12 / 12
第11話 クラリッサ視点
しおりを挟む
公爵家に戻ってから三ヶ月後――
美しい日差しの降り注ぐ午後のことです。私とサイラス様はユクル公爵家の庭で、お茶をしていました。ケーキを口にしたサイラス様に、そっと尋ねます。
「サイラス様、ケーキの味はいかがですか?」
「とても美味しいよ。君はお姫様のケーキで、僕は王子様のケーキだね」
「お気に召して頂けて、嬉しいです。私が料理長に頼んで、作ってもらったのですよ」
お母様と教育係のお陰で、私は礼儀作法を少しずつ覚えてきました。言葉遣いも、食事のマナーも、礼儀作法も……そのうち完璧にマスターするつもりです。
「ふふふ、本当に美味しいよ。クラリッサが頼んでくれたケーキだなんて嬉しいな。それに、言葉遣いも、食事の仕方も、随分上達したね?」
「本当ですか……? 同じ年代の令嬢達と比べても、問題ないでしょうか……?」
「ああ、問題ないよ。これかからは、僕と一緒に色んな場所へ行こう」
「は……はい! 喜んで!」
八年間、サイラス様は私を失った悲しみから、引き籠っていたそうです。公の場にも姿を現すこともなく、貴族ですら彼の顔を忘れるほどでした。でもこれからは違います。私はサイラス様と共に、貴族社会で生きていくのです。
「ねえ、クラリッサ」
「はい? 何でしょう?」
ザアアアァァァ……と風が木々を揺らしていきます。しかしサイラス様は強風に気を取られることなく、私を見詰めながら言いました。
「僕は、君が好きだ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねます。
「ずっと好きだったけど、この三ヶ月で自分の気持ちに変わりないことが確認できた。成人したら、結婚したいと思っている。君は、僕の婚約者であり続けてくれるかい? 正直な気持ちを聞かせてくれないか?」
私の頬が熱くなります。こんなに素敵な方に愛されるなんて、しかも結婚してほしいとはっきり言われるなんて、頭が真っ白になってしまいます。
「嬉しいです……とても嬉しいです……。でも……私はまだ十二歳ですし……結婚はよく分からないです……。それに……結婚した後、子供を作るのは怖いし……」
「何だって? なぜ子供を作るのが怖いの?」
私は泣きそうになりながら、フィリップに赤ちゃんの作り方を聞かされて怖かったのだと白状しました。するとサイラス様は目を見張り、俯いてしまいました。
「あの塵芥以下の不要物めが……よくも純粋無垢なクラリッサにトラウマを植え付けてくれたな……絶対に許さない……今からこの僕が直々に殺して……――」
「サ、サイラス様? どうなさったのですか?」
「ううん、何でもないよ」
サイラス様はいつもの綺麗な笑顔を浮かべます。ああ、良かった。怒っているのかと思いました。
「そう言えば、ハリオット伯爵とフィリップはどうなったのですか……? 二人共、貴族院の裁判にかけられたのですか……?」
「そのことは、クラリッサはまだ知らなくていいんだよ。でもあいつらはもう二度と、君に手出しできなくなった。だから安心してね?」
「はい……」
するとサイラス様は立ち上がって、私のすぐ傍まで来ました。そして私の耳に唇を近付けると、優しく囁いたのです。
「クラリッサ、聞いてくれる? 赤ちゃんはね、清らかな行為からできるんだよ? フィリップが言っていたのは、ほとんど間違いなんだ。だから、君がもう少し大人になってから、僕が教え直してもいいかな?」
それを聞いた私は、嬉しさのあまり席を立ってしまいました。
「ほ、本当ですか……? やっぱりそうだったのですね……?」
「そうだよ。だから子供を作ることを怖いなんて思わなくていいんだよ。でも産むのはとても大変だと思うけど――」
「きっと平気です……! 産む時は苦しいけど、赤ちゃんを見たらとても嬉しくなると女中のおばさんに教わりましたから……! 私、サイラス様と結婚します……! 私も記憶の中の王子様が大好きだったのです……!」
その途端、サイラス様は表情を歪ませて、私を抱き締めました。その体は小刻みに震えていて、どうやら泣きじゃくっているようでした。
「サイラス様……?」
「良かった……クラリッサが戻ってきてくれて……本当に良かった……とてもとても怖かったんだ……君が酷い目に遭っているんじゃないかって……もう戻ってこないんじゃないかって……ずっとひとりで泣いていたんだ……――」
その涙声を聞いているうちに、私も泣き出してしまいました。私も、サイラス様に会いたかったのです。お父様とお母様に会いたかったのです。死刑と言われた時には、幸せな記憶の中に飛び込んで、消えてしまいたいと思ったくらいです。
でもそれは終わりました――
「泣かないで、サイラス様。もう大丈夫……大丈夫なのですよ」
私は彼みたいに綺麗に微笑めません。でも精一杯、笑ってみせます。
「サイラス様とお父様が裁判を無効にしてくれたから、皆が守ってくれたから、私はもう何も怖くありません。サイラス様は不幸なクララを、幸せなクラリッサに戻してくれたのですよ?」
するとサイラス様は目を丸くして、泣きながら笑いました。
そして私達は涙を拭くと、幸せだった記憶と同じように手を繋いだのです。もう二度と離れないように。ずっと一緒にいるために。
―END―
美しい日差しの降り注ぐ午後のことです。私とサイラス様はユクル公爵家の庭で、お茶をしていました。ケーキを口にしたサイラス様に、そっと尋ねます。
「サイラス様、ケーキの味はいかがですか?」
「とても美味しいよ。君はお姫様のケーキで、僕は王子様のケーキだね」
「お気に召して頂けて、嬉しいです。私が料理長に頼んで、作ってもらったのですよ」
お母様と教育係のお陰で、私は礼儀作法を少しずつ覚えてきました。言葉遣いも、食事のマナーも、礼儀作法も……そのうち完璧にマスターするつもりです。
「ふふふ、本当に美味しいよ。クラリッサが頼んでくれたケーキだなんて嬉しいな。それに、言葉遣いも、食事の仕方も、随分上達したね?」
「本当ですか……? 同じ年代の令嬢達と比べても、問題ないでしょうか……?」
「ああ、問題ないよ。これかからは、僕と一緒に色んな場所へ行こう」
「は……はい! 喜んで!」
八年間、サイラス様は私を失った悲しみから、引き籠っていたそうです。公の場にも姿を現すこともなく、貴族ですら彼の顔を忘れるほどでした。でもこれからは違います。私はサイラス様と共に、貴族社会で生きていくのです。
「ねえ、クラリッサ」
「はい? 何でしょう?」
ザアアアァァァ……と風が木々を揺らしていきます。しかしサイラス様は強風に気を取られることなく、私を見詰めながら言いました。
「僕は、君が好きだ」
その言葉に、心臓がドクンと跳ねます。
「ずっと好きだったけど、この三ヶ月で自分の気持ちに変わりないことが確認できた。成人したら、結婚したいと思っている。君は、僕の婚約者であり続けてくれるかい? 正直な気持ちを聞かせてくれないか?」
私の頬が熱くなります。こんなに素敵な方に愛されるなんて、しかも結婚してほしいとはっきり言われるなんて、頭が真っ白になってしまいます。
「嬉しいです……とても嬉しいです……。でも……私はまだ十二歳ですし……結婚はよく分からないです……。それに……結婚した後、子供を作るのは怖いし……」
「何だって? なぜ子供を作るのが怖いの?」
私は泣きそうになりながら、フィリップに赤ちゃんの作り方を聞かされて怖かったのだと白状しました。するとサイラス様は目を見張り、俯いてしまいました。
「あの塵芥以下の不要物めが……よくも純粋無垢なクラリッサにトラウマを植え付けてくれたな……絶対に許さない……今からこの僕が直々に殺して……――」
「サ、サイラス様? どうなさったのですか?」
「ううん、何でもないよ」
サイラス様はいつもの綺麗な笑顔を浮かべます。ああ、良かった。怒っているのかと思いました。
「そう言えば、ハリオット伯爵とフィリップはどうなったのですか……? 二人共、貴族院の裁判にかけられたのですか……?」
「そのことは、クラリッサはまだ知らなくていいんだよ。でもあいつらはもう二度と、君に手出しできなくなった。だから安心してね?」
「はい……」
するとサイラス様は立ち上がって、私のすぐ傍まで来ました。そして私の耳に唇を近付けると、優しく囁いたのです。
「クラリッサ、聞いてくれる? 赤ちゃんはね、清らかな行為からできるんだよ? フィリップが言っていたのは、ほとんど間違いなんだ。だから、君がもう少し大人になってから、僕が教え直してもいいかな?」
それを聞いた私は、嬉しさのあまり席を立ってしまいました。
「ほ、本当ですか……? やっぱりそうだったのですね……?」
「そうだよ。だから子供を作ることを怖いなんて思わなくていいんだよ。でも産むのはとても大変だと思うけど――」
「きっと平気です……! 産む時は苦しいけど、赤ちゃんを見たらとても嬉しくなると女中のおばさんに教わりましたから……! 私、サイラス様と結婚します……! 私も記憶の中の王子様が大好きだったのです……!」
その途端、サイラス様は表情を歪ませて、私を抱き締めました。その体は小刻みに震えていて、どうやら泣きじゃくっているようでした。
「サイラス様……?」
「良かった……クラリッサが戻ってきてくれて……本当に良かった……とてもとても怖かったんだ……君が酷い目に遭っているんじゃないかって……もう戻ってこないんじゃないかって……ずっとひとりで泣いていたんだ……――」
その涙声を聞いているうちに、私も泣き出してしまいました。私も、サイラス様に会いたかったのです。お父様とお母様に会いたかったのです。死刑と言われた時には、幸せな記憶の中に飛び込んで、消えてしまいたいと思ったくらいです。
でもそれは終わりました――
「泣かないで、サイラス様。もう大丈夫……大丈夫なのですよ」
私は彼みたいに綺麗に微笑めません。でも精一杯、笑ってみせます。
「サイラス様とお父様が裁判を無効にしてくれたから、皆が守ってくれたから、私はもう何も怖くありません。サイラス様は不幸なクララを、幸せなクラリッサに戻してくれたのですよ?」
するとサイラス様は目を丸くして、泣きながら笑いました。
そして私達は涙を拭くと、幸せだった記憶と同じように手を繋いだのです。もう二度と離れないように。ずっと一緒にいるために。
―END―
282
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
名も無き伯爵令嬢の幸運
ひとみん
恋愛
私はしがない伯爵令嬢。巷ではやりの物語のように義母と義妹に虐げられている。
この家から逃げる為に、義母の命令通り国境を守る公爵家へと乗り込んだ。王命に物申し、国外追放されることを期待して。
なのに、何故だろう・・・乗り込んだ先の公爵夫人が決めたという私に対する処罰がご褒美としか言いようがなくて・・・
名も無きモブ令嬢が幸せになる話。まじ、名前出てきません・・・・
*「転生魔女は国盗りを望む」にチラッとしか出てこない、名も無きモブ『一人目令嬢』のお話。
34話の本人視点みたいな感じです。
本編を読まなくとも、多分、大丈夫だと思いますが、本編もよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/618422773/930884405
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜
香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」
「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」
グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。
彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。
「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」
売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。
「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」
自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。
※ゆるめの設定
※他サイトにも掲載中
呪われた辺境伯と視える?夫人〜嫁いですぐに襲われて離縁を言い渡されました〜
涙乃(るの)
恋愛
「エリー、必ず迎えに来るから!例え君が忘れていたとしても、20歳までには必ず。
だから、君の伴侶のして、側にいる権利を僕に与えてくれないだろうか?」
伯爵令嬢のエリーは学園の同級生、子爵令息アンドリュー(アンディ)と結婚の約束を交わす。
けれども、エリーは父親から卒業後すぐに嫁ぐように言い渡される。
「断ることは死を意味することと思え!
泣こうが喚こうが覆らない!
貴族の責務を全うすることがお前の役目だ!いいな!」
有無を言わせぬ言葉を浴びせられて、泣く泣く受け入れることしかできないエリー
卒業式は出ることも許されなかった。
「恨むなら差し出した父親を恨むだな!」
おまけに旦那様からも酷い扱いを受けて、純潔を奪われてしまうエリー。
何度も離婚を繰り返している旦那様は呪われているらしくて……
不遇な令嬢エリーが幸せになるまで
性的な行為を匂わす要素があります
ゆるい設定世界観です
王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~
葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」
男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。
ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。
それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。
とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。
あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。
力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。
そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が……
※小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる