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1:春は恋の季節

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「待ってくれっ!!」
「着いてこないでっ!!」


 ここは貴族や庶民の少年少女達が集う学園。
 逃げる女子生徒を男子生徒が追いかけている。
 二人の男女は痴話喧嘩の真っ最中。


 女子生徒はあっという間に捕まってしまう。

 女子生徒は腕を振り払おうとするが、男子生徒はそれを許さない。


「離してっ!!」


 腕を離そうとしない男子生徒に女子生徒はキッ睨みつけると口を開く。
 
 続く言葉は決まっている。


 "あなたとは婚約破棄よ"

 
「あなたとは婚約破棄よ!」


 あぁ……。またやってるのね。
 今日で何回目?ここは恋人たちの聖地なの?


 カタリナの呆れた視線の先は学園の寮と校舎をつなぐ道にある庭園。
 登下校以外の時間は人通りが少ないせいか、恋人たちの秘密の逢瀬場所として有名だったが、最近では違う意味での恋人達の秘密の逢瀬場所となっている。


 あの二人……、私の記憶に間違いがなければ、先週までは仲良さそうに身を寄せ合って話しをしてなかった?

 春の暖かい風になびく胸元まで伸びた薄桃色の髪の毛を、カタリナは手で押さえる。

 この部屋は学園長が身体の弱い姪っ子のために、気安く休めるように準備した校舎の中にある特別な部屋。

 カタリナは処方された薬草を煙管キセルで吸う時以外にも、よくこの部屋を利用している。
 
 花の香りを楽しみたくて開けられた二階にある部屋の窓から、女子生徒と男子生徒を観察する。


 女子生徒をなだめる男子生徒を見るに、彼は婚約破棄をしたくないらしい。


 一週間で婚約破棄を宣言するなんて、二人の間に何があったの?
 
 
 尚も続く、婚約破棄する。しない。の痴話喧嘩に部屋の主人であるカタリナは見飽きて視線を逸らす。


 どうして人は終わりが来ると分かっているのに付き合ったり、婚約したりするんだろう。
 目に見えないものに執着して、時間を無駄にするなんて馬鹿みたい。

 ただの恋人だと別れるとそれで終わりなのに、婚約までしてしまったら簡単に別れることは難しい。
 ……貴族という身分はこういう時に厄介ね。
 

 窓の側にある椅子に腰掛け、制服のスカートから覗くスラリと長い白い足を組み、机の上に置かれた煙管キセルを手に取って溜め息をつく。

 この婚約破棄の流行りはいつまで続くのかしら。見たくもないものを見せられる、こちらの身にもなってほしいわ。


「ほんと……、退屈ね……」


 感情がこもっていない声で呟いたカタリナの言葉は、女子生徒と男子生徒の話し声にかき消される。
 
 カタリナは椅子に深く座り直すと、慣れた手付きで薬草が詰められた煙管に火をつける。
 肺いっぱいに空気を吸い込んでは吐くのを数回繰り返して、婚約破棄のはじまりの出来事を思い返す。


 はじまりはこの国の王女リーディエが誕生日パーティーにて、婚約者である小公爵との婚約破棄を宣言したことがはじまりだ。それ以来、国中で婚約破棄が流行っている。

 流行に敏感な少女たちが多く通うこの学園でも、例に漏れず婚約破棄が大流行。

 教室で婚約破棄を宣言したかと思うと、食堂でも婚約破棄。

 この流行がいつ終わるのか。保護者たちは頭を抱えているでしょうね。

 まぁ、婚約者もいない私には関係のないことだけれど。

 尚も騒いでいる庭園の恋人たちを見下ろして、カタリナは煙管をふかす。

 ゆらゆらと揺れる白い煙を視線で辿る。
 フーと息を吐けば、女子生徒と男子生徒を中心に歪な円の形をした煙が浮き上がる。

 んー……。
 68点。今日は上手くいくと思ったのに。もっと細く、勢いよく息を吐かないとダメね。  


 ムムッと真剣な顔で煙に点数をつけていると。


「何をしているんだ」


 突然の訪問者の声にカタリナはビクッと身体を震わせる。
 窓の外を見ていた身体を振り向かせ、声の主人を見て頬を緩める。


「驚いたじゃない。来たなら来たって言えばいいのに」

 
 そこには部屋の扉に寄りかかるように、制服に身を包んだ男子生徒が一人立っていた。

 
「今来た」

 
 これでいいだろう?と言うような態度で言う彼はカタリナの同級生であり、一回生の時からの友人であるマクシミリアン・ユーベルヴェーク。

 一切の光を通さない漆黒の髪に意志の強さと、満月のような輝きを放つ金色の瞳。高い身長に長い手足を組んで扉に寄りかかる姿は王子様のよう。


 実際に、公爵家の次男であるマクシミリアンは、王族の血が流れているから王子様には間違いない。
 高位貴族特有の近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、マクシミリアンはカタリナの親しい友人の一人だ。



「何を見ているんだ?」
「恋というものがどれほど無駄で、生産性がないものかと考えさせられていたところよ」


 当たり前のように部屋の中に入ってきて、カタリナの隣に立つマクシミリアンに、カタリナは煙管で下を指す。

 庭園にいる二人の男女を見て、マクシミリアンは「あぁ」と納得したように相槌を打つ。

 
「またか?」
「えぇ。"また"よ」
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