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五章 アルファの家系
32-2 頼りになる幼馴染
しおりを挟む大学に着くなり、ダッシュで講義室へと駆け込んだ。
入ると同時にチャイムが鳴る。俺は息を切らせながら、一番近い席を陣取った。
(よかった、間に合った……!)
教授が点呼を取り始める。息を整えた俺は、安堵に心底息を吐いた。
始まる講義。
淡々と告げられる内容に、俺は頬杖を付いて聞いていた。
中々面白いと評判の講義だったから取ってみたのだが、確かに面白いかもしれない。他の学部の人たちも、興味本位で取っているらしい。
比較的真面目に授業を受けていれば、つんつんと横から腕を突っつかれた。
「!」
「よ。昨日は大丈夫だったか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるのは、匠海だった。いつの間に隣にいたんだ。
ていうか、こいつ俺が隣に座ったのに気づいていながら黙ってたな。
「お前……言えよ、もっと早く」
「いいだろ、その驚いた顔が見たかったんだよ」
匠海は笑う。
本当、意地が悪いっていうか。なんというか。
「で? 体調はどうなんだ? 遅刻ギリギリだったし、よくないんだろ。蜜希さんに看病してもらえばよかったのに」
「その蜜希さんに追い出されたんだよ」
「なるほどな」
何かを察した匠海がおかしそうに笑う。
(絶対楽しんでるだろ)
俺は小さく息を吐く。
「匠海は大丈夫なのか」と問えば、「俺はそこまで飲んでなかったからな」と言われた。
「う……あー……迷惑かけて、悪かった。家まで運んでくれたんだろ?」
「蜜希さんから聞いたのか?」
俺は頷く。きっと今、俺は不貞腐れた顔をしていることだろう。
匠海は「ははっ!」と声を上げて笑った。
「いーよ、別に。お前の言って蜜希さんがどんな人か見ることも出来たしな」
「それなんだが……蜜希さんに何か話したか?」
「何かって、何を?」
にやりと匠海の口元が弧を描く。
揶揄われているのだと俺は察するが、何も言えなかった。
考えてひねり出したのは、『俺の不利益になりそうなこと』というアバウトな内容だった。
「お前、必死過ぎだろ」
「うるさい。で、言ったのか、言ってないのか」
「いやぁ、どうだったかな」
はぐらかすなよ、と言うが、匠海は笑みを浮かべたまま何も言わない。
(つーか俺、蜜希さんのことも話したのかよ……)
さすがに気を緩ませ過ぎだろ。
個室とはいえ、外で誰が聞いているかも分からないのに。
自己嫌悪に苛まれていれば、教授のわざとらしい咳が聞こえる。
はっとして顔を上げれば、じっとりとした視線が俺たちを見ていた。
すみませんと頭を下げ、俺たちは顔を見合わせた。
「揃って何やってんだか」
「本当にな」
ふはっと吹き出して、俺たちは今度こそ授業に集中することにした。
「凛~、最近なんかご機嫌じゃね?」
「どーしたよ、まさか彼女できたとか?」
「ちげーよ」
えぇー と声を上げる知人寄りの学友達を背に、俺は次の講義の準備をする。
酔っ払い事件から、二日が経った。
俺は目に見えて上機嫌になっているそうで、蜜希さんにも「最近ご機嫌だね。大学で良いことでもあった?」と聞かれるくらいだ。
(良いことって言っていいのかはわからないけど)
「おー、凛。隣良いか?」
「匠海」
匠海の登場に、周囲がどよめく。その声を余所に、匠海は俺の隣を陣取った。
「次なんだっけ」
「ああ、確か――」
大学には心許せる友人がいて、家には最愛の人がいる。
ホテルの方は順調だし、レストランの施策は未だ出来ていないけど……それでも幾分心は楽だった。
(まあ、その分ちょっと気になることは増えたけど)
誰だかわからないが、ここ数日、妙に見張られている感覚が付き纏っている。
まあ、アルファなのだから、見られるのも監視されるのもいつもの事だが――今回は放置できない理由がある。
(匠海はともかく、他の人間に蜜希さんの事を知られるのはマズい)
彼――オメガを匿っているなんて知られたら、すぐさま祖父に伝わってしまうだろう。
そうなれば確実に蜜希さんは俺たち暁月家の問題に巻き込まれてしまう。それだけは阻止しなければ。
(まあ、匠海と居る時はそういうのないし、それもあってコイツと一緒に居るのは気楽だけど)
「凛?」
「いや、何でもない」
不思議そうな顔で問いかけて来る彼に、俺は首を振る。
とにもかくにも、ストーカーを抑制できているうちに目下、レストランの施策を練らなければ。もう時間は無いのだから。
俺は大学のノートとは別にパソコンを広げながら、祖父と兄の記録を塗り潰す策を練っていた。
「ぜんっぜん湧かない……」
頭を抱え、項垂れる。
珍しく仕事の休みをもらった俺は、大学が早く終わったのを良いことに、少し離れたカフェでパソコンを広げていた。
(どの施策も既に兄さんかおじい様が試してる)
パソコンの小さな画面に映っているのは、歴代のイベントや催しのタイトルと概要。
俺なんかが考え得るものは彼らが既にやり切っているし、二番煎じなんてまっぴら御免である。
(何か……画期的なアイディアでもあればいいんだけど……)
大きく息を吐いて、コーヒーを口にする。
……施策の事もそうだが、問題はストーカーの視線がより粘着質になっている事だった。
(どこに居ても視線を感じる)
今だって、背中に張り付くように視線を感じている。
どこの誰が、何を勘違いしているのかはわからないが、正直鬱陶しくなってきた。
「誰かに相談……でも、そんなこと出来る奴いるか?」
「何だ? 相談事でもあるのか?」
「!?」
横から入って来た声に、俺は手にしていたコーヒーを零しそうになった。
振り返れば、驚いた匠海がトートバックを下げて立っている。「悪い、急に声かけて」と言われ、俺はいやと首を振る。
まさか知り合いに会うなんて思っていなかったから、びっくりした。
「お、お前こそ、こんなところでどうした」
「どうしたもこうしたも、此処、俺の家の店だし」
えっ、と声が漏れる。
モダンな雰囲気を全面的に出しているこの店は、落ち着く雰囲気で、ネット上でもかなり人気の店だった。
(そういえば、店の名前に“風”が入ってたな)
匠海の親――『街風谷グループ』は、その名字から風の名前を入れた店を全国に展開していることは、匠海から聞いたことがある。
いろいろな国の呼び名を使っているところに、こだわりを感じていたくらいだ。
「そうか、此処も……」
「そ。で、俺はその視察? 偵察みたいなもん」
客層とか、店員の態度とか、料理のクオリティが維持されているかどうかとか。
そういう、スパイみたいなことを定期的にしているのだと、匠海は教えてくれた。
(そうだったのか)
凄いな、匠海は。
自分は蜜希さんのところから帰ってくるまで、ロクに会社の事を考えたりしなかった。
ただ縛られたくなくて、重い枷を振り切りたくて、必死に逃げるだけ。
その間、匠海はちゃんと家と向き合っていたのに。
ふと、パソコンの小さな画面に目が行く。
真っ白な施策案。
時間は無いし、妙案があるわけでもない。
自分には何も出来ないのだと突き付けられているみたいで、自分が情けなくなる。
「凛? どうした。何か悩んでるなら、話くらいは聞けるぞ」
「……」
俺は出掛かった言葉を飲み込んだ。
……一瞬膨らんだ期待を見透かされたような気がして、そんな自分の浅慮さに気付いてしまったから。
『出来なければ、やらなかったのと同じだ』。
……祖父がよく言っていた。
その言葉が思った以上に自分に突き刺さる。
(同じアルファなのに、随分と差がついたもんだな)
匠海が眩しく感じる。俺は「いや」と小さな声で首を振った。
何かあっただろうことなんか、一目瞭然だろう。それでも俺は誤魔化すことを選んだのだ。
「凛」
何も言えない俺に、匠海は何かを察したらしい。
正面の椅子に腰かけると、俺の肩を叩いた。顔を上げる。匠海は力強く笑みを浮かべていた。
「凛。俺はお前の味方だ。お前を裏切ったりしないし、お前を下に見ることもしない。『バース性に囚われないで、その人を見る』。俺たちがやりたいことだろ」
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