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第一章:運命の婚約
十六歳のキス未遂
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十六歳の初夏、エドワールが一ヶ月ぶりに屋敷を訪ねてきた。
長期の出張から戻ったばかりで、日焼けした肌が健康的な色をしていた。いつもより少し疲れた様子だったが、私を見ると僅かに表情が緩んだ。応接室に通され、メイドがお茶を運んでくる。紅茶の香りが部屋に広がり、窓から入る風がレースのカーテンを揺らしていた。
「北方の視察は大変だったでしょう」
私は紅茶を注ぎながら尋ねた。エドワールは窓の外を見つめ、静かに答えた。
「ああ、雪解けの時期で道が悪かった。馬車が何度も泥濘にはまってね」
淡々と語る声。いつもの落ち着いた口調。
私は彼の顔を見つめた。銀青色の瞳が窓の光を反射し、透き通って見える。
(いつ見ても、エドワール様は格好いい)
「お疲れ様でした。お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫だ。心配してくれたのか?」
エドワールが私を見つめてくれる。視線が絡み合い、心臓が跳ねた。
「婚約者ですから……」
私は頬が熱くなるのを感じた。エドワールの視線が優しく、少しだけ驚いたような色を含んでいたように感じる。
「ありがとう。怪我はしなかったよ」
囁くような声で答えてくれ、エドワールが懐から小さな箱を取り出した。
「土産だ。受け取ってくれるか」
差し出された箱を受け取る。指先が触れ、温かさが伝わってきた。
箱を開けると、繊細な細工の施された銀のブローチが入っていた。小さな薔薇の形をしていて、中央に淡いピンクの宝石が嵌め込まれている。
「綺麗……」
息を呑んだ。今までもらった贈り物の中で、一番大人びた品だった。子ども向けの可愛らしい物ではなく、女性が身につける装飾品。
(嬉しい)
「君に似合うと思って選んだ」
エドワールの声が近くで聞こえた。顔を上げると、いつの間にか距離が縮まっていた。ソファに並んで座る私たちの間には、ほんの僅かな空間しかなかった。エドワールの吐息が頬にかかる。
「ありがとう、ございます」
声が震えた。心臓が早鐘を打ち、全身が熱くなっていく。エドワールの瞳が私を見つめている。銀青色の深い色。吸い込まれそうになる。
「レティシア」
名前を呼ばれた。低く、掠れた声。今まで聞いたことのない艶のある声色でエドワールの手が私の頬に触れる。大きく、温かい指先が優しく肌を撫で、髪に触れる。
「……エドワール様」
もう少しで唇が触れそうな距離。エドワールの顔が近づいてくる。瞳が僅かに伏せられ、長い睫毛が影を作っている。
(――キス、してもらえるのかしら)
鼓動が激しくなり、息が止まりそうになった。胸が高鳴り、期待で胸が膨らむ。目を閉じかけた瞬間——
エドワールが身を引いた。
手が離れ、温かさが消える。目を開けると、エドワールは顔を背けていた。肩が僅かに震え、拳を強く握りしめている。
「……すまない。そういうつもりでは……」
低い声が響いた。
謝罪。拒絶。突き放された。
(キス、してもらえなかった……)
胸に冷たいものが流れ込んできた。氷のような冷たさが全身を駆け巡り、息が詰まる。何か言わなければと思ったが、声が出なかった。
喉が締め付けられ、言葉が喉の奥で引っかかる。
「申し訳ないが、今日はもう……失礼しよう」
エドワールが席を立つと、応接室を出て行ってしまった。
(そんなにキスが嫌でしたか?)
ブローチを握りしめたまま、私は涙が溢れた。
(私はこんなに……好きなのに)
私は自室に戻ると、扉を閉めた。鍵をかけ、ベッドに倒れ込む。柔らかい感触が身体を受け止めた。枕に顔を埋め、声を殺して泣いた。涙が溢れ、止まらない。枕が濡れていくのが分かった。
(私は愛されていない――)
優しさは嘘。婚約者だから気遣ってくれていただけ。
贈り物も、訪問も、婚約者だから仕方なくしていたのだ。
私を女性として見ていない。触れることさえ嫌なのだ。あんなに近づいたのに、キスしそうになったのに、途中で我に返って謝られた。
胸が痛い。息をするのも苦しく、心臓が締め付けられるようだった。
私の愛は一方通行だ。
手の中のブローチが冷たく感じた。
長期の出張から戻ったばかりで、日焼けした肌が健康的な色をしていた。いつもより少し疲れた様子だったが、私を見ると僅かに表情が緩んだ。応接室に通され、メイドがお茶を運んでくる。紅茶の香りが部屋に広がり、窓から入る風がレースのカーテンを揺らしていた。
「北方の視察は大変だったでしょう」
私は紅茶を注ぎながら尋ねた。エドワールは窓の外を見つめ、静かに答えた。
「ああ、雪解けの時期で道が悪かった。馬車が何度も泥濘にはまってね」
淡々と語る声。いつもの落ち着いた口調。
私は彼の顔を見つめた。銀青色の瞳が窓の光を反射し、透き通って見える。
(いつ見ても、エドワール様は格好いい)
「お疲れ様でした。お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫だ。心配してくれたのか?」
エドワールが私を見つめてくれる。視線が絡み合い、心臓が跳ねた。
「婚約者ですから……」
私は頬が熱くなるのを感じた。エドワールの視線が優しく、少しだけ驚いたような色を含んでいたように感じる。
「ありがとう。怪我はしなかったよ」
囁くような声で答えてくれ、エドワールが懐から小さな箱を取り出した。
「土産だ。受け取ってくれるか」
差し出された箱を受け取る。指先が触れ、温かさが伝わってきた。
箱を開けると、繊細な細工の施された銀のブローチが入っていた。小さな薔薇の形をしていて、中央に淡いピンクの宝石が嵌め込まれている。
「綺麗……」
息を呑んだ。今までもらった贈り物の中で、一番大人びた品だった。子ども向けの可愛らしい物ではなく、女性が身につける装飾品。
(嬉しい)
「君に似合うと思って選んだ」
エドワールの声が近くで聞こえた。顔を上げると、いつの間にか距離が縮まっていた。ソファに並んで座る私たちの間には、ほんの僅かな空間しかなかった。エドワールの吐息が頬にかかる。
「ありがとう、ございます」
声が震えた。心臓が早鐘を打ち、全身が熱くなっていく。エドワールの瞳が私を見つめている。銀青色の深い色。吸い込まれそうになる。
「レティシア」
名前を呼ばれた。低く、掠れた声。今まで聞いたことのない艶のある声色でエドワールの手が私の頬に触れる。大きく、温かい指先が優しく肌を撫で、髪に触れる。
「……エドワール様」
もう少しで唇が触れそうな距離。エドワールの顔が近づいてくる。瞳が僅かに伏せられ、長い睫毛が影を作っている。
(――キス、してもらえるのかしら)
鼓動が激しくなり、息が止まりそうになった。胸が高鳴り、期待で胸が膨らむ。目を閉じかけた瞬間——
エドワールが身を引いた。
手が離れ、温かさが消える。目を開けると、エドワールは顔を背けていた。肩が僅かに震え、拳を強く握りしめている。
「……すまない。そういうつもりでは……」
低い声が響いた。
謝罪。拒絶。突き放された。
(キス、してもらえなかった……)
胸に冷たいものが流れ込んできた。氷のような冷たさが全身を駆け巡り、息が詰まる。何か言わなければと思ったが、声が出なかった。
喉が締め付けられ、言葉が喉の奥で引っかかる。
「申し訳ないが、今日はもう……失礼しよう」
エドワールが席を立つと、応接室を出て行ってしまった。
(そんなにキスが嫌でしたか?)
ブローチを握りしめたまま、私は涙が溢れた。
(私はこんなに……好きなのに)
私は自室に戻ると、扉を閉めた。鍵をかけ、ベッドに倒れ込む。柔らかい感触が身体を受け止めた。枕に顔を埋め、声を殺して泣いた。涙が溢れ、止まらない。枕が濡れていくのが分かった。
(私は愛されていない――)
優しさは嘘。婚約者だから気遣ってくれていただけ。
贈り物も、訪問も、婚約者だから仕方なくしていたのだ。
私を女性として見ていない。触れることさえ嫌なのだ。あんなに近づいたのに、キスしそうになったのに、途中で我に返って謝られた。
胸が痛い。息をするのも苦しく、心臓が締め付けられるようだった。
私の愛は一方通行だ。
手の中のブローチが冷たく感じた。
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