支配者の刻印〜愛を知らない獣が、借金オメガを溺愛する〜

ひなた翠

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第三章:新たな生活へ

捜索

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 朝、オフィスのドアを開けると暖房の効いた空気が顔に触れた。

 エントランスを抜け、フロアに足を踏み入れる。机に向かう社員たちの視線が一斉に俺を捉え、緊張が走るのが分かった。朝の挨拶が低く響き、俺は軽く頷いて応える。

「柚木朔夜の足取りはつかめたのか?」

 デスクに向かう途中で部下の虎井鉄平を捉え、低い声で尋ねた。鉄平が書類から顔を上げて立ち上がり、「まだです」と短く答える。眉を寄せた表情に、申し訳なさが滲んでいた。

 俺は「そうか」と答えると社長室へと向かった。鉄平がデスクを離れ、後ろをついてきながら報告を続ける。
「朔夜は職場には辞めると言っていたようです」

 鉄平の声が背後から聞こえ、俺は歩みを止めずに耳を傾ける。廊下の突き当たりにある俺の部屋が近づいてきて、ドアノブに手をかけた。

「逃げる気で計画を立てていたのか」

 俺は問い返した。部屋のドアを開け、中に入ると暖かい空気が顔に触れ、暖房の効いた室内が心地よかった。デスクの上には決裁待ちの書類が積まれていた。

「いえ。どうもそうではないようです」

 鉄平が俺の後に続いて部屋に入り、ドアを閉める音がした。カチャリという音が静かな部屋に響き、二人だけの空間が作られる。

「同僚には新しい職につくと思うってほのめかしていたそうです。このままでは恋人の作った借金で子どもたちを苦しめてしまうからと」

 鉄平の報告を聞きながら、俺はスーツのジャケットを脱いだ。肩から滑り落ちる布の感触があり、椅子の背もたれにかける。黒い革張りの回転椅子に深く腰かけると、足を組んだ。革が軋む音が小さく響き、身体が椅子に沈み込んでいく。

(おかしい)

 今の現状は子どもたちを苦しめている結果になっているのだが、朔夜の行動には矛盾がある。鉄平がデスクの脇に立ち、こっちを見つめていた。黒い瞳が俺を捉えており、次の言葉を待っているようだ。

「子どもを苦しめるつもりはなかった……と。そもそも逃げる気はなかったのか」
 俺は呟いた。指を組み、顎の下に添える。思考を整理するために、鉄平の報告を反芻していく。

「調査してわかったのですが」

 鉄平が言葉を続けた。手に持っていた書類に視線を落とし、内容を確認しながら話している。

「恋人を作っては別れを繰り返しているみたいですが、意外と子ども優先の生き方をしています。そのせいで恋人と別れるっていう結果みたいですけど。なので、ちょっと今回の逃走には不可解さが――」
「そうだな」

 俺は鉄平の言葉を遮った。椅子を回転させ、窓の方を向く。外の景色が目に入り、高層ビルが立ち並ぶ街並みが広がっていた。朝日が窓ガラスに反射し、眩しい光が目を射る。

「子ども優先な生活に、職場の人間に話していた内容を鑑みても、恋人と愛の逃避行とは思えないな」
 だが現実には、朔夜の姿は消えている。

「だとするなら、恋人に連れ去られたか」

 椅子を元の位置に戻し、鉄平を見つめる。鉄平が唸り声をあげて、首を傾げた。眉を寄せて考え込む表情を浮かべており、俺の推理を吟味している様子だった。

「まあ、考え方によっては子どもたちの迷惑にならないように恋人と一緒に……愛の逃避行に走ったのかも。逃げたことで、子どもに取り立てが――て、無理あるか」
「だが家には『あとよろしく』という手紙があった」

 柊から聞いた話を思い出す。あの日、柊が震える手で俺に見せてくれた手紙。走り書きで殴り書きされた文字だ。慌てて書いたような乱雑な筆跡だった。

「逃げた恋人と逃避行ではなくて……そもそも恋人を探してるとか? あとは取り立てられる日に俺らのとこにきて返済についての相談をし、新しい職を探そうとしていたが……恋人に拉致られて一緒に逃避行させられてるって可能性もありますかね?」
「――可能性はあるな」

 調査結果を思い出しながら、言葉を続ける。ファイルに記載されていた内容が脳裏に浮かんできた。

「調査によれば、朔夜よりも恋人の馬鹿のほうが愛に溺れていたようだからな」
 俺は続けた。指でデスクを軽く叩き、リズムを刻む。

「朔夜に仕事をやめるように言って喧嘩をしていたらしい」
「ギャンブルに溺れ、愛に溺れ、窒息寸前じゃないっすか」

 鉄平が軽口を叩き、俺は僅かに口角を上げた。笑みというほどのものではないが、鉄平の言葉に同意する気持ちが湧く。的確な表現だった。

「引き続き、居場所を探してくれ」
 椅子に深く座り直し、背もたれに身体を預ける。革が軋む音が小さく響いた。

「馬鹿から金はしっかりと回収しないとな」

 鉄平が頷き、部屋を出ようと身体を向ける。ドアに手をかけたところで、足を止めた。振り返り、探るような視線を俺に向けてくる。

「あれ? 一回十万って息子くんに言ったのでは?」

 鉄平が口を開いた。声に僅かな疑問が混じっており、俺の真意を測ろうとしている様子だった。俺は鉄平に鋭い視線を向け、黙って睨みつける。黒い瞳が鉄平を捉え、威圧感を込めて見つめた。

 鉄平が慌てたように両手を上げた。

「なんでもありませーん」

 気の抜けた返事をして、さっさと部屋を出ていく。ドアが開き、閉まる音が響いた。足音が遠ざかっていき、廊下の向こうへと消えていく。

 静寂が部屋を満たし、暖房の稼働音だけが聞こえる。機械的な音が規則正しく響き、暖かい空気が肌に触れ続けていた。

 俺は椅子に深く座り直し、目を閉じた。
 柊と初めて会ってすぐに運命の番だとわかった。

 あの日のことは鮮明に覚えている。ドアを開けた瞬間、目の前に立っていた華奢な少年。黒い髪が顔にかかり、大きな瞳が怯えたように俺を見上げていた。制服姿で、鞄を肩にかけたまま固まっている姿が目に焼きついている。
 全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。

 目の前にいる柊を強く抱きたいという欲求に駆られて、抗えなかった。

 甘い香りが脳を支配していき、思考が停止する。この少年を手に入れろと、離すなと、俺のものにしろと。身体が勝手に動き、柊を抱きしめていた。

 セックスなら何度もしてきた。

 仕事の関係上、差し出された女は抱いてきたし、そこそこの快感は得られていた。身体が反応し、欲求を満たすことはできた。機械的に腰を動かし、相手が満足すれば終わり。感情が動くことはなかった。

 柊との行為はそれ以上のものだった。

 キス一つで十分に抜けるくらい興奮し、柊の唇に触れただけで身体が熱くなる。甘い吐息。柔らかな肌。敏感に反応する身体。小さく喘ぐ声。涙を流しながら感じている姿。全てが俺を狂わせていった。

 何度抱いても飽きることがなく、むしろ欲求は増していくばかりだ。

(最悪な抱き方をしたことは後悔してる)
 でも俺にはあの方法しかわからなかった。

 弟に知られるのを極度に嫌がり、父親の代わりに足を開く柊に苛立ちを抱えながらも、抗えない欲求をぶつけてしまった。柊が泣いても、嫌がっても、止められなかった。身体が柊を求めてやまず、理性では抑えきれない。

 柊の泣き顔が脳裏に浮かぶ。

 涙を流しながら、必死に声を殺して耐えている姿。赤く腫れた目。震える肩。痛みに耐えながら、俺の欲望を受け入れる柊。

 恋人同士になりたい。番同士になりたいという感情はあるが、どうしたらいいのか。

(俺にできることは――)

 まずは父親とその恋人を見つけて、きっちりと制裁を下す。

 それから、柊にとろとろになるまで愛情を注ぎたい。笑顔が見たい。幸せそうな顔が見たい。俺の腕の中で安心して眠る姿が見たい。

 俺は目を開けた。

 窓の外を見つめ、決意を新たにする。柊を守るために、まずは父親を見つけなければならない。さらに恋人を見つけて、そいつから金をもぎ取る。

 俺はデスクの上に置かれた書類に手を伸ばした。ペンを取り、契約書に目を通し始めた。
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