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二章 新しい自分
9-3 後悔先に立たず
しおりを挟む蜜希さんとのお出かけは、監視付きで続行となった。
(一体なんでこんなことに……)
そう後悔しても、もう遅い。
半歩前を歩く二人の背中に、俺は特大のため息を吐く。
仲良さそうな雰囲気に、自分の入る余地はないんじゃないかという気さえしてきた。
(むしろお邪魔なのは俺の方なんじゃないか……?)
とはいえ、易々とこの場所を譲るのも気に入らない。
そもそも、一緒に出掛けようと言ってくれたのは蜜希さんの方だし。
俺は休みだし。
「そう言えば、朝陽はどうして帰って来たの? 何かあった?」
ショッピングモールに戻る途中。
蜜希さんが朝陽に問う。
その聞き方があまりにも優しいので、俺は(そんな優しい聞き方じゃ答えてくれないんじゃないか?)と思った。
しかし、その予想はすぐに外れる。
「あー、夏休み。母さんにバイト探してるなら手伝えって」
「あれ。もうそんな時期だっけ」
「ん」
「大学の夏休みは長いもんねー」
「もう遠い昔のことで全然覚えてなかったよ」と蜜希さんが零す。
(あれ、思った以上に軽い雰囲気……?)
てっきり朝陽が悪態を吐くんだと思っていたから、一瞬面食らってしまった。
笑顔こそないが、蜜希さんと仲良く会話する朝陽を見る。
珍しいものを見たような気分でもあった。
(なんだ、普通に話すことも出来るのか)
そんな失礼なことを考えていたのが伝わったのか、朝陽が振り返る。
鋭い視線に、俺はさっと目を逸らした。
「早く来ねぇと終わんねえだろ、あの量」
「あははは……ごめんねぇ。僕がパソコンを使えたらよかったんだけど……」
「やめろ。余計ややこしくなる」
「そんなに言わなくても……」
しゅん、と落ち込む蜜希さん。
その姿に、朝陽がオロオロとしているのがわかる。
……なんだろう。
こうやって見てると、彼の本質がわかってくるような気がする。
(そういえば、事務所で弟くんに顧客名簿のデータ化を頼んでたって言ってたな)
働きに出させてもらってからわかったが、あの旅館は思った以上にいろいろな客が来る。
観光地ということもあるだろう。
書類仕事が溜まってしまうのも無理はない。
ただ、ずっと忙しいというわけでもない。
俺が慣れてきたということもあるだろう。
手が空いた時、俺は率先して資料の整理をするようにしていた。
だからこそ、わかる。
あの膨大な量を一人で捌くのは、結構きつい。
しかも一人じゃ尚の事。
(どうにかマニュアル化して、誰でもできるようにしないとな)
せめて、俺がいるうちに。
「ありがとうね、朝陽。本当に助かってるよ」
「やめろ! 撫でんな!」
「えぇ? 嬉しいくせにぃー」
ふふふ、と上機嫌に蜜希さん。
弟の頭をぐりぐりと撫で、満足そうに微笑んでいる。
朝陽は真っ赤になって抵抗しているが、蜜希さんは反省の色は愚か、撫でることをやめようとすらしない。
(本当に仲がいいな)
いつもより砕けた蜜希さんの表情に、ついそう思ってしまう。
同時に羨ましいという気持ちも込み上げてきているのを感じた。
もちろん、朝陽を撫でたいという方ではない。
(俺も、蜜希さんに褒められたい)
そう思って、俺は頭を振る。
(アルファなのに、情けない)
俺は一体、何を考えているのか。
別に弟として接して欲しい訳じゃない。
わかっている。でも、羨望は確実にそこにあって。
俺の中で徐々に肥大化している。
それこそ――自分を偽るのが難しく思えるくらいには。
俺は二人を見つめる。
二人との距離感をまじまじと感じながら、俺はどこか取り残された気分になっていた。
「んなことより、どこ行くんだよ」
ショッピングモールに入って一言。
朝陽が言う。
ぶっきらぼうな言葉に、蜜希さんは「うーん、どこに行こうか?」と首を傾げた。
「あ? んだよ。無計画かよ」
「いいでしょ、別に。そもそも行きたいところは全部午前中の内に回っちゃったんだから」
「はあ? んじゃなんで戻って来たんだよ。意味わかんねぇ」
「朝陽と遊びたかったからに決まってるでしょ」
蜜希さんの言い分に、朝陽は「わかんねぇ……」とぼやく。
そんな朝陽の気持ちに、この時ばかりは俺も同意する。
俺たちアルファは、デートはもちろん、友人たちと遊びに行く時ですら『計画』を立てることが多い。
『エスコートは出来て当然』
『相手を楽しませて当然』
それがアルファと一緒に居ることに求める、最低ラインなのだ。
だから、無計画というのは許されない事、というのが自分たちの中にはある。
(まあ、アルファの中には相手のプランを見下して楽しむ人種もいるけど)
そういう性格の悪い奴は、放っておくのが一番いい。
ふと、蜜希さんが振り返る。
突然合った視線に、俺はぎょっとする。
まさか振り返るなんて思わなかったのだ。
「暁月くんは、どこか行きたいところない?」
「えっ?」
「ていうか、なんか遠くない? どうしたの? 足痛い?」
蜜希さんが慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です!」と声を上げたが、蜜希さんは納得してくれた様子はない。
俺は咄嗟に自分の口元を覆った。
(だめだ、これ)
蜜希さんが気付いてくれたことが嬉しい。
俺は顔がにやけそうになるのを必死で堪えた。
朝陽の鋭い視線が俺を見る。
そんなに責めないでくれ。
自分がキモイことは、自分が一番わかっている。
「靴擦れした? 絆創膏ある?」
「本当に大丈夫ですよ。すみません。ちょっと考え事していて……」
「そうなの?」
「はい」
だから大丈夫です、と言いかけ――すかさず朝陽が割り込む。
「どーせ俺たちを見て嫉妬してたんだろ」
「? そうなの?」
「……違います」
「アルファの嫉妬ほど、醜いものはないぜ?」
俺は言い返せなかった。
なんて言ったって、彼の言葉は図星だったから。
(こいつ、他人事だと思って好き勝手言いやがって……)
朝陽を睨みつけるが、彼はフンッと鼻を鳴らすだけ。
それが余計に神経を逆なでしてくる。
(こいつとは絶対に仲良くなれないな)
「もう。またそんなこと言って。あんまり口悪いと、その口縫い付けるからね?」
「裁縫出来ねぇくせによく言う」
「人体は縫うの得意かもしれないよ?」
蜜希さんのどすの聞いた声が聞こえる。
朝陽の肩が跳ね、俺は吹きだしそうになった。
(こうも兄に弱いと、いくら凄まれても形無しだな)
俺は愉快に思う気持ちを感じながら、「そうですね」と話を戻した。
「せっかく三人でいるんですし、少し遊ぶのはどうですか?」
「遊ぶ?」
「はい。この辺にあればの話なんですけど」
都内であれば必ずある、娯楽施設。
ボウリングやカラオケ、ゲームセンターなども完備しているところだ。
そこならまあまあな時間は潰せるだろう。
朝陽が邪魔をしてくるかもしれないが、その時は蜜希さんと遊んでいるところを見せればいい。
ブラコンである彼は、自ずと参戦してくるに違いない。
これは確信だ。
「そっか。うん、面白そう。朝陽も、それでいいよね?」
「拒否権ねぇんだろ」
「よくわかってるじゃん」
蜜希さんの前向きな返事に、俺はほっとする。
朝陽も思ったより簡単に頷いてくれたし、これで当分の時間潰しは出来るはずだ。
「でも、僕そういうところ行ったことないんだよね。朝陽、場所知ってる?」
「知らねぇのに同意したのかよ」
「だって行ったことないからこそ、気になるじゃん?」
蜜希さんはけろりとして言い放つ。
俺は何となく、二人の関係性を理解できた気がした。
(弟って大変だな)
俺は少しだけ朝陽に同情する。
まあ、その前に見せつけられた蜜希さんとの仲の良さを思えば、相殺したようなものだけど。
俺たちは朝陽の案内で足を進めていく。
その道中でも二人は仲良く話しており、俺は込み上げる羨望と嫉妬に心がかき乱されていた。
(こんなことになるなら、帰るって言えばよかったな……)
そう後悔しても、やっぱり遅いのだ。
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