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8 俺の小さなお姫様

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「はああぁぁぁーーー」

執務机に突っ伏して、特大の溜息を吐いた側近に、メルクリオは今日も冷たい視線を投げた。

「どうした、辛気臭い顔して」

十中八九アンジェリーナの事であろうと予測は付くが、一応、義理で質問する。

「俺の姫が可愛くて辛い」

「予想通りの回答だな。
こちらが溜息をつきたい位だよ」

「いつかアンジェリーナに好きな男が出来た時、俺は祝福出来るだろうか?」

「無理だろうな。
もう諦めて、アンジーの卒業と同時に結婚すればいいじゃないか。
婚約者なんだから」

「そ・・・・・・・・・・・・いや、ダメだ!
俺みたいなオッサンは」

「今、ちょっと揺れただろ。
ダメかどうかはアンジーが決める事だよ。
ってゆーか、お前がオッサンだと、同い年の僕もオッサンって事になるんだけど!?」

「だって、八歳も年上では、確実にアンジェリーナを残して先に死んでしまうじゃ無いか。
若くて健康で、俺に負けない位にアンジェリーナを深く愛していて、幸せにしてくれる男が相手ならば、きっと祝福出来るはずなんだ。
きっと、・・・・・・多分?」

「先に死ぬって・・・・・・(笑)
そんな先の事まで心配するなよ。
なんなの、その痩せ我慢。ドMなの?」

ウジウジ悩む側近を半笑いで眺めながら、メルクリオはふと考える。

(他の条件はともかく、アンジーをエル以上に深く愛する男なんて居るはずがないのに・・・・・・。
本当に馬鹿だよなぁ)




思えばエルヴィーノは、アンジェリーナが生まれたばかりの頃から彼女に夢中だった。

赤子だった彼女の白く柔らかな頬をそっと突っつけば、どんなに落ち込んでいる時でも幸せな気持ちになれた。

ぐずって泣いていても、エルヴィーノが頭を撫でるとすぐに泣き止んで、「あー、うー」と謎の言語を発しながら笑う。
その顔のなんと愛しい事か。

よちよち歩きを始めたアンジェリーナは、いつも覚束ない足取りで、エルヴィーノの後ろを付いて回っては、ふくふくの小さな手を懸命に伸ばしてくる。

世界一可愛い、大事な、大好きな妹分。
そう、エルヴィーノにとって、アンジェリーナは正しく妹だったのだ。

だから婚約した当初は、彼女を保護者として守ろうと決意した。
いつか然るべき時が来たら、信頼できる相手にバトンタッチするつもりだった。

それが、いつの頃からだろう?
その日が来る事を想像するだけで、胸を掻き毟りたくなる様な痛みを覚え始めたのは。


エルヴィーノが王立学園に入学してすぐの頃、アンジェリーナは突然、「クレメンティ公爵領について学びたい」と言い出し、領地へ引き篭もってしまった。

領地を主な生活拠点としている母は、アンジェリーナと暮らせる事をとても喜んでいたが、エルヴィーノは少し寂しかった。
だが、学園に通わなければならない為、自身はなかなか王都を離れられない。
長期休暇で会いに行っても、いつも
「アンジーなら、マリエッタ嬢の別荘に遊びに行ってるわよ」とか、「新しく支援を検討している研究者に会いに行ってるの」とか言われる始末。

(しょっちゅう会っているマリエッタ嬢と、たまにしか会えない俺のどっちが大事なんだ!?)とか、
(研究者って、まさか若い男じゃないだろうな?)
などと、嫉妬深いご令嬢の様な事まで考えてしまうほど、エルヴィーノにはアンジェリーナが不足していた。

たまに顔を合わせる事が出来ても、挨拶程度の言葉を交わすと直ぐにどこかへ行ってしまう。
手紙や贈り物を送っても、定型文の様な返信やお礼状が返ってくるばかり。
とても寂しい。
もしかして、避けられてる?
従兄弟離れだろうか?

しかも、姿を見る度にどんどん可愛さが増している。
悪い虫が付かないか、心配で堪らない。

母に言わせれば、
「そうかしら?
アンジーは元から可愛かったじゃない。
以前とそれ程変わらないと思うけど」
との事なのだが、きっと常に顔を合わせているから変化が分かり難いのだろう。


理不尽な境遇に生まれたにも関わらず、いつも明るく、好奇心旺盛なアンジェリーナ。

エルヴィーノは少しづつ、女性としての彼女にも惹かれ始めているのだが、その事に本人もまだ気付いてない。



───そして、あの日。

アンジェリーナが入学の為にタウンハウスに戻って来た日、エルヴィーノは大きな衝撃を受ける。
暫く振りに会った彼女は、少女が大人になる寸前の危うい色香を漂わせていた。

まだ十五歳になる直前の女の子に対して、抱くべきではない感情が、胸の奥に燻る。

認めたくはないけれど───。

(・・・これは、認めざるを得ないか)


領地へ旅立った頃から、アンジェリーナはエルヴィーノを『兄様』と呼ぶ様になっていた。
それまでは『エル』と呼んでいたにも関わらず。
初めの頃は、兄と呼ばれるのがちょっと嬉しかったりしたのだが、今となってみれば、兄様という呼び方には少し距離を感じる。
『お前は家族枠であって、決して恋愛対象ではない!』と、突き付けられている様な気分になるのだ。

悲しい。

だけど、八歳も歳の差があるのだから、アンジェリーナがエルヴィーノを恋愛対象外だと考えるのは当たり前だ。
元はと言えば、自分だって、家族としての距離感を望んでいたじゃないか。
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