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第6話

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 そして午後――エイリスとリネットの力比べが始まった。
 従者、使用人、護衛の者……大勢の人間が集まる広間で、勝負は行われる。

「ふははッ! エイリスよ、城の者の前で恥をかくなよッ!」
「うふふ、全力で参りますわよ? 欠陥だらけの聖女様?」

 バイロン王子とリネットが挑発するように笑う。
 しかし負けると決めたエイリスは冷静だった。
 怒りは感じない――むしろ憐れんでしまう。

「では、最初に祈りの勝負を致しましょう――」

 王子が連れてきた従者がエイリスへ十字架を渡す。
 聖女は十字架を手に祈るのが基本であり、それにより成果を挙げれば勝ちだ。
 エイリスが横を見ると、リネットは自前の十字架を強く握り締めていた。

「公正を期すため、エイリス様はバイロン様の護衛を祈り、リネット様はこの城の使用人を祈って下さい。それでは、始め――」

 そして二人は祈り始めた。
 リネットは額に汗を光らせ、懸命に祈っている。
 エイリスは心の中を無にし、祈るポーズを取っていた。

「どうだ? 何か変化はあったか?」
「いいえ……何も変化はありません……」

 王子の質問にエイリスに祈られている護衛が答える。
 その答えは正しい――エイリスは祈っていないのだから、変化があるはずない。
 一方、リネットに祈られていた城の者が大声を上げた。

「あ、ああ……体が軽い! 目が、目がよく見えるぞぉ!」

 その言葉に広間が湧いた。
 やはり聖女はリネットなのだと、護衛達は言う。
 逆に城の者達は肩を落とし、どこか悔しそうだった。

「おお! 成果を挙げたか! 流石は我がリネット!」
「うふふ! 当り前ですわ、王子様!」

 そして二人は抱き合い、公衆の面前で唇を合わせた。
 エイリスは溜息を吐きつつコーディの元へ戻る。

(姫君……)
(大丈夫よ、コーディ)

 二人は視線を交わし、頷き合った。
 そしてその後の力試しも、エイリスは無能を演じた。
 結界だけは力を発揮したものの、手加減したためリネットに敗北する。
 傷を癒す治癒も、何もないところから水を湧かせる奇跡も、エイリスは敗北した。

「くく……勝負は決まったようだな……?」
「うっふふ、無様に負けましたわね? 欠陥聖女様?」

 嫌な笑みを浮かべ、王子とリネットは言う。
 やがて王子は優越の笑みを浮かべると、エイリスの眼前に立った。
 一体何をする気なのかと、エイリスは訝しむ。
 すると相手は口角泡を飛ばし、罵り始めたのだ。

「この無能で欠陥だらけの平民女がッ! よくも今まで聖女面してくれたなッ! 俺達王族も、貴族も、国民も、お前が無能で迷惑かけられっぱなしだッ! さあ、跪いて謝れ――もし上手く謝れたら、王宮の豚として飼ってやるッ!」

 その言葉にリネットも声を上げた。

「キャッハハハ! 平民の癖に調子に乗るから、こうなるのよ! あんたの祈りも、結界も、治癒も、奇跡もショボ過ぎて笑っちゃったわ! さあ、王子に謝るならあたしにも謝りなさい! 聖女の振りしてごめんなさいって靴を舐めれば豚さんとして扱ってあげるわ!」
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