1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫

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艦長たる者

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ルックナー 手隙総員、排水作業にかかれ!

 ルックナー 号令して自身もかかろうとする。

クリンチ 艦長、艦長はここにいて指揮をとって下さい。
ルックナー しかし、今は非常事態だ。艦長だなんだと言っている場合ではない。総員が力を合わせる時だ。
クリンチ 力を合わせるべく指揮をおとり下さい。現場には私が向かいます。
ルックナー 艦長たるオレがいった方が士気があがる。
クリンチ 艦長、視野を広くお持ち下さい。ここは戦場です。いつ敵巡洋艦が出現しないとも限りません。その時戦闘指揮を執るのは艦長です。
ルックナー ……そうだが。
ロイデマン 艦長、ここは副長に任せましょう。艦長はここでどっしり構えて下さい。
クリンチ では、行ってきます。

 クリンチ 奈落に消える。

ルックナー しょせんオレは予備士官か。
ロイデマン 艦長、どうしました?
ルックナー いや、視野の狭さを「ピンモア」号のミューレン船長にも指摘されたが、クリンチにも言われてしまった。確かに艦長たるもの、目の前の状況だけにとらわれず判断する必要がある。その辺、士官として然るべき教育を受けた者には及ばんか。
ロイデマン その代わり艦長には、並みの士官にはない発想があります。あの機雷原の突破といい、今までの戦果も艦長でなければなしえませんでした。この時代に帆船で戦うなんて正気の沙汰じゃないと思っていましたが、立派に戦い抜けたのは艦長の指揮あってこそです。
ルックナー そうは言うがな。戦果を挙げたのは、お前たちがよく働いてくれたおかげだ。
ロイデマン 艦長、しっかりして下さい。俺たちは皇帝陛下の海賊なんです。
ルックナー ルックナー一味のボスらしくしてろ、か。
ロイデマン、立ち直られたようですね。頼みますよ、ボス。頼りにしてるんですから。俺だけじゃなくてこの艦の乗組員全員が。
ルックナー わかった。だが、オレのことは艦長と呼べ。オレ達はあくまでドイツ海軍の戦士なのだからな。それを忘れるな。
ロイデマン 了解しました、艦長!


ナレーション しばし、「ゼーアドラー」は排水作業に追われる。


パーミェン 前方に艦影。
ロイデマン 敵艦でしょうか?
ルックナー 敵に決まっている。こんなところを航行する商船などない。クリンチ、排水作業はどうだ?
クリンチ(声のみ) あともう少しで完了します。浸水個所はなんとか溶接でふさぎました。
ルックナー 多少は無理ができるか。
キルヒアイス 戦いますか?
ルックナー そういう意味じゃない。逃げるにあたって無理な操船ができるという意味だ。
ロイデマン 無理な操船って、何を考えているんですか。
ルックナー とりあえずは全ての帆を張るぞ。マストや船体に負荷がかかるが巡洋艦と撃ち合うよりマシだ。
パーミェン 了解しました。
キルヒアイス 敵艦との射ち合いはなしですか。
ルックナー 砲術士としてはぶっ放したいのだろうがこらえろ。

エルトマン 敵艦、こちらへ向かってきます。
ロイデマン 見つかった……。
ルックナー 帆はパーミェンが張ってくれている。クラウス、機関の調子は?
クラウス 順調です!
ルックナー 不幸中の幸いだ。よく見てやってくれ。
クラウス 了解!

ロイデマン 速度上昇しています。ですが、この天候です。
キルヒアイス 舵がなかなか難物です。直進させるのも一苦労だ。
ルックナー こらえろ、直進してあの雨に身を隠す。
ロイデマン また氷山と接触なんてことないでしょうな。
ルックナー その時はその時だ。今は目前の巡洋艦から逃げるしかない!


 暗転


ナレーション かくして「ゼーアドラー」は英国巡洋艦より逃れることに成功する。


クリンチ やっと天候が回復した。
ルックナー ホーン岬を抜けた証拠だ。
ロイデマン ようやく、舵が言うことを聞いてくれる。
ルックナー 平和な海だからな。
ロイデマン そいつをぶち壊すために我々が来たんでしょう。
ルックナー わかっているな。だが、その前に一つやることがある。
クリンチ 艦長、何を?
ルックナー 救命ボートを半分流すぞ。「ゼーアドラー」と書いてな。
クリンチ 何のために?収容人数が減ったとは言え、救命ボートは数あるに越したことはありませんが。
ルックナー 敵の油断を誘うためだ。艦名が書いてある救命ボートが漂流していれば、その艦が沈んだと誰もが考えるだろう。
クリンチ なるほど。
ルックナー 手隙の者にやらせろ。


 「ゼーアドラー」のセットから救命ボートの模型が次々と流され、下手上手に引っ張られていく。


ルックナー 細工は隆々と言うところだ。後は、結果を待つとしよう。
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