王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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 メリナ様が産まれて半月後、国王は、ドラード公の反乱鎮圧のため、大軍を率いて出陣しました。

 その出陣式典も終わり、一緒に参加したクルス王子と微妙な距離をとって退出していると声をかけられました。
「クルス殿下、ロザリンド嬢、ご機嫌麗しゅう。」
「ヒメネスか。」

 クルス王子は、イルダ様の方を向きます。


 あの日以降、変わったことがあります。

 まず、ヒメネス伯爵が一連の騒動において、警護の人間を置いて置かなかった責任を取り、国王の命令で引退することとなりました。
 
 というのは、形式的なもので、実際はヒメネス伯爵から、自身を処罰するよう申し出たのです。

 国王は、慰留しましたが、
「ドラード公の件があります。ここは、王は貴族を処罰し得るのだとお示しになるべきです。臣をその見本として下さい。」
 と言って譲らず、ヒメネス伯爵は引退し所領へ移住、家督を継ぐこととなったイルダ様が、ヒメネス伯爵夫人となりました。

「お父上は、地味ではあったが忠臣だ。自分から処罰を申し出るなどなかなかできぬ。」

 クルス王子のように称える声が上がるヒメネス伯爵家の当主交代ですが、ヒメネス伯爵には、別の考えがありました。



「私がイルダ、そしてメリナにしてやれることなんてこれくらいさ。」

 移住に当たり、見送りに来た私にヒメネス伯爵、いやモンセラーノ様は、言いました。

「まず、私が処罰を受けることでヒメネス伯爵家は、この問題を蒸し返されることはない。」
「そんなことがあるのでしょうか?」
「あり得るよ。歴史上、過去の過失などを理由に処罰した例はある。」
「そうかもしれませんが、警戒し過ぎでは。」
「警戒し過ぎても構わないさ、貴女のようにね。さらに、ここで私が爵位を譲ることで、イルダは形だけの男爵夫人となるのを避けられる。」

 形だけの男爵夫人とは、王子王女を産んだ女性を無爵にしておくわけにはいかないので、男爵夫人の称号を与えるものです。
 形式的なものなので、所領はありません。代わりに年金が、当人だけに一生涯支給されるのだそうです。

「だから、今、爵位を譲る。そうすれば陛下の裁可を受けた所領のある伯爵夫人だ。王家から、ある程度の独立ができる。」
「それが必要ですか?」
「陛下が健在な間はいい。だが、陛下亡き後、王妃様がどう出るかだ。」
「あっ。」

 そうです。あの陰険な王妃様のこと。
 何をイルダ様やメリナ様にしてくるか。

 私に会うことがあれば、イヤミを欠かさない王妃が、夫を奪ったと思い込んでいる相手に何を言うか。

「嫌がらせなど無いか気にかかる。」

 あのものすごく可愛らしいメリナ様に、嫌がらせって、その可能性だけで身震いするんですけど。

「所領があれば、年金の減額などの心配しなくていい。いざとなれば、そこに引きこもれる。」
「逃げ場を作っておきたいんですね。」
「そう、実家に帰るのではなく、統治する所領に行く。誰も文句は言えない。」
「なるほど。」



 クルス王子などが察することもできない、モンセラーノ様のお考えです。

「それにしても、ドラード公に狙われたのは災難だった。そんな中で妹を出産してくれたことに礼を言うぞ。」

 うまく言いますね。
 礼を言いたいのは、「妹を出産」のところだけでしょ。
 イルダ様が出とと聞いて、まず「男か」と聞いたそうじゃないですか。産まれたのが女児と知って、真昼間からどんちゃん騒ぎやった話くらい聞いてますよ、バカ王子。

「ロザリンド、メリナ見ていく?」
「もちろん、見に行きますとも!できるならお世話もしたい!!」

 もう一つ変わったこと。
 イルダ様は、王宮の一画に、メリナ様と一緒に居住するようになりました。
 王女を外で育てるわけにはいかないので、当然の処置です。
 メイドも、王宮の費用でつけられています。

「なんだ、興奮して。」
「だって、あのかわいらしいメリナ様にお会いできるんですよ。」
「かわいい?オレにはサルにしか見えんが。」

 はぁ??

 バカだと思ってましたが、もっとバカになってませんか?
 あのかわいいメリナ様をサルだなんて。

「かわいいと思わないのですか?」
「サルにしか見えん。が、それでもお前よりは美しく見える。」

 むっ……。

「イルダと、何よりオレと同じ血が流れているのだ。育てば育つほどお前より、気品ある美女になること間違いあるまい。」

 このぉ。
 そりゃ、メリナ様は、世界一かわいいけどさ。

「クルスの申す通りよ。」
「母上。」

 王妃まで。
 これまずいかも。

「気品、こればかりは生まれと育ちがものを言う。賎しい商人の家に産まれて育った身には、ホホホ。」

 その目付き、表情に品があるとはとても思えませんが。

「さようですね、母上。」
「さよう、クルス。生まれと育ち、これが両翼となって、その者の品を高みに羽ばたかせる。どちらが欠けてもならぬ。」
「ロザリンドには欠けておりますな。」

 そんな女を婚約者にしたのは、あんたでしょうが。

「クルス、両方が必要と申した。」

 何です?イルダ様を見て。

「相場に失敗した家の娘が、どう育ったのやら。」

 イルダ様にまで。
 モンセラーノ様の心配、現実にならないでよ。

「先日など、娘の襁褓を替えようとしおって。」
 それがどうしたというの?
「伯爵夫人たるものが、あのような汚れ仕事などするものではない。」

 何が汚れ仕事よ!赤ちゃんのお世話の何がいけないの!

「申し訳ありません。」
「伯爵夫人としての体面を考えよ。それとも貧しかったころの癖が出たか。」

 あの気の強いイルダ様が、歯噛みして耐えてる……。

「そう言えば、さっきロザリンドがお世話したいと言っておりました。」
「それがどうしたのか。平民の娘が赤子の世話をするのは普通のことではないか。」
「そうでしたね。所詮は平民の娘でしたな。」

 くっ、さすが親子。イヤミのコンビネーションは完璧。

「化粧品を入手する機会はあったのに、『商人は商品を使わない』などと言って化粧せぬ。骨の髄まで商人。つまるところ平民でしかないのう。」
「バカが。お前は将来の王妃なのだぞ。自分のことを考えぬか。イルダを見習い、自分を磨こうと思わなかったのか。」

 うっさい、あんたのためじゃやる気でないわ。

「イルダか。ダメじゃ、クルスよ。あれは、一度は貧困に落ちた家の娘よ。赤子の世話などしようとしよって。」
「……ですが。」

 珍しく、クルス王子が、王妃に異を唱えようとします。

「あの身体を見よ。品の無い体つきよ。それを恥ずかしげもなく晒しだして。」

 はっ、嫉妬ですか。
 目に浮かぶ光が、さらに品が無くなってますよ。
 あんたに着れない、大胆に胸元開いた服は、旦那の好み。

 ついでに言うと、息子の好みでもある。

 クルス王子の視線のイヤらしいこと。
 ママンの言葉にのったふりして、じっくり見てるんじゃありません。汚れます。

「クルス、そろそろ執務の時間でないか?」

 息子の視線に気づいた王妃の口調は、冷たいです。

「は、はい。そうですね。コルネート公が待っておるでしょう。」

 直立不動になるクルス王子。

「ロザリンド、オレは仕事に向かう。お前は、メリナの世話でもしているといい。」

 それだけ言って、クルス王子は足早に去っていきました。 
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