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第30話 決闘 ①

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「陛下はずっと臥せたままにございますね。王妃様」

 それはどことなく馬鹿にしたように聞こえた。

(まともに捉えてはダメよ)

「ええ。そうですわね」

 落ち着いて見えるように答えたが、サファイア嬢は納得していないように見えた。

「それだけですの? 王妃様は人族ですから存じ上げないかもしれませんが、番であれば互いの体調のことなどすぐに知れますのよ」

 暗に何故お前が陛下の体調不良を治せないのだ、と言われているような気がした。

(ここで感情を表してはダメ)

 現在居る談話室内には侍従達の他にも彼女の派閥と思われる令嬢達が何人か待機していた。

 囁くような会話が漏れ聞こえてくる。

「番であれば側にいるものでは?」

「ええ。何も出来なくとも側にはいるものですわ」

「あの仕事中毒のサンドリウム様でさえ、番様と休まれているというのに」

 確かにその判断は失敗だった。

 今の自分には出来ることはないと思ってしまい、せめて番に関する知識だけでも、と焦ったのが不味かったのだろうか。

(いえ、というより――)

 最近ベリルの側に居ると落ち着かない気がする。

 意識を無くしたベリルの様子を見ていると心のどこかがそわそわとして何かもどかしいものを感じる。

(だからと言って話がある訳でもないのに)

 早く目を覚まして欲しい。
 
 けれど、そうしたら何かが変わってしまうような気がして怖い。

(何なのかしら、これは)

 答えを知りたくないとローズが思った時だ。

「やはり、人族に陛下の番なんて出来ませんわね」

「――ッ!!」

 馬鹿にしたような台詞に思わずローズが顔を上げた。

「あら。図星でしたか? 元々『運命の番』は獣人同士で見付かるものですもの。王妃様がご負担だと思うのでしたら側妃を引き受けて差し上げても――」

「無礼ですよ」

 いつの間にかその言葉が滑り落ちていた。

 おや、とサファイア嬢が眉を上げた。

 どうやら何を言われても反論しない根性なしと認識されていたようだが、ローズの本質は全く逆だった。

 基本、売られた喧嘩はきちんと買う主義である。

「これは失礼申し上げました。ですが陛下が目覚められない現在――」

「ご託はいいです。貴女は陛下の『運命の番』の番である私が気に入らない。これで合ってますね?」

 貴族の礼儀を無視した直接話法にその場がしん、と静まり返る。

 サファイア嬢が取りなすように扇を軽く口元に当てる。

「お気に障ったのでしたら謝罪させて頂きますわ」

「口先だけの謝罪なら結構です。それよりも――」

 ローズは控えていたアンヌの方へ軽く手を伸ばした。

「出しなさい」

「それはだ――」

「出しなさい」

 アンヌが不承不要という体で出したソレをローズはサファイア嬢目掛けて投げつけた。

「何をっ!!」

 周囲が騒めく中、ローズの低い声が響く。

「受け取りなさい」
 
 サファイア嬢に軽く当たって床に落ちたソレは白い手袋だった。

「私の国では手袋を投げるのは決闘の申し込みなのですが、こちらでは違うのですか?」

 ローズの挑発するような口調にサファイア嬢が身を屈めた。

「お嬢様、私が――」

「いいのよ。ベルガモット公爵家の者としてここで屈する訳にはいかないわ」

 それで決闘の日取りは、と言われたローズは首を振った。

「そんなに待つつもりはないわ。今すぐよ」

「「「「「は!?」」」」

 この言葉には殆どの者がそうなったが、既にローズはアンヌに声を掛けていた。

「演練場は空いているかしら?」

「すぐに確認させます」

 アンヌが他の侍女に確認の連絡をさせていると室内にいた他の令嬢が、

「恐れながらその、申し込んだその日の内に決闘、というのは――」

「あら。準備が必要だったかしら?」

 ローズの挑発するような視線がサファイア嬢へ流れた。

 決闘の流れとして通常はその場でというのは有り得ない。

 だが、今ローズは自分の立場を分かっていた。

 番であるベリルが倒れ、ベリルの側近であるリヨンも不在。

 ここで時間を食って敵に細工をされたらたまったものではない。

 すると案の定、

「いえ。王妃様がよろしければ私も大丈夫です」

「そう。なら何の問題もないわね」

 ローズは殊更余裕ありげに微笑んだ。

 そして釘を刺すにも忘れない。

 移動しようとした際、先ほど発言した令嬢へ声を掛ける。

「そう言えば貴女、コスモス侯爵令嬢だったかしら?」

「はい。覚えていて下さって光栄です。ユリアナ・コスモスにございます」

「それで貴女はどうして発言の許可も取らずに意見を奏上したのかしら? コスモス侯爵家は王家より上の存在だったかしら?」

 嫌味に聞こえるかもしれないが、ここで言質を取っておくことは後々の勢力争いに影響する。

「申し訳ありませんっ!! 私はそんなつもりでは――」

「なくても、そう聞こえたわね」

 わざと何でもない、というふうに肩を竦めてローズは廊下へ出た。

 その後は振り返ることもしなかった。
  

(これくらいしないとだめなのかしら)


 
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