王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「何よ、あいつら!」

 むくれながら、ヒメネス伯爵夫人の居住区に向かいます。

「いつものことよ。」
「いつものことって。あんな精神的に悪い言葉を毎日浴びせられているんですか?」

 いっそ、モンセラーノ様の言葉に従った方が。

「それはできないわ。私は陛下の愛妾だもの。」
「そんな。」
「大丈夫、一時の辛抱よ。陛下が戻るまでのこと。」
「早く勝って帰ってきて欲しいですね。」
「そうね、無事にお帰り頂きたいわ。」
「伯爵夫人、味方います?」

 そういう方がいれば。

「クルス王子かしらね。」
「あれがですか?」

 あんなバカ、役に立つのかしら。

「曲がりなりにも王子だし、ワタシに気があるみたいだから。」
「向こうは、イルダ様が気があると勘違いしてます。危ないから味方にしようとするのは。」

 勘違いから、襲われでもしたら……。

「その辺は上手くやるわよ。侍女だっているし。」
「不安ですよ、お止め下さい。」

 そう言っている間に、居住区につきました。

 つきました!!

「戻ったわ。」
「お帰りなさいません。」

 メイド達が出迎えてくれます。
 メイドの一人が抱いているのは……。

「あぁ、メリナ様、今日もかわいいでちゅねぇ~~~~!!!」

 ヒメネス伯爵夫人の居住区に行けば会えるのですよ、とってもとってもかわいいメリア様に。
 このためにお誘いに応じたのです!!
 
「ロザリンド様、今寝ておりますので、お静かに願います。」

 一応、クルス王子の婚約者ということで、メイドは私に敬意をもって接してきます。

「わかったわ。」

 そう言ってメリナ様を受け取ろうとします。

「あ、あのロザリンド様……。」
「あ、クルス王子にね、『メリナの世話をせよ』って指示を受けたの。だから、やらないといけないのよ。わかって。」

 メイド達は、王族には絶対服従です。クルス王子の名を出すと、あっさりメリア様を渡しました。

 えっ?「お前は、メリナの世話でもしているといい。」と言った?つまり絶対しないといけないわけではない?

 こまけえことはいいんだよ。


 メリナ様のかわいらしさの前にはな。


「貴女達、ワタシはロザリンドとお話があるから、指示があるまで日常の仕事をしていなさい。」
「かしこまりました。」

 イルダ様の指示に従い、メイド達はそれぞれの仕事に分かれていきます。

 私とイルダ様は、防音完備の応接室に入りました。

「あぁ、メリナ様かわいい!」

 はぁ。


 ちっちゃいお手々。

 ぷにっとしたほお。

 目を閉じてるくせに豊かな表情。


 かわいい!かわいい!!かわいいかわいいかわいいかわいい!!!!!

 本当にかわいい!!
 見てて飽きません。

「貴女って本当にメリナが好きね。」
「えぇ、大好きですよ。」
「ワタシだって大好きよ。」

 そう言いながらイルダ様は、メリナ様の頬をつっつきます。

「笑った。」
「ほんとだ。」
「ふふ、母親が触ったってわかるのかしら。」

 イルダ様、うらやましい。

 母親と子供の絆って特別なのかなぁ。

「あぁ、癒されるわね。」
「大変ですね、イルダ様、王宮の生活も。」
「えぇ。」

 王宮のメイドは王族に服従する。
 それは、王妃の耳目になることを意味します。

 愛妾でしかないイルダ様の日常を王妃様に告げ口するのも、彼女たちの業務なのです。
 だから、イルダ様がメリナ様のお世話をすることも知られてしまったわけで。

 愛妾とは、国王にその身で奉仕する存在。
 故にその身を磨くことに一日の大半を費やすべき。子供の世話などは、乳母やメイドに任せるものとされてます。

「そうかもしれないけど、メリナの顔は、できるなら四六時中見たいわ。」
「わかります。見てて飽きませんもの。」
「そうはいかないのが現実なのよね……。」

 こうやって私がクルス王子の名を出すことで、一緒にいられるのです。
 普段は、どんな生活なのか。

「時々、ドラード公の反乱が成功して欲しい、と妄想することがあるわ。」
「イルダ様……。」

 あの夜のことを思い出します。

 国王を挑発するためだけに、イルダ様もろともメリナ様も殺そうとしたドラード公。
 イルダ様も恐怖を感じただろうに。

「ダメですよ。もし反乱が成功したら、この王宮だってどうなるか。」
「その時は、貴女に頼るわ。父も言ってたじゃない。」


 見送りの時、モンセラーノ様は、ドラード公の反乱にも言及されました。

「常識的に考えて、何の目論見もなく、あのような挑発をしてまで、国王陛下を戦場に引っ張り出すとは考えられない。」
「何らかの策を講じて、陛下を亡き者にしようと。」
「そう考えるのが普通だろうね。」

 国王を討てば後を継ぐのは……。

「残念ながらクルス王子で、ドラード公に対抗できるとは考えられない。」

 全く持ってその通りです。
 国王を討つことでこの国の頂点に立てると考えたのも、あながち間違いではありません。
 他の五公爵に対しても、考えはあるでしょう。

「そうなれば、この王都も戦場の巷になりますね。」
「そう、王宮もドラード公の手に落ちるだろう。」
「それって、イルダ様やメリナ様に危害が……。」

 嫌ですよ、お二人に何かあるなんて。

「その時は、君に頼るしかないと思っている。陛下の愛妾である以上、娘は逃げられないだろうし、メリナも同様だ。」
「どういう意味です?私は何の影響力もない小娘ですよ。」

 クルス王子の婚約者なんて、ドラード公に何の意味があるんですか。

「どうかな。ドラード公は君を気に入ってると思うんだ。だから生かそうと思ったんだと思っている。」
「そうでしょうか。単純に女を殺すより、男を殺した方が残虐のそしりを避けられると思ったんじゃないですか。」
「どうかな。彼が君の護衛の呼び方を変えたことに気が付いているかな。」
「護衛?オラシオやアズナールのことですか?」
「そうだ、最初は『雑魚』と呼んでいたが、攻撃をしのぐと『若造』に変わっている。これは、彼らを認めたからじゃないかな。」

 そう言えば、逃げる前、オラシオ達をほめてましたね。

「でも、私は。」
「証人なら君でなくとも、ウルファさんやイシドラさんでもいい。でも君を殺そうとしなかった。そこを私は評価しているんだ。」
「そうでしょうか。」
「そうだと思う。万が一の時は、君がイルダとメリナの助命を嘆願してくれ。」
「そこは、言われずともやります。」
「まぁ、ドラード公の反乱が成功すると決まったわけじゃない。そこまでの心配は杞憂かもしれん。」
「そうですよ。」
「話が長くなったな。やはり心配だから色々しゃべってしまった。」

 モンセラーノ様は、立ち上がり、床の植木鉢を持ち上げました。

「このキャンデリラ草の栽培を領地に広めてくるよ。君の化粧品事業のためにね。だから二人のこと頼むよ。」

 そう言ってモンセラーノ様は、旅立ちました。



「お父上はそう言ってましたけど。」
「期待してるわ。」
「でも、国王はドラード公が動員できる兵力の2倍の兵を動員したんでしょう。大丈夫ですよ。」

 この時はそう思ってました。

「ふんぎゃぁ。」

 とっても非常にすんごくかわいらしい泣き声が。

「あら、メリナ、どうしたの。」
「どうしたの、おむつ、おっぱい?」
「ちょっと貸して。」

 イルダ様がメリナ様を持ち上げ、股間の匂いを嗅ぎます。

「におわないってことは、おっぱいね。ロザリンド。」
「はい。」

 後ろを向きます。

 衣擦れの音。
 イルダ様が、授乳しているのでしょう。
 普段は乳母に任せざるを得ませんが、できる時は、自分であげたいのだと語ってましたので。

 こんな日常を守るためにも陛下に勝利して欲しい。
 そう願わずにいられませんでしたが。

 
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