千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

文字の大きさ
21 / 44

本当に欲しかったものは…

しおりを挟む

 豪雨の中で対峙するアーヴァイン家の兄妹は、どちらも譲らなかった。
 バチバチと火花を散らせるふたりを、ハレスはさもいつものことだと言わんばかりに気にも留めず、冷たく濡れた少女の身体を気遣ってくる。
「寒くはありませんか? 早く屋敷に戻りましょう」
「あなたは……どうしてここに?」
 探しに来てくれたようだが、何故ハレスは少女がいなくなったことを知っているのだろう。
 この青年と共に来たメアリーも、闇の魔女を恐れているはずなのに、何故この場にいるのだろう。
 疑問ばかりが脳裏を飛び交い、それをハレスへとぶつけた。
「団長の命で参りました」
「…………」
「とても心配しておいでです」
「……嘘ばっかり」
 はっ、と少女は息で笑う。
 そんな少女に、ハレスは首を左右に振った。
「嘘ではありません。団長はいつもレディのことを想っておいでです。それで、私を」
「あなたが私の『お気に入り』だから?」
「――そのようです」
「…………じゃあ、あの人も来ているの?」
 その問いに、ハレスはまた首を左右に振った。
「いいえ。ここには私と、メアリー嬢だけです」
「…………」
 ハレスの答えに、少女は落胆した。そんな自分に、自嘲してしまう。
 デュクスは言っていた。「もう諦める」と。
 何を、とは言っていなかったが、あれから少女とデュクスの間には大きな壁ができてしまっている。
(――違うわね……)
 最初から壁を作っていたのは、少女の方だ。
 デュクスはそれをいとも簡単に飛び越えてきただけであり、もうそれをしなくなったにすぎない。
 記憶の中の青年の存在が大きくて、目の前のデュクスに背を向けた。
 だが、それは当然のことだ。
 デュクスは無関係の人間である。
 そんな彼に、何を望むというのだろう。
 姿かたちが同じだからといって、少女は彼に何かを求めたくはなかった。
 縛りたくはなかった。
 けれど、人の心は我儘だ。
 少女の中に残っていたその「ひと」の部分が、彼を縛ろうとしている。
 それがどれだけ愚かなことか、少女にはわかる。
 かつて少女は、赤子の時に面倒を見にやってくる哀れな侍女たちがこれ以上自分のことを恐れさせないため、大人しい赤子を演じた。
 決して優しく触れてくれることはなかったけれど、それでも愛されようと努めた。
 母を失った、それが赤子だった少女の本能だった。
 赤子だった闇の魔女は、彼女たちに母の面影を重ねたのだ。
 だがそれは無駄なことだった。
 どんなに大人しい赤子でいようと努めても、彼女たちから愛してもらえることなどなかったのだ。
 他人の子で、しかも恐ろしい闇の魔女なのだから当然のことだ。
 縁もゆかりもない人一人簡単に殺せるだけの魔力を秘めた赤子を、どうして愛することができるだろう。
 だから、無駄なのだ。
 記憶の中の青年にデュクスを重ねたところで、仮に少女がデュクスにあの青年同様の想いを抱いたとしても、また叶わない片思いに苦しむだけなのである。
「話は屋敷に戻ってからにしましょう」
「――……戻りたく、ないわ」
「レディ?」
「あそこには、戻りたくないの」
 デュクスには「ここに留まる必要はない」と言われた。
 出て行け、という意味ではないことはわかっている。
 だが少女は「せめてここに居てほしい」と、そう言ってほしかった。
 地下牢という居場所しかなかった少女に、新しい居場所をくれた彼はしかし、それをそこまで重要視はしなかった。
 だがその配慮は正しい。
 正しいのに、勝手に傷ついている。
 長い歳月を生きてきて、無駄なことを多く知った。
 望むことも、願うことも、待ち続けることも。
 全部無駄な時間だった。
 だから早々に諦めた。
 誰もいない地下牢の中での何もない生活を送るには、そうする他なかった。
 だから、今もそうすればいい。
 全部諦めれば良い。
 記憶の中の青年と過ごした、静かで優しい胸ときめく時間も嘘だったのだ。
 闇の魔女が恋をしても、良いことなどない。
 初恋、というものを経験できただけで運が良いくらいだ。
 恋することの無情さを痛感した今、デュクスに何を望めよう。
 記憶の中の青年がいつから少女を憎んでいたのかは知らない。
 最初から憎まれていたのか、少女と過ごす時間の中で憎まれるようなことをしてしまったのか、それは彼にしかわからない。
 しかしどちらだとしても、やはり考えるだけ無駄なのだ。
 闇の魔女は憎まれ疎まれ恐れられる存在であり、決して愛される存在ではない。
 生まれながらにして、そういう運命を背負わされているから、世界を滅ぼす魔力を好きに操れるのだ。
 もしこの世界に「神」と崇められる存在が実在したとしたら、それがその「神」から与えられた、少女への罪滅ぼしであり唯一の祝福ギフトなのだから。
「恐れながら申し上げます。――レディ。私の屋敷に来ますか?」
「え……?」
「このままでは本当に風邪を引きます。団長のところに戻りたくないのであれば、私の屋敷では如何でしょうか? すぐ近くですから」
 意外な提案だった。
 きょとん、として顔を上げてハレスの顔を下から仰ぐと、彼は真っすぐに少女を見つめてくる。
 しばしふたりで見つめ合っていると、チッ、という舌打ちの音が聞こえた。
「一昨日出直していらっしゃいませ!」
 視線を向けると、メアリーが背中を向けて去っていく兄に向って中指を立てている。
 初めて彼女と出会った日の、泣いていた可憐なご令嬢と同一人物とは到底思えない仕草である。
 ふんっ、とその場で仁王立ちしていた彼女は、少女の視線に気づき、ハッとして身なりを整え始める。
「あの、ハレス様のところへ行かれるのでしたら、わたくしも同行致しますわ。ハレス様では女性のお召し物を替えることもできないでしょうし」
 先ほどの威勢はどこへ行ったのか、俯いてもじもじしているメアリーは、ちらりとハレスへ視線を向けて伺いを立てている。
 それをハレスも受け止め、困ったように顔を顰めた。
「しかし、我が家は侯爵令嬢をご招待するような場所では――」
「あら! 『皇姉殿下』はお誘いできても、わたくしはダメだとおっしゃるの?」
 皇姉殿下、というのは、少女のことだろう。
 勝手に少女の弟となったクリストフェルが皇帝なのであれば、その姉である少女は『殿下』と呼ばれてもおかしくはないが、しっくりこない。
「ご婚礼前のご令嬢を私のような男の屋敷になど……」
「それをいうなら、皇姉殿下をお誘いするのは、何か下心がおありということ!?」
 メアリーは愛らしい頬をぷっくりと膨らませ、ハレスに食って掛かっている。
 彼女はどうしてもハレスの屋敷に行きたいようだ。
 だがそれを、ハレスはやんわりと拒否し続けている。
「私は皇帝陛下に仕える騎士です。つきましては皇族であらせられるレディの身をお守りする義務がございますが、メアリー嬢は――」
「絶対に行きます! ふたりきりになどさせません!」
 それに――、とメアリーは少女の冷たい手を取った。
「誤解を解きたいのです。殿下はわたくしとデュクス様のことを誤解しているようですので、あの朴念仁が不甲斐ないのであれば、幼馴染のわたくしが弁解しなければ」
 メアリーの手は、驚くほど熱かった。
 興奮しているからではない。
 その異常な熱さに、少女は目を見開いてハレスを仰ぎ見る。
「あなた! 早く彼女を屋敷へ!」
「レディ……?」
「すごい熱だわ!」
 しとどに濡れたメアリーの身体は、信じられない熱に侵されていた。



 ハレスの屋敷は裏路地を出て少し行ったところにあった。
 デュクスの屋敷より小さく古いが、若い使用人もいる。
 忙しなく家の中を駆けていくその使用人たちは、メアリーの看病に追われていた。
「本来であれば、アーヴァイン家へお連れする方が良いのですが……」
 メアリーはハレスの屋敷に着くや否や、倒れてしまった。
 か弱い侯爵令嬢があの冷たい豪雨の中、傘も持たずに何時間も立っていたのだ。
 風邪のひとつも引いておかしくないだろう。
「レディは、本当に大丈夫なのですか?」
 使用人が淹れてくれた温かいココアを手に、少女は暖炉の前に座っている。
「あの程度で倒れるほど、柔ではないの」
 少女はそこまで脆弱ではない。
 闇の魔女が雨に打たれただけで体調を崩せるのであれば、千年以上も生きていない。
 そう説明すると、ハレスは納得したのかどうなのか、曖昧な相槌を打って黙り込む。
 彼は簡単に湯を浴びに一度、席を外したので騎士服ではなくラフな普段着だ。
「心配するのはあの子の方じゃない? 私の魔力で少し楽にはしてあげたけど、熱を取り払うことはできないし……」
 そんなことをしたら、本来生者が持つべき熱まで奪ってしまうだろう。
 それはすなわち、死を意味していた。
「熱があったから、いつもは私のことを怖がっていた彼女も、私が平気だったのかしらね」
 メアリーはいつも、少女を見る度、怯えているようだった。
 それが熱のお陰で少しは和らいだのであれば、怪我の功名と言えるかもしれない。
「あの子は、どうしてあの場に?」
 侯爵令嬢、がどの程度の地位のある者を指すのか、少女にはイマイチわからない。しかしハレスの態度からして、高貴な身なのだろうことは伺えた。
「レディを心配して、付いて来てしまわれて……」
「私を? あの子が?」
「はい。自分のせいだから、と」
「……何故?」
 メアリーに心配される義理はないのに、彼女は少女がいなくなったと耳にするや否や、デュクスの命を受けて街に出たハレスを追うように付いて来てしまったのだという。
「メアリー嬢は、レディがご自身の兄上殿の手に落ちることを懸念もしたのでしょう」
「かなり仲が悪いようだものね」
 侯爵位を争っているようにも見えた。
 仮にセルジュが闇の魔女である少女を手に入れると、その御家騒動に影響が出るのだろう。
「あのご兄妹は昔からとても仲が悪いのです。アーヴァイン家の次期当主の座を、幼少期から争っておられます。既にメアリー嬢が当主にふさわしいという決定がなされておりますが、それが覆される可能性もあります」
 何か言いにくそうにしているハレスの様子に、少女は首を傾げる。
「セルジュ殿は、レディ。あなたを狙っています。強い魔力を持つレディがあちら側につけば、皇帝陛下も無碍にはできません」
「私がそんな世渡りをするとでも?」
 人の理から外れた少女は、地位や権力には興味がない。
 故に、そんな心配をメアリーがしている、というのであれば、思い過ごしもいいところだ。
「人の世に干渉しない。それが闇の魔女としての私の生き方よ」
「そのお考えはどうあっても覆らないと?」
「考え、というより、そうと決められているもの」
「誰にでしょう?」
「誰って……」
「レディ。あなたは自由です。今は皇帝陛下の姉君という地位をお持ちですが、あなたが望めば、それ以外にも、なることができます」
「何を、言っているの……?」
 クリストフェルも、デュクスも、ことあるごとに「あなたは自由だ」と口にした。
 それを少女はずっと聞き流して深く考えなかった。
 地下牢から連れ出されたのだから、それを「自由」と言っているのだと、そう思っていた。
 だがハレスの言葉にはそれ以外のものが含まれている。
「申し訳ありません。出過ぎたことを言いました」
 瞠目する少女に何を思ったのか、ハレスはそっと頭を下げる。
「…………」
 少女は、暖炉の明かりに照らされ陰るハレスの顔へ、無意識に手を伸ばす。
 その時だった。
 バンッ、と大きな音を立てて、扉が開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

処理中です...