嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap5.浸潤する影

72.不思議な恩人

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 フィズは、冷たい牢の中で目を覚ました。

 シグダード達を逃がし、剣を持ってチュスラスに向かっていったところまでは覚えているが、それからの記憶がない。

 どうやら、チュスラスの雷にやられたようだ。手に枷をされ、ずっと床に寝かされていたようで、体はひどく冷えていた。

 しかし、今は自分の体のことより、逃げた三人のことが気がかりだった。
 特にシグダードは、あんな雷にうたれて無事に生きているだろうか。

 浮かんでくるばかりの不安を打ち消そうと首を振ると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 床に寝ころんだままの体を、なんとか動かして起き上がり、格子の方を向くと、そこには一人の男が立っていた。

「こんにちは。フィズ」

 挨拶をして、フィズににっこり笑う男は、リーイックがいつも着ているものと似たような白衣を着ていた。茶色い髪の間からは、どこか眠たそうな目が見える。白衣の袖から出ている腕は、ひどく細くて、顔は血の気を失ったかのように青白かった。

「僕、シュラ。初めまして」
「あ……は、初めまして……」
「君が魔族って本当?」
「え……? はい…………本当です……」
「ふふ。僕、魔族に会うの、初めて。想像してたのと違うね。普通の人間みたい」
「……」
「君、五日も寝てたけど、元気?」
「え? 五日?」
「うん。君が城の前で暴れてからもう五日たつんだよ。魔族って、五日寝ても元気なの?」
「え……? はい、大丈夫……みたいです……」
「よかった。ねえ。こっち来て」
「え?」
「早く」

 シュラは、戸惑うフィズを格子越しに手招きする。

 何か用事でもあるのだろうか。

 フィズが不自由な手でなんとかバランスをとって立ち上がり、格子の近くまで行くと、今度は座るように促された。

「腕、出して」
「え?」
「早く」

 格子の隙間から腕を出すように言われているのだろうが、なんとなく怪しいものを感じてためらってしまう。彼の言動に不審なものを感じた訳ではないが、彼の醸し出す雰囲気がなんとなく怖い。
 すると、シュラは少しすねたように眉をしかめた。

「警戒しないでよ。君が生きているの、僕のおかげなんだよ?」
「え?」
「僕があのクソ豚に、魔族の血が欲しいって言っておいたから、君、殺されなかったんだよ? ちょうどよく君が現れたのは偶然だと思うけど。だから、僕は君の命の恩人。恩人に少しくらい血を分けてくれてもいいでしょ?」

 よくわからないが、彼がチュスラスに進言してくれたおかげで、フィズは死なずにすんだらしい。

 確かに自分は今生きているし、拘束されていること以外、体に異変もない。彼が命の恩人なら何かお礼はしたいところだが、血を分けてと言われても、どうすればいいのか分からない。

「血って……どうすれば……?」

 フィズの疑問に、シュラは白衣のポケットから取り出した注射器で答えた。

「分かりました……」

 フィズが拘束されたままの手を格子の隙間に近づけると、腕に注射器をさされ、少しだけ血を抜かれた。痛いわけでもなく、すぐに終わり、シュラは注射器をうっとりした目で見つめている。

「あの……」
「ふふ」

 フィズが話しかけようとすると、シュラは怪しげに笑い出す。はっきり言って不気味だ。

 しかし、シュラの方は非常に嬉しいようで、急に甲高い歓声をあげた。

「ありがとう! やったー! これでリーイックの作った解毒薬の秘密が分かる! そうしたら今度こそ……ふふふふふふふふふふふふふふ」

 途中、知った名前が出てきたが、含み笑いを浮かべる彼には、もう話しかけることなどできなかった。なんとなく、頭の中で、この男に関わってはならないといったような警告が発せられている気がした。

「あああああっ!! やっと念願がかなう! 待っててーー! リーイックーーー!」

 シュラは絶叫しながら立ち上がり、牢から走り去っていく。
 まるで、未知の生命体に出会った気分だ。

「なんだろう……あれ……」
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