逃げた先に、運命

夢鴉

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二章 新しい自分

9-2 見張り役を連れて、デートは続行します

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 店を出て、俺たちは近くの公園に連れてこられた。
 広く、大きな公園だ。
 独特な遊具が置いてあり、中でもタコの形をした遊具は独創的で印象に残る。

 ベンチの前で蜜希さんが立ち止まり、振り返る。
 彼の表情が笑顔を携えているのに、どこか笑っていないように見えて、俺は無意識に背筋を伸ばした。

(やっぱり怒ってる、よな……?)
 蜜希さんのお気に入りの店で騒動を起こしたのだ。怒らないわけがない。
 俺はどんな雷が落ちて来ても大丈夫なように、身構えた。
 それに気が付いた蜜希さんが「君は怒らないから安心して良いよ、暁月くん」と笑う。

「えっ?」
「僕が怒らなきゃいけないのは、朝陽の方だから」

 びくっと青年――朝陽の肩が跳ねる。
 朝陽は恐る恐ると言った様子で蜜希さんを見た。

(そういえば、怒りで忘れてたけど彼、蜜希さんの弟なんだっけ)
 俺は蜜希さんと朝陽を見る。

 朝陽はどこか落ち着きなく視線を彷徨わせている。
 怒られるのが怖いのだろうか。あんなに暴言を吐いていたのに?
(なんだ、この違和感)
 俺は胸に巣食う違和感に、首を傾げていた。

 しかし、俺の思う疑問が解決するよりも早く、蜜希さんが彼の頭に手を下した。

「いい加減、外で無駄に突っかかってくるのやめなさい」
「い゛っ!」

 ゴスッ。
 ものすごい音がした。
 見ていた俺が、つい息を詰めてしまうくらいには。

(うっわ、痛そう……)
 蹲り、悶える朝陽を見る。
 相当痛いのか、言葉にならない唸り声を上げている。

 そんな彼を前に、蜜希さんは腰に手を当てて仁王立ちになった。
 朝陽は涙目のまま、蜜希さんを見上げる。

「っ――! だ、だって、兄貴が勝手にアルファなんか連れてるからだろっ!?」
「勝手にって何。彼は僕のただの友人。わかる?」
「う、嘘だっ」
「嘘じゃない。お兄ちゃんがお前に意味のない嘘を吐い事がある?」
「あるだろ、いっぱい!」

(あるんだ)
 俺はつい蜜希さんを見てしまった。
 蜜希さんはきょとんとしている。心当たりがないと言いたげな表情だ。

「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「でも、朝陽よりはマシでしょ? あんな敵を作るような言い方、僕はしないし」

 ぐうの音も出なかった。
 朝陽は視線を下ろし、俯く。

(……なんだかよくわからないけど)
 どうやら彼のさっきの態度には理由があるようだった。
 その理由を蜜希さんは知っているらしい。
 俺は二人にしかない繋がりが見えて、ふと息苦しさを覚える。

「あの、蜜希さん」
「なに? 暁月くん」
「えっと……彼は……」

 俺は無意識にかけてしまった声の理由を探る。
 結果、俺は彼の紹介を求める形になった。
 蜜希さんは俺の視線に「ああ、そっか」と声を零すと、彼を手で指し示す。

「この子は僕の弟の、宵月朝陽。高校二年の生意気な年頃でね、すごく手を焼いてるんだ」
「はぁ……」
「三年だっつってんだろ」

 声を上げた朝陽に、しゃがみこんだ蜜希さんの手が伸びる。
 青年の頬を摘まみ、両側に引っ張る。

「いだだだっ!」と声を上げる彼。
 蜜希さんは柔和な顔のまま「悪い口はこいつかなぁ?」と呟いた。
(笑顔なだけに、怖いな……)
 蜜希さんが怒ったらこんなになるのか。
 なんか新鮮だな。

「この通り、口はすこぶる悪いけど根は悪い子じゃないんだ。……さっきも、思ってもない事べらべら喋って。失礼なこと言ってたよね。ごめんね?」

 蜜希さんが眉を下げて、俺を見上げる。
 しおらしい表情が薄幸そうな彼の雰囲気とマッチしていて、つい(綺麗だな)と思ってしまう。
 けれど、謝るべきは彼じゃない。

「蜜希さんが謝る事じゃないです」
「それもそっか。じゃあ、ほら、朝陽」

 蜜希さんが両手を離し、朝陽の肩を叩く。
 その勢いに朝陽の体が前のめりに飛び、俺の前に押し出される形になった。
 倒れないように踏ん張ったのは、さすがと言ったところか。

 朝陽がちらりと俺を見る。
 口はへの字に曲がっていて、向けられる視線は敵意に染まったままだ。
 俺は麺同になって放り投げたい気分だった。――が、蜜希さんがいる手前、出来るわけがない。

(蜜希さんが言うなら)
 その思いで待っていたけれど、彼はなかなか口を開かなかった。
 業を煮やしたのは、蜜希さんだった。

「お兄ちゃんは素直に謝れる子が好きだなー」
「ゴメンナサイ」
「はやっ」

 間髪入れずに落とされた謝罪。
(店でのこととか、さっきのいい訳とか聞いて、もしかしてと思ってたけど)

 ――この子、蜜希さんの事好きすぎじゃないか?

 アルファは気に入った人間、身近な人間を守ろうとする傾向がある。
 もし、彼の行動が全て『蜜希さん』という一人の人間を守ろうとしていた結果なのだとしたら。

『相変わらず男の趣味やべーな』
『は? 何、兄貴。気づいてないわけ?』
『だ、だって、兄貴が勝手にアルファなんか連れてるからだろっ!?』

 ……あり得る。
 しかも、かなりその説が濃厚だと気付かされるのが、蜜希さんの言葉だった。

『いい加減、外で突っかかってくるのはやめなさい』

 いい加減、ということは、昔からその癖があったということになる。
 更に“外で”、という言葉には、中――つまり家の中では突っかかってくることがないということだ。
(ブラコン同士かよ)

 俺は頭を抱えてしまった。
 よりによって、蜜希さんの傍にいるアルファが、仲のいい兄弟だなんて。
(入る隙なんかねぇだろ、そんなの)

「おい」

 ふと掛けられた声に、俺は顔を上げる。
 不機嫌そうな朝陽と目が合った。

「返事は?」
「返事?」
「謝っただろ。その返事」

 俺は「あ、ああ……」と声を零す。
 しかし、すぐに困ってしまった。

(え? 返事?)
 喧嘩したことはもちろんだが、人に謝られて意見を求められるのなんて初めてだった。

 大抵の人は俺の気持ちなんかどうでもよくて。
 貰うのは専ら、俺にとって“都合のいい人間”で居たいだけの、打算交じりの謝罪か、俺にはわからないと決めつけた形だけの謝罪くらいだった。
 だからこうして“自分”の意見を求められるとは、考えもしていなかったのだ。

 固まる俺に、蜜希さんの手が背中を押す。
「許すも許さないも、暁月くんの好きにしていいよ」と告げられ、更に驚く。
(許さなくてもいいのか)

 その思考はなかった。
 俺は世界が広がった気がして、気分が高揚する。

 朝陽を見て、俺は手を差し出した。
 首を傾げ、手を差し出してくる彼。手を握り、俺は全力を込めた。

「っ――!!」
「うん。これで許すよ。俺も言い過ぎたし。ごめんね?」
「ど、どうも……」

 痛みに顔を引き攣らせる朝陽。
 手を離せば、彼は瞬く間に自身の手を引き寄せた。
 真っ赤になった手を摩り、警戒を隠さず俺を見る。
 まるで猫のような挙動が、初めて会った蜜希さんと少し重なった。

「よかったね」という蜜希さんに、朝陽はため息で答える。
 それを気にすることなく、蜜希さんは「これからどうするの?」と朝陽に問いかけた。

「あ? どうだっていいだろ。それより、兄貴たちはどうすんの」
「質問を質問で返さないでくれる? そうだなぁ」

 チラリと蜜希さんの視線が俺を見る。
 俺はその視線の意味に気付いて、回った店を思い出した。

「もう少し見て回りたいです」
「だよね」

 蜜希さんはわかっていたかのように答えた。

「僕たちはもう少しこの辺をぶらつこうかなって思ってるよ」
「はあ? 二人で? 正気?」

 朝陽は思いっきり顔を歪めた。
 信じられない、と言わんばかりの反応に、蜜希さんが「正気って何」と彼の頬を抓った。
 両側に引っ張り、再び朝陽の悲鳴が響く。

 そんな彼を見ながら、俺はただ首を傾げていた。
(蜜希さんと一緒に出掛けることが、そんなに驚くことなのか?)

「いってぇ……もうちょっと手加減しろよ……」
「朝陽が変なことを言うのが悪い」

 フンと蜜希さんが口を尖らせ、そっぽを向く。
 朝陽は真っ赤になった頬に手を当て、不服そうな顔をしていた。
 いつの間にかじゃれ合いは終わったらしい。

「もう。そんなに心配なら、朝陽も一緒にくればいいじゃん」
「「は?」」

 蜜希さんの突飛でもない言葉に、俺と朝陽の声が重なる。
 朝陽の鋭い視線が向けられたが、そんなことよりも気になることを今言われた気がする。
 そんな俺の気持ちも他所に、蜜希さんは話し続ける。

「朝陽は僕たちを監視できる。僕たちは買い物を楽しめる。一石二鳥。ウィンウィンじゃない?」
「何もウィンウィンじゃないですね」

 思わず口をついてしまった。
「そう?」と蜜希さんが首を傾げる。
 邪気のない視線に、俺は罪悪感で胸が苦しくなった。

(でも、せっかく蜜希さんと二人だったのに……!)
 そう思うと、たとえ蜜希さんと言えど、譲れない気持ちになってくる。

 俺は慌てて朝陽を見た。
 彼が兄である蜜希さんを好きなのはわかっている。
 しかし、素直になれない彼のことだ。きっと断ってくれるに違いない。
 いやむしろ断ってくれ、頼むから。

「あ。でも朝陽はまだ家に帰ってないんだっけ? 遅くなると母さんたちも心配する――」
「いや。行く」
「「え?」」

 俺は願ったことが塵になっていくのがわかった。
 朝陽は真っすぐに俺を見ると、立ち上がる。
 流れるようにポケットからスマートフォンを取り出した。

「でも、母さん待ってるんじゃないの?」
「母さんには連絡入れとく。それとも、自分で着いてくればいいって言っときながら、本当は来て欲しくないとか?」
「そんなことない!」

 蜜希さんの煌めいた瞳が、朝陽を見る。
(あんな嬉しそうな蜜希さん、初めて見た……!)
 俺は謎の敗北感を覚え、ガクリと肩を下げる。

 ふと、朝陽の視線が俺を見ていることに気が付く。
 への字になっていた唇が、にやりと勝者の笑みを浮かべる。
 俺はひくりと頬が引き攣るのを感じた。

 俺はようやく彼が俺への当てつけで一緒に来ることを選んだのだと、理解した。

(この……っ)

 ――ブラコンが!!

 俺は悔しさに、心の中で全力で叫んだ。
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