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第二章:すれ違いの心
レオニードの想い
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扉が閉まり、エミールの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。俺は窓辺に立ったまま、動けなくなっていた。床に散らばった離婚届の破片が、暖炉の光を受けて白く浮かび上がっている。
『好きにさせてもらう』
エミールの最後の言葉が、耳に残っていた。あの静かな声。諦めたような、それでいて何か決意を秘めたような声だった。
(あいつ、何をする気だ)
胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていった。今までのエミールとは何かが違っていた。毎晩訪ねてきては拒絶されていた時の、懇願するような眼差しはもうなかった。
代わりにあったのは、冷静な視線と、静かな諦めだった。
俺は破かれた離婚届を拾い上げた。エミールの署名が、破かれた紙に残っている。丁寧な文字で書かれた名前を見つめていると、胸が締め付けられた。
(――離婚したいのか)
当然だとは、頭では理解している。俺はエミールを拒絶し続けてきた。抱くことも、優しくすることもしてこなかった。毎晩訪ねてくるエミールを、冷たく追い返してきたんだ。
エミールに全て調べられるとは思わなかった。
俺は机の前に座り、頭を抱えた。
(四度目の結婚だから)
三度も離婚を経験しているエミールなら、簡単には離婚を切り出してこないとどこかで思っていた。
社交界での評判も悪く、次の結婚相手を見つけるのは困難だと分かっているはずだった。だから、エミールは離婚を言い出さないと思っていた。
なのに、結婚して一ヶ月も経たないうちに離婚届を突きつけられた。
立ち上がり、ベルを鳴らした。しばらくして、執事のヴィルヘルムが部屋に入ってきた。
「旦那様、お呼びでしょうか」
「ヴィルヘルム、エミールの動向を逐一報告しろ」
俺の命令に、ヴィルヘルムは僅かに眉を上げた。
「エミール様の、ですか」
「そうだ。誰と会うのか、どこに行くのか、何をしているのか。全て報告しろ」
ヴィルヘルムは僅かに眉を上げたが、すぐに頷いた。
「承知いたしました」
「屋敷内での行動も、外出の予定も、全て把握しておけ」
「かしこまりました」
ヴィルヘルムは一礼して、部屋を出て行った。扉が閉まり、再び静寂が戻ってくる。
俺は窓辺に戻り、外の夜空を見上げた。月が雲に隠れ、星だけが瞬いている。冷たい風が窓を叩き、木々を揺らしていた。
(抱かれたくて、毎晩通ってきていたんじゃないのか)
困惑が胸を満たした。エミールは毎晩、透ける夜着を纏って俺の部屋を訪ねてきた。あれは明らかに誘っていた。身体を求めて、疼きに耐えられなくて、抱いてほしくて来ていたはずだ。
社交界の噂では三人の夫がいながら、複数の愛人がいた。夜ごと違う男と寝て、性に奔放で、淫乱なオメガ。
(四度目の結婚だぞ)
不安が胸を締め付けた。離婚したら、エミールはどうするつもりなのか。次の結婚相手を見つけるのは不可能に近い。それとも、本当に愛人でも作るつもりなのか。
(まさか!)
拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、痛みが走る。
(俺が抱かないから、他の男の元に行くのか)
エミールの白い肌が、他の男に触れられる。甘い声が、他の男のために漏れる。
(絶対に、許さない)
心の奥底から、激しい感情が湧き上がってきた。エミールは俺の妻だ。離婚は認めない。他の男に触れさせることもさせない。
「復讐なんてどうでもいい」
(エミールだから、結婚しようと決めたんだ)
初めて見たのは、俺がまだ十歳の頃だった。父が亡くなり家督を引き継ぎ、王宮の舞踏会に参加した時、庭で一人佇んでいるエミールを見つけた。当時十五歳だったエミールは、月明かりの下で花を見つめていて、優しい笑みを浮かべていた。
(一目惚れ――だった、と思う)
その姿が、脳裏に焼き付いた。柔らかな栗色の髪、琥珀色の瞳、繊細な横顔。天使のように美しかった。
結婚相手としてエミールの名前が挙げられた時、心臓が跳ね上がった。あの美しいオメガと結婚できる。手の届かないと思っていた存在に、ようやく届いたと思った。
噂は聞いていた。三度の離婚、淫乱なオメガ、愛人が多数。それでも構わなかった。エミールを手に入れることができるのなら――。
エミールは俺のものだ。他の誰にも渡さない。
窓の外では風が吹き、木々が揺れていた。
『好きにさせてもらう』
エミールの最後の言葉が、耳に残っていた。あの静かな声。諦めたような、それでいて何か決意を秘めたような声だった。
(あいつ、何をする気だ)
胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていった。今までのエミールとは何かが違っていた。毎晩訪ねてきては拒絶されていた時の、懇願するような眼差しはもうなかった。
代わりにあったのは、冷静な視線と、静かな諦めだった。
俺は破かれた離婚届を拾い上げた。エミールの署名が、破かれた紙に残っている。丁寧な文字で書かれた名前を見つめていると、胸が締め付けられた。
(――離婚したいのか)
当然だとは、頭では理解している。俺はエミールを拒絶し続けてきた。抱くことも、優しくすることもしてこなかった。毎晩訪ねてくるエミールを、冷たく追い返してきたんだ。
エミールに全て調べられるとは思わなかった。
俺は机の前に座り、頭を抱えた。
(四度目の結婚だから)
三度も離婚を経験しているエミールなら、簡単には離婚を切り出してこないとどこかで思っていた。
社交界での評判も悪く、次の結婚相手を見つけるのは困難だと分かっているはずだった。だから、エミールは離婚を言い出さないと思っていた。
なのに、結婚して一ヶ月も経たないうちに離婚届を突きつけられた。
立ち上がり、ベルを鳴らした。しばらくして、執事のヴィルヘルムが部屋に入ってきた。
「旦那様、お呼びでしょうか」
「ヴィルヘルム、エミールの動向を逐一報告しろ」
俺の命令に、ヴィルヘルムは僅かに眉を上げた。
「エミール様の、ですか」
「そうだ。誰と会うのか、どこに行くのか、何をしているのか。全て報告しろ」
ヴィルヘルムは僅かに眉を上げたが、すぐに頷いた。
「承知いたしました」
「屋敷内での行動も、外出の予定も、全て把握しておけ」
「かしこまりました」
ヴィルヘルムは一礼して、部屋を出て行った。扉が閉まり、再び静寂が戻ってくる。
俺は窓辺に戻り、外の夜空を見上げた。月が雲に隠れ、星だけが瞬いている。冷たい風が窓を叩き、木々を揺らしていた。
(抱かれたくて、毎晩通ってきていたんじゃないのか)
困惑が胸を満たした。エミールは毎晩、透ける夜着を纏って俺の部屋を訪ねてきた。あれは明らかに誘っていた。身体を求めて、疼きに耐えられなくて、抱いてほしくて来ていたはずだ。
社交界の噂では三人の夫がいながら、複数の愛人がいた。夜ごと違う男と寝て、性に奔放で、淫乱なオメガ。
(四度目の結婚だぞ)
不安が胸を締め付けた。離婚したら、エミールはどうするつもりなのか。次の結婚相手を見つけるのは不可能に近い。それとも、本当に愛人でも作るつもりなのか。
(まさか!)
拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、痛みが走る。
(俺が抱かないから、他の男の元に行くのか)
エミールの白い肌が、他の男に触れられる。甘い声が、他の男のために漏れる。
(絶対に、許さない)
心の奥底から、激しい感情が湧き上がってきた。エミールは俺の妻だ。離婚は認めない。他の男に触れさせることもさせない。
「復讐なんてどうでもいい」
(エミールだから、結婚しようと決めたんだ)
初めて見たのは、俺がまだ十歳の頃だった。父が亡くなり家督を引き継ぎ、王宮の舞踏会に参加した時、庭で一人佇んでいるエミールを見つけた。当時十五歳だったエミールは、月明かりの下で花を見つめていて、優しい笑みを浮かべていた。
(一目惚れ――だった、と思う)
その姿が、脳裏に焼き付いた。柔らかな栗色の髪、琥珀色の瞳、繊細な横顔。天使のように美しかった。
結婚相手としてエミールの名前が挙げられた時、心臓が跳ね上がった。あの美しいオメガと結婚できる。手の届かないと思っていた存在に、ようやく届いたと思った。
噂は聞いていた。三度の離婚、淫乱なオメガ、愛人が多数。それでも構わなかった。エミールを手に入れることができるのなら――。
エミールは俺のものだ。他の誰にも渡さない。
窓の外では風が吹き、木々が揺れていた。
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