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一章 厄介な後輩
十話 タイミング、×。
しおりを挟む「もう二度と先輩の前では正座しません」
「俺はいつでも大歓迎だぜ?」
「絶対にしません」
むっと口を尖らせ、甘利が言う。
「本気で痛かったんですから」と呟く甘利には、幻覚の尻尾と耳が項垂れていた。
「悪かったって。つーか、お前が変なことしなけりゃ正座することもなかったんだけどな」
「変なこと?」
「自覚なしマ?」
最悪じゃねーか。もう一回正座させるぞ。
(本当に反省しているのかも怪しいな)
俺は眉を寄せ、甘利を見る。さっきまでの苦痛そうな表情は、既にいつもの能面に戻っている。マジでこいつの表情筋、どうなんてやがるんだ。
「そういえば、先輩。この前途中になっちゃってたんですけど」
「ん? なんだよ?」
「ご褒美。ください」
「……お前、よくKYって言われない?」
「? 言われませんけど」首を傾げる甘利。「あっそう……」と俺は肩を落とした。
(そういやこいつ、こういう感じの奴だったな)
さっきの衝撃で忘れてたわ。俺としてはさっきのこいつの方が可愛げがあっていいんだけど。
「はぁ……で、何が欲しいわけ? 言っとくけど、金とかあんまねーからな。ファミレスで飯奢るくらいしか出来ねーぞ」
「えっ、いいんですか?」
「あ?」
甘利の驚いた顔とキラキラした目に、俺はハッとした。
(まずい)
こいつ、かなりの大食いだった。
「……やっぱ飯は却下」
「え」
「別のにしろ」
「そう、ですか」と残念そうに肩を落とす甘利。罪悪感が募ると共に、それ以上の安堵が込み上げる。
(あ、あっぶねー!)
こいつに飯を奢るなんて禁句だった。吸引力の変わらない例の家電のように飯を吸い込んでいく甘利に飯なんか奢る約束をしたら、俺の財布が一瞬で破滅する。せっかく漫画を買うために節約してるのに、それもパアだ。
(つっても、他に欲しがるようなもんあるか?)
甘利が欲しがりそうなもの……――
(…………俺、とか)
って、俺何考えてんだ!?
バッと顔を両手で覆う。完璧に洗脳されてしまっていた。
あれだけ押せ押せだった甘利とはいえ、赤点を回避したご褒美に人間を求めるなんてあるわけがないのに!
(クソッ、それもこれもいつも変なことばっかり言う甘利のせいだ!)
俺のせいじゃない! 俺はそんなこと考えたりしない!!
「じゃあ先輩がいいです」
「ヘぁえッ!?」
声が盛大にひっくり返ってしまった。
ぶわっと込み上げる熱に、顔が熱くなる。俺は堪らず立ち上がった。
「な、なななな、なにバカな事言ってんだお前! お、俺が欲しいとか、おまっ、ばっかじゃねーの!?」
「? 春先輩が聞いたんじゃないですか」
「そりゃあそうだけど!!」
そうじゃなくてだなァ!
俺は甘利を指していた手を思いっきり上下に振った。この、羞恥とも苛立ちとも言えない気持ちを、どうやったらこいつに伝えられるのか。
(つーかこういうのって考えなくても伝わるもんじゃん!)
いや、甘利にそれを求めるのがおかしいのだろうか。常識とか通常とか、そういうの全然通じねーもんな。
背中を冷や汗が伝う。
……一瞬自分の気持ちが見てしまったんじゃないかと思ってしまったのは、秘密だ。
「もしかして先輩、変な事考えてます?」
「は、はぇあ!? へ、へへへへ、変な事ってなんだよっ!!」
「俺としてはそんなつもりはなかったんですけど……気になります? 例えば――」
「う、うわああああッ!!!」
俺は反射的に耳を塞ぎ、蹲った。
(な、なにを言うつもりだッ!!!)
バカ! バカ甘利ッ!! 赤点すれすれのくせに!! 走ることにしか取り柄がない癖に!! いや、見たことないけど!!
「ちょっ、春先輩っ?」
「う、うううううるさいうるさい!! 俺がんな事考えるわけねーだろ! バーカ! バーカ!! アホ! あんぽんたん!!」
「あんぽんたんって何ですか……」
「初めて聞きましたよ」と甘利の戸惑う声が聞こえる。
(うるせー、先輩で遊びやがって……っ!)
キッと甘利を睨みつければ、「すみません、調子乗りました」と背中を撫でられた。あやすように動く手が余裕そうで、腹立つ。
「先輩、落ち着いて。どうどう」
「……俺は動物じゃねーぞ」
「すみません。かわいらしくてつい。揶揄い過ぎました」
「お前はいつも一言余計なんだよ」
甘利の脇腹に肘鉄をすれば、「いたっ」と小さく悲鳴が上がった。
ざまーみろ。年上を揶揄うからだ。
「飲み物。くれ」と手を出せば、甘利は素直にペットボトルのお茶を掴んだ。瞬間、「あっ」といた顔をする。
「えっと……すみません。今俺の飲みかけしかなくて。何か買ってきますね」
「いーよ、別に。気にしねーし」
「そ、そうですか……?」
ぎこちない甘利に「お前は気にするの?」と問えば「いいえ!」と食い気味に否定された。……こいつ時々挙動不審になるの、何なんだ?
ペットボトルの蓋を開けようとする甘利に「いいから」とボトルを奪い取る。キャップを開け、喉を潤した。お茶の渋い味に少しだけ頭が冷静になる。キャップを閉め、甘利に突きつける。
「ご馳走さま」
「あ、はい」
「それで?」
「はい?」
「ご褒美。具体的に何がいいんだよ」
自分から聞くのも恥ずかしいが、約束を反故にするのは逆に男として廃る気がする。
走る緊張感を悟られないように俺はじっと甘利の返事を待つ。
(絶対貞操は守る。貞操は守る。貞操は守る……)
「あ、えっと……」
「い、言っとくけどな! 俺を食っても美味しくないからな!? 最近菓子ばっか食ってるし、栄養めっちゃ偏ってるだろうし!」
「落ち着いてください、春先輩。食べませんよ。……別の意味ではいつか食べたいですけど」
「いつか食われんの、俺!?」
ぎょっとして飛び退く。慌てて甘利から距離を取ってカーテンの裏側に隠れた。甘利が焦った声で「食べません! 食べませんから!」と否定する。
「そもそも人肉なんて興味ないですから!」
「に、肉に興味がない……つまり、骨……!?」
「一旦そこから抜け出してきてください。お願いします」
真撃な顔で言う甘利に、俺はおずおずと顔を出す。
「マジで食べない?」「食べません」「絶対に?」「……はい」甘利は深く頷く。今、なんか少し間があった気がするけど。
俺はゆっくりとカーテンから抜け出すと、甘利を見る。警戒はもちろん怠らない。そんな俺に気づいたのか、甘利はこほんと咳を零すと、静かに口を開いた。
「言い方を変えますね。ご褒美、先輩の時間をください」
「俺の、時間?」
「はい」
こくりと頷く甘利。どこか嬉しそうな顔をしている。
「先輩と遊びに行きたいんです」
「? この間公園で遊んだだろ」
「あれは遊んだっていうか……そうじゃなくて、ちゃんと俺と先輩で待ち合わせをして、ちゃんと遊びたいんです」
――ちゃんと遊ぶ。
その言葉の意味はよく分からないが、甘利はふざけている様子はない。「ダメですか?」首を傾げる甘利に、俺は眉を寄せる。
(つまり、変なことはしないってこと?)
それどころか、ただ遊ぶだけ? 俺と?
「それ、お前楽しいの?」
「楽しいです。絶対」
「ふーん」
「ま、そんならいいけど……」と応えれば、甘利は大きく目を見開いた。
「やった」
小さく呟かれた言葉。
能面の表情がまるで無邪気な子供のように輝く。
(くっ……眩しい……!)
イケメンの笑顔の破壊力、すげぇ。
「それじゃあ、日にち決めましょうか」
「次の日曜はどうですか? 土曜でもいいですよ、部活があるので午後からになっちゃいますけど」とスマホのカレンダーを見ながら言う甘利に、俺はハッとした。
「ちょ、ちょっと待った」
「何ですか? 一度いいって言ったんですからキャンセルはできませんよ? キャンセル料百パーセント取りますよ? いいんですか?」
「どこのホテルの話だよ……って違う、そうじゃなくて」
「?」
首を傾げる甘利。やっぱり、知らないらしい。
(まあ、他学年の行事だし、仕方ねーよな)
「俺、来週から修学旅行だから、次の土日は無理だぞ」
「……え?」
甘利の顔が絶望に染まっていく。
俺は生気を失っていく顔を見ながら、呆れに肩を落とした。
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