ヒロインに化けたら溺愛コースッ!? って今貴方が断罪しようとしている公爵令嬢も『私』なんですがっ!?

神崎 ルナ

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第2話 空っぽの公爵令嬢

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 ――一月前。

 ロクサーヌ・クライスト公爵令嬢は思い悩んでいた。

 5歳で第3王子の婚約者に選ばれてからというもの、彼女に安寧の時はなかった。

 即座にこれまでとは違う、専門分野に長けた家庭教師が付けられ、一般教養から王国の歴史、礼儀作法、近隣の主要国の言語の習得等々、貴族としての責務を教え込まれた嫡男でさえ真っ青になって逃亡しかねない教育課程カリキュラムをつい先日無事に、見事に修了した彼女である。

 何の憂いがあるというのだろう。

 周囲からはきっとそのように見られているのだろう。
 
 だが、放課後となり、皆が思い思いの活動に身を投じ、雑然とした雰囲気の中でロクサーヌはそっと息を吐いた。

 それは誰にも見咎められることはないと思っていた。

 もし見られたとしても公爵令嬢の彼女においそれと話し掛けられる者がいただろうか。

 そんなロクサーヌの思惑は外れた。

「どうされましたの?」

 セリーヌ・シャーウッド侯爵令嬢。

 身分で言えばひとつ下に当たるが、シャーウッド侯爵家は建国時から続く家柄でこの王国では珍しく肥沃な穀倉地帯を有し、王家派の長でもあることからロクサーヌとは幼い頃からの友人である。

 過酷な王子妃教育の中、何とか得た非常に貴重な友人でもあった。

 そのため、ロクサーヌが王子妃教育で身に付けた感情を押し殺す術を使っても、今のように声を掛けてくることがあった。

 ロクサーヌの無機質とも取れる銀髪とは違い、セリーヌは濃い金色の髪をしていた。

 それは緩やかな曲線を描き、整ってはいるが優し気な顔立ちをさらに引き立てている。

 周囲からは癒しの女神、と崇められているこの友人が実際は策略家でもあることを知る人間は少ない。

「いえ。ただもう少しでこの学園ともお別れなのですね。と思っただけですわ」

 だから当たり障りのないロクサーヌの言葉にもセリーヌは軽く眉を上げた。

「そうですか。それは寂しいですわね。私ももうすぐここを去ると思うと万感の思いですわ」

 だがそう答えるセリーヌの、ロクサーヌより少し淡い青の瞳は『何を言ってるのかしら? さっさと吐いたら?』と言っているように見えた。

 その強い意思を認めたロクサーヌは逃亡を諦めた。

「ええ。ですから後で少し学園内を見て回ろうかと思いまして。セリーヌ様もいかが?」

 人気のないところを見付けて話し合いましょう。

 暗に込められた意図に即座にセリーヌが反応した。

「そうですわね。ぜびご一緒させて頂きたいですわ」




 ――進路相談準備室。

 進路相談室の隣にあるその小部屋はただでさえ人が少ない校舎の奥にあることに加え、既に貴族の子女は婚約が決まり、この今の時期に利用する者はほとんどいなかった。

 ちなみに鍵は掛かっていない。

 特に盗られるものがないというのが一点、そして放課後は定期的に教員が見回りに来ることもあり、比較的緩やかな規制になっていた。

「それで、一体どうしたの?」

 侯爵令嬢の口調からがらり、と変えてセリーヌがロクサーヌに向き直った。

「ふふっ、懐かしいですわね。カナイのお祭りを思い出しますわ」

 王子妃教育で忙しくしているロクサーヌにセリーヌは隙を見ては訪問し、時には市井の生活を知るのも貴族として大切な勤め、とクライスト公爵を説得し、お忍びで市井へ出ることがあった。

 それは本当に片手で数えられるくらいだったが、その間だけロクサーヌは公爵令嬢や王族の婚約者、という枷を外して息抜きが出来た。

 その際に衣装は勿論、話し言葉も庶民のものへ変えたことがあるため、多少の心得はある。

「あの時は楽しかったわね。ってそんなこと言ってる場合じゃないわ。今日の見回りがのんびり屋のザグネルド先生でも時間は有限なのだから」

 念を押すように言われ、ロクサーヌは観念したように口火を切った。

「分かりましたわ。お話しします。ダルロ様のことなんですけど――」


 ダルロ・エリオット・シーズクリースト第3王子。

 金髪碧眼の王族らしく整った顔立ちをしているのだが、上の二人の王子に比べると少々残念な頭の作りをしていた。

 学園の成績は中の上であり、クラス分けは上から3番目のBクラス。

 王族でBクラスというのはたまに見るが、王子という身分では初なのではないだろうか。

 代わりに剣技は、というとこれも下手ではないのだが、上手いという訳でもなく。

 他の王族に並べるのは顔くらい、と評される彼は更に残念なことに矜持プライドが高かった。

 そのため――。


『そんなことは言われなくとも分かっている』

『俺を馬鹿にしているのか?』

『それ位すぐに出来る』


 教えて貰うよりも自分でする方が好きらしいが、その殆どが空論や間違いで余計に時間が掛かるはめになった。


 周囲はまあ第3王子だし、と生温い視線を向けているがその分ロクサーヌの王子妃教育が厳しくなる。

 ダルロ王子の補佐までもロクサーヌにさせるようだった。

 ロクサーヌ自身、それはまだ良かった。

 伴侶の手伝いが出来るなら、と思っていたのだが。


『よいお天気ですね』

『……』

『この茶葉は珍しい組み合わせでしょう? 最近帝国で流行っているのことで少し真似をしてみたのですがいかがでしょう?』

『……』

『この間の実技ではダルロ様のところで大分盛り上がったとお聞きしましたが』

『……』



 会話が弾まない。

 何とか話題を、といろいろ話すのだがそのどれにも無言。

 そして周囲から婚約者であるロクサーヌにダルロ王子に忠告を、と言われていたので出来る限り大人しめの忠告をするが返答はなし。

 なので意味が分かるように言うと、殆どの場合『お前もそれを言うのかっ!!』と席を立ってしまうのだ。

 勿論ロクサーヌはある程度の覚悟はしていた。

 政略結婚なのだから多少意思の疎通がないのは仕方がない、と。

 だが、これはどうしたものか。

 婚姻後、ロクサーヌは王宮に入り、王子妃として第3王子であるダルロを補助する予定であるが、その後現王が退位すればダルロは第3王子ということもあり、公爵位を賜って王族から離れるはずである。

 そうなると公爵夫人となり、公爵となったダルロとはもっと話ができなければやって行けない。

 だのに、現在の状況では――。

 
 会話は弾まない。
 
 夜会でも目線が合わない。

 学園でも一緒にすごしたことがない。


 ないない尽くしのこの状態でダルロとこのまま進んでもいいのだろうか。

 
 幾ら王子妃教育を修了してもその相手が協力的でなかったなら何も進展しないのだ。

 
 ロクサーヌは苦境に立たされていた。




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