王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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 王都を出て5日後、私達は、ギルベルト伯爵の陣営に到着しました。

 ギルベルト伯爵の陣営には、ちゃんと連絡がいっていたようで、問題なく招き入れられました。

 無ければ、反撃作戦が破綻するんで大事です。

「お待ちしておりました。ロザリンド・メイア様。てまえはヤスパー・ケスマンと申します。」

 陣営の門をくぐったところで、巨漢の騎士に出迎えられました。

「アンダルス王国、全権特使ロザリンド・メイアです。お出迎えありがとうございます、ケスマン様。」

 馬車から降りて、ケスマンと名乗った騎士に挨拶しました。

「伯爵をお待たせして申し訳ありません。早く到着したかったのですが、我が国は兵乱の最中で、その難を避けるために迂回せざるを得ませんでした。お待たせした非礼をお詫びします。」

 そう、ここまでまっすぐくれば、3日程度で到着できます。
 それが5日もかかったのは、ドラード公の部隊と接触しないよう慎重に進んだからにほかなりません。

 まぁ、そうでなくとも色々並べ立て、遅く到着するつもりでしたけど。

「はは、早馬のように単騎行ならいざ知らず、女性を乗せた馬車を見つからぬよう旅させるのは大変だったでしょう。その辺り伯爵もご承知しております。無事に到着してよかった。」

 ケスマンは、頬の傷をゆがめて笑いました。

「さぁ、伯爵様もお待ちです。ご案内しますのでついて来て下さい。」

 ケスマンは、背を向けて歩き始めました。

「できる。」
 私の右に位置しているエルゼがつぶやきました。
「できるって、あのケスマンって騎士、強いの?」
「はい。」
「アニキ、知ってる?」
「うん、ギルベルト伯爵に従う騎士の中でも屈指の戦士の一人だ。」
「イグナスさんは、戦ったのですか?」
 イグナスさんは、クルス王子の撤退戦で殿を務めたのですから、そういうことがあってもおかしくありません。
「手合わせしただけだ。負けた。戦場で剣を交えなくてよかったと、ほっとさせられたよ。」

 そんな話をしながら、私達は、ギルベルト伯爵のいる天幕へ向かいます。

 ギルベルト伯爵のいるという、大型の天幕の前、広く開けたところに来た時、槍で完全武装した兵士が飛び出してきて私達を取り囲みました。

「これは、どういうことですか!?ケスマン殿!」
「さぁね。」

 ケスマンは、振り返りながら大剣を抜き、オラシオに上段から斬りかかりました。

「チッ、安全かと思ったのによ!」
 オラシオがとっさに大盾で大剣を受け止めました。
「この程度の不意打ちはしのぐか。」
「てめえみてえなデカブツのとろい動き、あくびがでるっての。」
「ふふ。」

 大盾と大剣を介して、二人は競り合います。

「潰れろ。」

 オラシオも身長180センチ以上と大柄ですが、ケスマンはそれ以上に大きい。2メートルくらいあるのではないでしょうか。
 鎧でよくわかりませんが、筋肉の厚みもオラシオ以上かも。

 そんなケスマンが、全力でオラシオを押さえつけています。

「ぐぅぅ。」
「オラシオッ!」
「おい、参ったと言えば許してやるぞ。」
「誰が。」

 オラシオも苦しそうです。
 周囲をとっさに見回しましたが、アズナール、イグナス、エルゼも包囲する兵士達とにらみ合うばかりでオラシオの援護は、できそうにありません。

「これは、どういうことですか!?わずかな供回りで来た特使に対し、完全武装の兵で迎えるのがヤストルフの礼法ですか!」

 大声で怒鳴りました。
 ケスマンにではありません。
 天幕にいるであろう、ギルベルト伯爵に向かって怒鳴りました。

 これが伯爵の知らぬ部下の行動なら、止めてくれる。
 そう思ってのことですが。

「ロザリンドさん、ダメだ。これは伯爵の意向です。」
 背中の方に位置しているイグナスさんが、声をかけてきます。
「抑留かよ。」
 アズナールが、吐き捨てるように言います。
「その事態に備えて、オラシオに前を行って貰ったんだがな。逃げる時に殿を務めてもらうために。」
 
 オラシオの大盾で防ぎながら逃げるつもりだった、ということでしょう。

 でも、今の状態では……。

「なかなか粘るな。」
「へっ。」

 オラシオが大盾を微妙に動かし、大剣を左側に滑らせるや否や、大盾のへりでケスマンの胸を突きました。

「グッ。」
 息を詰まらせ、ケスマンは一歩後退します。
「アンダルスの重装歩兵をなめんな。大盾を攻防に使いこなして一人前よ。」
「ふん。」
 今度は下段から、大剣がオラシオに迫ります。
 それを大盾で受けとめ、今度はオラシオが斬りかかります。
「くっ。」
 ケスマンは、左にステップしてかわします。
 そこにオラシオが、大盾を構えて突進。
 もともと左にステップしていたケスマンは、いきなりのオラシオの突進を受け、吹っ飛びます。
「へっ、左に逃げるしかねえからな。そこを狙って突進すりゃ、体重差なんて関係なしに吹っ飛ばせるぜ。」
「この……。」
「おらおらっ。」

 オラシオの剣が、ケスマンに打ち込まれ、防戦一方に追い込まれています。

「どうしたぁっ、デカブツ!」
「なめるなっ!」

 ケスマンも、一瞬のスキをついて反撃にでました。
 2合3合と剣を合わせ、再度上段からの体重をかけた一撃をオラシオに見舞ってきます。

「そいつを待ってたぜ。」

 オラシオは、剣でケスマンの一撃を受け止めると同時に、大盾のへりを右足首を喰い込ませます。

 足も同時に宙に浮かせて。

「がぁっ!」
「どうよ、てめえの剣の威力とオレの体重の合わせ技だ。」

 ブーツの甲と違い足首に装甲はありません。
 そこに思いっきりな一撃が加えられたのですから、ケスマンもたまったものではないでしょう。
 さすがに崩れ、右ひざをつきました。

「とどめだっ!」
「そこまでっ!!」

 天幕から出てきた、若い男性がオラシオに叫びました。
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