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17 デビュタント

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一度目の人生を踏まえても初めての夜会は、想像以上に煌びやかな世界だった。
生演奏の楽器の音と、シャンデリアの光の洪水に、クラクラと目眩がする。

「ディア、大丈夫か?」

フィルが優しく背中を撫でながら、私の顔を覗き込んだ。

「済みません・・・、ちょっと雰囲気に呑まれてしまったみたいです。
少し慣れれば大丈夫だと思うのですが・・・」

「じゃあ、少し座ろうか」

彼は私を丁寧にエスコートして、会場の隅に設置されているソファーに座らせると、給仕係に声を掛けて飲み物を注文した。

「このドリンク、ディアみたいな色で綺麗だね。
アルコールは入ってないから、安心して」

差し出されたシャンパングラスには、淡いピンク色の炭酸水に、ブルーベリーとラズベリーが沈んでいた。
口を付けると、フルーティーで微かにミントの香りもする。
スッキリと爽やかな味わいだ。

「サッパリして美味しいですね。
なんだか落ち着いてきました」

「少し休んだら陛下に挨拶をして、一曲だけ踊ろう。
その後は、気分が悪ければ、無理しないでも良いから、早めに帰ろう」

デビュタントの夜会では、位の高い順に国王陛下のお言葉を頂く。
私は子爵令嬢なので、後半の方だ。
エスコート役と最低一曲はダンスを踊るのもマナーである。

「でも、フィルは挨拶をしなければいけない方が多いのでは無いですか?」

「今日は大丈夫。
ディアの方が大事だから」

甘やかな微笑みに、思わず頬に熱が上がる。
仮初の婚約者を大事にし過ぎじゃないだろうか?

(本当の婚約者になれる女性が羨ましいなぁ)

なんて・・・、つい思ってしまう。

「それに、美しく着飾った君を他の男がジロジロ見ているから、少し妬けてしまう」

そんな風に耳元で囁かれて、益々顔が熱くなった。
彼の言動に、一々大きく心が揺れ動く。

フィルはそんな私の頬を人差し指でつついて、ニヤリと満足そうに笑った。
揶揄われているのだろうか?
本当に困った人ね。
人の気も知らないで。


「顔色も良くなってきたし、そろそろ行ける?」

「はい」

休んでいる内に、いつの間にか子爵家の挨拶が始まっていた。
列に並んで順番を待っていると、少しづつ緊張感が高まってくる。
子爵令嬢が王族の皆様のお姿をこんなに近い距離で拝見するなんて、滅多に無い機会なのだ。


「ディアナ・エイヴォリーと申します。
お目もじ叶いまして光栄です」

「ん?あら、フィルじゃ無いの、久し振りねぇ。
全く、貴方ときたら、全然王宮に遊びに来ないのだもの。
たまには顔を見せにいらっしゃいな。
・・・と言う事は、そちらの可愛らしいご令嬢・・・えーと、ディアナちゃんが貴方の愛する婚約者なのね?
朴念仁かと思ったら、なかなかやるじゃないのぉ!」

順番がやってきて、正式な礼から顔を上げた途端に、王妃殿下のマシンガントークが炸裂した。

「やめて下さい、伯母上。
僕の可愛いディアナが驚いているじゃないですか」

ああっっ!!
そう言えばそうだった!
クラックソン公爵家と言えば、今の王妃殿下のご実家である。
と、言う事は・・・、
国王夫妻にとって、フィルは甥っ子では無いか!
しかも、公爵家の長い歴史を紐解けば、王女殿下が嫁いで来た事も複数回ある、由緒正しいお家柄である。
何故今まで気付かなかったのか?
私の馬鹿っっ!!

どどどどどうしよう。
仮とは言え、そんな高貴な方の婚約者が私だなんて・・・・・・。
ヤバい。
胃が痛い。

「だって、これまでずっと、どんなに美しいご令嬢にも毛ほどの興味も示さなかった貴方が、可愛いお嬢さんと婚約したいって自分から言い出したって聞いたのだから、気になるじゃ無いの!」

この国で一番高貴な女性の口から『毛ほどの』って言葉が出るなんて、誰が想像するだろうか。

「そうやって興味本位で詮索するから、会わせたくなかったのですよ」

眉根を寄せて不機嫌そうに呟くフィル。
親戚ともなると、国母に対しても気安い遣り取りなのね。
普通の貴族が言ったら不敬罪だわ。

国王陛下は暴走気味の王妃殿下に苦笑いをしながら、私にデビュタントの祝いの言葉を贈ってくれた。

そして───、

「甥っ子の事を、宜しく頼む」

最後に言われた言葉が、私の胸にズッシリと響く。


私の様な下位貴族の令嬢を、大事な甥御さんの婚約者として、好意的に受け入れてくれた事は有り難い。

だが、罪悪感も大きいのだ。


だって、そのお言葉を受け取るべきなのは、本来私では無いのだから。
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