かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ

文字の大きさ
51 / 65

第51話 『運命』を変えるには ①

しおりを挟む
 ローズは重い瞼を上げたが、それだけのことに途轍もない労力を要した。

 ぼんやりとした頭の中に先ほどまでの出来事が蘇る。

(私、ベリルへ掛けられた呪いを跳ね返そうとして――)

 魔術は上手く行ったように思えたが、彼はどうなったのだろう。

 身を起こそうとすると、アンヌの気遣うような声がした。

「ローズ様、急に起き上がってはいけません」

「アンヌ、彼は……」

 そこまで言って咳き込んだローズに水の入った杯が渡される。

「いきなり声を上げてはいけません。五日も倒れていらしたんですよ」

(五日……それでは仮面舞踏会は)

 ゆっくりと水を口に含むローズを安心させるようにアンヌが告げた。

「あの王様のことでしたら心配要りませんよ。呪いは解けたようでとてもお元気です」

(良かった)

 体中から力が抜けたようになるローズに、アンヌが薬湯を差し出す。

「あんな上級魔術を使ったのですから回復には時間が掛かるそうですよ。ゆっくりお休み下さい。今サントワール医師を呼んで参ります」

 そう言って出て行こうとしたアンヌの態度にローズは違和感を覚えた。

(何かしら?)

 少し考えてその理由に思い至った。

 運命の番は常に互いにその存在を確認しなければらない程、互いを必要とし、依存しあっているともいえる関係である。

 ここでアンヌが不承不承でも何でもベリルを呼びに行けば気付かなかったかもしれない。
 
「アンヌ。ベリル様は今どこにいらっしゃるの?」

 そう聞いた途端、アンヌの侍女としての表情が崩れたようだった。
 
 同時にローズはもう一人の『私』のことも思い出した。

(そうよ。もう一人の私は?)

 アンヌは小さくため息を付いてからローズの休む寝台へ戻って来た。

「あの魔術は素晴らしいですね。お嬢様にこれほど負担が掛からなければもっと良かったのですけど。呪いを全て跳ね返し、術者の元へ返してしまうなんて。お陰でカントローサ国が黒幕だということがはっきりしましたし。そうそう魔術と言えば筆頭魔術師のギル様が番を見付けられたとかで婚約を結ばれたそうですよ。大変めでたい「アンヌ」」

 矢継ぎ早に話すアンヌの話を途中で遮るとアンヌは困ったような表情を見せた。

「「……」」

 互いに見つめ合っていたのはどの位か。
 
「申し訳ございません」

 アンヌが頭を下げるがローズは容赦なく問いただした。

「それで、ベリル様はどうされたの?」



 アンヌの話によると最初ベリルはローズが倒れた後、側を離れようとしなかったが、カラカムが無理やり引っ張って行ったという。

 今回の件の黒幕がカントローサ国だと分かると即座にカントローサ国の第二王子を捕縛し、尋問したという。

 勿論、第二王子は否定したが、客室を捜索するとシュガルト国への宣戦布告と取れる書簡が見付かり、これが決定打となった。

(なんというか、詰めが甘いわね……)
 
 それほどの重要書類なら、せめて肌身離さず身に付けておくか、間者等に預けておくなどの措置があったはずでは。

 ローズがそんなことを考えていると、アンヌが話を続けた。

「それで急遽、貴族議会が開かれたのですが、あっという間にカントローサ国へ攻め入ることが可決されてしまいまして」

「……は?」

 そんなに簡単に開戦が決まるというのもおかしい。

 勅命であっても一国に攻め入るなどということはできないはずである。

「ええ。通常ではそんなことは不可能です。ですが、ある事実がつまびらかになってしまって、全員の意思が一致してしまったんです」


「ある事実?」

 ローズの問い掛けにアンヌは逡巡しているように見えたが、隠しても仕方がないと思ったのかゆっくりと口を開いた。

「先代の国王夫妻のことです」

 アンヌの話によると先代の国王夫妻も、カントローサ国の呪術で命を落としていたことがわかったという。

(なんてことを)

「ですから今回に関しましてはまさに電光石火のような速さで可決されたとのことです」

(カントローサ国はそんなにこの国が気に入らないのかしら)

 今のローズに獣人に対する忌避感はない。

 最初の婚約者の件を考えると辛かったが、こうして獣人達と接して見るとそこまでするようなものではないのではないだろうか、と思うようになってきた。

(ベリルの影響も大きいわね)

 初めて会ったときはなんて傲慢な獣人だろうと思ったものだったが、今は……。

 そこまで考えたところで、はた、と首もとへ手を当てたローズの指先に首飾りの感触は――あった。

(よかった)

 ほっとしているローズの様子を見てアンヌが頷く。

「勿論それを外すなんてしません。……あの男にこれ以上ローズ様の内情を知られるなんてとんでもないですわ」

 後半の台詞はあまりよく聞こえなかったので、聞き返そうとしたがその問い掛けはアンヌのにこやかな笑みに遮られてしまった。

「さあ、ローズ様。薬湯はこの位にして。今サントワール医師を呼んで参ります」

 そう告げてアンヌが廊下へ出て行ったが、言われて素直に休める気分ではなかった。

(……カントローサ国と戦争になってしまうのかしら?)
 
 他の平行世界の自分のことはわからないが、ローズはこれまで戦争というものを身近に感じたことはなかった。
 
 アンヌの様子だとベリルはすでに出立しているようだ。

 首飾りをしていてもわかる。

 ベリルの気配が城内にないことが。

(私が行っても足手まといかもしれない。でも)

 そう言えばもうひとりの自分はどうしたのだろうか。

 疑問がいくつも脳裏に浮かび、耐え切れそうにないと思ったとき、部屋の扉を叩く音がした。

「ちょっといいですか?」

 そっと入室してきたのはギルだった。

「ええ。どうぞ」

 アンヌはいないが、却ってその方が情報を得られるかもしれない。

 ローズの思惑はある意味達成された。

 初めのうちギルは当たり障りのない話をしていたが、やがてため息をつくとローズの顔を改めて見てくる。

「確認させていただきたいのですが、王妃様はどこまでお話を窺っていられるでしょうか?」
 
 その問い掛けにローズは、現在カントローサ国と戦争になりそうなことをアンヌから聞いた、と告げるとギルは微妙な表情になった。

「そうですか。それではこのことはまだご存知ではありませんか? ――もうひとりの王妃様はお亡くなりになられました」

(なん、)

 沈痛な面持ちで話すギルが、ぎゅっ、と眉を寄せる。

「力が及ばず申し訳ありません。ですがその時少々不可解な出来事が起きたのです」

「どういうことです?」
 
 ローズの問い掛けにギルは言葉を探しているようだったが、やがて押し出すように話し出した。

 医務室に運ばれたもうひとりの『私』は既に死を待つのみの状態だったという。

 その場にいた誰もが固唾を飲んで見守っているなか、ぴくり、と『私』の瞼が開き、室内を見渡していた視線がある一点を見たとき、『私』の口が動いた。

『……ベリル』
 
 そこには半ば透明な姿になったベリルがおり、『私』に向けて手を差し伸べていたという。

 後から確認したが、このベリルは別の世界の彼だったようだ。

 そのベリルを見た『私』は嬉し気だったという。

 そして『私』もそのベリルへ手を伸ばし、互いの手が触れあった瞬間彼らの姿が消えてしまった。

「なんとも不可思議な出来事でしたよ。魔力の消失の仕方から、お亡くなりになったとしか判断できないのが残念です」

(志半ばで消えてしまうなんて……)

 聞いた限りだと別の平行世界(恐らく『私』と同じ世界)のベリルが迎えに来たらしいが、それでよかったのだろうか。

 少しもやもやした気分を味わっていると、ギルが意を決したように話し出した。

「王妃様。自分の伴侶の運命を変える方法が見つかりました」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。 だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと── 公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、 幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。 二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。 しかし、リリーベル十歳の誕生日。 嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、 リリーベルを取り巻く環境は一変する。 リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。 そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。 唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。 そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう…… そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は─── ※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』 こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。 めちゃくちゃチートを発揮しています……

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

処理中です...