婚約破棄を告げたら、氷の侯爵の溺愛が限界を超えました

ひなた翠

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第一章:運命の婚約

抑えきれない想い

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 レティシアがもうすぐ十八歳になる。

 いつの頃からか、彼女は「氷の令嬢」と呼ばれるようになった。舞踏会の会場で、男性たちの視線を集める女性へと成長していた。

 美しくて、笑わない。まるで心が凍ってしまったのではないかと、貴族たちの間で噂されている。どの殿方にダンスを申し込まれても断っているらしく、彼女は誰なら踊るのであろうかと囁かれている。

 最近のレティシアは舞踏会に出席しても、いるのは最初だけだった。ホールでダンスが始まる頃にはいつの間にか姿を消している。一通りの挨拶を終えると、どうやら帰宅しているようだった。

『私、いっぱい笑います!』

 七歳の彼女が言った言葉が脳裏に蘇る。あんなに素敵な笑顔だったレティシアは、どこへ消えてしまったのだろうか。

 今夜も王宮の舞踏会が開かれている。レティシアが来ると聞いて、私も出席した。会いたかった。出張から戻ったばかりで疲れていたが、彼女に会えるなら何でもない。

 広間に入ると、すぐにレティシアの姿を見つけた。淡いピンク色のドレスを纏い、シャンデリアの光を浴びて立っている。胸元には、十六歳の時にプレゼントした銀のブローチが輝いていた。まだつけてくれているのか。嬉しさが込み上げてくる。

 十六歳の頃から、レティシアの雰囲気ががらりと変化した。身体も一気に大人へと成熟し、ドレスのデザインも大人びたものになってきた。柔らかな曲線を持つ身体。女性らしい丸みを帯びた腰。華奢だった肩は滑らかで、鎖骨が美しく浮き出ている。

 近づいて、気づいた。ドレスの胸元が開きすぎている。白く柔らかそうな谷間がよく見えるデザインだ。指を引っ掛けただけですぐに胸元がはだけてしまいそうで、不安になる。

 レティシアの素肌を知っているのは私だけでいい。
 他の男の目に触れさせたくない。

 嫉妬だとわかっている。醜い感情だとわかっている。でも、抑えられない。苛立ちが込み上げてくる。

「レティシア、久しぶりだな。元気にしていたか?」

 レティシアが振り向いて淡金色の髪が揺れ、ローズピンクの瞳が私を見つめる。美しい。息を呑むほど綺麗だ。

「お久しぶりです。エドワール様。昨日、帰ってきたばかりだと聞きました。長い出張、お疲れ様でした」

 レティシアが目を伏せ、ドレスの裾を掴んで挨拶する。丁寧で、礼儀正しい。でも、距離がある。私と彼女の間には、見えない壁が立ちはだかっている。

 視線がつい白い谷間を凝視してしまう。柔らかそうな膨らみ。触れたら、どんな感触だろうか。手のひらに収まるだろうか。指で形を変えたら、どんな声を出すだろうか。

 美しいレティシアを邪な目で見てはいけない。咳払いをすると、視線をレティシアから外した。でも、視界の端に彼女の身体が映る。胸だけではない。腰のラインも艶かしい。ドレスが身体に沿い、女性らしい曲線を強調している。

 やはり、他の男の目には触れさせたくない。
 自分だけのレティシアでいてほしい。

 独占欲が渦巻く。彼女を抱きしめて、誰にも見せたくない。部屋に閉じ込めて、私だけのものにしたい。

「今夜は冷えるだろ。風邪をひいたら大変だ」

 口早にそう伝えると、上着を脱いでレティシアの肩にかけた。本当は、他の男に肌を見せたくないだけだ。でも、言えない。重い男だと思われたくない。嫌われたくない。

「ありがとう……ございます」
 レティシアの頬が少しばかり赤く染まる。

 可愛い。愛おしい。頬にキスをしたい。いや、唇に。

 舌を絡ませ、蕩けさせたい。柔らかい白い胸に手を置き、形を確かめたい。先端をつまみ上げて、甘い声を聞きたい。太腿を撫で、秘所に触れて、濡らしたい。

(考えるな、それ以上は)

 脳内で繰り広げられる妄想に、身体の奥が疼き出す。下半身に熱が集まり、硬くなっていく。まずい。このままでは、気づかれてしまう。

「ブローチ――」
 私の言葉にレティシアが胸元に手を当てた。白い指が胸元に触れる。

(私も触れたい)

 胸元に手を滑り込ませて、柔らかい膨らみを掴みたい。

「とても綺麗で……気に入っています」
「似合っている」

 声が掠れた。もっと言いたいことがある。君は美しい。愛おしい。ずっと見ていたい。でも、言葉が出てこない。
 会話が途切れた。沈黙が流れる。

(何か話さなければ。でも、頭が回らない)

 レティシアの身体ばかり見てしまう。白い首筋。鎖骨。胸元。腰。邪な妄想ばかりが浮かんでくる。

「すまない。少し席を外す」
 人目も憚らず、レティシアを求めてしまいそうで怖かった。

「はい。私のことはお気になさらずに」

 レティシアが微笑んだ。私が動き出す前に、彼女のほうから立ち去っていく。背を向けて、離れていった。

 背中から腰の緩いカーブが色っぽい。レティシアの腰を強く掴み、己の滾る熱を奥深くまで押し込みたい。激しく突き上げて、甘い声を聞きたい。

(だから、考えるな)

 レティシアの後ろ姿を見送ると、私は人影の少ない場所へと移動した。壁に手をついて、煩悩で膨らんだ下半身の熱をおさめようとする。深呼吸を繰り返して、自分に言い聞かす。

(冷静になれ。落ち着け)
 汗が頬を伝っていく。

(抱きたい)
 可愛い。綺麗だ。

 (――結婚するまでは、駄目だ)

 あと少し。あと少しで十八歳になる。成人したら、正式に結婚できる。そうしたら、思う存分愛せる。朝まで何度も抱ける。

「嫌だわ、エロいおじさんは嫌われるわよ」

 すっと隣に立ったミリエルが扇子で口元を隠しながら声をかけてきた。まるで下品なものを見て気分を害したような表情をしている。

「……うるさい」
 反論できないから、悔しい。十八歳の娘に欲情している、三十歳の男は気持ち悪いだろう。

「余裕のないおじさんも嫌われるわよ」
「わかってる」

 でも、抑えられない。レティシアを見ると、理性が飛びそうになる。

「レティシア、すごく綺麗になったものね。あんな下心しかないおじさんより、若い男のほうがいいわよねえ」
 ムッとなる。ミリエルの言う通りだから、言い返せない。

 レティシアには、若くて爽やかな男性のほうが相応しい。私のような、欲望を抑えきれない男ではなく――そう考えると自分自身が腹立たしい。

「仕事ばかりで、月に一回しか来ない婚約者より、近くにいる若い男に求婚されてあっという間に結婚してしまうかもね。せいぜい捨てられないように、おじさん」

 くすくすと笑われる。胸が痛い。ミリエルの言葉が突き刺さる。

「君に言われたくない」
「あら、私は捨てられてないわよ。私が捨ててさしあげたの。それでもそばにいたいと言うから、そばにいさせてあげるのよ」

 ミリエルがふふっと嬉しそうに笑うと、会場の端に控えている男性に視線を送った。彼女の騎士だ。

 彼女が結婚しない理由。愛した男性が、彼女の忠誠を誓った騎士だから。二人は何年も秘密の恋をしている。身分の差で結婚できないが、愛し合っている。

 ミリエルは女性を武器にしないから、話しやすい。仕事で同じく行動することが多いから、つい会話量は多くなる。気を使わずに話せる相手。

 レティシアとは、会話が続かない。

(私に下心があるからか)

 嫌われたくない。格好いいと思われていたいと思った途端に、会話ができなくなる。緊張してしまう。何を話せばいいのか分からなくなるのだ。

「レティシアは若い女性よ。有望な殿方に奪われて、婚約破棄をされないように。まあ、もし破棄されたら、私は楽しいけど」

 イタズラな笑みを浮かべると、ミリエルは愛する騎士の元へと戻っていった。
 はあ、とため息をつく。婚約破棄。考えたくない。

 ふと視線を感じて顔をあげた。

(レティシア?)

 広間の端で、私を見つめている。ミリエルと話している私を見ていたのか。スッと視線を逸らされると、彼女は背を向けて広間を出ていく。

(帰るのか)

 まだ話し足りない。もっと一緒にいたい。帰るのならせめて、彼女が馬車に乗るところまで一緒に過ごしたい。

 レティシアを追いかけようとすると、「エドワール様」と他の貴族たちに呼び止められてしまった。男性たちの政治の話が始まってしまい、適当に合わせながら機会を窺う。話が一段落したところで、その場を離れた。

 だが――もうレティシアの姿はどこにもなかった。

 胸に穴が開いたような虚しさが広がる。もっとレティシアと話をしたかった。私は一人、誰もいない廊下で立ち尽くしていた。
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