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一章 厄介な後輩
十二話 好き、とは。
しおりを挟む『変わっていない』と甘利は言っていたけど、きっとそれは“そうである”と甘利の潜在意識が勝手に作り上げているだけで、本当の俺を見ているとは限らない。
(そもそも、そんなことで好きになるとか、おかしいだろ)
恋はもっと劇的で、落ちる感覚がするはずだ。経験は……ないけど、みんなそう言ってる。
(そんな、柔い感覚じゃないはずだ)
だからきっと、甘利のは勘違いなんじゃないだろうか。だってそうだろう。――そんなの、俺じゃなくてもしてくれる人はたくさんいるはずだし。
「お前、さ。モテるんだし、それこそ可愛い女の子とかに毎日言い寄られてるだろ? そんなに俺にこだわる必要あるわけ?」
「あります。だって俺が好きなのは先輩だから」
「だからっ、俺じゃなくてもいいんじゃないかって話!」
「……先輩?」
バンッと机を勢いよく叩く。甘利がびくっと肩を震わせた。
(なんで俺、こんなにイラついて……)
いや、でも。そもそも甘利の言い分が曖昧過ぎるんだ。そんな簡単なことで好きになるなんて、正直信じられない。
「その優しくしてくれた奴? っての、本当に俺? 俺は覚えてねーし、もしかしたら別人かも知んねーぞ?」
「それはないです」
「なんで言い切れるんだよ!」
声が反響する。
心の中にあるモヤモヤが吹き出しそうで、俺は胸元を掴んだ。困惑した甘利が手を伸ばしてくる。
「どうしたんですか、先輩」
「うっせぇ!」
バシッと手を払った。
驚いた甘利の表情に、頭の中が真っ白になる。
「そんな薄っぺらい理由で好きなんて言われても困るんだよ! 俺覚えてねーし!」
「せんぱ――」
「つーかお前だって、助けてもらって嬉しかった記憶を“好き”って勘違いしてるだけじゃねーの? はっ、そうだよ。お前、そういうの鈍そうだもんな。そんなの、本当に好きなのかも怪しくなって――」
ダンッ!!
響く地鳴りに、言葉が遮られる。ハッとした時には、もう遅かった。
(やばい、今のは言い過ぎた)
こんなことまで言うつもりじゃなかったのに。まるで甘利の気持ちを否定するようなことを言った。
恐る恐る甘利を見る。
俯いた甘利の拳が壁に叩きつけられて、赤くなっている。振動で落ちたチョークが視界の端でパキリと割れた。
「ぁ……」
「春先輩」
地を這うような声。
俺は初めて感じる恐怖に、体が強張る。
(怒って、る)
あの甘利が。大型犬みたいに、いつだって尻尾を振って俺の後をついて来ていた甘利が。
――怒っている。
「覚えていないのは全然いいです。元々そのつもりでしたし、今更怒ってません」
「……っ、あ、甘利」
「俺の想いを無理に受け取らなくてもいいです。迷惑だとか、気持ち悪いとかなら……言ってくれれば、頑張って離れます。先輩の前に姿も見せないようにします。同じ学校なので完璧には難しいかもしれないけど、そこは我慢してください」
淡々とした声が、恐ろしい。
初めて見聞きする甘利の声と表情に、全身が固まって動かない。
(怖い……)
でもきっと、これは甘利に怯えているわけじゃない。ただ――甘利から発せられる言葉が、視線が、恐ろしい。
「ですが、俺の気持ちを……先輩への想いを否定するのは、いくら先輩でも許せません」
「っ、ご、ごめ――」
「俺の気持ちは俺が決めますし、先輩に伝えたのも……勢いもありましたけど、それだけじゃないです」
甘利の顔がゆっくりと上がる。見えた表情に、俺は息を飲んだ。
(……なんで)
――なんでお前が、そんな顔をするんだ。
「二年間、毎日先輩を想って来たんです。勘違いじゃないことは、俺が一番……良く、知ってる」
「ぁ、まり……」
「……すみません。俺、先に戻ります」
「驚かせてしまって、すみません」……そう甘利は小さく呟くと、静かに教室を出て行った。いつもの騒がしさはなく、ただただ悲哀を背負った背中が、いつもより弱弱しく見える。
『覚えていないのはいいです。元々そのつもりでしたし、今更怒ってません』
『俺の想いを無理に受け取らなくてもいいです。迷惑だとか、気持ち悪いとかなら……言ってくれれば、頑張って離れます』
『俺の気持ちを……先輩への想いを否定するのは、いくら先輩でも許せません』
『二年間、毎日先輩を想って来たんです。勘違いじゃないことは、俺が一番……良く、知ってる』
頭の中を反芻する甘利の言葉。
真っすぐ、まるで体当たりしてくるような甘利の言葉に、嘘偽りなんて一切見当たらない。
「……あいつ、泣きそうな顔してたな」
去り際の甘利の顔が脳裏を過る。
俺の考えがおかしいとか、余計だったとは思わない。だが、変な伝え方をしてしまったのは間違いない……んだと思う。結果、俺は甘利を傷つけた。しかも、かなり深く。
(俺、なんであんな言い方……)
大きくため息を吐く。伝えるにしても、もうちょっと何か方法があったんじゃないだろうか。
仮にも俺は甘利の先輩なのに。
(でも……仕方ねーじゃん……)
だってそうだろ? あの甘利が、俺の知らない優しい顔で、俺の知らない過去を語るんだから。
甘利の話している事、全部わからなかったんだ。俺の話なのに、まるで別の人の話をされているみたいで……気づいたらつい、かっとなって――――。
「はっ、ガキかよ」
俺は吐き捨てる。足を引き寄せ、膝を抱えた。
……あんなに人を怒らせたのは、後にも先にも初めてのような気がする。
(……甘利は、俺が好き)
でも、俺はそれには応えられない。それなのに、アイツは諦めないで俺の傍に居ようとする。
(さっさと他の奴のとこに行けばいいのに)
甘利がどれだけ頑張っても、俺は見返りなんて返せない。甘利のことは後輩としては好きだが、“そういう対象”ではないからだ。
望みのない恋愛をするより、好きだって言ってくれる子を大切にしてやればいい。それこそ同じ学年で、同じ年で、可愛く華奢な女の子とか。クラスは違くても部活を頑張る甘利の応援にも行ってくれて、弁当作ってくれたり、週末にデート行ったり。
周りの目も気にせずに色んなことが出来る――そんな健気な女の子。
(いるんだろうな、甘利の周りなら一人くらい)
だから、わざわざ俺なんかを選ばなくていいって話だったのに。
(……あんな顔で言われたら、何も言えなくなるだろ)
「あー……くそ……っ」
ガシガシと頭を掻く。
何がおかしくて、何が正しいのか。
自分は何を間違ってしまって、何が合っているのか。全部わからなくなっていく。
甘利という存在に思考も感情も掻き乱されていく気がして不快なのに、傷ついた甘利の顔が脳裏から離れてくれない。
“仕方ないだろ”で済まさせてくれない。
「……好きだなんて、簡単に言うなよ。馬鹿」
同じ男でも、恋してるやつの思考っていうのは全然わからない。
俺は口を尖らせ、その場にごろりと寝転がった。
瞬間、肩に痛みが走り、体を起こす。振り返れば、落ちた赤いチョークの粉がパラパラと落ちていった。
「うわ、最悪……」
どうやらさっき落ちて折れてしまったチョークを、肩で砕いてしまったらしい。シャツを手繰り寄せて見れば、見事にピンク色が付いてしまった。
「コレ、落ちんのかな」
雑に手で払えば、少しだけ薄くなった気がする。……まあ、その分色が広がった気もするけど。
(母さんに怒られるかもなぁ)と眉を寄せ、ため息を吐く。……なんだかさっきから踏んだり蹴ったりな気がするのは、気のせいだろうか。
(……サボるか)
こんな気持ちで勉強したところで、集中なんかできやしない。
俺はそう言い訳して、再び床に横になる。もう何も落ちていないことは確認済みだ。
目を閉じ、眠る体制に入る。
――けれど、どれだけ経っても寝ることなんてできなくて。
俺はモヤモヤした気持ちのまま、次のチャイムと共に部室を後にした。
その後、チョークの痕を見られた俺は秋人に「何コレ。新しいファッション?」と笑われたが、反論する気すら起きなかった。
ただただ、罪悪感だけが心の奥底に居座り続けている。
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