逃げた先に、運命

夢鴉

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五章 アルファの家系

33-1 いじけ蜜希さん

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 そして無事、レストランでの施策は決定した。
 内容は大したものではないが、それでも時間や人員の数を考えるとこれが最高の案だと俺も匠海も、レストランのオーナーですら感じ取っていた。

「それじゃあ、お願いいたします」
「はい、こちらこそ」

 レストランのオーナーは、祖父から話を聞いていたのか、『イベントをしたい』という無茶振りに驚くほどすんなりと了承してくれた。

 クリスマスまでの残り時間は、少ない。
 立案者の一人である匠海も巻き込んで、俺たちは急ピッチで準備を進めていくことになった。

 怒涛の日々に、目が回る。
 家に帰るのは日付が変わってからで、せっかくの蜜希さんの夕食も落ち着いて食べることが出来ない日々。
 俺の心が高速ですり減っていくのを感じる。

「あー……蜜希さんに会いたい……」
「僕がなんだって?」

 耳元で聞こえる声に、俺は飛び上がった。

「み、蜜希さん!?」
「しっ。声大きいよ、暁月くん」

「今何時だと思ってるの」と言われ、俺は慌てて口を押えた。
 夜も深まったこの時間。起きている人間はそういないだろう。明日も平日なら尚のこと。
 内心謝りながら、俺は「どうしたんですか」と蜜希さんに問いかける。

「そっちこそ。僕のこと、呼んでなかった?」
「発作みたいなものなのでお気になさらず」
「発作で僕の名前が出るの?」

 奇妙なものを見た時のような視線を受けながら、俺はもう一度「蜜希さんこそ、どうしたんですか?」と問いかけた。
 蜜希さんは少し躊躇ったのち、「大丈夫?」と問いかけてくる。

「え?」
「最近、帰ってくるの遅いし、今日も夜遅くまで作業してるでしょ? その、僕、邪魔になってないかな」

 視線を下げ、どこか申し訳なさそうに言う蜜希さん。
 何が一体、どうなって彼が邪魔という話になるのか、俺には全然わからないけど、どうやら蜜希さんは不安になっているらしい。
(いや、本当に何故?)

「なってませんが……?」
「そう? それならいいんだけど」

 ふいっと蜜希さんはそっぽを向いてしまう。
 椅子に座る俺の元からするりと抜けてった彼は、ベッドの縁にぼすんと座り込んだ。
「おお、柔らかい」という蜜希さんに、俺は頭を抱える。

(自分を好きだと言っている男の前で、なんと無防備な……)
 いや、俺の願望が勝手にそう見ているだけかもしれないけど。

「いいですか、蜜希さん。俺は蜜希さんが居てくれるだけで、生きる気力が漲って来るんです」
「生きるって、大袈裟でしょ」
「大袈裟じゃないですよ。本当の話です」

 蜜希さんは「そ、そっか」と呟く。
 ……ちょっと引いてないか?

「なので、蜜希さんが邪魔だなんて思うことは天地がひっくり返ってもないです。わかりましたか?」
「じゃあ、何か助けになること――」
「蜜希さんはそこにいるだけでとんでもない力をくれています」

「それ以上は蜜希さんが干乾びてしまいます」と大真面目に告げれば、蜜希さんは面食らった顔で俺を見ていた。
 こぼれ落ちそうな満月みたいだな、と蜜希さんの瞳を見つめていれば、彼はむすっと頬を膨らませた。え、なんで。

「僕さ。ずっと暁月くんが悩んでるの気づいてたんだよね。でも、僕なんかが聞いてもいいのかなって思って、聞けなかったんだ」
「な、なんかって……! そんなことないです! 蜜希さんに聞かれたら俺、すっごく嬉しいですよ!」
「ふふ。それならいいんだけど」

 小さく笑う蜜希さん。けれど、顔に乗った心配そうな雰囲気は取れそうにない。
(俺、そんなにわかりやすかったのか?)
 蜜希さんに要らぬ心配をかけてしまうくらい。全然気づかなかった。

「ねえ、僕じゃ力になれない?」

 蜜希さんは身を乗り出して問いかけて来た。

「へっ?」
「僕、ここに来てから何もしてないし、そろそろ何かしたいって思ってたんだよね」
「い、家の事してくれてるじゃないですか」
「それは当然のことっていうか? 泊めてくれる条件でしょ。っていうのは建前で、さっきも言ったけど、僕が暁月くんの為に何かしてあげたいんだよね」

『頑張ってる暁月くんの力になりたい』。
 確かに彼はそう言っていた。
(何かのニュアンス違いだと思ってたのに)

 俺はドコドコと心臓が跳ねるのを感じる。込み上げる感情は、明確な喜びだた。
(俺は今、夢を見てるのか……?)
 まさか、蜜希さんからそんなことを言ってくれるなんて。

「……暁月くん、また変なこと考えてない?」
「そんなこと、ないです」
「あるでしょ」

 まったく、と蜜希さんは呆れたように眉を下げる。
 言葉とは裏腹な、柔らかい視線が嬉しくて、俺は口元が緩むのを抑えられなかった。
 無性に愛おしくなる気持ちを、どうどうと抑える。

「大丈夫ですよ。今結構落ち着いて来たんです。クリスマスまでは続いてしまうと思いますが、すぐに蜜希さんの料理も味わって食べられるようになります」
「後半はどうでもいいんだけど、そっか。落ち着いて来たんだ……」

「よかった」と小さく息を吐く蜜希さん。
 どうでもよくはないんだけど、今はいい。俺はイベントの内容がまとまった資料を撫でる。

「最初はどうなることかって感じだったんですけど、匠海に相談して一気に進んだんです。……一人だったら絶対に出来てないので、威張ることは出来ないんですけどね」
「街風谷くんが……?」

 俺は「はい」と頷く。

 正直、条件を達成することが出来るかどうかは、五分五分だ。
 だが、そこまで持って行くことが出来たのも、飲食店経営に詳しい匠海がいてこそである。
(俺一人じゃ、そもそも案すら出なかっただろうし)
 煮詰まっていた時を思い出して、苦い笑みを浮かべる。

 蜜希さんは不思議そうに俺を見ていた。
 伸ばした手が、蜜希さんの頬に触れる。柔らかい感触に、目を細めた。

「俺、本当に蜜希さんがいてくれて嬉しいんです。大学の課題もやる気が出るし、ホテルの仕事も頑張ろうって思います。家のことも、すごく助かってます」
「洗濯物と朝食は暁月くんがやってくれる事のほうが多いよ」
「それでもです」

 洗濯物は蜜希さんに俺のパンツを干されるのが恥ずかしいだけだし、朝食を用意するのは単に俺が先に起きることが多いからだ。
 それ以外――夕食や部屋の掃除、買い出しなんかは蜜希さんが全てになってくれている。
 家に帰ってご飯が出来ている時の喜びと言ったら、言葉にできない。

「俺は十分、蜜希さんに頼ってますよ」
「……じゃあ、なんで僕よりも街風谷くんに先に相談したの?」

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