ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第3話 ークラスSNSの亡霊ー ②

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 放課後。
 校舎の空気は、昼間のざわめきが嘘みたいに薄くなっていた。
 真白と恋は、二階の図書室前の廊下を抜けて、奥の自習スペースに入った。窓際の席は、夕方の光が机の角を白く撫でていて、ここだけ時間の流れが少し遅い。
「いつものとこ、ってここで合ってる?」
 恋が小声で言う。
「うん。……ここなら、人が少ない」
 真白はカバンからノートPCを取り出した。学校では極力、課題や調べもののみに使いたいが、今日は、恋の“半分こ”の言葉に背中を押された。ここで一度、状況を整理しないと、落ち着いて眠れない気がした。
 恋は席の向かいに座って、スマホを机に伏せた。
「ねえ、まず何からやる? あの亡霊の正体、当てにいく感じ?」
「正体、というより……仕組み。どうやって投稿してるかが分かれば、止められるかもしれない」
 真白が画面を開くと、恋が目を丸くする。
「仕組みから行くの、真白っぽい」
「……近道になることが多いから」
 クラスSNSの画面を開く。亡霊アカウントの投稿は、放課後になっても止まっていなかった。
『昼休み、SとRが一緒にいた』
『見られたくないのに、見られてるってつらいよね』
『でも、みんな気づいてる』
「……最悪」
 恋が短く吐き捨てるみたいに言った。
 真白はそのまま、投稿のひとつをタップして詳細表示にする。画面の下のほうに、小さな文字がある。
「……あ」
「なに?」
「これ……投稿元、出てる」
「投稿元?」
 恋が身を乗り出す。真白は指で示した。
『via Web』
『via Wandroid』
『via yOS』
 そんな表示が、投稿によってばらばらに付いていた。
「え、これって……スマホからとか、パソコンからとか?」
「そう。普通は、同じ人が使う端末って、そんなに頻繁に切り替わらない」
 恋は首をかしげる。
「でもさ、パソコンとスマホ両方使う人、いるじゃん?」
「いる。……でも、これ」
 真白は投稿の時刻を指差した。
 16:07、16:07、16:07。
 同じ分に三つ。しかも投稿元がそれぞれ違う。
「……同じ分に三つ? 無理じゃない?」
 恋がようやく空気を飲み込む。
「無理。少なくとも、人が指で打って投稿してる速度じゃない」
 真白は視線を落として、胸の中の違和感に名前を付ける。
「自動化。……ボットの可能性が高い」
「ボット……って、ロボットみたいな?」
「うん。人の代わりに、決めた文章を勝手に投稿するプログラム」
 恋は唇を噛んだ。
「それ、誰が作ったの……?」
「作った人と、動かしてる人が同じとは限らない」
 真白はそう言いながら、亡霊アカウントの投稿をいくつかスクロールして、同じように投稿元を確認していく。
 Web、Wandroid、Web、yOS、Web。
 まるで“端末の影絵”が踊っているみたいに、表示が切り替わる。
「……複数端末から同時送信」
 真白が呟くと、恋が少し身を引いた。
「それ、言い方が怖い」
「ごめん。……でも、これが事実」
 真白はPCのブラウザを開き、同じ投稿をスマホの画面とも見比べた。表示のされ方が少し違う。PC版は細かい情報が出やすい。投稿の右上にある“…”を押すと、共有用のリンクが生成される。リンクの末尾には、英数字が付く。投稿IDだ。
 真白はノートに、いくつかの投稿IDと時刻と投稿元をメモした。短い作業が、呼吸を整えてくれる。
「恋、昼休みの時点で、誰が一番ダメージ受けてた?」
「梨央ちゃん。あと、周りも変に気を遣ってた。みんな、言わないようにしてるのに、亡霊が突っ込んでくるから」
 恋は机の上で指を組み、言葉を探すみたいに続ける。
「ねえ真白。亡霊の投稿ってさ、全部“ふわっと”してるのに、刺さるんだよ。名前出さないのに、出してるみたいで」
「……当てさせる構造」
「それそれ。あれ、ほんと嫌い」
 恋が拳を握りしめる。真白は、恋の怒りの輪郭がはっきりしているのを見て、少しだけ落ち着いた。怒りは、怖いけど、方向がある。
「この投稿、共通点がある」
 真白は画面を見せた。亡霊アカウントの文章には、妙に同じ言い回しが混じる。
 語尾のリズムが似ていて、感情の揺れがない。
「同じテンプレっぽい」
 恋が言った。
「うん。……あと、投稿の間隔が一定に近い。人の迷いがない」
 真白はブラウザの開発者ツールを開きかけて、指を止めた。ここで深入りするのは、学校の席では危ない。やるなら、自分の端末の範囲で、公開されている情報だけ。ルールは守る。
 真白はまず、いちばん安全な方向から攻めることにした。
「恋、亡霊アカウントのプロフィール、変なところない?」
「変なとこ? 真っ黒アイコン、空欄、謎の名前。以上!」
「……それ以外」
 真白はプロフィール画面をゆっくりスクロールする。そこで、ふと小さな表示に気づいた。
「外部連携……?」
 恋が覗き込む。
「連携?」
 亡霊アカウントのプロフィール欄の下に、薄い文字で『連携サービス:ON』と出ていた。クラスSNSの仕様だ。外部のサービスから投稿を受け取る設定があるらしい。部活の告知とか、学校のニュースを自動で流す機能に使うもの。
「これ、普通の生徒、使わないよね」
 恋が言う。
「うん。……使う理由がない」
 真白は、胸の中でひとつの仮説が形になるのを感じた。
「匿名投稿サービスがあるかもしれない」
「匿名投稿……? 質問箱みたいなやつ?」
「近い。誰でも投げられて、それをアカウントが自動で投稿する。そういう仕組みなら、文章がテンプレっぽいのも、投稿が一定なのも説明がつく」
 恋は目を細める。
「じゃあさ、誰かが亡霊に向かって、匿名で“ネタ”を投げてるってこと?」
「可能性はある。……でも」
 真白は言葉を選んだ。
「投げてる人が一人とは限らない。悪意が集まると、火が大きくなる」
 恋は小さく息を吐いた。
「じゃあ、止めるには……その匿名サービスのほうを止める? それか連携を切る?」
「連携を切れれば一番いい。……でも亡霊アカウントの持ち主が分からないと難しい」
 恋が眉を上げた。
「持ち主……いるの? ボットなら、持ち主って言わなくない?」
「ボットでも、動かすアカウントは必要。鍵がないと家に入れないのと同じ」
 真白はPCを閉じかけたところで、通知が鳴った。亡霊の新投稿。
『放課後、教室に残ってた人。見られてたよ』
 恋が顔をしかめる。
「……これ、さ。現場見てないと書けなくない?」
 真白は一瞬だけ、心臓が跳ねた。
「……そう思わせる書き方」
「え?」
「本当に見てるかどうかは分からない。けど、“見てる”と思わせるだけで、人は勝手に怖くなる」
 恋は黙り込む。
 怖さが、教室のどこかから滲んでくる。誰もいない自習スペースなのに、背中に視線が刺さる錯覚がする。
 真白は、机の上のメモを見て、焦りを押さえた。
「今日はこれ以上、深入りしない。……一回、家で整理する」
「うん。あたし、帰り道一緒に帰る」
「ありがとう」
 恋が「当然!」と言って笑ったのが、救いだった。

 その夜。
 真白は自室の机にノートPCを置き、部屋のドアを閉めた。家の中は静かで、時計の針の音がいつもより大きく聞こえる。
 “平穏”って、音のことだろうか。
 静かで、誰にも触られなくて、何も起きない空間。
 でも今は、静かすぎて、画面の文字が余計に響く。
 真白は、今日メモした投稿IDを順番に開き、PC版の画面で確認した。投稿元表示、時刻、文章。
 そして、投稿の一部に、共通して含まれているものを見つけた。
 短いリンク。
 いわゆる短縮URLみたいなものが、目立たない形で文章に混ざっている投稿がある。
『見られたくないのに』の後ろに、句読点のふりをした小さな記号、その隣にリンク。
 真白はマウスを合わせて、リンク先を“開かずに”確認した。ブラウザの左下に、飛び先のドメインだけが出る。
 見慣れない。けれど、雰囲気はある。匿名投稿サービスでありがちな、短い英字の組み合わせ。
「……罠じゃないよね」
 真白は自分に言い聞かせるように呟き、クリックせずに検索窓にドメインだけを打った。公式ページらしい説明が出る。
 “匿名で投稿されたメッセージを、連携したSNSに自動投稿します”
 そんな機能が書いてあった。
 真白は肩の力を抜いた。仮説が当たっていたときの安心は、少しだけ苦い。これで仕組みは見えた。でも、仕組みが見えたからこそ、悪意の入口も見える。
 真白は、さらに情報を集めるために、PC版のクラスSNSで亡霊アカウントの投稿一覧を開き、リンク付きの投稿を抽出した。
 リンクが付く投稿と付かない投稿がある。付くほうは、文体がさらに“テンプレ”に寄っている。
(匿名サービスから自動投稿されてるのは、こっち)
 では、リンクなしの投稿は?
 真白は、さっき恋が言った「現場を見てないと書けない」投稿を思い出す。あれがもし、同じ亡霊アカウントから出ているなら、入力元は二系統あることになる。
 真白は、投稿元表示に注目した。
 リンク付きの投稿はほとんどが『via Web』。
 リンクなしの投稿は『via Android』が混じる。
「……二つの蛇口」
 真白は独り言を漏らす。
 匿名サービスから自動で流れる蛇口。
 そして、誰かが手で追加している蛇口。
 ボットだけじゃない。
 人の手が、そこに触れている。
 真白は、スマホを取り出し、恋にメッセージを打った。長文は送らない。恋に負担をかけたくない。要点だけ。
『亡霊、外部連携ON。匿名投稿サービスっぽい。リンク付き投稿はほぼWeb。リンクなしはWandroid混じる。たぶん投稿口が二つある』
 送信してすぐ、既読がついた。早い。恋はたぶん、ずっとスマホを握っていた。
『やっぱり! てか、リンク怖っ でも開いてないよね?』
『開いてない。ドメインだけ確認した』
『えらい。真白えらい(ポイント倍) 明日昼休み、話そ!』
 真白は、画面を閉じて、息を吐いた。恋の言葉は少しからかうようで、軽くて、でもちゃんと守ってくれる毛布みたいだ。
 翌日、真白はさらに踏み込む準備をした。
 踏み込むといっても、危ないことはしない。
 公開情報を整理して、見える範囲で因果をつなぐ。それだけ。
 匿名投稿サービスの説明ページには、連携の仕方が書いてある。
 “連携用のトークンをSNS側に設定してください”
 “投稿頻度は自動調整されます”
 “複数端末からの投稿表示になる場合があります”
 真白は、画面のその一文を見て、胃のあたりが冷たくなった。
 複数端末。
 それは“異常”ではなく、仕様として起きる現象。
 つまり、亡霊が複数端末に見えること自体は、決定打にはならない。
(でも、“同じ分に三つ”は?)
 真白は、投稿の時刻の揺らぎをもう一度見た。
 仕様なら、間隔は一定に近い。
 なのに、亡霊の投稿は、一定に見せかけて、ところどころ“人の呼吸”みたいなズレがある。
 それは、誰かが追加で投稿を挟んでいるからだ。
 真白は、メモの端に小さく書いた。
「自動投稿+手動投稿」
 そして、もうひとつ。
「誰が手動?」
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