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第1話 ー消えた掲示板スレー ②
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翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました真白は、枕元のスマホに手を伸ばした。
(七時前……まだ少し余裕ある、かな)
アラームを止めて、なんとなく習慣で通知一覧を開く。
画面の中に、小さなアイコンがひとつだけ目立っていた。
『二年C組SNS:新しいお知らせがあります』
(昨日の自己紹介スレ、誰かまた書き込んだのかな)
そう思ってアプリを立ち上げる。
ログイン画面は省略されて、すぐにクラスSNSのトップが表示された。
上部のタブは変わらない。「お知らせ」「課題提出」「雑談」。
その一番上に固定されているはずの「自己紹介スレ」の横に――。
(……あれ?)
投稿数を示していたところが、「0件」に変わっていた。
昨日の夜、画面を閉じる前に見たときは、十数件の数字が表示されていたはずだ。
恋の「親友ポジション」宣言も、自分の簡素な自己紹介も、そこに混ざっていた。
それが、今はきれいに「0」。
押し間違いかと、もう一度タップし直す。
『このスレッドには、まだ投稿がありません』
白い背景に、味気ないメッセージだけが表示される。
(昨日の投稿……全部、消えた?)
一気に眠気が引いた。
心臓が、どくりと強く脈打つ。
スマホを持つ手の力を少しだけ強めながら、真白は画面をスクロールしてみた。
ページの下の方に、なにかシステムメッセージや、削除ログのようなものが出ていないか確かめる。
けれど、どこまでスクロールしても、「投稿はありません」の文字が繰り返されるだけだった。
(全員が自分で消した……? でも、そんなこと……)
昨日の夜、恋が「親友ポジション」なんて書き込んだのは、悪ふざけ半分、宣言半分だった。
そんなものをわざわざ消すとは思えないし、自分の自己紹介だって、消す理由がない。
他のクラスメイトだってそうだ。
全員が同時に、「やっぱり恥ずかしいから」と削除ボタンを押した――そんなあり得ない仮説しか浮かばない。
(……システム側で消された?)
真白の頭の中で、昨日の先生の言葉が蘇る。
――ログは全部残りますからねー。
もし本当に「全部のログ」が残るシステムなら、一括削除の操作をしても、その記録はどこかに残るはずだ。
なのに、ユーザー側の画面からは、なにも見えない。
(見えないようにしてるだけ、か……それとも――)
胸の奥に、小さな棘のような違和感が刺さる。
それをそのまま言葉にすることが怖くて、真白は一度、スマホの画面を閉じた。
「……考えすぎ」
自分に言い聞かせるように呟く。
平穏でいたい。普通でいたい。
だから、最初から「事件」だと決めつけるのはやめるべきだ。
(きっと、不具合があって、一時的に見れなくなっているだけ)
そう、頭ではわかっているのに――心のどこかが、ざわついていた。
「おはよー、真白!」
通学路の途中、いつもの角を曲がったところで、恋の声が飛んできた。
彼女はいつもより少し早足で近づいてきて、真白の顔を見るなり、眉をひそめる。
「なんか、眠そう。夜更かしした?」
「……してないよ。普通に寝た」
答えながら、真白はポケットの中のスマホの感触を意識してしまう。
「ふーん? ……あ、もしかしてさ」
恋が、ひそひそ話をするみたいに顔を近づけてくる。
「昨日の“親友ポジション”投稿、恥ずかしくて眠れなかったとか?」
「ち、違うから」
即座に否定したのに、頬が熱くなるのが自分でもわかる。
恋はそれを見て満足そうに笑った。
「じゃあ、あたしの勝ちだね」
「なにに勝ったの?」
「なんとなく?」
からかうような会話は、いつもと同じだ。
でも、その裏で、さっき見た「投稿0件」の画面が、真白の頭から離れない。
「あ、そうだ。自己紹介スレ、見た?」
校門が見えてきたところで、恋が思い出したように言った。
「夜寝る前に見たらさ、いいね増えてて。真白のとか、“落ち着いてて真白っぽい”って言われてたよ」
「……そうなんだ」
「うん。ほら――」
恋がスマホを取り出してアプリを開く。
しかし、次の瞬間、その表情が固まった。
「……え?」
真白の心臓が、またどくんと鳴る。
「どうしたの?」
「ない。……真白のも、あたしのも、みんなのも」
恋は半ばパニック気味にスクロールしながら画面を見せてくる。
そこには、真白が朝方に見たのと同じ、「投稿はありません」の文字。
「昨日の夜まではあったんだよ? スクショ撮っとけばよかった……!」
「昨日の夜って、何時くらいまで見てた?」
「十時半ぐらいかな。寝る前にもう一回見て、ニヤニヤして寝たもん」
「……私が最後に見たのも、大体そのくらい」
真白は小さく息を吐いた。
「ということは、消えたのは、そのあと」
「あと……ってことは、夜中? なんで?」
恋の疑問は、真白がさっきから考えていたことと同じだ。
それに答えるには、少しだけ、普通の女子高生から外れた思考が必要になる。
(夜間メンテナンス……? 自動バックアップ……?)
システムが夜中にバックアップや更新を行うのは、よくあることだ。
その過程でデータが飛んだのなら、「サーバトラブルです」で説明はつく。
でも――。
(もしそうなら、自己紹介スレだけじゃなくて、システム全体に影響が出るはず)
トップページのお知らせ欄には、いつも通りの内容が並んでいる。
「始業式の日程」「教科書販売について」「新一年生への連絡」。
それらの投稿が消えたり、順番が入れ替わったりしている様子はない。
自己紹介スレだけが、まるで最初から存在しなかったみたいに空っぽになっている。
「とりあえず、教室行こっか」
真白はそう言って、恋と一緒に昇降口へ向かった。
二年C組の教室は、いつもよりわずかにざわついていた。
「なぁ、自己紹介、消えてね?」
「え、それな。朝見たらゼロ件になってたんだけど」
「俺の渾身のボケ返して!」
あちこちから、同じような声が聞こえてくる。
どうやらクラス全員、同じ現象に遭遇しているらしい。
恋は自分の席に着くなり、前の席の女子に話しかけた。
「ねぇねぇ、自己紹介スレ見た?」
「見た見た。全部きれいに消えてたよね。ほんと何あれ」
「やっぱ、バグなのかなぁ」
「先生に聞いてみよ。宿題だったんだし」
その言葉に、教室のスピーカーから「ホームルーム始めます、着席してください」という放送が重なるように流れた。
やがて、担任が教室に入ってくる。
「はーい、席についてー。出席取るよー」
出席を取り終えたところで、一人の男子が手を挙げた。
「先生、いいっすか」
「なに?」
「昨日の、その、クラスSNSの自己紹介、全部消えてるんですけど。あれって……」
「あー、それね」
先生は、少しだけ頭をかきながらため息混じりに笑った。
「朝一で職員室でも話題になりました。『せっかく書かせたのに全部消えてるじゃねーか』って」
教室に苦笑が広がる。
「で、さっき市のシステム担当に連絡してもらいました。今のところの話だと、“サーバのトラブルで昨夜未明のデータが一部消えた可能性がある”そうです」
「一部って、どこまで?」
「詳しくはまだ調査中。とりあえず、クラスSNS自体は動いてるけど、自己紹介スレだけおかしいっぽい」
先生はタブレット端末を取り出して、自分でも画面を確認する。
「ほら、こっから見ても“投稿0件”になってる。……つまり、先生の自己紹介案も消えました。惜しい」
「先生も書いてたんですか」
「書いてたよ。“情報科の先生です。課題をたくさん出します”って」
「最悪じゃないですか!」
教室に笑いが沸く。
その軽さが、真白の胸のざわつきを、逆に際立たせた。
(“サーバのトラブル”……本当に?)
もし本当に機械的なトラブルなら、「一部のファイル」だけが完璧に消えることは少ない。
むしろ、断片的に壊れたり、一部だけ文字化けしたり、中途半端な痕跡が残ることの方が多い。
それに――。
真白は、昨日の画面を思い出す。
自己紹介スレの上部には、「投稿数:○○件」と表示され、その下に時系列で一覧が並んでいた。
それが今、まっさらな状態に戻っている。
(『最初から誰も書いていない状態』を、あとから作り直したみたいな……)
言葉にならない違和感が、じわじわと広がる。
「とりあえず、市の人が調査してくれてるそうなんで。復旧するかどうかは、今日の放課後くらいにまたアナウンスします」
先生がそう締めくくると、クラスメイトたちはひとまず納得したように話題を変えていった。
「もう一回書かされるのかなー」
「それはやだー」
「どうせまた消えるんでしょ」
冗談交じりの声が飛び交う。
その中で、恋は隣の真白の横顔をじっと見ていた。
「真白、気になるでしょ?」
「……なにが?」
「今の、“サーバトラブル”ってやつ」
恋は声を潜めて続ける。
「真白、こういうの、放っとけないタイプじゃん」
「放っとくよ。今回は」
即答したつもりだったのに、自分でも驚くほど、言葉が軽かった。
恋はその軽さを一瞬で見抜いたようで、意地悪くも優しい目で真白を見つめる。
「ほんとに?」
「……ほんと。たぶん」
「“たぶん”って言った」
小さなささやき合いは、チャイムの音に遮られていった。
午前中の授業が終わり、昼休みになっても、真白の胸のざわつきは消えなかった。
弁当を食べながらも、気づけば視線は机の上のスマホに向かっている。
「開けば?」
箸で卵焼きをつつきながら、恋が言う。
「開かない」
「でも、気になってる」
「……気になってないと言えば嘘になるけど」
観念したように、真白はスマホを手に取った。
クラスSNSを開き、自己紹介スレを確認する。
やはり、画面は変わらない。
『このスレッドには、まだ投稿がありません』
画面の右上に小さな三本線のメニューアイコンがあり、「スレッド設定」という項目がある。
タップしてみると、「通知設定」「お気に入り登録」などの項目と一緒に、「操作履歴」という文字が並んでいた。
(操作履歴……)
それは、各スレッドごとにユーザーが行った操作を簡易的に見られる機能だった。
「自分がどの投稿にいいねを押したか」など、軽いログが覗ける程度のものだ。
真白はそこを開いてみた。
画面に表示されたのは、ごく短い一覧。
『4/7 22:11 投稿を作成しました』
『4/7 22:12 投稿を閲覧しました』
『4/7 22:15 投稿を閲覧しました』
昨夜、自分が書き込んで、何度か見直したのと一致している。
その下に――。
(……何もない)
深夜の時間帯に、スレッド自体が編集されたり、削除されたりした形跡は、ここからは見えなかった。
もちろん、この画面で見られるのは自分の操作だけだ。スレッド全体の管理ログではない。
それでも。
(「スレッドが削除されました」とか、「システムメンテナンスを行いました」とか……そういう表示がひとつもないのは、おかしくない?)
普通なら、利用者の混乱を避けるために、何かしらのメッセージを出すはずだ。
それが一切ないということは――。
「真白?」
恋の声に、真白ははっと顔を上げる。
「ごめん、考え事してた」
「見せて」
恋が身を乗り出して画面を覗き込む。
「操作履歴、ってやつ? あたしのも見てみよ」
恋も自分のスマホで同じ画面を開いた。
『4/7 12:33 投稿を作成しました』
『4/7 22:13 投稿を作成しました』
『4/7 22:09 投稿を閲覧しました』
『4/7 22:27 投稿を閲覧しました』
「やっぱり消したってログはないね。じゃあ、やっぱバグ?」
「……“バグ”って一言で片付けちゃうには、ちょっときれいすぎる気がする」
「きれいすぎる?」
「ログって、もっと散らかるものだから」
思わず本音が漏れた。
恋は、興味深そうに目を瞬かせる。
「ログ、散らかるんだ」
「普通はね。いろんな人が同時にアクセスしたり、エラーが出たりして、いろんな痕跡が積み重なっていくから。
“何もなかった”みたいにぴったり消えてるのって……誰かが意図的に、掃除したみたいというか」
「意図的……」
恋の表情から、冗談っぽさが消える。
「それってさ。やっぱり、“事件”ってこと?」
「まだそこまで言えない。単純に、システム側でログごと巻き戻した可能性だってあるし」
真白は言いながら、自分の心がどちらの可能性に傾いているか、わかってしまう。
「問題なし」と言い切るために必要な情報が、あまりにも足りない。
けれど、「問題あり」と決めつけるには、まだ根拠が薄い。
その狭間で、思考が空回りしそうになる。
「ねぇ、真白」
恋が、少し真剣な声で呼びかけた。
「真白だったら、何かに気づけるの?」
恋の言葉は、不思議と責める響きがない。
ただ事実を確認するみたいに、真白の内側をそっと指し示してくる。
「ごめんね。真白が乗り気じゃないのは知ってるけど、真白なら、今の状況をどう見るのか、ちょっと聞いてみたい」
問いかけられて、真白は視線を落とす。
(もしあの頃の私だったら……)
掲示板の構成、ログの残り方、削除のタイミング。
そういった情報を一つ一つ並べて、可能性を消去していく。
誰か一人のいたずらか。
システム担当者のミスか。
それとも、外からの不正アクセスか。
そして――。
(“気になるなら、ちゃんと調べるべき”って、たぶん思う)
平穏を求める今の自分ではなく、誰かの不利益を見過ごせないホワイトハッカーの“白狐”として活動していた頃の自分なら。
自分の投稿も、恋の投稿も、クラスメイトたちの軽い自己紹介も。
全部、「どうでもいいデータ」として扱うには、あまりに彼らの日常に近すぎる。
「……先生に、聞いてみる」
気づけば、言葉が口からこぼれていた。
「もっと詳しい状況。市の人がなんて言ってるのか。こっちに見えてないログがあるのかどうか。
それを聞かないと、“ただのトラブルでした”って言われても、納得できない」
「うん」
恋はすぐに頷いた。
「一緒に行こ。放課後、先生のところ」
「いいの? 授業、部活……」
「今日は部活ないし。ていうか、真白ひとりで抱え込んでモヤモヤするぐらいなら、隣で一緒にモヤモヤする方がマシ」
あっけらかんとそう言われて、真白は思わず笑ってしまう。
「……変な言い方」
「でしょ。でも、本気」
恋はそう言って、お弁当箱のふたをぱたんと閉じた。
「よし、決まり。放課後、先生と話してみよ。あくまで、ちょっと気になっただけの生徒として」
その言葉に、真白の胸の奥が、小さく震える。
(二年C組の、柏加真白として……)
匿名のハンドルネームではなく、本名で。
クラスSNSの、ひとりの利用者として。
おかしいと思うことは、おかしいと伝える。
それは、きっと――。
(平穏を壊すことじゃない。むしろ、守るための一歩、かもしれない)
そう考えた瞬間、心のざわつきが、少しだけ形を持ち始めた。
(七時前……まだ少し余裕ある、かな)
アラームを止めて、なんとなく習慣で通知一覧を開く。
画面の中に、小さなアイコンがひとつだけ目立っていた。
『二年C組SNS:新しいお知らせがあります』
(昨日の自己紹介スレ、誰かまた書き込んだのかな)
そう思ってアプリを立ち上げる。
ログイン画面は省略されて、すぐにクラスSNSのトップが表示された。
上部のタブは変わらない。「お知らせ」「課題提出」「雑談」。
その一番上に固定されているはずの「自己紹介スレ」の横に――。
(……あれ?)
投稿数を示していたところが、「0件」に変わっていた。
昨日の夜、画面を閉じる前に見たときは、十数件の数字が表示されていたはずだ。
恋の「親友ポジション」宣言も、自分の簡素な自己紹介も、そこに混ざっていた。
それが、今はきれいに「0」。
押し間違いかと、もう一度タップし直す。
『このスレッドには、まだ投稿がありません』
白い背景に、味気ないメッセージだけが表示される。
(昨日の投稿……全部、消えた?)
一気に眠気が引いた。
心臓が、どくりと強く脈打つ。
スマホを持つ手の力を少しだけ強めながら、真白は画面をスクロールしてみた。
ページの下の方に、なにかシステムメッセージや、削除ログのようなものが出ていないか確かめる。
けれど、どこまでスクロールしても、「投稿はありません」の文字が繰り返されるだけだった。
(全員が自分で消した……? でも、そんなこと……)
昨日の夜、恋が「親友ポジション」なんて書き込んだのは、悪ふざけ半分、宣言半分だった。
そんなものをわざわざ消すとは思えないし、自分の自己紹介だって、消す理由がない。
他のクラスメイトだってそうだ。
全員が同時に、「やっぱり恥ずかしいから」と削除ボタンを押した――そんなあり得ない仮説しか浮かばない。
(……システム側で消された?)
真白の頭の中で、昨日の先生の言葉が蘇る。
――ログは全部残りますからねー。
もし本当に「全部のログ」が残るシステムなら、一括削除の操作をしても、その記録はどこかに残るはずだ。
なのに、ユーザー側の画面からは、なにも見えない。
(見えないようにしてるだけ、か……それとも――)
胸の奥に、小さな棘のような違和感が刺さる。
それをそのまま言葉にすることが怖くて、真白は一度、スマホの画面を閉じた。
「……考えすぎ」
自分に言い聞かせるように呟く。
平穏でいたい。普通でいたい。
だから、最初から「事件」だと決めつけるのはやめるべきだ。
(きっと、不具合があって、一時的に見れなくなっているだけ)
そう、頭ではわかっているのに――心のどこかが、ざわついていた。
「おはよー、真白!」
通学路の途中、いつもの角を曲がったところで、恋の声が飛んできた。
彼女はいつもより少し早足で近づいてきて、真白の顔を見るなり、眉をひそめる。
「なんか、眠そう。夜更かしした?」
「……してないよ。普通に寝た」
答えながら、真白はポケットの中のスマホの感触を意識してしまう。
「ふーん? ……あ、もしかしてさ」
恋が、ひそひそ話をするみたいに顔を近づけてくる。
「昨日の“親友ポジション”投稿、恥ずかしくて眠れなかったとか?」
「ち、違うから」
即座に否定したのに、頬が熱くなるのが自分でもわかる。
恋はそれを見て満足そうに笑った。
「じゃあ、あたしの勝ちだね」
「なにに勝ったの?」
「なんとなく?」
からかうような会話は、いつもと同じだ。
でも、その裏で、さっき見た「投稿0件」の画面が、真白の頭から離れない。
「あ、そうだ。自己紹介スレ、見た?」
校門が見えてきたところで、恋が思い出したように言った。
「夜寝る前に見たらさ、いいね増えてて。真白のとか、“落ち着いてて真白っぽい”って言われてたよ」
「……そうなんだ」
「うん。ほら――」
恋がスマホを取り出してアプリを開く。
しかし、次の瞬間、その表情が固まった。
「……え?」
真白の心臓が、またどくんと鳴る。
「どうしたの?」
「ない。……真白のも、あたしのも、みんなのも」
恋は半ばパニック気味にスクロールしながら画面を見せてくる。
そこには、真白が朝方に見たのと同じ、「投稿はありません」の文字。
「昨日の夜まではあったんだよ? スクショ撮っとけばよかった……!」
「昨日の夜って、何時くらいまで見てた?」
「十時半ぐらいかな。寝る前にもう一回見て、ニヤニヤして寝たもん」
「……私が最後に見たのも、大体そのくらい」
真白は小さく息を吐いた。
「ということは、消えたのは、そのあと」
「あと……ってことは、夜中? なんで?」
恋の疑問は、真白がさっきから考えていたことと同じだ。
それに答えるには、少しだけ、普通の女子高生から外れた思考が必要になる。
(夜間メンテナンス……? 自動バックアップ……?)
システムが夜中にバックアップや更新を行うのは、よくあることだ。
その過程でデータが飛んだのなら、「サーバトラブルです」で説明はつく。
でも――。
(もしそうなら、自己紹介スレだけじゃなくて、システム全体に影響が出るはず)
トップページのお知らせ欄には、いつも通りの内容が並んでいる。
「始業式の日程」「教科書販売について」「新一年生への連絡」。
それらの投稿が消えたり、順番が入れ替わったりしている様子はない。
自己紹介スレだけが、まるで最初から存在しなかったみたいに空っぽになっている。
「とりあえず、教室行こっか」
真白はそう言って、恋と一緒に昇降口へ向かった。
二年C組の教室は、いつもよりわずかにざわついていた。
「なぁ、自己紹介、消えてね?」
「え、それな。朝見たらゼロ件になってたんだけど」
「俺の渾身のボケ返して!」
あちこちから、同じような声が聞こえてくる。
どうやらクラス全員、同じ現象に遭遇しているらしい。
恋は自分の席に着くなり、前の席の女子に話しかけた。
「ねぇねぇ、自己紹介スレ見た?」
「見た見た。全部きれいに消えてたよね。ほんと何あれ」
「やっぱ、バグなのかなぁ」
「先生に聞いてみよ。宿題だったんだし」
その言葉に、教室のスピーカーから「ホームルーム始めます、着席してください」という放送が重なるように流れた。
やがて、担任が教室に入ってくる。
「はーい、席についてー。出席取るよー」
出席を取り終えたところで、一人の男子が手を挙げた。
「先生、いいっすか」
「なに?」
「昨日の、その、クラスSNSの自己紹介、全部消えてるんですけど。あれって……」
「あー、それね」
先生は、少しだけ頭をかきながらため息混じりに笑った。
「朝一で職員室でも話題になりました。『せっかく書かせたのに全部消えてるじゃねーか』って」
教室に苦笑が広がる。
「で、さっき市のシステム担当に連絡してもらいました。今のところの話だと、“サーバのトラブルで昨夜未明のデータが一部消えた可能性がある”そうです」
「一部って、どこまで?」
「詳しくはまだ調査中。とりあえず、クラスSNS自体は動いてるけど、自己紹介スレだけおかしいっぽい」
先生はタブレット端末を取り出して、自分でも画面を確認する。
「ほら、こっから見ても“投稿0件”になってる。……つまり、先生の自己紹介案も消えました。惜しい」
「先生も書いてたんですか」
「書いてたよ。“情報科の先生です。課題をたくさん出します”って」
「最悪じゃないですか!」
教室に笑いが沸く。
その軽さが、真白の胸のざわつきを、逆に際立たせた。
(“サーバのトラブル”……本当に?)
もし本当に機械的なトラブルなら、「一部のファイル」だけが完璧に消えることは少ない。
むしろ、断片的に壊れたり、一部だけ文字化けしたり、中途半端な痕跡が残ることの方が多い。
それに――。
真白は、昨日の画面を思い出す。
自己紹介スレの上部には、「投稿数:○○件」と表示され、その下に時系列で一覧が並んでいた。
それが今、まっさらな状態に戻っている。
(『最初から誰も書いていない状態』を、あとから作り直したみたいな……)
言葉にならない違和感が、じわじわと広がる。
「とりあえず、市の人が調査してくれてるそうなんで。復旧するかどうかは、今日の放課後くらいにまたアナウンスします」
先生がそう締めくくると、クラスメイトたちはひとまず納得したように話題を変えていった。
「もう一回書かされるのかなー」
「それはやだー」
「どうせまた消えるんでしょ」
冗談交じりの声が飛び交う。
その中で、恋は隣の真白の横顔をじっと見ていた。
「真白、気になるでしょ?」
「……なにが?」
「今の、“サーバトラブル”ってやつ」
恋は声を潜めて続ける。
「真白、こういうの、放っとけないタイプじゃん」
「放っとくよ。今回は」
即答したつもりだったのに、自分でも驚くほど、言葉が軽かった。
恋はその軽さを一瞬で見抜いたようで、意地悪くも優しい目で真白を見つめる。
「ほんとに?」
「……ほんと。たぶん」
「“たぶん”って言った」
小さなささやき合いは、チャイムの音に遮られていった。
午前中の授業が終わり、昼休みになっても、真白の胸のざわつきは消えなかった。
弁当を食べながらも、気づけば視線は机の上のスマホに向かっている。
「開けば?」
箸で卵焼きをつつきながら、恋が言う。
「開かない」
「でも、気になってる」
「……気になってないと言えば嘘になるけど」
観念したように、真白はスマホを手に取った。
クラスSNSを開き、自己紹介スレを確認する。
やはり、画面は変わらない。
『このスレッドには、まだ投稿がありません』
画面の右上に小さな三本線のメニューアイコンがあり、「スレッド設定」という項目がある。
タップしてみると、「通知設定」「お気に入り登録」などの項目と一緒に、「操作履歴」という文字が並んでいた。
(操作履歴……)
それは、各スレッドごとにユーザーが行った操作を簡易的に見られる機能だった。
「自分がどの投稿にいいねを押したか」など、軽いログが覗ける程度のものだ。
真白はそこを開いてみた。
画面に表示されたのは、ごく短い一覧。
『4/7 22:11 投稿を作成しました』
『4/7 22:12 投稿を閲覧しました』
『4/7 22:15 投稿を閲覧しました』
昨夜、自分が書き込んで、何度か見直したのと一致している。
その下に――。
(……何もない)
深夜の時間帯に、スレッド自体が編集されたり、削除されたりした形跡は、ここからは見えなかった。
もちろん、この画面で見られるのは自分の操作だけだ。スレッド全体の管理ログではない。
それでも。
(「スレッドが削除されました」とか、「システムメンテナンスを行いました」とか……そういう表示がひとつもないのは、おかしくない?)
普通なら、利用者の混乱を避けるために、何かしらのメッセージを出すはずだ。
それが一切ないということは――。
「真白?」
恋の声に、真白ははっと顔を上げる。
「ごめん、考え事してた」
「見せて」
恋が身を乗り出して画面を覗き込む。
「操作履歴、ってやつ? あたしのも見てみよ」
恋も自分のスマホで同じ画面を開いた。
『4/7 12:33 投稿を作成しました』
『4/7 22:13 投稿を作成しました』
『4/7 22:09 投稿を閲覧しました』
『4/7 22:27 投稿を閲覧しました』
「やっぱり消したってログはないね。じゃあ、やっぱバグ?」
「……“バグ”って一言で片付けちゃうには、ちょっときれいすぎる気がする」
「きれいすぎる?」
「ログって、もっと散らかるものだから」
思わず本音が漏れた。
恋は、興味深そうに目を瞬かせる。
「ログ、散らかるんだ」
「普通はね。いろんな人が同時にアクセスしたり、エラーが出たりして、いろんな痕跡が積み重なっていくから。
“何もなかった”みたいにぴったり消えてるのって……誰かが意図的に、掃除したみたいというか」
「意図的……」
恋の表情から、冗談っぽさが消える。
「それってさ。やっぱり、“事件”ってこと?」
「まだそこまで言えない。単純に、システム側でログごと巻き戻した可能性だってあるし」
真白は言いながら、自分の心がどちらの可能性に傾いているか、わかってしまう。
「問題なし」と言い切るために必要な情報が、あまりにも足りない。
けれど、「問題あり」と決めつけるには、まだ根拠が薄い。
その狭間で、思考が空回りしそうになる。
「ねぇ、真白」
恋が、少し真剣な声で呼びかけた。
「真白だったら、何かに気づけるの?」
恋の言葉は、不思議と責める響きがない。
ただ事実を確認するみたいに、真白の内側をそっと指し示してくる。
「ごめんね。真白が乗り気じゃないのは知ってるけど、真白なら、今の状況をどう見るのか、ちょっと聞いてみたい」
問いかけられて、真白は視線を落とす。
(もしあの頃の私だったら……)
掲示板の構成、ログの残り方、削除のタイミング。
そういった情報を一つ一つ並べて、可能性を消去していく。
誰か一人のいたずらか。
システム担当者のミスか。
それとも、外からの不正アクセスか。
そして――。
(“気になるなら、ちゃんと調べるべき”って、たぶん思う)
平穏を求める今の自分ではなく、誰かの不利益を見過ごせないホワイトハッカーの“白狐”として活動していた頃の自分なら。
自分の投稿も、恋の投稿も、クラスメイトたちの軽い自己紹介も。
全部、「どうでもいいデータ」として扱うには、あまりに彼らの日常に近すぎる。
「……先生に、聞いてみる」
気づけば、言葉が口からこぼれていた。
「もっと詳しい状況。市の人がなんて言ってるのか。こっちに見えてないログがあるのかどうか。
それを聞かないと、“ただのトラブルでした”って言われても、納得できない」
「うん」
恋はすぐに頷いた。
「一緒に行こ。放課後、先生のところ」
「いいの? 授業、部活……」
「今日は部活ないし。ていうか、真白ひとりで抱え込んでモヤモヤするぐらいなら、隣で一緒にモヤモヤする方がマシ」
あっけらかんとそう言われて、真白は思わず笑ってしまう。
「……変な言い方」
「でしょ。でも、本気」
恋はそう言って、お弁当箱のふたをぱたんと閉じた。
「よし、決まり。放課後、先生と話してみよ。あくまで、ちょっと気になっただけの生徒として」
その言葉に、真白の胸の奥が、小さく震える。
(二年C組の、柏加真白として……)
匿名のハンドルネームではなく、本名で。
クラスSNSの、ひとりの利用者として。
おかしいと思うことは、おかしいと伝える。
それは、きっと――。
(平穏を壊すことじゃない。むしろ、守るための一歩、かもしれない)
そう考えた瞬間、心のざわつきが、少しだけ形を持ち始めた。
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青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
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