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5 ~消える美丈夫
しおりを挟む国都の人口はおよそ百万。
街づくりはこの当時、世界最高である。各居住区は真っ直ぐな街道によって区切られた方形状になっている。区内の住居は整然と分布していた。
雨期の晴れ間であるその昼下がり、阿愁は遊里へ出向いていた。
東市の東側の一角にあるのが遊里である。
付近には高官達の邸が並ぶため賑やかな往来である。遊里の内部は路地を基準にして三つに分かれ、北から北曲、中曲、南曲と呼び、その順で格づけが上がっていく。
ひきこもりの阿愁が出歩いているのにはちゃんとした理由があるものの、陽のあたる時刻であるから双眸が気になって仕方がない。本心では麻袋でもかぶって歩きたいところだが、それを兄に言ったら『余計目立つだろバカですか』と返されて、以来、諦めた。
(あたしバカではないけどもっ)
その話を聞いたのは、昨日。
素韻からで、また妓楼かと思った。
人が多く集まって生活すれば決まって歓楽の場所ができ、酒と性の売買がなされるものである。遊興を求める男がいて、奉仕の見返りを期待する女がいるからだ。ゆえに、ややこしい問題の起こる舞台が遊里となるわけだ。
(ややこしさの度合いが微妙に異なるのよね)
素韻の話は阿愁にとってギリギリ聞き捨てられないものだった。
緋芭の副官が話していたのを立ち聞きしたというから、ニセ情報ではないだろう。
国都警備を担う者の情報によれば。
ここのところ北曲に女好きする顔立ちの、美丈夫が現れるようになったという。
北曲は一番北側の塀沿いに並ぶ小さな妓家をいい、客は、地方からの出稼ぎの男や貧しく結婚できない男がほとんどである。彼らを相手にする妓女の格も低いもので、貧しい農家の出や騙されて売られた娘などが多く籍をおいていた。
格の低い妓楼でのこと。
見慣れない、しかも輝くような美丈夫が常連客となれば妓楼の主は搾りとろうとする。妓女は妓女で囲ってもらいたい。酒を運び料理を運び、皆でせっせともてなした。
ところがである。
相手をした妓女達は、朝になるとすっかり美丈夫のことを忘れているという。だけでなく美丈夫は、支払いもせず、いつの間にやら姿を消していた。
これでは商売あがったり。妓楼の主も負けてはいない。次こそ銭をもぎ取ろうと接客するも、やはり妓女は記憶を失い、美丈夫には逃げられる。この繰り返しだった。
被害はすでに数件。
人相書きを回してみたところ同じ美丈夫なので北曲全体で警戒したが、美丈夫が現れるとなぜか妓楼の主は招き入れてしまうのだそうだ。どうしても断れないのだという。
そんなアホな話あるか、と普通は思う。
思わないのが阿愁である。
(うーん、謎だ)
不思議話に遭遇すると、どうしても放置できない。実に損な性分だ。解明したい、ではなく。解明しておいたほうが自分のためになるだろうという、本能的な欲望のようなものがでるのだ。そういう廻り合わせに生まれついているのだろうか?
引っかかるのは、相手をした妓女達の記憶が失われている、この部分である。
事の起きている場所は昼でも夜の匂いぷんぷんの、情事にふける妓楼である。惚れた男をかばって忘れたフリをすることもあれば、酒の飲みすぎで忘れてしまうこともあるだろう。その回数が一回や二回であれば謎は謎でなくなりカチッとはまって納得できよう。
しかし妓楼数件から被害がだされているとなればもう事件である。
それも、怪しいほうの事件だ。
(どうか怪しくありませんように)
ムダと知りつつ、阿愁は願ってしまう。
世は無常、頼れるのは自分だけ、天に願ったところでなにも変わらないけれど。
より正確な情報を仕入れるには足で稼ぐしかなく、阿愁は遊里を歩いていた。
妓楼は昼夜を問わず営業している。通りには客らしき者も歩いているが、明らかに客ではない男達が立っている。綿布の簡素な衣を着くずしている、胸元のダラりとした恰好から女衒〈女を売る人〉だろうと阿愁は目星をつけた。
そのうちの何人かと目が合う。
悪意の面が浮いて見えた。蒼白く透けている面が一枚、いびつにゆがんで揺れている。素朴な街娘に声をかけ、騙そうとする気満々である。
(人を見分けたいこんなときは嘘が見抜けるし便利なんだけど)
吐き気をもよおすからあまり使いたくはない。
視線を合わせてはスッと逸らすを繰り返しているうちに面の浮かばない男を見つけた。女衒のようだが、細い路地に引きこんで襲おうという気持ちはないようだ。
(あたしの歳じゃ売りモノにならないって判断したのかしら)
値踏みされるのはイヤだが阿愁も女である。がーんとなりながら声をかけてみた。
「あのう、すみません。消える美丈夫についてうかがいたいんですが」
話しかけられた男はいい時間つぶしになると思ったのか。いろいろと教えてくれた。
《次回 阿愁の秘密》
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