17 / 65
第17話 領主の器量 (中)
しおりを挟む
「では沙汰を言い渡す。所有を巡って争っていた畑はホープ氏の物とする。尚」
おお、とどよめきが広がる中、執務官の冷静な視線がバラン氏を射すくめた。
「バラン氏はこの裁判に関して偽りを謀ったとしてむち打ち百回の刑とする」
「お待ちくださいっ、執務官様!! その宣誓書は偽も――っ、がはっ」
兵士達に拘束されながらも反論するバラン氏だったが鳩尾を蹴られ、その隙にさっさと連行されて行った。
「お前、覚えてろよ」
バラン氏の捨て台詞が響く中、ローズはアンヌに頼んでバラン夫人を人気のない所へ連れ出して貰った。
「領主代行様、この度は有難うございました」
邸の裏手に連れて来られたバラン夫人はそう言って頭を下げた。
「いいのよ。それよりもこちらへ」
「領主代行様?」
バラン夫人が連れて来られたのは邸の裏門で、そこには一台の馬車が停められていた。
ローズは服の隠しから手紙を取り出した。
「当座の生活に必要なものは用意してあります。貴女の離婚手続きはこちらの権限で履行しておきました。この手紙をエンラの街の領主に渡して下さい。職を探して貰えるよう書いておきました」
「……領主代行様」
「ごめんなさい。本当ならもっと早く言えば良かったのだけど、迂闊に話して貴女の夫にバレたら大変だと思って」
他に必要なものがあればこちらへ手紙を出せばいい、そこの領主の文官に代筆も頼んである、と言われてバラン夫人は首を振った。
「いいえ。ここまでして頂いて夢のようです。子供達ももう成人しておりますし、あの子達もあの人の影響を受けてしまって。もう私に出来ることはありません」
諦めたように告げた元バラン夫人にローズが言い返した。
「あら、あるわよ」
ローズはわざと平民のような気安い口調で言った。
「はい?」
「新しい生活を始めて貴女の幸せを探すのよ」
その言葉に元バラン夫人が少しだけ唇の端を上げた。
「有難うございます。ここの領主代行様が貴女様で本当に良かった」
元バラン夫人が何度も礼を言いながら馬車へ乗り込む。
ローズが合図すると御者が馬車を出発させた。
「お元気で」
「領主代行様も」
馬車の姿が小さくなり、やがて眼で追えなくなると漸くローズは息を吐いた。
「一件落着か」
すぐ傍でした声にローズが振り仰ぐと感心したような様子のベリルが居た。
「逃がしたのは賢明な判断だったな。あの女性からは血の匂いがしていた」
「……お分かりでしたか」
元バラン夫人は夫からの暴力を受けていた。
だが、逃げようにもバラン氏は平民でありながらあちこちに伝手があり、とても逃げ切れるものではなかった。
そこでこの裁判を利用することにしたのだ。
宣誓書はバランが周到に隠していたようだが、夫人の前では何もできないと油断していたのかぺらぺらと喋っていたのだそうだ。
これがあればあのホープの野郎に目にもの見せてやれる、と。
当初元バラン夫人は夫の報復が怖かったため、なかなか決意してくれなかったがローズが裁判後の安全を保障すると約束して漸く動いてくれたのだ。
「自己満足だと思いますか?」
元バラン夫人のような境遇の女性は他にもいるだろう。
それに仮にも領主をしているのなら、沢山の女性が助かるような施策を執るべきだ、というのは分かっている。
だが、そうするためには実力も経験も足りないのはローズにも分かっていた。
ベリルは軽く首を振った。
「いや。あの男が報復するかもしれない、という可能性には気付いたかもしれないがここまで早く行動には出来なかったと思う。凄いな」
心からの称賛の言葉だった。
「……え?」
予想していなかった反応にローズの返答が遅れた。
「恐らくだがあの男が夫人を害してからしか動けなかったかもしれないな。それにそこまで親身になって面倒を見るとはそう出来ることではない」
手放しの称賛にローズの表情が緩んだようだった。
「……有難うございます」
だが、ベリルが遠くを見るようにして告げた言葉にローズの表情が硬くなった。
「これなら我が国でも思う存分能力を発揮できるな」
「それでは、まだ業務が残っているためこれにて失礼させていただきます」
その場を去るローズに後ろから焦ったような声が掛けられたがそれは無視されたようだった。
その後元バラン夫人は小間物屋を始め、やがてそこの常連となった冒険者の男性と再婚することになるがまだそれは先の話。
おお、とどよめきが広がる中、執務官の冷静な視線がバラン氏を射すくめた。
「バラン氏はこの裁判に関して偽りを謀ったとしてむち打ち百回の刑とする」
「お待ちくださいっ、執務官様!! その宣誓書は偽も――っ、がはっ」
兵士達に拘束されながらも反論するバラン氏だったが鳩尾を蹴られ、その隙にさっさと連行されて行った。
「お前、覚えてろよ」
バラン氏の捨て台詞が響く中、ローズはアンヌに頼んでバラン夫人を人気のない所へ連れ出して貰った。
「領主代行様、この度は有難うございました」
邸の裏手に連れて来られたバラン夫人はそう言って頭を下げた。
「いいのよ。それよりもこちらへ」
「領主代行様?」
バラン夫人が連れて来られたのは邸の裏門で、そこには一台の馬車が停められていた。
ローズは服の隠しから手紙を取り出した。
「当座の生活に必要なものは用意してあります。貴女の離婚手続きはこちらの権限で履行しておきました。この手紙をエンラの街の領主に渡して下さい。職を探して貰えるよう書いておきました」
「……領主代行様」
「ごめんなさい。本当ならもっと早く言えば良かったのだけど、迂闊に話して貴女の夫にバレたら大変だと思って」
他に必要なものがあればこちらへ手紙を出せばいい、そこの領主の文官に代筆も頼んである、と言われてバラン夫人は首を振った。
「いいえ。ここまでして頂いて夢のようです。子供達ももう成人しておりますし、あの子達もあの人の影響を受けてしまって。もう私に出来ることはありません」
諦めたように告げた元バラン夫人にローズが言い返した。
「あら、あるわよ」
ローズはわざと平民のような気安い口調で言った。
「はい?」
「新しい生活を始めて貴女の幸せを探すのよ」
その言葉に元バラン夫人が少しだけ唇の端を上げた。
「有難うございます。ここの領主代行様が貴女様で本当に良かった」
元バラン夫人が何度も礼を言いながら馬車へ乗り込む。
ローズが合図すると御者が馬車を出発させた。
「お元気で」
「領主代行様も」
馬車の姿が小さくなり、やがて眼で追えなくなると漸くローズは息を吐いた。
「一件落着か」
すぐ傍でした声にローズが振り仰ぐと感心したような様子のベリルが居た。
「逃がしたのは賢明な判断だったな。あの女性からは血の匂いがしていた」
「……お分かりでしたか」
元バラン夫人は夫からの暴力を受けていた。
だが、逃げようにもバラン氏は平民でありながらあちこちに伝手があり、とても逃げ切れるものではなかった。
そこでこの裁判を利用することにしたのだ。
宣誓書はバランが周到に隠していたようだが、夫人の前では何もできないと油断していたのかぺらぺらと喋っていたのだそうだ。
これがあればあのホープの野郎に目にもの見せてやれる、と。
当初元バラン夫人は夫の報復が怖かったため、なかなか決意してくれなかったがローズが裁判後の安全を保障すると約束して漸く動いてくれたのだ。
「自己満足だと思いますか?」
元バラン夫人のような境遇の女性は他にもいるだろう。
それに仮にも領主をしているのなら、沢山の女性が助かるような施策を執るべきだ、というのは分かっている。
だが、そうするためには実力も経験も足りないのはローズにも分かっていた。
ベリルは軽く首を振った。
「いや。あの男が報復するかもしれない、という可能性には気付いたかもしれないがここまで早く行動には出来なかったと思う。凄いな」
心からの称賛の言葉だった。
「……え?」
予想していなかった反応にローズの返答が遅れた。
「恐らくだがあの男が夫人を害してからしか動けなかったかもしれないな。それにそこまで親身になって面倒を見るとはそう出来ることではない」
手放しの称賛にローズの表情が緩んだようだった。
「……有難うございます」
だが、ベリルが遠くを見るようにして告げた言葉にローズの表情が硬くなった。
「これなら我が国でも思う存分能力を発揮できるな」
「それでは、まだ業務が残っているためこれにて失礼させていただきます」
その場を去るローズに後ろから焦ったような声が掛けられたがそれは無視されたようだった。
その後元バラン夫人は小間物屋を始め、やがてそこの常連となった冒険者の男性と再婚することになるがまだそれは先の話。
237
あなたにおすすめの小説
間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。
【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~
Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。
だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと──
公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、
幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。
二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。
しかし、リリーベル十歳の誕生日。
嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、
リリーベルを取り巻く環境は一変する。
リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。
そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。
唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。
そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう……
そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は───
※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』
こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。
めちゃくちゃチートを発揮しています……
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる