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五章 アルファの家系
33-2 攻防戦を制したのは
しおりを挟む「えっ?」
予想外からのアッパーに、俺は瞬きを繰り返した。
蜜希さんが真っ赤な顔で俯いている。「何でもない」と呟く口は小さくて、いつもの揶揄うような様子は一切見えない。
(え、えっ)
なに、なんのサプライズだ、これ?
バクバクと心音が大きく高鳴る。
「え、っと……今、なんて……」
「う、うるさいっ! 忘れて!」
「む、無理です! 忘れられません!」
「言ってください、蜜希さん!」と彼の腕を掴む。
暴れていた彼の腕をキャッチすれば、キッと睨みつけられた。耳まで真っ赤な顔で睨まれても、怖くないけど。
「匠海より先に相談して欲しかったんですか?」
「っ、うるさいってば! いいでしょ、別にっ。僕は勝手に君のこと弟みたいに思ってたんだし、相談くらいして欲しいと思って悪い?」
「いや、そんなことは――」
「そりゃあ? 僕はオメガだし、君たちと同じ土俵に立つことも出来ないけどっ! 同じ大学生でもないけど!」
蜜希さんは矢継ぎ早に言葉を投げてくる。
まるで言葉のボールを手当たり次第に投げられているようだった。
「きゅ、急にどうしたんですか? 蜜希さんらしくないですよ」
こんなの、相談した匠海に嫉妬してるみたいだ。
「僕だって僕らしくないって思ってるよ! でも、しょうがないじゃん。むかつくんだからっ」
「っ、ダメですよ。俺、都合よく受け取っちゃいますよ?」
「知らないッ! 勝手にすればっ」
ぷうっと膨らまされた頬。
隠すのをやめたようで、蜜希さんの真っ赤な顔は丸見えだ。
耳まで赤くなり、満月のような蜜色の瞳は、俺をこれでもかと睨みつけている。やっぱり怖くない。
「か、わい……っ」
何日も稼働し続けて疲れ切った思考が、心が、蜜希さんの一挙手一投足でじわじわと回復していくのを感じる。
つい零れてしまった声に、蜜希さんは「ちょっと!」と怒りを現した。
「僕、怒ってるんだけど!?」
「怒ってるんですか? 本当に?」
「むかついてるって言ってるでしょっ」
込み上げる喜びが、終わりを見せない。
緩んでしまう口元を抑えれば、ぐふふふ、と気持ち悪い声が漏れた。蜜希さんが心底気持ち悪そうな顔でどん引く。
気持ち悪いと自分でも思ったけど、彼にそんな顔をされると、ちょっとショックだ。
はー……と息を吐き出して、俺は蜜希さんを見る。
怒った顔も魅力的とか、本当にすごいな、この人は。
「何をそんなにいじやけてるんだか知らないですけど、まず、匠海と蜜希さんは同列じゃないですからね?」
「いじけてなんかないけど!」
「じゃあ嫉妬ですか? 相談されなくて寂しくなっちゃいました? そういうところが好きだって言ってるんです」
「ちがっ! ていうか言ってないよねそれ!?」
「じゃあ何なんですか」
なんでそんなことを気にするんですか。
言外に問いかけた言葉に、かしこい蜜希さんは行きついてしまう。しかし、何も言わない。言おうとしない。
逃げようとする蜜希さんを追いかける。
蜜希さんは珍しく必死な顔で弁明を探していた。その表情に、俺は初めてこの人の『本当の気持ち』を見ている気分になる。
ぼふんと蜜希さんの体がベッドの上に倒れ込む。
悔しそうな顔で俺を見上げる。彼の目に、恐怖はない。それが彼の信頼を勝ち得ているようで、気分がいい。
俺は込み上げる感情を抑え込み、蜜希さんの髪をわしわしと撫でた。
両手で、それはもう、豪快に。
「ちょっ、暁月くんっ!」
「ああもうっ! いい加減にしてください! 襲われたいんですかッ!」
「なッ! そんなわけないでしょ! ていうか、そんなことしたら嫌いになるからね!?」
「知ってます! だからしないんでしょう!」
怒っているわけじゃない。
それでも声を荒げていないと、この感情をどう扱えばいいのかわからなかった。
いつだって余裕綽々で、自分のペースを崩さない蜜希さん。そんな人が今、俺を前に取り乱しているなんて。
(そんな、俺のこと気に入ってるみたいな態度取られたら……)
期待してしまう。
舞い上がってしまう。
自分がようやく認められたような、蜜希さんの世界に入ることが出来たのだと言われているような気持になってしまう。
「とにかく! 蜜希さんはいるだけでいいんです! わかりましたか!」
「わからない! 僕も何か役に立ちたいって言ってる!」
「この、頑固もの!」
「暁月くんこそ!」
ぜーはーと息をして、俺たちは睨み合う。
なんでこんなことをしているのか。
わからないけど、ここで引くわけにはいかない。というか、ここで負けたらこの気持ちの行き場がわからなくなってしまう。
掻きまわしていた髪の隙間から、蜜希さんが睨み上げてくる。
オメガを弱いだの馬鹿だの言っているアルファは、蜜希さんを見て、果たして同じことが言えるのか。
(見せてなんかやんないけど!)
ああ駄目だ。なんかいろいろ……テンションがおかしくなっている。
疲れているのか? 疲れてるんだろうな。わかってる。でも。
このまま、蜜希さんの心の底にある核に触れてみたいと思ってしまう。現状はまだなにも解決していないのに。
言葉のない攻防を繰り広げていれば、両手を掴まれる。
とても強い力で手が引き剥がされ、ぐらりと体が傾く。慌ててベッドに手を置き、バランスを崩しそうになった体を必死に引きとめた。
危ない。蜜希さんを下敷きにしてしまうところだった。
「暁月くんは、僕が邪魔じゃないんだよね?」
「もちろん。そんなこと、一度も思ったこと――」
「じゃあ、教えてよ」
教えてよ。
何を? もちろん、匠海に相談した内容のこと、延いては俺の悩んでいたことについてだろう。
「なんでそんなに知りたがるんですか」
「さっきも言ったけど、暁月くんは僕にとってもう一人の弟みたいな存在なんだよ。だから、知りたい。それだけじゃダメなの?」
ダメではない。ダメではない、けど。
「それとも、街風谷くんに言えることが、僕には言えないわけ?」
蜜希さんは挑発するように、わざと強い言葉を投げかけてくる。顔にかかる黒髪が、さらりと落ちていく。
『僕が必要なら、僕に言えないことはないよね?』と副音声が聞こえそうな表情だった。
(この人は、もう……!)
俺がそういうのに弱いのをわかってやってるんだ。
そもそも、蜜希さんのお願いを蹴ることなんて出来ないのはわかり切ってるくせに。
「はあ……わかりました。言いますから。手を離してください」
「うん。相談して。何でも聞くよ」
「……それ、俺以外には言わないでくださいね」
俺はついに負けてしまった。勝利を収めた蜜希さんは、満足そうに微笑んでいる。
……だから、そういうところなんだって。
俺は蜜希さんの上から退くと、床に腰を下ろした。
蜜希さんが隣に座らないの、と視線で訴えかけてくるが、そんなことしたら今度こそ俺の理性は吹っ飛んでしまうかもしれない。
俺は首を横に振って、蜜希さんを見上げる。
(この話を聞くってことは、俺の家の問題に首を突っ込むようなものなのに)
わかっているんだろうか、この我儘な頑固ものは。
蜜希さんが心配、という気持ちも無きにしも非ずだが、それよりも彼を巻き込んでしまう事への罪悪感が強い。
俺はため息を吐いて、渋々……本当に渋々、祖父との条件を話すことにした。
蜜希さんは足を汲み、下げた足で俺の足を踏んづけていた。女王様然とした態度だが、その目は優しい。
俺は新たな扉を開きそうになりながら、話すことに集中した。
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