百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々

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「っ!!…………んっ!」

 美晴の首に手を回して前触れもなく唇を重ねる。その瞬間、美晴の体がビクッと硬直した。俺はたまらずもう片方の手で美晴の腰をグイッと引き寄せ、口づけを繰り返した。

「……っ!!ふっ……!ん、……んんっ……!!」

 か弱い美晴が必死で俺の胸を押し返そうとしているのに、俺は初めて味わう美晴の唇の感触に頭が滾り、自分を抑えられなかった。何かを叫ぼうとしたのか、美晴の唇が開いたのをいいことに強引に舌を捻じ込み、絡める。

「っ?!……んっ!んんっ!!」

 ああ、美晴……、みはる……っ!
 俺の頭からは完全に理性が消え去り、そのまま美晴の体をソファーに押し倒してその上に自分の体を重ねた。
 そのままさらに深い口づけを重ねようとすると─────

「いっ、いやだぁぁぁぁ!!」
「っ!!」

 必死で首を反らした美晴が悲痛な声で叫んだ。その瞬間、俺はようやくハッとして動きを止めた。

 ドンッ!!

 美晴が強い力で俺の胸を叩くように押した。

「っ!!み、みはるっ!!」

 俺が怯んだ瞬間、美晴は慌てふためきながら俺の下から必死で逃れ、起き上がる。そのまま荷物を掴むと立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

(─────しまった!!)

 冷水を浴びせられたように一気に理性を取り戻した俺は慌てて立ち上がると後ろから美晴の腕を取る。

「いっ!!いやぁっっ!!嫌だぁぁっ!!」
「わっ!悪かった…………悪かったよ美晴!!ごめんっ!!」

 振り返った美晴の顔は真っ青で、涙がポロポロと流れ落ちていた。俺を見つめてガクガクと脅えるその姿に、胸をザクリと深く刺されたような感覚を覚える。俺は必死で謝り、言い訳をした。

「マジで、ごめん、美晴……っ!わ、悪かったよ。俺が馬鹿だった。本当にごめんっ……」
「う……、……うぅっ、ひっ……」

 美晴は震えながら腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。俺はできるだけ刺激しないように、だけど細い腕からは手を離さずにそっとかがみ込んでひたすら謝罪した。

「いや、なんか、マジでもう……っ、本っっ当に、ごめん!ごめんな、美晴。もう二度とこんなことしねぇから。なんていうか、その…………い……いいのかと思ったって、いうか……」
「ふ、う、うぅぅぅ……っ!!」

 俺の言葉にますます号泣する美晴。俺も完全にパニック状態だった。ヤバい。嫌われたくない。もう手遅れなのか。どうにかしねぇと……!

「美晴、本当に、本当に、マジでごめん。ごめんなさい。もう二度と、絶対にこんなことしねぇから。約束するから」
「ひっ……、ひっく、……ひっく……う、……ぅぅ」
「……さ、……酒が入ってたせいで、なんかその、おかしくなってたっていうか…………つい、いつものノリで……。お前はそんなんじゃねぇのにな。ちゃんと分かってるよ。本当にごめん」
「……。……ひっく……」

 美晴は涙でびしょびしょの顔で、恨みがましい視線を俺に向けてくる。

「……許して、美晴。な?もう一生しねぇから」
「…………っ、…………ほんとう、ですか……?……ひっく」
「っ!!ほっ!本当だよ、マジで!ごめん、酔っててなんかそういうノリの相手と間違ったっていうか。ただそれだけだから。もう絶対に、一生、何があっても、手は出しません」
「……………………。ひくっ」
「…………許して……」

 まだジトッと疑わしげに見つめてくる美晴に向かって、俺は両手をついて情けなく懇願する。

「……おっ、お前とはずっとダチでいたいんだよ。気も合うし、楽しいだろ?一緒に過ごすのが」
「…………。」
「だから、それだけだ。もう間違わねーから」
「…………。」
「……な?……ごめん、美晴」
「…………す、…………すごい、びっくりしたんですからね…」
「わっ、…分かってる。悪かったよ本当。二度としねーよ」
「……………………もっ、……もう、おさけ、……飲まないで…っ…」
「おお!分かった分かった。お前といる時は絶対に飲まない!!」
「……………………。」
「酒も性欲も絡まない、清く正しい関係だ。な?」
「………………今度何かしたら、………………ブロックするから」

(う…………っ!)

「わっ、……分かった。もうしねーから、大丈夫だ」

 俺はかつてないほど全身に冷や汗をかきながら死に物狂いで許しを請うた。どうにか部屋を飛び出す前に美晴の気持ちを落ち着かせることはできたけれど、せっかくの楽しい夜が俺の暴走のせいで台無しになってしまった。

(あぁ、クソ…………何をやってるんだ俺は……しかもせっかくのクリスマスイブに…………)

 さすがにまだ特別なプレゼントは渡せないにしても、美晴の中で楽しく過ごせたクリスマスにしてやりたかったのに。むしろトラウマを植え付けてしまった。もう出て行こうとはしないが、目の前の美晴はまだブスッとした顔で俯いている。目が真っ赤だ。
 俺は慎重に、慎重に言葉をかける。

「…………つ、……疲れただろ?……ごめんな、本当。……今日、…………このあと、ど…」

 ジロリ。

 美晴が非難するような目つきで俺をチラリと見る。

「っ!!だ、だよな。さすがに今日はもう帰るよな。よ、よし。ちょっと待ってろ。タクシーで送ってくから」
「…………ひとりで、かえります……」
「い、いや頼むから送らせてくれ!!なんかすげぇ心配だから!!お願いします!!な?……ね?」

 後ろめたさ満載の俺は下手下手に出てどうにかアパートまで送る権利を得た。腫れ物を扱うようにそぉっと美晴にコートを着せ、顔を拭き、美晴の荷物を全部持ちマンションを出た。




 タクシーの中でも俺から顔を背け、美晴はずっと窓の方を向いていた。…………あぁ、もうどうしよう。一言も喋ってくれねぇ。時間を巻き戻したい。自分の愚かさを呪いながら俺がチラチラと美晴の様子を窺っているうちに、ついにアパートの前に着いてしまった。

「……着いたぞ、美晴」
「……。」

 美晴が財布を出すより先に俊敏な動きで金を払う。そのままタクシーを待たせて俺は荷物を全部持ち、美晴を外に促した。全く目を合わせてくれない。泣きたくなってくる。

「……寒いな。……大丈夫か?」
「……。……にもつ」
「あ、ああ。部屋の前まで持つよ」

 俺は美晴の部屋の前まで片手で荷物を持ち、片手で美晴の手を取り連れて行く。いじけてしまった彼女みたいで可愛いが、そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。部屋の前で美晴の方を振り向くと、もう一度謝る。

「今日は本当にごめんな。……せ、せっかくの、クリスマスに、……よ、余計なことを……」
「…………。」
「……お前の料理すげぇ美味かったよ。ありがとな」
「…………。」

(……う゛ぅぅぅ………………)

「こ、……今週、仕事の後飯食いに行こうぜ。……埋め合わせさせてくれ。埋め合わせっていうか、…………お、お詫びを……」
「…………。」
「…………空いてる日、あるか?」
「……………………まだ分かりません」
「わ、分かった。ラインするから」
「…………。」
「もしくは電話」
「……………………おやすみなさい」
「お、おお。ゆっくり休めよ。……おやすみ、美晴」
「……。」

 ぺこ。

 美晴は意地でも俺から目を逸らしたまま律儀に小さくお辞儀をすると、無言で俺から荷物を受け取り、鍵を開け、部屋に入った。

 カチャ。

 鍵をかける音を確認して、俺は部屋の前から離れた。ズドン…と一気に重くなった体を引きずってどうにかタクシーの中に戻る。再度俺のマンションの住所を告げると、たまらずそのまま後部座席に倒れ込み、横になった。

「ぁ…………あぁぁぁぁぁ…………」

 呻き声を上げながら、俺は頭を抱えた。お客さん、大丈夫ですかー?とかなんとか運転手が声をかけてきてくれているが、もう返事をする気力もなかった。



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