【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

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兄の優しさ

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 エレインを捨てに行ったあの日、シルベスはアマンダからキャサリンの娘は始末しろと言われていたのだ。
 しかし一度は心から愛した女性との間に出来た我が子を、情は無くとも自身の手で屠る事は出来なかったのである。
 その結果、完璧だと思われていた計画に、亀裂が入ってしまったのだ。
 エレインが現れなければ、疑いの目を向けられていても、処罰を受ける事は無かった筈だとシルベスは考えていた。
 始末しなかった事を悔やむ訳では無いのだが、何とかこの状況を覆す事は出来ないものかと頭を抱えていた。
 エレインが多くの人目に晒されて、その存在を王家に知られているのだから、シルベスに打つ手は無いのだと言う事を認める訳にはいかないのである。
 娘を誘拐して何処かへ捨てて来れば、行方不明となって娘のすり替えが無かった事になるのではと考えてしまったのだ。
 そんな事をしても、キャサリンが黙って見過ごす筈がないのだと言うのにも気付かない程、正常な判断が出来なくなっていた。
 エレインとマルゲリーターは双子であると国王が認め、シルベスの娘として公爵家に受け入れる様にと密書に書かれていたが、それで丸く収まった訳ではない事位想像が付くのだ。
 ルーカスとエレインは帝国の皇族として認められたが、マルゲリーターは皇族として認められなかった事が、後に起こるであろう事態を連想させてしまうのである。

 恐ろしくなり居ても経っても居られなくなったシルベスは、翌日早朝学園へ向かうルーカスの馬車を、密かに付けたのだった。
 シルベスが付いて来る事を、ルーカスが想定しているとは考えもせず、フルール男爵家まで来たのである。
 そこでシルベスは、キャサリンが産んだ嫡子であるエレインを見て愕然とした。
 差し出したルーカスの手を取り、笑顔で馬車に乗り込む姿は、遠目からでもハッキリと分かる程キャサリンによく似ていたのだった。
 「終わりだ…」
 ルーカスの言う通り、誤魔化せる段階はとうに過ぎていた。
 あそこまで似ているのならば、エレインを行方不明にしてから双子だなんてキャサリンの戯言だったと、言い訳をしたところで悪足掻きにしか取られないだろう。
 下位貴族までが公爵家に下される沙汰を待っていると言われても、納得するしかなかったのだ。
 ルーカスから侮蔑の眼差しを向けられていた事にも気付かずに、遠ざかって行く息子の馬車を眺めながら、何処にも逃げ場のない事を悟ったシルベスは項垂れた。
 どうやって戻ったのかは、分からない。
 馬が岐路を覚えていたのだろう、気が付くと公爵邸の目の前まで来ていた。
 何とか呼吸を整え、覚悟を決めたシルベスは、事実をアマンダに告げたのだった。

 「キャサリンの娘が、エレインと名乗って学園に通っていた。アルフレッド殿下は全ての婚約者としての義務を放棄され、議会では婚約を破棄する方向で話が進んでいる。恐らくだが、エレインがアルフレッド殿下の次の婚約者に選ばれるだろう」
 シルベスの話しを聞いていたアマンダは、想像通り怒り狂った。
 「冗談じゃないわ!どうして生かしたままでいたのよ!私はあの時、はっきり始末しろと言ったじゃない。こんな事になったのは、怖気付いたお前の所為よ!マルゲリーターが、可哀想だとは思わないの?あんなに殿下を慕っているのに、お迎えにも来てくれなくなるなんて。それだけではなく、婚約まで無くなると言うの?アルフレッド殿下は、あの女が産んだ娘を見てしまったから、心映りをしたんだわ。お前の様に!母娘揃って、何処まで私を苦しめたら気が済むのよ!」
 口汚く罵って来るアマンダの頬を、気が付くとシルベスは平手打ちをしていた。
 赤く腫れた頬を押さえ、驚きに目を見開くアマンダに、侮蔑の眼差しを向けている。
 「好い加減にしてくれ!二言目には浮気だと罵るお前の方こそ、私にとっての疫病神だったのだ。お前が私を騙し、愛していた妻を虐め、幸せだった家庭を滅茶苦茶にしたのではないか!お前に罪悪感なんて持たなければ、今頃キャサリンとエレインとルーカスの四人で、何不自由なく暮らせていたのだ。私の全てを、お前たち母娘が破壊したのだぞ!どうやって責任を取るつもりだ」
 お互いに、醜い責任の擦り付けをしたところで、王家を欺いた事実は覆せないのである。

 
 時は早朝まで遡り、エレインは理事長に言われた次のゲームで、言葉遊びをしたいと考えていた。

 【エレインが優位に立たない様、メッセージは理事長が決める事】
 【メッセージを解き明かすヒントは、毎日の授業内容の中にさり気なく組み込む事】
 【学年やクラスが違う事で、不利有利にならない様に配慮する事】

 クラブ会員は、数多ある言葉の中に隠されたヒントを探し出し、メッセージを解き明かす事になる。
 まるで地図を片手に、宝箱を探しに行くみたいだと、我ながら名案が浮かんだとエレインは思うのだった。
 ルーカスが迎えに来て、馬車に乗り込む時、実父が傍に居るとも知らずに満面の笑みを携えて兄を見上げていた。
 「ごきげんよう、お兄様。何時も迎えに来て下さり、ありがとうございます」
 「ごきげんよう、エリー。兄として当然の義務だからな、遠慮はいらない」
 仲良く馬車に乗り込み、理事長の意見が聞きたくて、早く学園に付かないかとそわそわしてしまう。
 「お兄様。私、とっても面白い事を、思いついきましたのよ。理事長が認めて下さったら、きっと次のクラブ活動は、楽しいものになりますわ」
 「それは楽しみだ。次のテストでは、必ず上位三名に入らなくてはいけないな」
 「そうでしたわ。すっかり忘れておりました、テストで上位三名に入らなければ、クラブ活動に参加出来ないのですよね」
 今しがたまで満面の笑みを浮かべていたと言うのに、今度は一変して不安な表情を見せたエレインを、ルーカスが愛おしそうに見つめていた。
 「心配しなくても良い。僕が付いているのだから、次のテストでも必ず一位を取らせるから、安心しなさい」
 自信に満ち溢れた兄の言葉に、エレインは尊敬の念を抱くのであった。
 「お兄様は、ずっと一位なのですよね?何時も、どの様な学習をなさっているのですか」
 「只管本を読んでいるだけで、特別変った事はしていない。僕は、他人ひとより少し物覚えが良いらしい。一度見聞きした事は、忘れないだけだ」
 益々尊敬の眼差しを向けて来るエレインに、ルーカスは思わず照れてしまった。
 首を左右に振って、親友自慢を始めたのだ。
 「たいした事では無い。アルフレッドの方が、僕よりもずっと頭の回転が速い。学園のテストでは僕の方が勝っているが、頭の良さでは彼には歯が立たない」
 エレインは、アルフレッドとルーカスが、並外れた実力者である事を知っていた。
 お互いに切磋琢磨しながら、生きて行ける幼馴染がいる事を、羨ましいと思っているのだ。
 孤児院では、気を許して話し合える友達はいなかった。
 子供たちは日々の糧を得る為に毎日身を粉にして働き、仲良く遊ぶ余裕など無かったのである。
 特にエレインは最初の印象が悪かったので、子供たちから嫌われてしまった為、用が無ければ話しかけて来る子供はいなかったのだ。
 男爵家へ引き取られた後は、茶会やパーティ等に参加する余裕は無く、友達を作れる環境にはいなかった。
 寂しい記憶を思い出したエレインだったが、そっと甘える様に兄をみ見上げれば、ルーカスは愛情深い眼差しで見下ろしてくれる。
 ルーカスの手を取り頭の上に乗せると、何も言わずに優しく撫でてくれるのだ。
 たったこれだけの事だったが、エレインにとっては寂しい記憶も只の思い出となる、大切な触れ合いになっていた。
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