かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ

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第16話 領主の器量 (前)

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「それではこれより東のバラン氏とその西隣のホープ氏の畑の境界線についての裁判を行う。双方ともよろしいな」

 執務官の言葉に少し離れたところに待機させられていた平民二名が同意する。

「はい」

「もちろんでさ」

 その様子を最も奥まった席でローズは書類を確認しながら視界の隅に入れていた。

 今日は裁判の立ち合いであり、さほど珍しい案件ではないのだがローズは落ち着かない気分を味わっていた。

「ふむ。こちらもこんな感じか」

 隣の椅子にはベリルが居るのだ。
 
 急ぎのものだけ片付けようとしたのだが、この裁判は日付が決定していて動かせないことと、お互いに意固地になっているのか、同じ裁判を互いに何回も起こしているのだ。

 同じ内容の裁判は起こせないよう法整備をしたいのだが、万が一のことがあっては困るとの意見が多く、まだ実現出来ていない。

(もう少し私に力があれば)

 男性の領主の方が良かった、などとは言わせたくない。

 出来れば今回の裁判で決着を付けて欲しいものだが。

「今回の裁判はバラン側が起こしたものであり、隣接する畑を所有するホープ氏が前回取り決めた境界線を無視して四カティーブほどバラン氏の畑に入り、勝手に麦の植え付けをした、これに相違ないな?」

「その通りで」

「違います!! そこは祖父の代からウチの畑なんでさ!! それを勝手に広げたのはそっちの方だ!!」

 毎回こんな感じでなかなか結論が出ないのだ。

「静粛に。ホープ氏は質問されてから答えるように」

「すいません」

 頭を掻いて席に戻るホープ氏は痩せた体躯でその所作もどことなく人好きするものがあった。

「ふっ、さっさと売ってしまえばいいものを」

 本人は呟いたつもりだったろうが、静まり返った室内にその言葉が響いた。

 バラン氏はホープ氏の3倍ほどある畑を所有しており、最近は商人達とも仲が良く、様々な噂が聞こえてくる人物である。

 平民にしてはよく肥えた腹を付き出すようにしてのその発言には執務官も眉を顰めた。

「バラン氏も求められてから発言するように」

「これは失礼しました」

「では証人を」

 執務官に促されて立ち上がったのは同じく平民と見られる男性だった。

「其方はこのバラン氏とは長い付き合いのようだな」

「はい。こちらのバラン氏の隣に住んでまして畑も北隣になります」

 そう断って男性は証言する。

「私は代々この土地におりましたが、あの土地は間違いなくバラン氏の土地に相違ありません」

 台帳を確認すればいいのだが、正確な測量などされておらず、七年前の物に漸く所有者らしき名前が書かれているのだが。

 執務官が問題の台帳を捲った。

「しかし、この台帳によると『バルト氏』の名があるが」

「執務官様!! そのバルトってのは俺の亡くなった兄貴の名でさあ!!」

「執務官様。騙されてはいけません。その『バルト』は『バラン』の書き間違いにございます。どうかご裁量を」

 毎回、ここで揉めるのだ。
 
 前回は互いの真ん中を境界線にすること、としたがやはり双方不満を抱えていたらしい。
 
 ローズはため息を押し殺した。

「うむ。しかしこの台帳を作成した者は既に他の街へ異動になっていてな」
 
 そこでローズの方を意味ありげに見た。

 ローズがここへ来て始めたのは不正をしている文官を更迭、あるいはもっと僻地へ異動させることだった。

 そこまでは良かったのだが、すぐに人手が不足してしまい、通常の倍以上の書類整理がローズ達を襲っていた。

 その恨みがましい視線を感じながらローズは口を開いた。

「埒が明かないようですね。新しい証人を呼びましょう」

 ローズの言葉に室内がざわついた。

「新しい証人?」

「そんなのがいるのか?」

「こんなに長引いてるんだ。だったらもっと早く――」

「しっ、領主代行様の前だぞ」

 裁判は関係者とある程度の傍聴人を入れて行われていた。

「静粛にっ、領主代行様これは一体どういうことです?」

 執務官の問い掛けにローズは扉の方へ声を掛けた。

「言葉通りの意味です。入って来なさい」

 ローズに促され入室したのは、ひとりの中年の女性だった。

 かつては美しかったと思われるその女性はやや疲れたような顔を皆へ向けた。

 ほとんどの者達はどうしてこの女性が呼ばれたのか分からない、という反応だったが一人だけ違う反応を返す者がいた。

「なっ、お前何でこんなところへ!?」

 バランの動揺したような叫びとは対照的にその女性は落ち着いた声を出した。

「私はバランの妻のエリザです。この度は夫がご迷惑をお掛けしまして誠に申し訳ありません」

「お前何を言っている!?」

「証人の邪魔をしないように」

 どうやらこの堂々巡りの裁判にいい加減執務官も苛立っていたようで間髪入れずにバラン氏を注意した。

「それで貴女は何を証言してくれるのですか?」

 幾分柔らかな口調で執務官が問う。

「はい。私はそこにおります夫バランがご近所の方々に金をバラまいて、ホープさんの畑を自分のものだと証言するよう働きかけていたことを証言させていただきます」

 このバラン夫人の言葉に室内は騒然となった。
 
「何だって!?」

「じゃあ、あの証人は――」

 皆の疑惑の視線を浴びたバラン氏の証人の男性はびくり、と体を震わせた。

「そんなのは嘘だ!! 大体そんな出鱈目誰が信じるってんだ!!」

 大声で叫ぶが、その挙動はどう見ても怪しいの一言である。

 その様子を冷めた様子で見ながらバラン夫人は手に持っていた数枚の紙を執務官の方へ差し出した。

「こちらにその方々の署名が入った宣誓書がございます」

 それを目に留めたバラン氏が声を上げた。

「よせ!! それをこっちへ寄越せ!! 執務官様!! それは何でもないものです!!」

 当然ながらその叫びは無視され、執務官が書類を検めた。

「間違いないようだな。バラン氏の畑だと証言する代わりに五百ルチルを受け取った、とあるな」

 もし、本当にその畑がバラン氏のものであるならば不要のものである。

「なるほどな」

 感心したようにベリルが呟くが、ローズとバラン夫人の顔色は冴えなかった。




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