1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫

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通信

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クリンチ 艦長、英国海軍の通信を傍受しました。それと本国からの電文も受信しています。
ルックナー やけに楽しそうだな。

クリンチ まず英国の傍受から読み上げます。「英国海軍は独仮装巡洋艦『ゼーアドラー』を撃沈。艦長以下の乗組員を捕虜とし、現在サンパウロへ連行中」です。

ルックナー なんだって、それならここにいるオレはなんなんだ?幽霊か?
ロイデマン 悪魔じゃないんですか。
プライス 海賊でしょう。
パーミェン ヒンズー教の弟子。
クリンチ さ迷えるドイツ人。

ルックナー お前ら、遊んでるな。
ロイデマン いや、愉快じゃないですか。艦長の策、見事に効果を発揮してますよ。
ルックナー ロイズの保険料の高騰に耐え兼ねているとみえる。ここは一つやってやろう。クリンチ無線を打ってくれ。文面は「ドイツ潜水か……。」だ。
クリンチ 途中で切るんですか?
ルックナー 発信者は哀れ、海の底だ。Uボートに沈められてな。
ロイデマン Uボートが太平洋でも暴れていると思わせるんですな。
ルックナー 小技だ。だが、出港をためらう荷主や船長が出るだろう。
クリンチ 了解、時間や場所を変えて、何度か打電します。文面も適当に変えます。
ルックナー 頼む。
ロイデマン やれやれ、副長殿も、大分艦長に染められているんじゃないですか。適当な嘘を撒き散らかすなんて。
ルックナー どういう意味だ、それはぁ。

 ルックナー ロイデマンに背後から襲いかかる。

ロイデマン わぁ、艦長、ギブギブ。首閉めないで下さいってぇ!

 笑い声が舞台にあふれる。


観客席 ふふ、我が海賊どもはかように戦っておったのか。


クリンチ 続きまして本国より入電。アメリカが我が国に宣戦布告したそうです。これで入港できる中立国の港が大いに減りました。
ルックナー なんだと?港はいい。どうせ英国海軍に通報されて、沖合で待ち伏せされるんだからな。それより本国の対応が気になる。
クリンチ メキシコと同盟を組み、アメリカを南から圧迫する戦略です。ドイツ勝利の暁には、メキシコに、テキサス州などの領土を割譲する条件を提示するようです。
ルックナー 馬鹿か、参謀本部の奴らは。あいつらヨーロッパに閉じこもっているせいで、新大陸のことを知らん!
クリンチ しかし、アメリカの北はカナダで、英国連邦の一国です。メキシコを利用するしかありますまい。
ルックナー メキシコにアメリカを圧迫する軍事力など無い!アメリカは、リオ・グランデという所に数個連隊を配備しているが、それだけでメキシコを押さえ込めるんだ。それほどに強い。
クリンチ そうでしょうか?いくらなんでも数個連隊で国境を守り切れますか?要塞などに立て篭もるにしても限度があります。
ルックナー メキシコ陸軍は大して強くない。緩い雰囲気の軍隊だ。
ロイデマン 艦長、詳しいそうですけど、まさかメキシコ軍の軍人だった、などと言い出さないでしょうね。


ルックナー メキシコ大統領宮殿の警護兵だったぞ。


ロイデマン なんか、艦長の自伝書きたくなってきました。結構売れそうですから。どうです?出版社との交渉などもやります。口述筆記も引き受けます。
ルックナー ダメだ。いやだぞ、オレは。こっぱずかしいガキの時分を口述筆記など何の拷問だ。
ロイデマン やりましょうよ。自分の取り分は、印税の3割でいいですから。
クリンチ やめんか、生々しい。
ルックナー まったくだ、まずは生きて戦い続けねばならんのだぞ。
ロイデマン 生きて帰ってからの夢も見たいんですよ。
クリンチ それはさておきまして、その艦長が見たところアメリカはいかがでしょうか。

ルックナー オレも長くいたわけじゃないし、その全てを知っているわけじゃないが、やはりドイツの状勢は厳しくなったと言わざるを得ん。
クリンチ そうですか。
ルックナー アメリカは、戦争準備に欠けるとか招集しても訓練を速やかに施せないとかぬかす軍人は、父の知り合いにもいた。
クリンチ 御父上は騎兵将校でしたな。
ルックナー アメリカは、膨大な人口とそれを養える資源と富を持つ巨大な国だ。歴史に欠けるが、その分新しい活力に満ちている。侮れる国ではない。
ロイデマン 艦長、顔が暗いですぜ。
ルックナー 暗くもなる。あの国は、新大陸は、食い詰め者どもの巣窟ではない。そう考える政治家や高級軍人は多いが、それは間違いとオレは断言する。
  

観客席 余はルックナーを洋上ではなく傍らに置くべきであったか。アメリカを侮らぬ軍人がもっと必要であったかもしれぬ。


ルックナー ただ、今後はアメリカ船籍の船も拿捕できる。祖国のために微力を尽くすぞ。お前達もよく働いてくれ。
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