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「ギルベルト伯爵!」
「イグナスか、久しぶりだな。」
天幕から飛び出てきた若い男性が、ギルベルト伯爵のようです。
「そこまでって、これはあんたの差し金か?」
「そうだ、非礼は詫びる。剣を引いてくれ。」
ギルベルト伯爵は、オラシオに頭を下げました。
「オラシオ、剣を引け。」
「引けったって、アニキ。簡単じゃねえよ。わりいが、こいつは人質だ。まずは、兵を引きな。」
オラシオは、ケスマンに剣をつきつけ、ギルベルト伯爵に要求します。
「わかった。」
兵士に合図し、解散させました。
「すまなかった、オラシオ殿。貴殿のこと、イグナスから聞いていてな。」
「オレのことを?」
「あぁ、貴殿の兄の武勇を褒めたら、『自分など弟には遠く及びません。』と言ったのだ。それで、どれほどのものか見たくなり、仕組ませてもらった。」
「アニキ、遠く及ばないは、言い過ぎだって。」
そう言って、オラシオは剣を納めました。
「ケスマンに勝ったじゃないか。」
「そうだけど、負ける可能性もあったぜ。」
そう言って、膝ついてケスマンさんに話しかけます。
「大丈夫かい?」
「いや、右足首折れたかもしれん。貴殿の一撃は、きいた。」
「イシドラ、診てあげて。」
私の言葉で、イシドラがケスマンさんの足にとりつき、ブーツを脱がせます。
「いたたた。」
「でかい図体して、ガマンせい。」
「何がガマンせいだ。小娘が。」
「誰が小娘じゃ。これでも25歳。30くらいのお主に小娘呼ばわりされるいわれはない!」
イシドラの言葉に、ケスマンさんもギルベルト伯爵も驚きの顔になります。
「折れてはおらんが、ヒビは入っておる。しばらく養生じゃな。」
「そんな……。治癒魔法は?」
「この程度で治癒魔法が使えるか。もっと危険な容態の患者に使うもんじゃ。」
「出陣するかもしれんというのに。」
そうぼやきながら、大人しくイシドラの処置を受けます。
「さて、名乗るのが遅くなった。お初にお目にかかる。俺が、ヨアヒム・ギルベルトだ。」
名乗るギルベルト伯爵を観察します。
絶世の美男子ですね。切れ長の碧眼がとても印象的。
細身のとがった輪郭できつい印象を受けますが、知性を感じさせる端正な面立ち。
お父様、ギルベルト伯爵がこんな素敵な方って一言も言いませんでしたね。何でですか?
間近で見るだけでも、心構えが必要なレベルの方ですよ。
「アンダルス王国特使ロザリンド・メイアでございます。」
それでも、平静を装ってご挨拶。
「特使が、貴女のようなかわいらしいお嬢さんとは思わなかった。クルス王子の婚約者とうかがったが。」
かわいらしいだなんて、そんな。
顔赤くなってないかな。
「昨年、あいつを叩きのめせてよかった。貴女のようなかわいらしいお嬢さんと婚約するなど、妬ましくはある。」
「おほほほ。」
うぅ、調子が狂う。
かわいらしいって事実、もっと言って下さい。
化粧をしてよかった。
使者として見栄えよくしようと思ってのことだけど、やってみてよかった。
「貴女のようなかわいらしいお嬢さんを、いつまでも外に立たせる訳にはいかない。こちらへ。」
そう言ってギルベルト伯爵は、出てきた大きな天幕に私達を案内します。
案内されるのは、私とイグナスさんだけ。イシドラを除いた他の皆は、別の天幕で待機です。
中に用意されていた椅子に私を座らせてから、自分も座ります。
「ギルベルト伯爵、先程ケスマンが出陣するかも、と言っていました。ドラードにつかれるおつもりですか?」
着席するや、イグナスさんが口を開きました。
「気になるか、イグナス。」
「はい。」
「もうドラード殿は、王都の攻囲にかかったはず。早く解囲軍を編成して送りたいか。」
「さようです。ですので、相互不可侵協定、できれば攻守同盟を結びたい、と考えております。」
イグナスさんばかりしゃべらすわけにはいきません。
「いかがでしょう。伯爵にも悪い話ではありません。今後、背後を気にすることなく、ヤストルフ帝国の覇権争いに専念できます。」
「俺も偉くなったものだ。」
何が言いたいのでしょう。
「昨年は、分裂した帝国の一弱小勢力と侮られて侵攻された身が、今では同盟を提示される。情勢の変化とは、恐ろしい。」
「いかがでしょう?」
「特使よ、一言言っておくが、俺は、ヤストルフ帝国の覇権争いなどに興味はない。」
意外な返事が返ってきました。
「ですが、勢力を拡大していらっしゃる。父が扱う貴腐ワインは、クルスの侵攻後に、庇護を求めて勢力下に入った土地の産物でしょう。」
「来る者を拒む気はない。だから、アンダルス王国内からでも受け入れる。」
「伯爵、アンダルス王国に侵略されるおつもりか!」
イグナスさんが、椅子を蹴倒して怒鳴ります。
「勘違いしないで欲しい、イグナス。俺は、庇護の求めに応じるだけだ。」
対照的にギルベルト伯爵は、憎らしいほど冷静です。
「アンダルス王国に、貴方の庇護を求める地などありません。」
「これから出るだろう。俺はそれに応じるだけだ。」
「もし、飛び地になる地から庇護を求められたら?」
私は、疑問をぶつけました。
「可能な限り力になってやりたい、と思う。」
「その間が敵となれば、どうします?」
イグナスさんも質問します。
「我が勢力下におくしかあるまい。庇護のためだ。」
「それは侵略です、伯爵!」
「見解の相違だな、イグナス。」
「何が見解の相違ですか!」
「そもそも、アンダルス国内から、俺に庇護を求めること自体、異常だ。そういう事態に至ったことを、まずアンダルス王国側が反省すべきではないか。」
「……。」
イグナスさんが沈黙しました。
「イグナス、あらためて言うが俺の部下にならんか。王国の混乱はひどくなる一方のようだ。そちらの国境守備隊も先触れの来る前夜、突然出動したかと思えば、朝に戻って、以後厳重に門を閉ざして籠城してしまった。錯乱しているとしか思えん。」
「お断りします。私は、何があろうとも、アンダルス王国の軍人です。」
「頑固だな。」
ギルベルト伯爵は、苦笑しました。
「特使殿も亡命するなら受け入れるぞ。」
「えっ?」
まさか、私にまで。
何の取り柄もない私です。
剣も魔法も使えない。
何かに特化した知識を持つわけでもない。
まさか……。
「一目見た時から惹かれていた。俺の妻になってくれ。」
でしょうか、でしょうか。
クルス?あんなのは、ポイしてもいい。
……いや駄目だ。婚約破棄で、銀貨3万枚踏み倒される。
でも……でも……。
「特使殿の部下も一緒に来るといい。イシドラは医師として、護衛達はそのまま仕えてもらいたい。」
言われたのは、甘い雰囲気など微塵も感じさせない言葉です。
「あの、私は?」
ぜひとも妻にとかは?
「……そうだな、ニールスとの交渉役か。」
思い付きで言ってません?
なんです?ひょっとして欲しいのはエルゼ達だけ?
ウルファなんかどうするのよ。
「さて。」
そう言ってギルベルト伯爵は、席から立ちました。
「伯爵、どちらへ?」
「訓練を見ねばならんので失礼する。」
「あ、あの交渉の方は?」
「しばし、中断だ。貴女も長旅でお疲れだろう。ゆっくり休まれるといい。」
「そんな。せめて代理の方を。」
「文官は、帯同していない。そもそもここにいるのは、貴女との交渉のためでなく、軍の訓練のためだ。」
「伯爵、訓練より一度の実戦が、兵を羊から獅子に変えます。」
「何が言いたい、イグナス?」
「我らと組んでドラードを打倒しませんか、伯爵。」
「ここにいる俺の兵四千を増援にするつもりか、イグナス。」
「私からもお願いします。アンダルス王国への投資と思って、増援をご検討下さい。相応のリターンをお約束します。」
「商人らしい言い方だ。」
商人を見下す雰囲気はありませんが、まともに取り合おうという雰囲気もありません。
「いかがでしょう?」
「どのような利益をどうやって出すのか不明だな。」
「それは今から……。」
「説明は結構。俺は忙しい。」
ギルベルト伯爵は、天幕から足早に出ていきました。
二人だけになった天幕の中でイグナスさんと顔を見合せます。
「ロザリンド嬢。」
「いいんじゃないですか。」
「そうですね。」
私とイグナスさんは、笑い会うのでした。
「イグナスか、久しぶりだな。」
天幕から飛び出てきた若い男性が、ギルベルト伯爵のようです。
「そこまでって、これはあんたの差し金か?」
「そうだ、非礼は詫びる。剣を引いてくれ。」
ギルベルト伯爵は、オラシオに頭を下げました。
「オラシオ、剣を引け。」
「引けったって、アニキ。簡単じゃねえよ。わりいが、こいつは人質だ。まずは、兵を引きな。」
オラシオは、ケスマンに剣をつきつけ、ギルベルト伯爵に要求します。
「わかった。」
兵士に合図し、解散させました。
「すまなかった、オラシオ殿。貴殿のこと、イグナスから聞いていてな。」
「オレのことを?」
「あぁ、貴殿の兄の武勇を褒めたら、『自分など弟には遠く及びません。』と言ったのだ。それで、どれほどのものか見たくなり、仕組ませてもらった。」
「アニキ、遠く及ばないは、言い過ぎだって。」
そう言って、オラシオは剣を納めました。
「ケスマンに勝ったじゃないか。」
「そうだけど、負ける可能性もあったぜ。」
そう言って、膝ついてケスマンさんに話しかけます。
「大丈夫かい?」
「いや、右足首折れたかもしれん。貴殿の一撃は、きいた。」
「イシドラ、診てあげて。」
私の言葉で、イシドラがケスマンさんの足にとりつき、ブーツを脱がせます。
「いたたた。」
「でかい図体して、ガマンせい。」
「何がガマンせいだ。小娘が。」
「誰が小娘じゃ。これでも25歳。30くらいのお主に小娘呼ばわりされるいわれはない!」
イシドラの言葉に、ケスマンさんもギルベルト伯爵も驚きの顔になります。
「折れてはおらんが、ヒビは入っておる。しばらく養生じゃな。」
「そんな……。治癒魔法は?」
「この程度で治癒魔法が使えるか。もっと危険な容態の患者に使うもんじゃ。」
「出陣するかもしれんというのに。」
そうぼやきながら、大人しくイシドラの処置を受けます。
「さて、名乗るのが遅くなった。お初にお目にかかる。俺が、ヨアヒム・ギルベルトだ。」
名乗るギルベルト伯爵を観察します。
絶世の美男子ですね。切れ長の碧眼がとても印象的。
細身のとがった輪郭できつい印象を受けますが、知性を感じさせる端正な面立ち。
お父様、ギルベルト伯爵がこんな素敵な方って一言も言いませんでしたね。何でですか?
間近で見るだけでも、心構えが必要なレベルの方ですよ。
「アンダルス王国特使ロザリンド・メイアでございます。」
それでも、平静を装ってご挨拶。
「特使が、貴女のようなかわいらしいお嬢さんとは思わなかった。クルス王子の婚約者とうかがったが。」
かわいらしいだなんて、そんな。
顔赤くなってないかな。
「昨年、あいつを叩きのめせてよかった。貴女のようなかわいらしいお嬢さんと婚約するなど、妬ましくはある。」
「おほほほ。」
うぅ、調子が狂う。
かわいらしいって事実、もっと言って下さい。
化粧をしてよかった。
使者として見栄えよくしようと思ってのことだけど、やってみてよかった。
「貴女のようなかわいらしいお嬢さんを、いつまでも外に立たせる訳にはいかない。こちらへ。」
そう言ってギルベルト伯爵は、出てきた大きな天幕に私達を案内します。
案内されるのは、私とイグナスさんだけ。イシドラを除いた他の皆は、別の天幕で待機です。
中に用意されていた椅子に私を座らせてから、自分も座ります。
「ギルベルト伯爵、先程ケスマンが出陣するかも、と言っていました。ドラードにつかれるおつもりですか?」
着席するや、イグナスさんが口を開きました。
「気になるか、イグナス。」
「はい。」
「もうドラード殿は、王都の攻囲にかかったはず。早く解囲軍を編成して送りたいか。」
「さようです。ですので、相互不可侵協定、できれば攻守同盟を結びたい、と考えております。」
イグナスさんばかりしゃべらすわけにはいきません。
「いかがでしょう。伯爵にも悪い話ではありません。今後、背後を気にすることなく、ヤストルフ帝国の覇権争いに専念できます。」
「俺も偉くなったものだ。」
何が言いたいのでしょう。
「昨年は、分裂した帝国の一弱小勢力と侮られて侵攻された身が、今では同盟を提示される。情勢の変化とは、恐ろしい。」
「いかがでしょう?」
「特使よ、一言言っておくが、俺は、ヤストルフ帝国の覇権争いなどに興味はない。」
意外な返事が返ってきました。
「ですが、勢力を拡大していらっしゃる。父が扱う貴腐ワインは、クルスの侵攻後に、庇護を求めて勢力下に入った土地の産物でしょう。」
「来る者を拒む気はない。だから、アンダルス王国内からでも受け入れる。」
「伯爵、アンダルス王国に侵略されるおつもりか!」
イグナスさんが、椅子を蹴倒して怒鳴ります。
「勘違いしないで欲しい、イグナス。俺は、庇護の求めに応じるだけだ。」
対照的にギルベルト伯爵は、憎らしいほど冷静です。
「アンダルス王国に、貴方の庇護を求める地などありません。」
「これから出るだろう。俺はそれに応じるだけだ。」
「もし、飛び地になる地から庇護を求められたら?」
私は、疑問をぶつけました。
「可能な限り力になってやりたい、と思う。」
「その間が敵となれば、どうします?」
イグナスさんも質問します。
「我が勢力下におくしかあるまい。庇護のためだ。」
「それは侵略です、伯爵!」
「見解の相違だな、イグナス。」
「何が見解の相違ですか!」
「そもそも、アンダルス国内から、俺に庇護を求めること自体、異常だ。そういう事態に至ったことを、まずアンダルス王国側が反省すべきではないか。」
「……。」
イグナスさんが沈黙しました。
「イグナス、あらためて言うが俺の部下にならんか。王国の混乱はひどくなる一方のようだ。そちらの国境守備隊も先触れの来る前夜、突然出動したかと思えば、朝に戻って、以後厳重に門を閉ざして籠城してしまった。錯乱しているとしか思えん。」
「お断りします。私は、何があろうとも、アンダルス王国の軍人です。」
「頑固だな。」
ギルベルト伯爵は、苦笑しました。
「特使殿も亡命するなら受け入れるぞ。」
「えっ?」
まさか、私にまで。
何の取り柄もない私です。
剣も魔法も使えない。
何かに特化した知識を持つわけでもない。
まさか……。
「一目見た時から惹かれていた。俺の妻になってくれ。」
でしょうか、でしょうか。
クルス?あんなのは、ポイしてもいい。
……いや駄目だ。婚約破棄で、銀貨3万枚踏み倒される。
でも……でも……。
「特使殿の部下も一緒に来るといい。イシドラは医師として、護衛達はそのまま仕えてもらいたい。」
言われたのは、甘い雰囲気など微塵も感じさせない言葉です。
「あの、私は?」
ぜひとも妻にとかは?
「……そうだな、ニールスとの交渉役か。」
思い付きで言ってません?
なんです?ひょっとして欲しいのはエルゼ達だけ?
ウルファなんかどうするのよ。
「さて。」
そう言ってギルベルト伯爵は、席から立ちました。
「伯爵、どちらへ?」
「訓練を見ねばならんので失礼する。」
「あ、あの交渉の方は?」
「しばし、中断だ。貴女も長旅でお疲れだろう。ゆっくり休まれるといい。」
「そんな。せめて代理の方を。」
「文官は、帯同していない。そもそもここにいるのは、貴女との交渉のためでなく、軍の訓練のためだ。」
「伯爵、訓練より一度の実戦が、兵を羊から獅子に変えます。」
「何が言いたい、イグナス?」
「我らと組んでドラードを打倒しませんか、伯爵。」
「ここにいる俺の兵四千を増援にするつもりか、イグナス。」
「私からもお願いします。アンダルス王国への投資と思って、増援をご検討下さい。相応のリターンをお約束します。」
「商人らしい言い方だ。」
商人を見下す雰囲気はありませんが、まともに取り合おうという雰囲気もありません。
「いかがでしょう?」
「どのような利益をどうやって出すのか不明だな。」
「それは今から……。」
「説明は結構。俺は忙しい。」
ギルベルト伯爵は、天幕から足早に出ていきました。
二人だけになった天幕の中でイグナスさんと顔を見合せます。
「ロザリンド嬢。」
「いいんじゃないですか。」
「そうですね。」
私とイグナスさんは、笑い会うのでした。
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