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本編
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お父様がいらっしゃり、他国からのお客様も大勢。
王都はひとびとの訪れを歓迎しお祭りのように賑わっているのだと、わたくしのお願いを聞いて街に出た犬達が教えてくれました。
犬達に仕入れてきてもらったのは、町娘が着る様な質素なドレス。
そう、わたくしはこちらに来てから、お忍びで城下に出るということをしていないのです。
ほぼ城にこもりきり。どこかに行くというのであれば、それはディートリヒ様と一緒であったり公務だったりと自分の為ではないのです。
この楽しそうな雰囲気にわたくしも感化されてしまったのでしょうか。少し、出歩いてみたいと思ったのです。
もちろん一人で出ることはしない方が良いというのはわかってますから犬達の誰かに一緒に来てもらいます。
彼らもまた、街中で浮かない服装は仕入れてきたとのこと。
そしてどうやっていくのか、と言えば。お父様に会いに行くと言って城からでるのです。そして、馬車の中でさっと着替えてどこかで降りて、その姿で少し街中を見たのちに会いに行く。
お父様は面食らうでしょうが、お叱りにはならないでしょうし。
ただディートリヒ様に知られると止められそうな気がするので、そこは重々に気を付けています。
まぁ、ディートリヒ様の子飼いである見張りが……ついている、とは思うのですぐ耳に入るでしょうがそれでも30分くらいは、どうにかできるでしょう。
お客様がいらっしゃるので浮足立っている今なら、できそうなことなのです。
わたくしは逸る気持ちを押さえつつ隠しつつ、いつものようにディートリヒ様を送り出しました。
出かけてすぐ、というタイミングであれば急ぎの案件なども立て込んでいて身動きが取れないはず。
わたくしはちょっとお父様の所へ、と馬車へ。今日の御者はくじではずれを引いたフェイルでした。
そしてお供はジーク。ハインツはこの中で人がいる風を装うというのです。確かに空っぽの馬車なんてありませんものね。
城を出て、馬車の中でさっと着替え、フェイルは人の少ない路地で馬車を止めました。
先にそこから降りたジークは周囲を伺い、手を差し出します。
「お土産買ってきますわね」
「それより何事も無い方が良い」
わたくしはそうねと微笑んで、馬車から降りました。その途端、周囲の賑やかな声などがたくさん耳に届いたのです。
「活気がありますわね」
「他国から人が訪れれば、それでもたらされる益もある。通りに出たら、それがもっとよくわかるだろう」
ジークはこっちだと繋いだ手をそのままに歩み始めます。そうしないとはぐれてしまいますし、わたくしはそのまま引っ張られるようについていきます。
細い路地を通り抜ければ大通りに。
そこは露店がたくさん並び、ひとびとが楽しそうに過ごしていました。
「すごいのね」
「こういう所を歩きたかったんだろう?」
「ええ。どういう生活をしているのか、見たくて」
わたくしはこの国の市井の事を知らないのです。どんな生活をしているか、なんて。
お母様と貧しい暮らしをしていた時もあります。それが底辺の生活ではなかったと今では知っています。けれど、本当にそれは短い時間でしたから、なんとなく理解しているだけ。
その生活が続くということがどういう事なのかは、わたくしは知らないのです。
けれど笑顔を浮かべて、生活している。それは決して苦しい生活を強いられているわけではなくて。わたくしの目に見えているこの光景が、世の中すべての人にもたらされているとはもちろん思いませんが、それでも決して、暗澹たる場所ばかりではないと思えました。
「……この都市はリヒテールの首都より治安が良いな」
「そうなの?」
「ああ。物乞いがいない。祭りの賑わいに出てくることもあるんだが」
「そういった人がいないと?」
「そうだな。この国に来て見た事がない。俺が知らないところにいるのかもしれないが」
国が富んでいるからか、それともそういったものを出さないような仕組みがあるのか。
はたまた、隔離しているのか。
何にせよ今歩いているこの場所は、人の生活に一番馴染んでいる通りだとジークは教えてくれました。
だから、この通りがこの都市における中層、一番人の多い階層と。
わたくしが足を止めるとジークも止まる。開けた広場で、わたくしは少しあたりを見ていたいわと告げました。
噴水があり、人々が行き交う。リヒテールでもこういった場所はありました。
「さて、そろそろタイムリミットかしら。お父様の所に行きましょう」
「その格好で現れたら、公も驚かれるだろうな」
止まっている宿はあちらだとジークが示した時、背後から馬の嘶きが響きました。
視線向ければ、暴れ馬が一頭。あのままでは通りを駆け抜けはじめ、人々は叫び声をあげて逃げ惑うことになってしまうでしょう。そうなったら収拾がつきそうにありません。
「ジーク、行って」
「アーデ」
「わたくしは、ここで待ってますわ。すぐ終わるでしょう? 行きなさい」
声に力を込めて、命じてしまえばジークはこれに従うしかありません。
すぐに戻ると言い置いて、暴れ馬の方へと向かってくれました。あの馬をそのままにして置けませんから。
わたくしは先ほどいた場所から数歩、移動しました。ジークが見回せばすぐにわかる場所。
先程の所では流れの邪魔になってしまいますから、立ち並ぶ店の壁へと背中を預けたのです。
馬の方には人だかり、よかったなど聞こえてきますから無事に抑え込んだに違いないでしょう。
良かったと思っていると、ふと傍に人影。
そこにはにやにやと笑う男達が数人。どうやらわたくしは囲まれてしまっているようです。
困りましたわね。
「お姉さん、一人でどうした? 彼氏待ち?」
「いいえ、違いますわ」
「そっか、じゃあ俺達と遊ぼうぜ」
わたくしの腕を掴む。痛いと零せば一層、それは強められました。
離しなさいと言っても離さないでしょう。しかし抵抗しないのもこれはまずいと思ったのです。
この方達はわたくしが王太子妃だとは気付いていませんが、それがわかるものに捕まってしまえば、良からぬことに使われることくらいはわかります。
ジークを離したのは失敗でした。しかし、彼ももうすぐここに戻ってきます。それまで時間稼ぎができれば、と思ったのですが半ば引きずられるように、わたくしは細い路地へと連れ込まれてしまいました。
離しなさいという声は人々の良かったという声にかき消されて響きません。
それから視線は暴れ馬の方へ向いている為、こちらを見ている方もいなかったのです。
「へへっ、上手くいったな!」
「ああ。馬にちょっと針を刺すだけでな!」
そんな言葉に、わたくしはこの方達はと瞳見開きます。最初からあの場で誰かを浚うべく、計画していたのでしょう。
「このお嬢さん、美人だしきっと高く売れるぜ」
「初物なら一層、そうだろうな」
下卑た笑い声。路地裏に連れ込まれるとともに口を抑え込まれ、がっちりと後ろから抱えられるように捕まえられてしまったのです。
このまま、思い切り噛んでやってもこの指に小さな噛み後をつけるだけでしょう。どうしましょう。どうすれば、時間稼ぎができるかしら。
ジークは離れていますが、わたくしにはほかにもディートリヒ様の子飼いの方がついてるでしょうし。
「しかしさらわれたってのに、黙っておとなしいな」
いち、に、さん、し。
四人。
わたくしを囲んで運んでいるのは四人。ジークなら、勝てない相手ではないでしょうし、すぐ追いかけてくるかしら。
わたくしが出かけたいと言った時に、そのルートなども確認してるでしょうから、こういう場合どこに入っていくのかも目星をつけているはずです。
「ひとまずボスに見せるのが先だな……あ、こいつ処女じゃねぇわ」
「え?」
「こんなに痕ついててそれはねぇだろ……」
ぐいっと首元を引っ張られ覗きこまれる。痕をつけて楽しそうにしていた方がいらっしゃいましたわね。ええ、わたくしにそういう事ができるのはお一人だけです。
「ということは後で回してもらえるかもな」
「お姉さん、楽しみだな」
言っていることの意味がわからぬほど、子供ではありません。
高く売れるやらなにやら言ってましたから、人さらいでしょう。それから、この四人は下っ端。ボスがいる、と。
わたくしはボスがいるところへ連れていかれているのでしょう。そこに着くまでにどうにかしなければ、とは思うのですが――どうにもならないでしょう。
お話するなら、そのボスの方が面白いでしょうし、色々と切り口もあるでしょう。
何にせよ第一に優先すべきは、傷を負わずに解放されるというところかしら。顔など見えるところはもちろんですが。
わたくし、個人資産は幾らあったかしらと思い浮かべます。個人で使えるお金というものは、嫁入りのときに持ってきた宝石類くらいかしら。
それで納得していただければ良いのですが、と自分の身の価値を計るうちに男達の足が突然止まったのです。
王都はひとびとの訪れを歓迎しお祭りのように賑わっているのだと、わたくしのお願いを聞いて街に出た犬達が教えてくれました。
犬達に仕入れてきてもらったのは、町娘が着る様な質素なドレス。
そう、わたくしはこちらに来てから、お忍びで城下に出るということをしていないのです。
ほぼ城にこもりきり。どこかに行くというのであれば、それはディートリヒ様と一緒であったり公務だったりと自分の為ではないのです。
この楽しそうな雰囲気にわたくしも感化されてしまったのでしょうか。少し、出歩いてみたいと思ったのです。
もちろん一人で出ることはしない方が良いというのはわかってますから犬達の誰かに一緒に来てもらいます。
彼らもまた、街中で浮かない服装は仕入れてきたとのこと。
そしてどうやっていくのか、と言えば。お父様に会いに行くと言って城からでるのです。そして、馬車の中でさっと着替えてどこかで降りて、その姿で少し街中を見たのちに会いに行く。
お父様は面食らうでしょうが、お叱りにはならないでしょうし。
ただディートリヒ様に知られると止められそうな気がするので、そこは重々に気を付けています。
まぁ、ディートリヒ様の子飼いである見張りが……ついている、とは思うのですぐ耳に入るでしょうがそれでも30分くらいは、どうにかできるでしょう。
お客様がいらっしゃるので浮足立っている今なら、できそうなことなのです。
わたくしは逸る気持ちを押さえつつ隠しつつ、いつものようにディートリヒ様を送り出しました。
出かけてすぐ、というタイミングであれば急ぎの案件なども立て込んでいて身動きが取れないはず。
わたくしはちょっとお父様の所へ、と馬車へ。今日の御者はくじではずれを引いたフェイルでした。
そしてお供はジーク。ハインツはこの中で人がいる風を装うというのです。確かに空っぽの馬車なんてありませんものね。
城を出て、馬車の中でさっと着替え、フェイルは人の少ない路地で馬車を止めました。
先にそこから降りたジークは周囲を伺い、手を差し出します。
「お土産買ってきますわね」
「それより何事も無い方が良い」
わたくしはそうねと微笑んで、馬車から降りました。その途端、周囲の賑やかな声などがたくさん耳に届いたのです。
「活気がありますわね」
「他国から人が訪れれば、それでもたらされる益もある。通りに出たら、それがもっとよくわかるだろう」
ジークはこっちだと繋いだ手をそのままに歩み始めます。そうしないとはぐれてしまいますし、わたくしはそのまま引っ張られるようについていきます。
細い路地を通り抜ければ大通りに。
そこは露店がたくさん並び、ひとびとが楽しそうに過ごしていました。
「すごいのね」
「こういう所を歩きたかったんだろう?」
「ええ。どういう生活をしているのか、見たくて」
わたくしはこの国の市井の事を知らないのです。どんな生活をしているか、なんて。
お母様と貧しい暮らしをしていた時もあります。それが底辺の生活ではなかったと今では知っています。けれど、本当にそれは短い時間でしたから、なんとなく理解しているだけ。
その生活が続くということがどういう事なのかは、わたくしは知らないのです。
けれど笑顔を浮かべて、生活している。それは決して苦しい生活を強いられているわけではなくて。わたくしの目に見えているこの光景が、世の中すべての人にもたらされているとはもちろん思いませんが、それでも決して、暗澹たる場所ばかりではないと思えました。
「……この都市はリヒテールの首都より治安が良いな」
「そうなの?」
「ああ。物乞いがいない。祭りの賑わいに出てくることもあるんだが」
「そういった人がいないと?」
「そうだな。この国に来て見た事がない。俺が知らないところにいるのかもしれないが」
国が富んでいるからか、それともそういったものを出さないような仕組みがあるのか。
はたまた、隔離しているのか。
何にせよ今歩いているこの場所は、人の生活に一番馴染んでいる通りだとジークは教えてくれました。
だから、この通りがこの都市における中層、一番人の多い階層と。
わたくしが足を止めるとジークも止まる。開けた広場で、わたくしは少しあたりを見ていたいわと告げました。
噴水があり、人々が行き交う。リヒテールでもこういった場所はありました。
「さて、そろそろタイムリミットかしら。お父様の所に行きましょう」
「その格好で現れたら、公も驚かれるだろうな」
止まっている宿はあちらだとジークが示した時、背後から馬の嘶きが響きました。
視線向ければ、暴れ馬が一頭。あのままでは通りを駆け抜けはじめ、人々は叫び声をあげて逃げ惑うことになってしまうでしょう。そうなったら収拾がつきそうにありません。
「ジーク、行って」
「アーデ」
「わたくしは、ここで待ってますわ。すぐ終わるでしょう? 行きなさい」
声に力を込めて、命じてしまえばジークはこれに従うしかありません。
すぐに戻ると言い置いて、暴れ馬の方へと向かってくれました。あの馬をそのままにして置けませんから。
わたくしは先ほどいた場所から数歩、移動しました。ジークが見回せばすぐにわかる場所。
先程の所では流れの邪魔になってしまいますから、立ち並ぶ店の壁へと背中を預けたのです。
馬の方には人だかり、よかったなど聞こえてきますから無事に抑え込んだに違いないでしょう。
良かったと思っていると、ふと傍に人影。
そこにはにやにやと笑う男達が数人。どうやらわたくしは囲まれてしまっているようです。
困りましたわね。
「お姉さん、一人でどうした? 彼氏待ち?」
「いいえ、違いますわ」
「そっか、じゃあ俺達と遊ぼうぜ」
わたくしの腕を掴む。痛いと零せば一層、それは強められました。
離しなさいと言っても離さないでしょう。しかし抵抗しないのもこれはまずいと思ったのです。
この方達はわたくしが王太子妃だとは気付いていませんが、それがわかるものに捕まってしまえば、良からぬことに使われることくらいはわかります。
ジークを離したのは失敗でした。しかし、彼ももうすぐここに戻ってきます。それまで時間稼ぎができれば、と思ったのですが半ば引きずられるように、わたくしは細い路地へと連れ込まれてしまいました。
離しなさいという声は人々の良かったという声にかき消されて響きません。
それから視線は暴れ馬の方へ向いている為、こちらを見ている方もいなかったのです。
「へへっ、上手くいったな!」
「ああ。馬にちょっと針を刺すだけでな!」
そんな言葉に、わたくしはこの方達はと瞳見開きます。最初からあの場で誰かを浚うべく、計画していたのでしょう。
「このお嬢さん、美人だしきっと高く売れるぜ」
「初物なら一層、そうだろうな」
下卑た笑い声。路地裏に連れ込まれるとともに口を抑え込まれ、がっちりと後ろから抱えられるように捕まえられてしまったのです。
このまま、思い切り噛んでやってもこの指に小さな噛み後をつけるだけでしょう。どうしましょう。どうすれば、時間稼ぎができるかしら。
ジークは離れていますが、わたくしにはほかにもディートリヒ様の子飼いの方がついてるでしょうし。
「しかしさらわれたってのに、黙っておとなしいな」
いち、に、さん、し。
四人。
わたくしを囲んで運んでいるのは四人。ジークなら、勝てない相手ではないでしょうし、すぐ追いかけてくるかしら。
わたくしが出かけたいと言った時に、そのルートなども確認してるでしょうから、こういう場合どこに入っていくのかも目星をつけているはずです。
「ひとまずボスに見せるのが先だな……あ、こいつ処女じゃねぇわ」
「え?」
「こんなに痕ついててそれはねぇだろ……」
ぐいっと首元を引っ張られ覗きこまれる。痕をつけて楽しそうにしていた方がいらっしゃいましたわね。ええ、わたくしにそういう事ができるのはお一人だけです。
「ということは後で回してもらえるかもな」
「お姉さん、楽しみだな」
言っていることの意味がわからぬほど、子供ではありません。
高く売れるやらなにやら言ってましたから、人さらいでしょう。それから、この四人は下っ端。ボスがいる、と。
わたくしはボスがいるところへ連れていかれているのでしょう。そこに着くまでにどうにかしなければ、とは思うのですが――どうにもならないでしょう。
お話するなら、そのボスの方が面白いでしょうし、色々と切り口もあるでしょう。
何にせよ第一に優先すべきは、傷を負わずに解放されるというところかしら。顔など見えるところはもちろんですが。
わたくし、個人資産は幾らあったかしらと思い浮かべます。個人で使えるお金というものは、嫁入りのときに持ってきた宝石類くらいかしら。
それで納得していただければ良いのですが、と自分の身の価値を計るうちに男達の足が突然止まったのです。
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