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第二章:すれ違いの心
離婚の申し出
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真実を知ってから一週間が過ぎた夜、僕は机に向かって離婚届に署名をしていた。ペンを走らせ、自分の名前を書き込む。インクの黒い文字が紙に染み込み、僕の決意を形にしていった。
全ての空欄を埋め終えると、僕は離婚届を封筒に入れて立ち上がった。鏡を見ると、いつもとは違う装いをした自分が映っていた。
透ける夜着ではなく、シャツとズボンを着ている。髪も整え、香油もつけていない。今夜は、誘惑のためにレオニードの部屋に行くのではない。
部屋を出て、廊下を歩き始めた。使用人たちが僕の姿を見て、驚いたような表情を浮かべる。いつもの恥ずかしい格好ではなく、普通の服装をしている僕を見て、何事かと思っているのだろう。
レオニードの部屋の前に立ち、深く息を吸い込んだ。心臓が早鐘を打ち、手が震える。封筒を握りしめ、ノックをした。コンコンという音が静かな廊下に響き、返事を待った。
「入れ」
低い声が聞こえ、扉を開けた。部屋の中は薄暗く、暖炉の火だけが揺れている。レオニードは窓辺に立っていて、外の夜空を見つめていた。黒いシャツを着た背中が、炎の光を受けて浮かび上がる。
扉が閉まる音に、レオニードは振り返った。僕の姿を見て、眉をひそめる。
「またか」
冷たい声が響き、胸が締め付けられた。僕が来ることを嫌がっている態度に、息苦しくなる。
「今日は抱いてほしいとは言いません」
僕は静かに答え、封筒を取り出した。レオニードは訝しげな表情で、僕を見つめている。
「これを、お渡しに参りました」
封筒を差し出すと、レオニードは近づいてきて受け取った。中身を確認するように封を開け、書類を取り出す。目を通した瞬間、レオニードの表情が変わった。眉が上がり、瞳が見開かれる。
「離婚届……?」
驚きを隠せない声が響く。レオニードは書類を見つめ、そして僕を見た。深い紺色の瞳に、初めて動揺の色が浮かんでいた。
「復讐はもう済みましたか?」
僕は静かに問いかけた。レオニードの身体が硬直し、息を呑む気配がした。
「何を……」
「全て知っています」
僕は一歩前に出て、レオニードの目を見つめた。
「フェルゼン家がかつて伯爵家だったこと。僕の父によって陥れられ、男爵家に転落したこと。あなたが戦で功を上げ、僕との結婚で伯爵位を取り戻したこと。全て、調べさせていただきました」
レオニードの顔から血の気が引いていくのが分かった。唇が固く結ばれ、拳が握りしめられる。
「あなたは復讐のために、僕と結婚したんです」
言葉を続けると、レオニードは視線を逸らした。否定の言葉は出てこず、沈黙が部屋を満たす。
「もう伯爵に戻れたのです。僕の利用価値は終わりました」
僕は淡々と告げた。感情を押し殺し、事実だけを述べる。
「だから、離婚してください」
レオニードは離婚届を見つめ、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……勝手に調べたのか」
低い声が響き、怒りを含んでいるように聞こえた。
「はい。あなたが僕を拒絶する理由を知りたかったので」
「それで、分かったつもりか」
レオニードは冷たい視線を僕に向けた。
「あなたは僕を抱いてくれません。結婚してから一度も。ヒートの時でさえ、拒絶しました」
胸が痛んだが、言葉を続ける。
「あなたにとって僕は、実父を陥れた家の人間。抱きたくないのは当然です。だから、もう離婚してください。伯爵を剥奪されないように、父には離婚理由を僕のせいだと報告しますので」
レオニードは離婚届を見下ろし、そして顔を上げた。
「そんなに抱かれたいのか」
冷たい声に、息が詰まった。
「噂通り、淫乱だな」
言葉が胸に突き刺さった。レオニードは離婚届を両手で掴み、そのまま引き裂いた。ビリビリという音が響き、紙が破られていく。何枚にも破かれた離婚届が、床に舞い落ちた。
「離婚する気はない」
はっきりと告げられた言葉に、僕は目を見開いた。
「どうして……」
「理由を話す必要はない」
レオニードは破かれた離婚届を見下ろし、冷たく言い放った。
「お前は俺の妻だ。離婚は認めない」
どうして離婚してくれないのだろう。僕を憎んでいるはずなのに、どうして妻として縛り付けるのか。
「分かりません……あなたが何を考えているのか」
声が震えた。レオニードは窓辺に戻り、背を向ける。
「考える必要はない。ただ妻として、ここにいればいい」
冷たい言葉が、僕の心を凍らせた。名ばかりの妻として生きろと言うのか。抱かれることもなく、愛されることもなく、ただ存在するだけ。
僕は深く息を吸い込み、静かに告げた。
「――わかりました」
レオニードが僅かに振り返る気配がした。
「もう何も求めません。あなたに期待することも、願うこともしません……でも、好きにさせてもらいます」
最後の言葉を告げ、僕はレオニードに背を向けて扉に手をかけた。背後から、レオニードの声が響く。
「待て、今の言葉はどういう……」
扉を開け、廊下へと出た。レオニードの言葉を最後まで聞かず、扉を閉めた。
足が震え、壁に手をついた。心臓が激しく打ち、息が荒い。涙が溢れそうになったが、ぐっと堪えた。
ゆっくりと廊下を歩き始めた。
自分の部屋に戻り、扉を閉めた。ベッドに腰を下ろすと、暖炉の火だけが揺れていた。
(好きにさせてもらう)
もうレオニードには縋らない。毎晩部屋を訪ねることはもうしない。
窓の外を見ると、月が雲の間から顔を覗かせていた。冷たい光が部屋を照らし、影が壁を這う。
(子どもが欲しい)
レオニードが抱いてくれないなら、別の方法を考えるしかない。社交界に出て、誰かと出会う。子どもを授けてくれる相手を見つけないと。
夫がいながら、他の男と関係を持つのは裏切りだ。噂が事実になり、僕は本物の淫乱なオメガになるのだろう。
(それでも、僕は子どもが産みたいんだ)
ベッドに横になり、天井を見つめた。暖炉の火が揺れ、影が踊っている。長い夜が、静かに過ぎていく。
鈴を鳴らしてフリッツを呼ぶ。
「社交界で開かれる舞踏会の予定を教えてください」
フリッツは驚いた表情を浮かべたが、僕の意図がわかったのかすぐに頷いた。
「かしこまりました。お調べいたします」
フリッツが部屋を出て行き、僕は窓辺に立った。
(もう、引き返せない)
レオニードとの結婚生活は破綻した。名ばかりの妻として存在するだけ。ならば、僕は自分の望みを叶えるために動くしかない。
罪悪感が胸を締め付けたが、他に選択肢はなかった。レオニードは離婚を認めない。抱いてもくれない。ならば、僕は自分で道を切り開くしかない。
全ての空欄を埋め終えると、僕は離婚届を封筒に入れて立ち上がった。鏡を見ると、いつもとは違う装いをした自分が映っていた。
透ける夜着ではなく、シャツとズボンを着ている。髪も整え、香油もつけていない。今夜は、誘惑のためにレオニードの部屋に行くのではない。
部屋を出て、廊下を歩き始めた。使用人たちが僕の姿を見て、驚いたような表情を浮かべる。いつもの恥ずかしい格好ではなく、普通の服装をしている僕を見て、何事かと思っているのだろう。
レオニードの部屋の前に立ち、深く息を吸い込んだ。心臓が早鐘を打ち、手が震える。封筒を握りしめ、ノックをした。コンコンという音が静かな廊下に響き、返事を待った。
「入れ」
低い声が聞こえ、扉を開けた。部屋の中は薄暗く、暖炉の火だけが揺れている。レオニードは窓辺に立っていて、外の夜空を見つめていた。黒いシャツを着た背中が、炎の光を受けて浮かび上がる。
扉が閉まる音に、レオニードは振り返った。僕の姿を見て、眉をひそめる。
「またか」
冷たい声が響き、胸が締め付けられた。僕が来ることを嫌がっている態度に、息苦しくなる。
「今日は抱いてほしいとは言いません」
僕は静かに答え、封筒を取り出した。レオニードは訝しげな表情で、僕を見つめている。
「これを、お渡しに参りました」
封筒を差し出すと、レオニードは近づいてきて受け取った。中身を確認するように封を開け、書類を取り出す。目を通した瞬間、レオニードの表情が変わった。眉が上がり、瞳が見開かれる。
「離婚届……?」
驚きを隠せない声が響く。レオニードは書類を見つめ、そして僕を見た。深い紺色の瞳に、初めて動揺の色が浮かんでいた。
「復讐はもう済みましたか?」
僕は静かに問いかけた。レオニードの身体が硬直し、息を呑む気配がした。
「何を……」
「全て知っています」
僕は一歩前に出て、レオニードの目を見つめた。
「フェルゼン家がかつて伯爵家だったこと。僕の父によって陥れられ、男爵家に転落したこと。あなたが戦で功を上げ、僕との結婚で伯爵位を取り戻したこと。全て、調べさせていただきました」
レオニードの顔から血の気が引いていくのが分かった。唇が固く結ばれ、拳が握りしめられる。
「あなたは復讐のために、僕と結婚したんです」
言葉を続けると、レオニードは視線を逸らした。否定の言葉は出てこず、沈黙が部屋を満たす。
「もう伯爵に戻れたのです。僕の利用価値は終わりました」
僕は淡々と告げた。感情を押し殺し、事実だけを述べる。
「だから、離婚してください」
レオニードは離婚届を見つめ、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……勝手に調べたのか」
低い声が響き、怒りを含んでいるように聞こえた。
「はい。あなたが僕を拒絶する理由を知りたかったので」
「それで、分かったつもりか」
レオニードは冷たい視線を僕に向けた。
「あなたは僕を抱いてくれません。結婚してから一度も。ヒートの時でさえ、拒絶しました」
胸が痛んだが、言葉を続ける。
「あなたにとって僕は、実父を陥れた家の人間。抱きたくないのは当然です。だから、もう離婚してください。伯爵を剥奪されないように、父には離婚理由を僕のせいだと報告しますので」
レオニードは離婚届を見下ろし、そして顔を上げた。
「そんなに抱かれたいのか」
冷たい声に、息が詰まった。
「噂通り、淫乱だな」
言葉が胸に突き刺さった。レオニードは離婚届を両手で掴み、そのまま引き裂いた。ビリビリという音が響き、紙が破られていく。何枚にも破かれた離婚届が、床に舞い落ちた。
「離婚する気はない」
はっきりと告げられた言葉に、僕は目を見開いた。
「どうして……」
「理由を話す必要はない」
レオニードは破かれた離婚届を見下ろし、冷たく言い放った。
「お前は俺の妻だ。離婚は認めない」
どうして離婚してくれないのだろう。僕を憎んでいるはずなのに、どうして妻として縛り付けるのか。
「分かりません……あなたが何を考えているのか」
声が震えた。レオニードは窓辺に戻り、背を向ける。
「考える必要はない。ただ妻として、ここにいればいい」
冷たい言葉が、僕の心を凍らせた。名ばかりの妻として生きろと言うのか。抱かれることもなく、愛されることもなく、ただ存在するだけ。
僕は深く息を吸い込み、静かに告げた。
「――わかりました」
レオニードが僅かに振り返る気配がした。
「もう何も求めません。あなたに期待することも、願うこともしません……でも、好きにさせてもらいます」
最後の言葉を告げ、僕はレオニードに背を向けて扉に手をかけた。背後から、レオニードの声が響く。
「待て、今の言葉はどういう……」
扉を開け、廊下へと出た。レオニードの言葉を最後まで聞かず、扉を閉めた。
足が震え、壁に手をついた。心臓が激しく打ち、息が荒い。涙が溢れそうになったが、ぐっと堪えた。
ゆっくりと廊下を歩き始めた。
自分の部屋に戻り、扉を閉めた。ベッドに腰を下ろすと、暖炉の火だけが揺れていた。
(好きにさせてもらう)
もうレオニードには縋らない。毎晩部屋を訪ねることはもうしない。
窓の外を見ると、月が雲の間から顔を覗かせていた。冷たい光が部屋を照らし、影が壁を這う。
(子どもが欲しい)
レオニードが抱いてくれないなら、別の方法を考えるしかない。社交界に出て、誰かと出会う。子どもを授けてくれる相手を見つけないと。
夫がいながら、他の男と関係を持つのは裏切りだ。噂が事実になり、僕は本物の淫乱なオメガになるのだろう。
(それでも、僕は子どもが産みたいんだ)
ベッドに横になり、天井を見つめた。暖炉の火が揺れ、影が踊っている。長い夜が、静かに過ぎていく。
鈴を鳴らしてフリッツを呼ぶ。
「社交界で開かれる舞踏会の予定を教えてください」
フリッツは驚いた表情を浮かべたが、僕の意図がわかったのかすぐに頷いた。
「かしこまりました。お調べいたします」
フリッツが部屋を出て行き、僕は窓辺に立った。
(もう、引き返せない)
レオニードとの結婚生活は破綻した。名ばかりの妻として存在するだけ。ならば、僕は自分の望みを叶えるために動くしかない。
罪悪感が胸を締め付けたが、他に選択肢はなかった。レオニードは離婚を認めない。抱いてもくれない。ならば、僕は自分で道を切り開くしかない。
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