67 / 95
四章 散らばった真実をかき集めて
28-1 情緒?理性? どこかに置いてきました
しおりを挟む――蜜希さんがこの家に来てから三日。
蜜希さんとの甘い日々を過ごせると思っていた俺は、見事に師走の空気に飲まれていた。
「ただいま帰りました……」
「おかえり、暁月くん。今日も見事なゾンビ状態だね」
蜜希さんが女神のような微笑みで出迎えてくれる。
俺はあまりの眩しさにぎゅっと目を閉じた。
「蜜希さんが輝いて見える……」
「何言ってるのさ。ほら、寒いから早く入って」
「うぅ……」
俺の丸まった背中を撫でさすりながら、蜜希さんが玄関の扉を閉める。
呆然と靴を脱いでいれば、蜜希さんがさっさと俺の鞄を持って部屋の中へと入っていく。
俺はそれを追いかけ、リビングのソファに飛び込んだ。
「こーら。そんなところで寝ない! 風呂! 飯!」
「うう……蜜希さんの鬼……」
「鬼で結構。まったく。アルファってみんな体力あるんじゃなかったの?」
呆れたように言う蜜希さんに、俺は言い返す気力もなかった。
(体力はあるけど、限度ってものがあるんですよ)と内心で返事をして、俺は重い身体をゆっくりと起こした。
駄目だ、疲労で視界がユラユラしている。
「大丈夫?」と問いかけて来る蜜希さんが天使に見えるのも、きっと疲れのせいだろう。
俺は頷いて答えた。
十二月も半ばが過ぎ、気づけば冬休み前になっていた。
課題の山に簡単な試験……その対策に奔走する日々。
何せ兄に見張られている身だ。点数を落として「家出なんかしているからだ」なんて言われたくない。ちょっとしたプライドもある。
それはまあいいとして。
問題はバイトとして投げ込まれている、ホテルの方だった。
クリスマス前の予約、内装の変更、海外からの問い合わせ、冬期休暇中の長期滞在時の対応……エトセトラ、エトセトラ。
何より、併設されているレストランがSNSでバズってしまったらしく、そっちの応援に回されるようになってしまったのが運の付きだった。
ホテルの予約管理をしながら、慣れないレストランのホールで働く日々。
(なんで俺が……)
そう思わなくもないが、『アルファの経営する三ツ星レストラン』が売りであるうちでは、『アルファ』という種は会社の顔としてこの時期は重宝されるのだ。
しかもそれが社長の孫で、オーナーの弟ともなれば――――理由は明白だろう。
「俺、宵月旅館に帰りたいです」
「君の家はこっちでしょ」
「ひどい。俺を見捨てるんですか、蜜希さん」
「えぇ……? もう。情緒どうしたのさ」
わからない。わからないけど、たぶんその辺に置いてきた気がする。
ソファに座って動けないでいれば、蜜希さんが困った顔をしている。
動かないといけないのに、身体が拒否する。自分の身体なのに。
「仕方ないなぁ。こっちに持ってきてあげるよ」
「ほんとうですか」
「うん。感謝してよね」
してますしてます。すごくしてます。
蜜希さんは食事を運んできてくれる。
温かいスープとバケット。透明の容器に入ったサラダと、バケットに乗せるおかずを何品か。
「なんか……オシャレですね?」
「どうせなら洋食も食べてみたくて」
「せっかく暁月くんが買ってきてくれた本だし、一回は使ってみないともったいないじゃん」と言われ、俺は嬉しさと気恥ずかしさにダウンした。
(蜜希さん、読んでくれたんだ……)
沢山の物を買って帰って来た時、蜜希さんは怒っていたと思う。
腕を組んでいたし、正座させられたから間違いない。
その時買ってきた物は、蜜希さんが帰った後にでも適当に処分しようと思っていたが、まさか使ってくれているとは。
「俺、今嬉しすぎて胸がいっぱいです」
「胸はいっぱいでもお腹は減ってるでしょ。スープだけでもいいから食べて」
「はい」
俺は渡されるスープカップを受け取る。
ご丁寧にスプーンまで渡され、俺はお礼を言って口を付けた。
トマトとオリーブの香りが鼻孔を優しく撫でる。
ごろっとした野菜は丁寧に煮込まれたお陰で角が丸くなっている。スプーンで掬い上げて口に入れれば、ほろりと崩れるジャガイモ。
「暁月くん忙しそうだし、身体が温まる物がいいなって思ったけど、スープだけだとどうしてもお腹空いちゃうでしょ? お腹が適度に膨れて、身体にも良さそうだなって思って作ったんだけど。どう? 初めてにしては上出来じゃない?」
「天才です。好きです」
「味の感想を聞いてるんだけど?」
蜜希さんが眉を下げながら俺を見る。
俺の好きはスルーする方向らしい。
「もちろん、味も最高です。今まで食べた中でかなり上位に入るくらいには」
「へえ。上位かぁ」
「はい」
ちなみに俺の中の上位は
一位 蜜希さんの作ってくれたおにぎりと味噌汁
二位 今回蜜希さんが俺の為を思って作ってくれたミネストローネ
三位 蜜希さんが分けてくれた夏祭りのイカ焼き
である。
その下には『蜜希さんの作ってくれた甘めの卵焼き』とか『蜜希さんとデートの際に食べに行ったハムとたまごのサンドイッチ』が入っている。
「蜜希さんが作ってくれるものなら、何でもおいしいですけどね」
「ふーん? お世辞にしてはいい線いってるじゃん」
「お世辞じゃないです」
俺はスープを飲み干して、蜜希さんを見る。
蜜希さんは少し驚いた顔をしていた。まさかそう返されるとは思っていなかったんだろう。
俺は蜜希さんの左手を握る。
蜜希さんの腰に右手を回せば「ストップ」と止められた。
ハッとする。無意識だった。
「何しようとしてるの?」
「抱き締めようかと」
「駄目です」
「充電……」
「だめ」
俺は口を尖らせる。
疲れ切った頭には、彼の拒否の言葉がそんなわけないと思っても理不尽に聞こえて来る。
ぐっと腕に力を込めれば、「駄目だって」と腕を叩かれた。
「どーしてもですか?」
「どうしても」
「何で駄目なんですか」
「なんでって……暁月くん、結構脳みそ溶けてない?」
溶けていると言われれば、そうかもしれない。
でも、そんなことより蜜希さんを抱き締められないことの方が俺はきつい。
俺は縋るように蜜希さんを見上げる。
蜜希さんが言葉に詰まったのを感じる。よし、もう一押しだ。
「本当に、だめですか?」
「うっ」
「十分……いや、五分でいいので」
だめですか。
そう呟くと、蜜希さんが大きくため息を吐いた。諦めの声だった。
「仕方ないなぁ。いいよ、もう。でも、五分じゃなくて三分だけね」
「嫌です。五分」
「僕は一分でもいいんだけど」
今度は俺が折れるしかなかった。
一分なんてそれこそ一瞬だ。せめて一瞬か三回は無いと回復出来る気がしない。
「……わかりました」
俺が頷くと、蜜希さんは「本当かなぁ」と笑った。
その顔に心臓が掴まれる。その瞬間、『惚れた方が負け』なんて言葉が頭を過った。
10
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる