めなかった。
ノンアルコールカクテルという見た目おしゃれなお酒もどきを飲む。
だってハッピーアワーだし。
でも少しも盛り上がらない二人。
だって今までだって朝陽さんか教授が間にいたから。
「通勤には慣れた?」
「はい。大丈夫です。」
「この間は、ありがとう。でも朝陽には叱られた。朝陽じゃなかったら行かせなかったし、怪我だったとしたら、鍵は渡さずに商品だけ届けてもらってた。電話をもらった時具合が悪そうだと思って、だからお願いしたんだけど。」
「はい。朝陽さんには言われましたが、別に・・・・信頼してる上司です。あんまり深くは考えませんでした。それに本当に辛そうで、熱がかなりあってふらふらしてて。あの時は自分も役に立ったと思いました。一緒に出張に行くよりもよっぽど役にたったと思えました。」
「そんなに役に立つとか立たないとか、思い込まなくてもいいけど。でも助かった。ありがとう。」
「はい。鍵は朝陽さんに返しました。」
「ああ、もらった。」
お互いに鍵を持ってるんだろうか。こんな時のためにだろう。
「もし、朝陽の事を、特別に思ってるなら、朝陽には今は特別な人はいないらしいよ。」
しばらくして、そう言われた。
その意味を理解した気がして、思わず社長の顔を見た。
「別に反対はしない。自由だし、仕事をしてくれるんだったら、他は自由でいいと思ってる。それ以外の他の社員にもきつく言ってたりはしてないから。もし、そうならということだけど。」
「言われてる意味はなんとなく分かりました。でも、どうしてそう思うのかは分かりません。全然思い当たりません。すごくお世話になってる大切な上司です。大切な上司の一人です。」
何故か言い直した。
言われたことはすごくショックだった。
全部私の事は任せてると言う姿勢で、ほとんど関わることがないくらい。
何もかもが朝陽さん経由で社長に届く今。
だからって、そんなことまで心配されてたなんて。
すごく話しやすい、いつも笑顔で、優しいから。
だって他に誰がいるの?
朝陽さんしか聞く人はいない。
もっと社長が、優しかったら、私だって二人に話しかけてたし。
社長が最初っから印象は変らず、あまり話しかけやすい雰囲気を見せてくれないから。
つい朝陽さんを頼ってしまう。
それだけなのに。
その後もさほど話はせずに、飲み物も一杯だけ。
食べ物も追加もせずに、仕事時間は終わりになった。
美味しかっただろう食べ物も、飲み物も、あんまりよく味わえてない。
本当は迷惑なんじゃないかって・・・・・、すごく心苦しくて、だから早く役に立ちたくて、頑張ってるのに。
次の日のランチタイム。
「昨日はすみませんでした。」
「大丈夫。社長のお供だったら断れないね。」
「はい、なんだか朝陽さんとは別行動だったらしくて。」
なんとなく理由は分かった。
でも今は思い出したくもない。
「大変?急がしい?」
平木さんが聞いてくる。
「いいえ、まだまだ全然仕事らしいことはしてなくて。ひらすら研修課題と朝陽さんからもぎ取ったような雑用です。」
「でも、きっと皆大曲さんから・・・ちょっと言いにくいから芽衣ちゃんでいい?」
「はい。どうぞ。」
「芽衣ちゃんから色々聞きたいと思ってるよ。今までフロアも別だし、全然接点がなかったから。あの二人がどうやって過ごしてるのか、いろいろと想像するじゃない?」
「普通ですが・・・・。朝陽さんは私には愛想がいいですが、社長にはクールです。でもすごく社長を立ててる感じが伝わります。社長はあのまま、クールなままです。めったにしゃべらないし、返事するくらいです。でも朝陽さんのことはすごく信頼してるのは伝わります。」
「そうだろうね。まあそんなイメージ。」
「今までもマイペースだったんだと思います。お茶をいれたり、机を掃除したり、そんなのは一切いらないと言われました。」
「うん、そんなの下の階でもやってないよ。新しい人っていっても年齢も上だったり下だったり、その辺は楽かもね。」
「営業で研修を担当してくれた人は、一番働いてるのは社長だって言ってました。仕事を取ったりすることもないから、ノルマもなくて残業もないって。」
「うん、だって経理だって、すごくシンプル。あんまり経費を精算してくる人がいないくらい。その辺は楽してる。お給料前と年度末は少しバタバタと忙しいんだけどね。」
「ああ、今月も来るんだ、来週だなあ。」
つぶやくように平木さんが言う。
「芽衣ちゃん、今度初めてのお給料でしょう?楽しみだね。」
「本当に頂くのが申し訳ないくらい、役に立ってないんですが。」
「いいんじゃない、男二人の部屋に女の子が入るだけでも明るくなるって。最初社内に流れた噂はね、郡司さんの姪っ子らしいって話だったんだけど、違うよね?名前がそうだから勘違いされたのかな?」
「違います。全然。」
ビックリですが。
それだと完全にコネ入社だってバレてます。
違うって言えないので、何とも言えませんが。
「それでも新人が入ってくるって珍しいから。」
「皆さん、本当に辞める人が少ないって聞きました。女性にとっても働きやすいと。」
「うん、そう思う。」
「早く役に立てるようになりたいです。」
「大丈夫、役に立ってるって。」
さらりとそう言ってくれた。いい人だ。
でも実際は違う。
無理に押し込まれて、行き場もなくて、その上、社長には変な誤解を受けてる。
「ねえ、今度皆で飲むときに誘っていい?」
「はい、お願いします。一人だと寂しくて。」
「そうだよね。ランチも誘う。芽衣ちゃんも何か愚痴りたかったり、話したいことがあったらいつでも誘って。駄目なときはお互いに駄目って言えばいいから。」
「ありがとうございます。」
ランチを終わりにして、別れた。
「まだまだ美味しいお店あるから、今度一緒に行こうね。」
そういって手を振る平木さんと別れて、一人上の階へ上がって行った。
トイレで歯磨きをして、深呼吸して部屋に戻る。
「ただいま帰りました。」
「お帰り、芽衣ちゃん。どうだった? 平木さん、いい人でしょう?」
「はい。また今度ランチに行こうとか、皆で飲みに行くときに声をかけてくれるって言われました。」
「良かったね。知り合いがいたほうが絶対楽しいしね。」
「はい、いい人です。」
やっぱり話しかけてくれるのは朝陽さんで。
社長とは一度も目が合わず、ずっとパソコンを見ている。
朝陽さんがこんなに笑顔で話しかけて気を遣ってくれてるから。
だから私だって笑顔で話をしてるだけなのに。
「そういえば、もうすぐお給料日だよ。楽しみでしょう?」
「平木さんにも言われました。でも就活が長くてバイトも出来なかったし、逆にセミナーでお金も使って。両親にずいぶんお金を出してもらったので、全部渡します。」
「そうなの?」
「はい、実は今月の分はお金を借りてる状態で。教授にお礼をして、家族で食事をして、それくらいにします。」
「あ、教授の贈り物、僕たちもする予定だから、何を買ったか教えてね。かぶらないようにするね。」
「はい。奥さまが楽できるものにしようと思ってます。ご飯のお供系です。」
「分かった。じゃあ、涼しげなお菓子にしようかな、ねえ、社長。」
「ああ、任せた。」
社長が会話に加わったけど、返事のみ。
ちょっとだけ顔を見ても視線はやっぱりパソコンを向いていた。
話に加わることもなく、顔もあげてもらえないけど、その話の内容はちゃんと耳に届いてたみたい。
仕事しよう。
いつの間にかお昼時間も終ってた。
あ、お母さんに連絡してない。お茶の時間にしよう。
平木さんとランチに行ったことを。
後、お給料で食事に行こうと誘うことも。
「芽衣ちゃん、これ頼める?入力に間違いがないか、確認してもらって、経理に送ってもらえるとうれしい。」
手にはたくさんの領収書とタブレットでは入力画面が開かれて。
書類の入力確認だった。
「はい、大丈夫です。」
「出来たら今日中で、金額を確認したら、経理課長に添付送信して、これを持っていって、渡して。いなかったら適当に誰かに声かけて、机の上に置いといてもらえればいいから。」
「はい、分かりました。」
うれしい、仕事らしい仕事。
「交通費は面倒だけど、これを見て、合わせてね。」
「はい。」
「じゃあ社長、一時間くらい留守にします。」
ええっ。いなくなるの?一時間も・・・・。
朝陽さんがどこかへ行って、とたんに部屋の空気が重くなった気がした。
とりあえず貰った仕事に集中しよう。
領収書は日付順に並んでる。どこにも入力間違いはない。
後は交通費を一つづつ確認していく。
問題ないと思う。
ほとんどの経費は朝陽さんが払い出し、社長は交通費くらい。
社長と朝陽さんは定期を持っているらしい。
電車で通勤してるみたいだ。
定期外の交通費を清算するために、別表がつけられてる。
参考にしてと言われたそれだ。
領収書は食品の購入が多い。
いろんなお付き合いのところに送っているらしい。
ひときわ大きな金額のところもあった。
分かりやすいように手書きで朝陽さんが宛先を書いてくれてる。
商品の内容も人数を踏まえてか、その個数も。
すごくたくさんの人に渡るように買ったから金額も上がったらしい。
その宛先の名刺は見た気がしないけど。
そのうち分かるだろう。
一通り確認して、言われたとおりに添付して送信する。
「社長、書類確認しました。経理に行ってきます。」
「ああ、よろしく。」
顔を上げてくれた。さすがに視線は合った。
でもいつものように短く答えられて、またパソコンに視線を戻された。
静かに部屋を出た。
経理の課長は在席で、領収書を渡して、メールの着信を確認してもらった。
「よろしくお願いします。」
そういって経理の部屋を出る。
下の階は部屋の仕切りはなく、キャビネットを区切りにして別れてる感じだ。
なんとなく数人の視線を受けてる気がする。
平木さんに小さく手を振られて、頭を少し下げて部屋を出た。
トイレに入り、お母さんに連絡をしておく。
平木さんと仲良くできそうだと書いたら、良かったねと返事がきた。
給料日祝いのレストランは近くのお店に予約をしておくと言われた。
「ただいま戻りました~。」
ノックをして部屋に戻り、つい元気に声を出してしまって後悔した。
社長しかいなかったんだ。
小さくお帰りといわれた。
すごすごと自分の席に戻る。
「社長、何かお手伝いすることありますか?」
顔を上げられた。
じっと顔を見られて、座れない。
「・・・・昨日、言った事だけど、もしそうなっても、出来たら下の階の人と仲良くなっても、言わないで欲しい。可能なら社外の友達と話をして欲しい。」
ぼかした会話ですぐには何を言われてるのか分からなかった。
今は手伝いすることがないかと、仕事のことを聞いたのに。
何で、今それを言うのかまったく分からない。
胸が重くなった。
「特に手伝ってもらう仕事はないかな。」
付け足すように言われて、視線をはずされた。
椅子に座ることはしないで部屋を出た。
下を向いてドアを開けたら、朝陽さんがそこにいて。
びっくりして見上げたら、朝陽さんも驚いた顔をした。
目礼して空けてもらった隙間を通るように部屋を出た。
気づいたかもしれない。
私の表情に、部屋の微妙な雰囲気に。
トイレにまた戻った。
昨日否定したのに。
最後には『そうか。』って言ってたのに。
やっぱり納得してなかったみたいだと分かった。
気にはして、ただただ心配してたらしい。
そんな変な噂が社内に広がることを。
自分の大切な会社の中、コネ入社の上に、その上司と・・・・って。
そんな事ないって昨日も否定したのに。
全然分かってないじゃない・・・・・。
いきなり後ろから名前を呼ばれて振り向いた。
「秘書課の大曲さんでしょう?」
「はい。」
そう答えたけど、私は知らなくて。
「ごめんね、急に声をかけて。経理の平木と言います。研修に来てくれるのを楽しみにしてたんだけど。なくなったみたいね。」
「はい。営業とデザイン課だけになりました。」
平木さん、確か二人が仲良くなれるんじゃないかって言ってた人だった。
偶然声をかけてくれたんだろうか?
それとも朝陽さんが?
「いつもランチはどうしてるの?上司と一緒?」
「時々一緒ですが、たいてい一人で何かを買ったりしてます。」
「そうなんだ。なかなかフロアが違うから知り合えないよね?良かったら一緒にお食事しない?」
「はい。うれしいです。いつでも・・・・多分大丈夫です。」
「じゃあ、さっそく今日の仕事終わりは?」
「はい、特別何も言われなければ、大丈夫です。今のところは大丈夫です。」
「じゃあ、連絡先交換しよう。都合が悪くなったら連絡してね。私もするから。」
「はい。じゃあ終わったら連絡します。」
「うん、連絡し合おうね。」
買い物をしないで出て行った平木さん。
手を振って別れた。
うれしい。
やっと知ってる人が出来たから。
ヨーグルトを買って、バランスバーも何本か買って引き出しにしまった。
お母さんにも連絡して夕飯を断って。
すごく楽しみにしてたのに、なぜか社長と同行して外に出ることになった。
トイレで急いで平木さんに連絡した。
「すみません。急に社長と同行することになりました。時間が分からないし、帰ってこない確率が高いです。楽しみにしてたのに、今日はダメになりました。すみません。また誘ってください。」
急いでそう送った。
すぐに返事が来た。
「分かった。残念。一応明日のランチ予定していい?また連絡し合おう。じゃあ、行ってらっしゃい。」
そう書かれていた。
すぐにキャンセルなんて、本当に短い予定だった。
ちょっとだけため息が出る。
社長と2人だとすごく緊張するから。
トイレから出て、いつでも出れる準備はしておいた。
声をかけられた。
「後10分くらいで、出るから。」
「はい。分かりました。」
朝陽さんに見送られて、社長と外に出た。
一ケ所、人に挨拶に行ったくらい。
それでお終いだった・・・・。
それだけ?
何で誘われたんだろう?
部屋を出る時に朝陽さんが社長とご飯でも食べてねって言ってた。
冗談だと思ってたのに、本当にレストランに連れていかれた。
時間はまだ早い。
いい具合にハッピーアワー。
さすがにお酒を勧められても、頼めなかった。
ノンアルコールカクテルという見た目おしゃれなお酒もどきを飲む。
だってハッピーアワーだし。
でも少しも盛り上がらない二人。
だって今までだって朝陽さんか教授が間にいたから。
「通勤には慣れた?」
「はい。大丈夫です。」
「この間は、ありがとう。でも朝陽には叱られた。朝陽じゃなかったら行かせなかったし、怪我だったとしたら、鍵は渡さずに商品だけ届けてもらってた。電話をもらった時具合が悪そうだと思って、だからお願いしたんだけど。」
「はい。朝陽さんには言われましたが、別に・・・・信頼してる上司です。あんまり深くは考えませんでした。それに本当に辛そうで、熱がかなりあってふらふらしてて。あの時は自分も役に立ったと思いました。一緒に出張に行くよりもよっぽど役にたったと思えました。」
「そんなに役に立つとか立たないとか、思い込まなくてもいいけど。でも助かった。ありがとう。」
「はい。鍵は朝陽さんに返しました。」
「ああ、もらった。」
お互いに鍵を持ってるんだろうか。こんな時のためにだろう。
「もし、朝陽の事を、特別に思ってるなら、朝陽には今は特別な人はいないらしいよ。」
しばらくして、そう言われた。
その意味を理解した気がして、思わず社長の顔を見た。
「別に反対はしない。自由だし、仕事をしてくれるんだったら、他は自由でいいと思ってる。それ以外の他の社員にもきつく言ってたりはしてないから。もし、そうならということだけど。」
「言われてる意味はなんとなく分かりました。でも、どうしてそう思うのかは分かりません。全然思い当たりません。すごくお世話になってる大切な上司です。大切な上司の一人です。」
何故か言い直した。
言われたことはすごくショックだった。
全部私の事は任せてると言う姿勢で、ほとんど関わることがないくらい。
何もかもが朝陽さん経由で社長に届く今。
だからって、そんなことまで心配されてたなんて。
すごく話しやすい、いつも笑顔で、優しいから。
だって他に誰がいるの?
朝陽さんしか聞く人はいない。
もっと社長が、優しかったら、私だって二人に話しかけてたし。
社長が最初っから印象は変らず、あまり話しかけやすい雰囲気を見せてくれないから。
つい朝陽さんを頼ってしまう。
それだけなのに。
その後もさほど話はせずに、飲み物も一杯だけ。
食べ物も追加もせずに、仕事時間は終わりになった。
美味しかっただろう食べ物も、飲み物も、あんまりよく味わえてない。
本当は迷惑なんじゃないかって・・・・・、すごく心苦しくて、だから早く役に立ちたくて、頑張ってるのに。
次の日のランチタイム。
「昨日はすみませんでした。」
「大丈夫。社長のお供だったら断れないね。」
「はい、なんだか朝陽さんとは別行動だったらしくて。」
なんとなく理由は分かった。
でも今は思い出したくもない。
「大変?急がしい?」
平木さんが聞いてくる。
「いいえ、まだまだ全然仕事らしいことはしてなくて。ひらすら研修課題と朝陽さんからもぎ取ったような雑用です。」
「でも、きっと皆大曲さんから・・・ちょっと言いにくいから芽衣ちゃんでいい?」
「はい。どうぞ。」
「芽衣ちゃんから色々聞きたいと思ってるよ。今までフロアも別だし、全然接点がなかったから。あの二人がどうやって過ごしてるのか、いろいろと想像するじゃない?」
「普通ですが・・・・。朝陽さんは私には愛想がいいですが、社長にはクールです。でもすごく社長を立ててる感じが伝わります。社長はあのまま、クールなままです。めったにしゃべらないし、返事するくらいです。でも朝陽さんのことはすごく信頼してるのは伝わります。」
「そうだろうね。まあそんなイメージ。」
「今までもマイペースだったんだと思います。お茶をいれたり、机を掃除したり、そんなのは一切いらないと言われました。」
「うん、そんなの下の階でもやってないよ。新しい人っていっても年齢も上だったり下だったり、その辺は楽かもね。」
「営業で研修を担当してくれた人は、一番働いてるのは社長だって言ってました。仕事を取ったりすることもないから、ノルマもなくて残業もないって。」
「うん、だって経理だって、すごくシンプル。あんまり経費を精算してくる人がいないくらい。その辺は楽してる。お給料前と年度末は少しバタバタと忙しいんだけどね。」
「ああ、今月も来るんだ、来週だなあ。」
つぶやくように平木さんが言う。
「芽衣ちゃん、今度初めてのお給料でしょう?楽しみだね。」
「本当に頂くのが申し訳ないくらい、役に立ってないんですが。」
「いいんじゃない、男二人の部屋に女の子が入るだけでも明るくなるって。最初社内に流れた噂はね、郡司さんの姪っ子らしいって話だったんだけど、違うよね?名前がそうだから勘違いされたのかな?」
「違います。全然。」
ビックリですが。
それだと完全にコネ入社だってバレてます。
違うって言えないので、何とも言えませんが。
「それでも新人が入ってくるって珍しいから。」
「皆さん、本当に辞める人が少ないって聞きました。女性にとっても働きやすいと。」
「うん、そう思う。」
「早く役に立てるようになりたいです。」
「大丈夫、役に立ってるって。」
さらりとそう言ってくれた。いい人だ。
でも実際は違う。
無理に押し込まれて、行き場もなくて、その上、社長には変な誤解を受けてる。
「ねえ、今度皆で飲むときに誘っていい?」
「はい、お願いします。一人だと寂しくて。」
「そうだよね。ランチも誘う。芽衣ちゃんも何か愚痴りたかったり、話したいことがあったらいつでも誘って。駄目なときはお互いに駄目って言えばいいから。」
「ありがとうございます。」
ランチを終わりにして、別れた。
「まだまだ美味しいお店あるから、今度一緒に行こうね。」
そういって手を振る平木さんと別れて、一人上の階へ上がって行った。
トイレで歯磨きをして、深呼吸して部屋に戻る。
「ただいま帰りました。」
「お帰り、芽衣ちゃん。どうだった? 平木さん、いい人でしょう?」
「はい。また今度ランチに行こうとか、皆で飲みに行くときに声をかけてくれるって言われました。」
「良かったね。知り合いがいたほうが絶対楽しいしね。」
「はい、いい人です。」
やっぱり話しかけてくれるのは朝陽さんで。
社長とは一度も目が合わず、ずっとパソコンを見ている。
朝陽さんがこんなに笑顔で話しかけて気を遣ってくれてるから。
だから私だって笑顔で話をしてるだけなのに。
「そういえば、もうすぐお給料日だよ。楽しみでしょう?」
「平木さんにも言われました。でも就活が長くてバイトも出来なかったし、逆にセミナーでお金も使って。両親にずいぶんお金を出してもらったので、全部渡します。」
「そうなの?」
「はい、実は今月の分はお金を借りてる状態で。教授にお礼をして、家族で食事をして、それくらいにします。」
「あ、教授の贈り物、僕たちもする予定だから、何を買ったか教えてね。かぶらないようにするね。」
「はい。奥さまが楽できるものにしようと思ってます。ご飯のお供系です。」
「分かった。じゃあ、涼しげなお菓子にしようかな、ねえ、社長。」
「ああ、任せた。」
社長が会話に加わったけど、返事のみ。
ちょっとだけ顔を見ても視線はやっぱりパソコンを向いていた。
話に加わることもなく、顔もあげてもらえないけど、その話の内容はちゃんと耳に届いてたみたい。
仕事しよう。
いつの間にかお昼時間も終ってた。
あ、お母さんに連絡してない。お茶の時間にしよう。
平木さんとランチに行ったことを。
後、お給料で食事に行こうと誘うことも。
「芽衣ちゃん、これ頼める?入力に間違いがないか、確認してもらって、経理に送ってもらえるとうれしい。」
手にはたくさんの領収書とタブレットでは入力画面が開かれて。
書類の入力確認だった。
「はい、大丈夫です。」
「出来たら今日中で、金額を確認したら、経理課長に添付送信して、これを持っていって、渡して。いなかったら適当に誰かに声かけて、机の上に置いといてもらえればいいから。」
「はい、分かりました。」
うれしい、仕事らしい仕事。
「交通費は面倒だけど、これを見て、合わせてね。」
「はい。」
「じゃあ社長、一時間くらい留守にします。」
ええっ。いなくなるの?一時間も・・・・。
朝陽さんがどこかへ行って、とたんに部屋の空気が重くなった気がした。
とりあえず貰った仕事に集中しよう。
領収書は日付順に並んでる。どこにも入力間違いはない。
後は交通費を一つづつ確認していく。
問題ないと思う。
ほとんどの経費は朝陽さんが払い出し、社長は交通費くらい。
社長と朝陽さんは定期を持っているらしい。
電車で通勤してるみたいだ。
定期外の交通費を清算するために、別表がつけられてる。
参考にしてと言われたそれだ。
領収書は食品の購入が多い。
いろんなお付き合いのところに送っているらしい。
ひときわ大きな金額のところもあった。
分かりやすいように手書きで朝陽さんが宛先を書いてくれてる。
商品の内容も人数を踏まえてか、その個数も。
すごくたくさんの人に渡るように買ったから金額も上がったらしい。
その宛先の名刺は見た気がしないけど。
そのうち分かるだろう。
一通り確認して、言われたとおりに添付して送信する。
「社長、書類確認しました。経理に行ってきます。」
「ああ、よろしく。」
顔を上げてくれた。さすがに視線は合った。
でもいつものように短く答えられて、またパソコンに視線を戻された。
静かに部屋を出た。
経理の課長は在席で、領収書を渡して、メールの着信を確認してもらった。
「よろしくお願いします。」
そういって経理の部屋を出る。
下の階は部屋の仕切りはなく、キャビネットを区切りにして別れてる感じだ。
なんとなく数人の視線を受けてる気がする。
平木さんに小さく手を振られて、頭を少し下げて部屋を出た。
トイレに入り、お母さんに連絡をしておく。
平木さんと仲良くできそうだと書いたら、良かったねと返事がきた。
給料日祝いのレストランは近くのお店に予約をしておくと言われた。
「ただいま戻りました~。」
ノックをして部屋に戻り、つい元気に声を出してしまって後悔した。
社長しかいなかったんだ。
小さくお帰りといわれた。
すごすごと自分の席に戻る。
「社長、何かお手伝いすることありますか?」
顔を上げられた。
じっと顔を見られて、座れない。
「・・・・昨日、言った事だけど、もしそうなっても、出来たら下の階の人と仲良くなっても、言わないで欲しい。可能なら社外の友達と話をして欲しい。」
ぼかした会話ですぐには何を言われてるのか分からなかった。
今は手伝いすることがないかと、仕事のことを聞いたのに。
何で、今それを言うのかまったく分からない。
胸が重くなった。
「特に手伝ってもらう仕事はないかな。」
付け足すように言われて、視線をはずされた。
椅子に座ることはしないで部屋を出た。
下を向いてドアを開けたら、朝陽さんがそこにいて。
びっくりして見上げたら、朝陽さんも驚いた顔をした。
目礼して空けてもらった隙間を通るように部屋を出た。
気づいたかもしれない。
私の表情に、部屋の微妙な雰囲気に。
トイレにまた戻った。
昨日否定したのに。
最後には『そうか。』って言ってたのに。
やっぱり納得してなかったみたいだと分かった。
気にはして、ただただ心配してたらしい。
そんな変な噂が社内に広がることを。
自分の大切な会社の中、コネ入社の上に、その上司と・・・・って。
そんな事ないって昨日も否定したのに。
全然分かってないじゃない・・・・・。
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「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
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