40 / 63
三章 感情に蓋をして
15-1 あの、俺、フられたはずなんですけど
しおりを挟む
イカ焼きを手に戻った俺は、蜜希さんとまともな会話も出来ないまま、旅館に戻った。
俺の失恋した心などそっちのけで、旅館は大忙し。
従業員もてんてこ舞いで、気が付けば布団の中で朝を迎えていた。
ピンポーン。
「……んぁ?」
響くチャイムの音で起きた俺は、ゆっくりと起き上がる。
覚醒していない頭を持ちながら、階段を降り、玄関に向かい――鍵を開けた。
「おはよう、暁月くん」
「……蜜希さん?」
微笑みを携え、おにぎりを片手に立っているのは、蜜希さんだった。
(え? なんで?)
俺は困惑する。
ただでさえ働いていない頭が、文字通り真っ白になった。
困惑する俺を余所に、蜜希さんは「上がってもいい?」と家の中を指差す。
俺は「あ、ああ……はい」と体を避けた。
蜜希さんが流れるように中へと入って行く。
(って、ちょっと待て!)
俺は勢いよく振り返る。
(昨日の今日でよく来れたな、この人!?)
「キッチン借りるよー」とキッチンに入って行く蜜希さんの背を見て、俺は思いっきり顔を顰める。
普通、フった人間の家に上がり込み、朝食を作ろうとするだろうか。
いや、しない。絶対にしない。
(でも、朝早く蜜希さんを見れるのは嬉しい……)
俺はゴンっと壁に頭を打ち付けた。
蜜希さんが慌てて様子を見に来る。
「大丈夫? 今すごい音したけど」と声をかけられ、「大丈夫です。……顔、洗ってきます」と告げる。
よろよろと洗面台に向かい、顔を洗う。
鏡を見れば――なんともひどい顔をしていた。
「うっわ……この顔で蜜希さんの前に出たのか、俺」
最悪だ。
時間を巻き戻したい。
蜜希さんの記憶からその時の事だけ抜き取って、完璧な自分と入れ替えたい。
「……はぁ」
溜息が零れる。
無意味に流れていく水を見つめ、緩慢な動作で蛇口をひねった。
未だに頭はこの状況を整理できずにいる。
(……とにかく、蜜希さんと対面しても大丈夫な顔にしないと)
まずは一番目立っている目の腫れだ。
俺は自身の瞼に触れた。……ここに来てから、情けないところばかり見せてる気がするのは、気のせいだろうか。
「はい、暁月くん」
「ありがとうございます」
蜜希さんから味噌汁を受け取る。
キッチンにあるテーブルには、いつもの食事が並んでいた。
旅館で焼いたであろう魚に、黄色い卵焼き。作り置きしていた煮物と漬物。
蜜希さんの持ってきてくれたおにぎりと、今作ってくれた味噌汁。
(いつ見ても豪華だな……)
いただきます、と蜜希さんと両手を合わせ、俺は食事に箸を伸ばした。
俺は朝食を食べながら、蜜希さんを見る。
瞼は重いままだったが、タオルで温めたお陰でクマは少しマシになったはずだ。
蜜希さんは朝食をつつきながら、焼き魚を取りに行った時のタカさんの話をしている。
宵月家の親子の会話は、いつ聞いても優しい。
いつもはその優しさに癒されるはずが、今日は違った。
(蜜希さんは何で来たんだ? 俺、遂に追い出されるのか?)
悪い予想が頭を過る。
まるでいつ来るかわからない処刑を待っている罪人の気分だった。
「……あの、蜜希さん」
「うん?」
堪らず声をかければ、蜜希さんは顔を上げ、首を傾げる。
頬がリスのように膨らんでいる。可愛い。いや、そうじゃなくて。
「あの、蜜希さんは、俺に言いたいことがあって来たんですよね……?」
「言いたいこと?」
心臓が震える。
緊張に手汗が滲む。
俺はいつ振り下ろされるかもわからない制裁の言葉を反芻しながら、息を飲んでその時を待っていた。
「特にないけど」
「えっ」
「僕は無いよ。暁月くんはあるの?」
逆に問われることになってしまった。
真っすぐ見つめて来る蜜色の瞳に、俺は狼狽える。
(言いたいことがあるんじゃなかったら、何で来たんだ?)
「……俺、蜜希さんにフられたんですけど」
「うん、そうだね」
意を決して告げた言葉を、即座に肯定される。
期待を抱いていたわけじゃないが、ちょっとショックだった。
でもそのお陰で少し気持ちが軽くなったのも事実だ。
蜜希さんのいつも通り過ぎる言動に、告白したことすらも夢だと思い始めていたから。
「じゃあ、なんでここに来てるんですか」
「なんでって、日課だったし」
「気を使うとか……」
「使って欲しいの?」
俺は黙り込む。
使って欲しい、けど、蜜希さんの姿を見て嬉しいと思ったのも事実で。
「……いえ。そんなことはないです、けど」
「そっか。ならよかった」
よくない。何もよくない。
俺は心の中で呟く。でも、それを言って蜜希さんが来なくなってしまう方が、俺にはつらい。
(蜜希さんが何考えてるのかまったくわからない……)
俺はどうしたらいいかわからないまま、味噌汁を啜る。
味噌汁は相変わらず蜜希さんの味がして、美味しかった。
朝食を食べ終えた俺たちは、揃って旅館に向かい、それぞれの仕事に取り掛かった。
俺は女将さんに目の腫れを見つかり、心配されつつ裏方の仕事に回されてしまったのだが。
一日を終え、帰り際。
すれ違った蜜希さんに挨拶をすれば、唐突に前髪を掻き分けられた。
「ようやく目の腫れ、収まって来たね」と笑う蜜希さんに、俺はフリーズした。
(バレてたのか……!)
俺は理解した瞬間、その場に崩れ落ちた。
蜜希さんの焦る声が聞こえたが、今は応える余裕がない。
顔を覆い、恥ずかしさに打ちひしがれる俺。
不意に、頭を撫でられる。
蜜希さんの手だ。
温かくて、俺より小さな手。
その心地よさに俺は浸るように、静かに目を閉じた。
どでかい失恋の後にご褒美があるなんて、知らなかったと心の中で呟きながら。
俺の失恋した心などそっちのけで、旅館は大忙し。
従業員もてんてこ舞いで、気が付けば布団の中で朝を迎えていた。
ピンポーン。
「……んぁ?」
響くチャイムの音で起きた俺は、ゆっくりと起き上がる。
覚醒していない頭を持ちながら、階段を降り、玄関に向かい――鍵を開けた。
「おはよう、暁月くん」
「……蜜希さん?」
微笑みを携え、おにぎりを片手に立っているのは、蜜希さんだった。
(え? なんで?)
俺は困惑する。
ただでさえ働いていない頭が、文字通り真っ白になった。
困惑する俺を余所に、蜜希さんは「上がってもいい?」と家の中を指差す。
俺は「あ、ああ……はい」と体を避けた。
蜜希さんが流れるように中へと入って行く。
(って、ちょっと待て!)
俺は勢いよく振り返る。
(昨日の今日でよく来れたな、この人!?)
「キッチン借りるよー」とキッチンに入って行く蜜希さんの背を見て、俺は思いっきり顔を顰める。
普通、フった人間の家に上がり込み、朝食を作ろうとするだろうか。
いや、しない。絶対にしない。
(でも、朝早く蜜希さんを見れるのは嬉しい……)
俺はゴンっと壁に頭を打ち付けた。
蜜希さんが慌てて様子を見に来る。
「大丈夫? 今すごい音したけど」と声をかけられ、「大丈夫です。……顔、洗ってきます」と告げる。
よろよろと洗面台に向かい、顔を洗う。
鏡を見れば――なんともひどい顔をしていた。
「うっわ……この顔で蜜希さんの前に出たのか、俺」
最悪だ。
時間を巻き戻したい。
蜜希さんの記憶からその時の事だけ抜き取って、完璧な自分と入れ替えたい。
「……はぁ」
溜息が零れる。
無意味に流れていく水を見つめ、緩慢な動作で蛇口をひねった。
未だに頭はこの状況を整理できずにいる。
(……とにかく、蜜希さんと対面しても大丈夫な顔にしないと)
まずは一番目立っている目の腫れだ。
俺は自身の瞼に触れた。……ここに来てから、情けないところばかり見せてる気がするのは、気のせいだろうか。
「はい、暁月くん」
「ありがとうございます」
蜜希さんから味噌汁を受け取る。
キッチンにあるテーブルには、いつもの食事が並んでいた。
旅館で焼いたであろう魚に、黄色い卵焼き。作り置きしていた煮物と漬物。
蜜希さんの持ってきてくれたおにぎりと、今作ってくれた味噌汁。
(いつ見ても豪華だな……)
いただきます、と蜜希さんと両手を合わせ、俺は食事に箸を伸ばした。
俺は朝食を食べながら、蜜希さんを見る。
瞼は重いままだったが、タオルで温めたお陰でクマは少しマシになったはずだ。
蜜希さんは朝食をつつきながら、焼き魚を取りに行った時のタカさんの話をしている。
宵月家の親子の会話は、いつ聞いても優しい。
いつもはその優しさに癒されるはずが、今日は違った。
(蜜希さんは何で来たんだ? 俺、遂に追い出されるのか?)
悪い予想が頭を過る。
まるでいつ来るかわからない処刑を待っている罪人の気分だった。
「……あの、蜜希さん」
「うん?」
堪らず声をかければ、蜜希さんは顔を上げ、首を傾げる。
頬がリスのように膨らんでいる。可愛い。いや、そうじゃなくて。
「あの、蜜希さんは、俺に言いたいことがあって来たんですよね……?」
「言いたいこと?」
心臓が震える。
緊張に手汗が滲む。
俺はいつ振り下ろされるかもわからない制裁の言葉を反芻しながら、息を飲んでその時を待っていた。
「特にないけど」
「えっ」
「僕は無いよ。暁月くんはあるの?」
逆に問われることになってしまった。
真っすぐ見つめて来る蜜色の瞳に、俺は狼狽える。
(言いたいことがあるんじゃなかったら、何で来たんだ?)
「……俺、蜜希さんにフられたんですけど」
「うん、そうだね」
意を決して告げた言葉を、即座に肯定される。
期待を抱いていたわけじゃないが、ちょっとショックだった。
でもそのお陰で少し気持ちが軽くなったのも事実だ。
蜜希さんのいつも通り過ぎる言動に、告白したことすらも夢だと思い始めていたから。
「じゃあ、なんでここに来てるんですか」
「なんでって、日課だったし」
「気を使うとか……」
「使って欲しいの?」
俺は黙り込む。
使って欲しい、けど、蜜希さんの姿を見て嬉しいと思ったのも事実で。
「……いえ。そんなことはないです、けど」
「そっか。ならよかった」
よくない。何もよくない。
俺は心の中で呟く。でも、それを言って蜜希さんが来なくなってしまう方が、俺にはつらい。
(蜜希さんが何考えてるのかまったくわからない……)
俺はどうしたらいいかわからないまま、味噌汁を啜る。
味噌汁は相変わらず蜜希さんの味がして、美味しかった。
朝食を食べ終えた俺たちは、揃って旅館に向かい、それぞれの仕事に取り掛かった。
俺は女将さんに目の腫れを見つかり、心配されつつ裏方の仕事に回されてしまったのだが。
一日を終え、帰り際。
すれ違った蜜希さんに挨拶をすれば、唐突に前髪を掻き分けられた。
「ようやく目の腫れ、収まって来たね」と笑う蜜希さんに、俺はフリーズした。
(バレてたのか……!)
俺は理解した瞬間、その場に崩れ落ちた。
蜜希さんの焦る声が聞こえたが、今は応える余裕がない。
顔を覆い、恥ずかしさに打ちひしがれる俺。
不意に、頭を撫でられる。
蜜希さんの手だ。
温かくて、俺より小さな手。
その心地よさに俺は浸るように、静かに目を閉じた。
どでかい失恋の後にご褒美があるなんて、知らなかったと心の中で呟きながら。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~
伊織
BL
「オメガ判定、された。」
それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。
まだ、よくわかんない。
けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。
****
文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。
2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。
けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。
大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。
傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。
****
もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。
「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年。
かつて自分を救った玲に再会した静は、玲を自分に惚れさせた上でひどい別れ方をしようとするが…
幸せごはんの作り方
コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。
しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。
そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。
仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる