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48 プロポーズ??

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『君と出会った時の、私の発言を撤回したい』

 ───えっ?

『君を、愛さないと……言った事』

 ───ええぇっ!?

 思っても見なかった言葉が耳に飛び込んで来て、私は大いに混乱していた。

「あのぉ……、どう言う意味でしょうか?」

「君にそばにいて欲しい」

「……はぃ?」

「私自身、こういう気持ちを抱くのは初めてなので、自分でもまだ戸惑っている所なのだが……」

「……」

 どう答えたら良いか分からず無言になった私を安心させる様に、旦那様は微かに笑った。

「まあ、だからって、直ぐに契約を反故にしたいとは言わないから、そんなに警戒しないでくれ。
 今はただ、この気持ちを君に知っておいて欲しかっただけなんだ」

「……それは、あの、もしかして…私の事が好きって事?……でしょうか?」

 自意識過剰かなと思いつつも、これまでの話を聞くと、どう考えてもそうとしか思えない。
 恐る恐る確認すると、旦那様はしっかりと頷いた。

「ああ。君が好きだ」

 そう言った彼は、甘く熱っぽい微笑みを浮かべていて───。

 私の心臓が、ドクンと跳ねた。

「それでも、契約結婚はそのままでも良いと?」

「そうだよ。
 だって、これは私の一方的な気持ちの変化であって、君の気持ちは契約を結んだあの時と何ら変わっていないだろう?
 契約の変更には、お互いの同意が必要不可欠だから」

 旦那様が私の気持ちを尊重してくれる事は、正直ありがたかった。

 ……私の気持ちは、どうなんだろう?

 変化していると言えば、しているし、していないと言えば、していない。
 旦那様にある種の好意を抱いている事は確かだけれど───。

 それは何とも朧げで、私は、まだその気持ちに名前をつける事が出来ずにいる。

 だから、私は溜息と共に、小さな頷きを返した。

「……はい、済みません。
 恋愛についてはあまり考えた事が無かったので、正直、自分の気持ちがまだ良く分からないのです」

「謝らないでくれ。強制する様な事じゃ無いから。
 でも『まだ』って事は、可能性は残っていると考えても良いだろうか?」

「そう…、ですね」

 「じゃあ、これからは、もう少し君と交流する機会を作りたい。
 例えば夕食後のお茶の時、ジェレミーが退席した後の時間を、毎日少しだけ私にくれないか?
 五分でも十分でも良いから、もっとお互いを良く知る為の時間が欲しい」

「それは構いませんが」

「その上で、もしも、約束していた別居の期日までに、君の気持ちが良い方向に変化したら……、ずっと私たちと一緒にデュドヴァン邸で暮らしてくれないか?」

「……あ……、はい」

 そんな言い方をされたら、頷く以外に無いではないか。
 私が逃げる余地を残してくれている様にも見えるが、既に絡め取られてしまっている様な気もしていた。

「良かった。実は、かなり緊張していたんだ。
 君に振り向いて貰えるように、今日から頑張るよ」

 旦那様は最後にそう言って、幸せそうに笑った。






 ───っっ!!!!

 何アレっ!
 何なのっ!?


 私はその日の深夜、一人きりの寝室で悶絶した。


 眉目秀麗な男性の幸せそうな微笑みって、あんなにも破壊力がある物なのか?

 あんなのを至近距離で見せられたら、健全な婦女子ならば誰でも簡単にときめいてしまうに違い無い。
 いや、実際ときめいた。
 自分がチョロ過ぎて嫌になる。

 しかも、『振り向いて貰えるように、頑張る』って……。
 なんだか自分がとても高尚な人間になったかの様な錯覚に陥ってしまうじゃないか。
 そもそも私は、そんな風に言って頂けるような存在では無いのに。


 あぁ、もう、思う壺だ。
 突然プロポーズ紛いの告白を受けて、まんまと意識してしまっているのだから。


 冷静に考えると、普通の夫婦になる事は、私にとって悪い話では無いはずなのだ。
 そうなれば、ジェレミーに対しても、ずっと義母として接することが出来る。
 デュドヴァン侯爵邸は、私にとって、とても居心地の良い場所だ。
 旦那様の事も尊敬しているし、信頼している。
 彼は、おそらく私に好意を持つ前から、ずっと誠実に接してくれていた。
 ……いや、一番最初の一言は、なかなかに衝撃的だったけれど。
 それだって今となっては、ちょっとした笑い話だ。


 そう、全く悪い話では無いはず。

 ───なのに。
 では何故、私はこんなにも躊躇しているのだろう?



 そもそも、何故突然、旦那様はあんな事を言い出したのだろうか?
 私に触れてみても、嫌悪感が無かったから?
 それはどうして?

 私がこの邸に来て、もう少しで一年が経つ。
 たった一年の間に、旦那様の中で、何が変わったのだろうか?

 シルヴィに触れられた時の、侮蔑と嫌悪と恐怖が入り混じった、彼の眼差し。
 血の気が引いた青白い顔と、震えていた拳を思い出す。

 あんなにも女性を嫌っている彼が、何故私を───?

 そんな疑問がふつふつと湧いて出る。

 旦那様が嘘をついていると疑っている訳ではないが、俄には信じ難いのも事実だ。
 どうしても、何かの間違いではないかと思ってしまう。



 そんな風に、正体不明の漠然とした不安が沢山纏わり付いている様な感じで……。

 だからだろうか?

 この時の私は、自分が彼の隣に寄り添う姿を、まだ想像する事が出来なかった。

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