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第一部 五章 秘めたる邪悪な灯火

地下牢での生活

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 通路に設置されているランプのおかげで多少明るい地下牢。
 プリエール神殿の地下牢に入れられてしまったエビル達三人は武器を取り上げられており、現状脱出は不可能といえる。
 素手では鉄格子を破ることも出来ないし、壁を壊すというのも厳しいし、仮に出来たとしても大きな音が出るので誰かしらにバレてしまうだろう。脱獄がバレればまた捕まって牢屋に戻されるだけだ。

「これからどうしようか……」

 希望があるとすれば同行者で唯一捕縛されていないイフサのみ。
 エビル達が魔信教ではないと大神官が気付いてくれるのが一番なのだが、一方的に疑えるだけの材料を手にされている以上可能性はない。目的のものの距離がおおよそ分かる錫杖しゃくじょうの結果を覆す、もしくは確実に魔信教ではないと証明出来るようなものがないと大神官は意見を変えないだろう。

「イフサのおっさんなら助けてくれるかね?」

「いや無理でしょ。ただの商人の言葉をあの女が聞いてくれるとは思えないわ」

「そうだね……下手をすればイフサさんまで捕まる可能性がある。だから目で助けるなって訴えたんだけど、伝わっていればいいな」

 絶体絶命。エビル達の状況はまさにこの四文字。
 何をしようにも遅れすぎていて出来ることなどほとんどない。ただ牢屋で余生を過ごすこと以外何もない。
 脱獄するのが無理だと悟ったセイムは深いため息を吐いて石畳に寝転がる。

「ちょっとセイム、アンタ呑気に寛いでるんじゃないわよ」

「別にいいじゃねえかレミちゃん。ぶっちゃけもうどうしようもねえって分かっちまったんだ。あーくっそおお、こうなるんならリジャーで綺麗なお姉さんをナンパしておけばよかったぜ」

「……はぁ……せめて郵便屋のコミュバードで手紙を出しておきたかったなあ。姉様に色々伝えたいことあったのに」

「手足を鎖なんかで繋がれてないから自由だけど……打つ手がないね」

 エビルも転がるなんてことはないが、奧に座って心を落ち着かせることにした。
 壁に寄りかかって座るのを見たレミも右側の壁際に腰を下ろす。
 いつか助かるのでは、と希望は捨てられない。せめて体力程度は温存しておこうと思った三人は最低限の動きで眠りにつこうと目を閉じる。

 宿屋とは比べ物にならない程寝心地は悪いが、さすがに野宿していた時より酷いことはない。雨風がしのげて食事も用意されるならば野宿などよりもよっぽどいい。
 この状況に妥協出来るかは全くの別として。

『シャドウ、お前なら鉄格子を斬れるんじゃないのか』

『斬れるね。だから何だ? 脱獄に協力しろとでも? なあ知ってるか、脱獄ってのはいけない事なんだぜ?』

 殺人もいけない事なのだがそこは片隅に置いておく。

『もし限界が来たら協力してほしい。投獄されたままで困るのはそっちも同じはずだ。僕が餓死したらお前も死ぬんだろう?』

『ククッ、はっ、あーはっはっはっはっは!』

 エビルとシャドウは根っこの深い部分で繋がっている。
 どちらかがダメージを負えばもう片方も負うし、死ねばもう片方も死ぬ。こんな状況下だからこそ協力出来るのではとエビルは判断した。……というかもうそれ以外に思いつく手がない。
 提案を笑われたことでエビルの眉がしかめられる。

『何が可笑しい』

『何がだと? これを笑わずにいられるか。ずっと同じ場所にいたからって俺達の関係性は何一つ変わらねえ。敵だ、俺達は敵同士なんだよ。それをお前、協力してほしいだあ? バカも休み休み言うんだな。俺がお前に協力することなんざ今は何にもねえよ、精々絶望して死んでいくんだな』

『死んだら、お前も死ぬんだぞ』

『これだから困るねえバカってのは。いいか? 俺とお前のリンクは俺がそうしているもんなんだぜ。つまり俺なら繋がりを絶てるし、一人でこっから出ることだって出来るんだ。自分が死ぬからってのは脅しにもなんねえんだよ』

 繋がりを絶てるのは技術を行使した本人のみ。
 エビルが死にそうになれば勝手に出て行って見捨てるのも自由。死神の里にて魔信教四罪しざいの一人、邪遠じゃえんを恐れていたのは繋がりを絶つ前に殺されるだろうと思っていたからだ。

『なるべく苦しんで死ぬとこを特等席で見といてやるよ。お前がもっと強ければ他の使い道もあったんだが……俺を倒した時の強さになるまで当分かかりそうだからな。今のお前みたいに弱い奴はなあ、ただ強い奴か理不尽に殺されるだけなんだよ』

「……まるで、自分に言い聞かせているみたいだ」

 ポツリとそんな言葉がエビルの口から漏れ出る。
 自分でもどうしてそんな言葉が出たのか分からず、明確な理由もない。ただ風の秘術の影響かそう感じられたのかもしれない。

『なっ……お、お前! 何を感じ取りやがった!?』

『分からない。でも……自分が強いって思いたいように感じられた。変だね……シャドウは僕より遥かに強いのに……強くなりたいって気持ちは弱い僕と同じなんだから』

『くっ、これ以上何か感じ取られるのは御免だぜ。悪いがもう話すことはねえ、お前の体は有効活用してやるからとっとと死ぬんだな!』

 それから何度呼びかけてもシャドウが答えることはなかった。
 エビルは彼のことをもっと知りたいと思う。このまま死にたくないなと考えながら、いったい彼がどういう生を歩んできたのか想像して――いつの間にか眠りについていた。

 旅で溜まった疲労を追いやるように鋼鉄の檻内で三人は眠る。
 全員が夢を見た。各々違う夢を。

 とある者は姉との再会に喜びながら旅の内容を語るもの。
 とある者は故郷に帰還して立派にリーダーとして立ち振る舞うもの。

『さあ、続きだ。お前を倒せなきゃ話になんねえ』

『エビル・アグレム。君はシャドウの力なんか借りずに状況を打破しなければならない。大丈夫、君が紡いだ絆はきっと君を見捨てたりしない』

『無視してんじゃねえよクソが』

 とある者は緑の丘の上で、二人の男の戦いをただ見つめている。
 そよ風に吹かれながらハイレベルな戦闘を目に映し続ける。

 ――そして鼻腔をくすぐる何かの匂いで夢から覚めた。
 エビル達三人が目覚めても状況は何一つ変わっていない。未だに鋼鉄の檻の中なわけだが、一つ違うのは鉄格子の奥に食事が置いてあることだ。

 食事は半分に割れたパンと白く濁ったスープのみ。
 三人分あるとはいえ、一人で全て食べても満腹にならないだろう。何も食べられないよりはマシなのでありがたいことなのだが。

「ご飯……いつの間に置かれてたのかしら。寝ちゃってたわ」

「とりあえず食べようか。パンはともかくスープは冷めちゃうし」

 三人は各々牢屋入口にまで移動して、鉄格子の奥にある料理を手に取って口に入れる。
 こうして手だけ鉄格子の間を抜けていると体も抜けられるかもしれないが、鉄格子の隙間の幅は小さなスープの容器がギリギリ通る程度。人間一人が通り抜けられるような幅はない。

「不味いし、足りねえよこんなんじゃ……せめてこの三倍はねえとさ」

 パンはぱさぱさとした食感で、白く濁ったスープはほろ苦い。
 結論を言ってしまえば美味しくない。ついでに量も少ない。そのことについてセイムが愚痴を零すとレミが同意して頷く。

「そうね……まだここに入って一日も経ってないけどこれがずっとなら、味も状況も不味いかも」

「だね。とりあえず何があるか分からないし体力は温存しておこうよ」

 味や量の不満はあるがそれしか出ないのなら仕方がない。
 エビル達はできるだけ動かずに体力を温存することにした。
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