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第九十五話 新たな病

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「肌が石のように? そんな病気は聞いたことがありません」
「俺も聞いたことがない。だが、これは冗談でも何でもないんだ。実際に、アンデルクに拠点を置くギルドを通じて、世界中から医者や薬師を呼び出して、治療に当たっているという話を聞いた」

 にわかには信じられない話だけど、オーウェン様がそんな変な冗談をいう方ではないのはよく知っている。

「すでに死者も出ているし、広がる速度が尋常じゃないようだ。このままではアンデルクに住む多くの民達が、謎の病に苦しむことになるかもしれない」
「その可能性は、十分考えられますね……薬師として、苦しんでいる人達を放ってはおけません」
「エリンならそう言うと思ったよ」
「あ、でも……そうなると、まだ帰れなくなっちゃいますよね……オーウェン様、ココちゃんが心配でしたら先に帰ってても……」

 オーウェン様のことだから、エリンのことは放っておけないって言いながら、笑ってくれるとばかり思っていた。

 しかし、帰ってきたのはとても真剣な表情だった。

「その気持ちは嬉しいが、帰ることは出来ない」
「どういうことですか?」
「この病……とりあえず石化病と呼ぼうか。これは現状だと、アンデルクの中だけで起こっている病気の様でね。他の国に病がいかないように、国境を超えられるのは、国家が行った身体検査を受けた人間や、他国からきた医者や薬師だけだ。それも、入国は出来るが、出国は禁じられている」

 ということは……今のままだと、私達はクロルーツェで待つココちゃんとロドルフ様のところに帰れないってことね……。

「もしかして、手紙を出せなかったのも、それが原因ですか?」
「ああ。今の物流も、アンデルクが他国から支援してもらうのだけのものを手に入れる時だけ、国境を超えられる。逆に、アンデルクから出るものは、軒並み止められてしまう」
「そこに病気の原因があったら……ってなりますもんね」
「そういうことだ」

 人も物もアンデルクから出すことが出来ない。そんな状態で、ココちゃんに無事を知らせることは不可能だわ。

 それなら……今私が出来ることは、いち早く石化病を治す薬を作って、この騒動を止めることね。

「エリンのことだ、自分の力で何とかしようと思っているのだろう?」
「そ、その通りです。お付き合いが長くなると、そういうのが読まれて、ちょっと恥ずかしいですね」
「そうかもな。それで……もし治療をするというなら、覚悟はしておいた方がいい」
「覚悟、ですか。薬師として働く以上、覚悟はしていますよ」
「それとは少し違う。アンデルクで石化病を調べていたら、城の連中に見つかる可能性が高い」

 い、言われてみれば確かにその通りだ。連れていかれたら、もう二度と城を出ることは出来ないかもしれない……あまりにも危険な賭けだ。

 でも、苦しんでいる人達を放っておけないし、コソコソ隠れているうちに、石化病が沈静化するとも考えにくい。

「もちろん、彼らがエリンに酷いことをするようなら、俺が全力で君を守る。しかし、危険な可能性があることを考慮しておいてほしい」
「…………」
「行くかどうか決めるのはエリンだ。どうする?」
「私は……行きます。薬屋アトレは、苦しんでる人を放っておくなんて出来ません!」
「わかった。それじゃあ準備をしてから、ギルドに向かおう。そこで正式に依頼として受けて、患者の元に向かう。それでいいか?」
「はい!」

 そうと決まれば、早速準備をしなくちゃ。何の薬を作って持っていくべきだろうか……?

「その石化病の症状は何か聞いてませんか?」
「大さっぱにはなるが、一応聞いてきたよ。なんでも最初は肌の一部のかゆみから始まり、それが段々全身に広がっていく。その後高熱が出て、肌が段々と石のようになっていき、そしてそのまま死に至る。亡くなった人は、まるで全身が石になったような見た目になるそうだ」

 話を聞いているだけでも、背筋がゾッとする話だ。こんな危険な病は、早く根絶しないといけない。

 とりあえず、解熱剤と、肌に塗りこむかゆみ止めを用意しておいた方が良さそうね。それが効くかどうかは、試してみないとわからないけど……。


 ****


 オーウェン様から石化病のことについて聞いてから三日ほど時間をかけて、私は色々な種類の薬を作った。

 もちろん、全ての薬には聖女の力が込められている。これでなんとか治ればいいんだけど……。

「ではモルガン様、私達はそろそろ出発します。長い間お世話になりました」
「なに、こっちこそアトレのために頑張ってくれたこと、礼を言わせてほしい。それで、報酬の件じゃが……」
「いりませんよ。私を産んで育ててくれたお母さんに、最初で最後の親孝行をしただけですから」
「しかし……いや、エリンがそう言うなら、無理に押し付けては迷惑か」

 モルガン様は、一瞬だけ何か言おうとしていたが、私の想いが伝わったのか、快く了承してくれた。

「そうだ、これをお渡ししておきます。お母さんを治した薬です。もしまた同じ病気の人が現れたら、この薬で治してあげてください」
「ありがとう。アトレのことは、ワシらに任せておくといい」

 本当は、お母さんと一緒に家に帰るつもりだったんだけど、予定が大きく変わってしまった影響で、一時的にお母さんをモルガン様に任せることになっている。

 今回の病気も、かなり手ごわそうな感じがするから、どれだけ時間がかかるかわからないけど、必ずお母さんを迎えに来ようと思っているわ。

「では、我々はこれで。みなさん、お元気で」
「エリン、オーウェンさん、達者でな!」

 モルガン様と、数人の村の人達に見送られて、私達は数週間滞在した故郷を後にした。

 ……やっぱり故郷を後にするのは、とても寂しく思ってしまう。でも、子供の時と違って、また来ることは出来るんだから、悲観的になる必要は無いよね。

 それよりも、今は目の前にある問題を片付けないと!

「あれは……エリン、見てごらん」
「っ……!」

 オーウェン様の指差す方には、あの白い花が咲き乱れる花畑があった。その花達は、風も吹いていないのにそよそよと動いていた。まるで、私達に手を振りながら、別れを惜しんでいるかのように。

「あなた達のおかげで、私は故郷に帰ってこれた。本当にありがとう……さあ、行きましょう!」
「ああ!」

 私は改めて意気込むと、未知に病気からアンデルクの民を救うために歩きだした――
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