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chap8.爛れた感情
142.戻る影
しおりを挟むシグダードがことの顛末を全て話し終わると、静かに聞いていたバルジッカは頭を抱えた。
「そんなことになってたのか…………じゃあ、キラフィリュイザはもう……」
「ああ……」
「そこにいた奴らは?」
「……イルジファルアに従うことを条件に、命だけは助けられたらしい……だが、口封じに殺された者もいたようだ」
「……俺は帰るぞ」
「どこへだ?」
「キラフィリュイザに決まってるだろ! お前は何してんだ!! 一度は戻るべきだろ!」
「私が今更キラフィリュイザに戻ったところで無駄に混乱させる! ここの元老院が私を探しているんだ!!」
「……ちっ……! イドライナのジジイめっ……! じゃあお前、どうするつもりだよ?」
「……フィズを救い出す」
「その後だよ」
「……」
「おい……お前まさか、大人しく処刑されてやろうなんて考えてねえだろうな!?」
「……それで全て終わるだろう」
「馬鹿言ってんじゃねえ!!」
俯くシグダードに、バルジッカはついに掴みかかった。
「何が終わるだ! しっかりしろ!! てめえの城に毒撒く連中に全部持ってかれて大人しく首くれてやって、お前それでいいのか!?」
「だからといって、今更私に何ができる!?」
「できること探してんじゃねえ! てめえ昔っから何もできてねえんだよ!! お前ができることなんかせいぜい息吐くことくらいだろ!! 馬鹿は馬鹿らしくできもしないこと考えとけ!!!!」
「なんだと!?」
「その方があんな奴らに首やるよりマシだろうがっ!! フィズのことなら、俺も手伝う!! あのジジイやチュスラスの好きにさせてたまるかっ!」
「バル……」
「代わりにお前は俺を手伝え! キラフィリュイザにはまだ、俺の家族がいるんだ!! ジジイとババアとくそ兄貴だが、俺がいねえとどうしようもねえ奴らばっかりだからな!! てめえも俺と帰るんだよ!! 大人しく首やってねえで、最後に負け犬が牙の一つも剥いてやれ!!!!」
「……」
無茶だと思った。今更自分に何ができるというのだ。先ほど、輝かしいスポットライトを浴びた男との差を見せつけられたばかりの自分に。
しかし、目の前にバルジッカがいると、そんな諦めが薄れていく。
そして、今一度、冷静になって考える。本当に自分は、ヴィザルーマやチュスラスの思いどおりに死ぬのかと。あれが眺める前で、惨めに首を切られて、それで満足かと。
シグダードは顔を上げた。まだ迷いはある。しかし、抗う心が少し湧いてきた。
「ああ……そうだな…………」
「やっとやる気になったか。バカが」
「……馬鹿は余計だ」
「だが、キラフィリュイザに帰るには一つ問題があるんだ。国境沿いで暴れるトゥルライナーだよ」
「そんなもの、私が切り裂いてやる」
「言うじゃねえか。魔法は使えなくなったんじゃなかったのか?」
「それを言うな……なんとかなる。魔法もいずれ戻る。私を打ち落としたやつに、そう簡単に負けられるか」
「…………その決意がおせえんだよ!! それでこそシグだ!!」
言われて、いつのまにかシグダードは、自分がいつもの調子を取り戻していることに気づいた。
やはり、この男といると、自分が戻ってくる。幼い頃からそうだった。伝えたことはないが、彼がいてくれてよかったと、そう思った。
「……だが……バル。トゥルライナーの増殖は確かか? そんな話は聞いたことがない」
「……この町でも増えてんじゃねえのか? 街でたまに人が襲われているって聞いたぞ」
「それの対策には、一人の男が当たっている。どうしようもなく使えない男だが」
「国境沿いの話はどうした? まだここまでは来ていないが、放ってはおけないはずだ」
「そう言うが、国境沿いの話など、聞いたこともないぞ。今朝、新聞も読んだが、何も書いてなかった」
「……ますますおかしな話だな。国境を越えようとする奴らや、そのそばの村はどうしている? グラスとキラフィリュイザの国境近くにはほとんど集落もないが……確か一つ、辺境の村と狐妖狼族の縄張りがあったはずだぞ」
「……村? あったか?」
「……しっかりしろ、お前……つっても仕方ないか…………村っつっても、人もほとんどいない。付近を岩山に囲まれてるせいで、交易の中継地としてすら機能していない、ほとんど忘れられた村だ。確か……領主はヒッシュ家とか言ったか……」
「ヒッシュだと!?」
「あ、ああ……どうした? そっちは覚えていたか?」
「いいや。全く」
「全くかよ。知っとけ。国境のことだぞ!」
「……最近思い出した」
「嘘つけ!!」
「うるさい!! 最近その名前を聞いたのは本当だ!! 現領主の息子のジェレーが、シュラの客としてきている」
「シュラ? まさかあの、毒狂いのシュラか?」
「ああ……私はリューヌをジェレーから買う約束をしているんだが………………何かがおかしいんだ。ジェレーがシュラの客になる必要はないはずだが……っ!?」
話している途中で、突然腕を掴まれて、シグダードは目を丸くした。リューヌがシグダードの腕にギュッとつかまっている。
彼が、命じられていないことをしたのは初めてだった。がたがた震えながら、すがるようにシグダードを見上げ、何度も首を横に振っている。
「リューヌ? どうした??」
シグダードがたずねても、リューヌは首を横に振るばかりで、歯の根の合わない口から、何か言葉を発しているようだが、知らない、という言葉以外、聞き取ることはできなかった。
シグダードは彼を慰めようと手を伸ばす。しかし、その手が触れる前に、突然部屋を照らしていた情けない明かりが消えてしまう。
「なんだ……急にっ──っ!?」
突然、バルジッカに後ろから抱きしめられ、口を塞がれる。何がどうしたのかと、状況が分からず振り払おうとしたシグダードに、バルジッカは耳打ちした。
「俺から離れんな。何かいる……」
「何か……だと……!?」
それを聞いて、シグダードは緊張した。もしかしたら、自分がキラフィリュイザの王であることを知った輩が、自分を殺しにきたのかもしれない。
息を殺し、あたりの気配をうかがう。
せめてカーテンを開けておけばよかった。深夜の閉め切った部屋は、たった一つの明かりが消えると、何も見えないほどに暗い。
かすかに聞こえるのは息遣いだけ。背後でシグダードを抱き止め、呼吸の音すら隠すバルジッカのものではない。シグダードの腕にすがりつく、怯えたままのリューヌの途切れてしまいそうなほどかすかな気配だ。
自分が狙われているとすれば、リューヌは関係ない。彼は巻き込まれただけだ。
背後から物音がする。
バルジッカがそれに向かって皿を投げつけ、窓を叩き割る。
そこから月の明かりが入ってきた。
柔らかい光に照らされ、かすかに、存在しなかったはずの影が見える。
バルジッカが投げた皿は、影の手の甲に命中したようだ。月明かりを反射する刃物が、床に落ちた。
侵入してきたのは、背の高い男だった。その鋭い視線は、シグダードの方に向けられている。
シグダードはリューヌの手を取った。
バルジッカが侵入者に向かって剣を振るい、侵入してきた男も落とした短剣を拾い上げ、その剣を受けた。
二つの刃がぶつかり合うが、その音は異常に軽い。
月の明かりに映る男は、ひどく痩せていて、だいぶ身軽な男だと知れた。
しかしバルジッカは違和感を覚えていた。剣が軽すぎる。まるで、体重などないように。弾いても、飛んできた羽を切っているかのようだった。
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