嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
142 / 290
chap8.爛れた感情

142.戻る影

しおりを挟む

 シグダードがことの顛末を全て話し終わると、静かに聞いていたバルジッカは頭を抱えた。

「そんなことになってたのか…………じゃあ、キラフィリュイザはもう……」
「ああ……」
「そこにいた奴らは?」
「……イルジファルアに従うことを条件に、命だけは助けられたらしい……だが、口封じに殺された者もいたようだ」
「……俺は帰るぞ」
「どこへだ?」
「キラフィリュイザに決まってるだろ! お前は何してんだ!! 一度は戻るべきだろ!」
「私が今更キラフィリュイザに戻ったところで無駄に混乱させる! ここの元老院が私を探しているんだ!!」
「……ちっ……! イドライナのジジイめっ……! じゃあお前、どうするつもりだよ?」
「……フィズを救い出す」
「その後だよ」
「……」
「おい……お前まさか、大人しく処刑されてやろうなんて考えてねえだろうな!?」
「……それで全て終わるだろう」
「馬鹿言ってんじゃねえ!!」

 俯くシグダードに、バルジッカはついに掴みかかった。

「何が終わるだ! しっかりしろ!! てめえの城に毒撒く連中に全部持ってかれて大人しく首くれてやって、お前それでいいのか!?」
「だからといって、今更私に何ができる!?」
「できること探してんじゃねえ! てめえ昔っから何もできてねえんだよ!! お前ができることなんかせいぜい息吐くことくらいだろ!! 馬鹿は馬鹿らしくできもしないこと考えとけ!!!!」
「なんだと!?」
「その方があんな奴らに首やるよりマシだろうがっ!! フィズのことなら、俺も手伝う!! あのジジイやチュスラスの好きにさせてたまるかっ!」
「バル……」
「代わりにお前は俺を手伝え! キラフィリュイザにはまだ、俺の家族がいるんだ!! ジジイとババアとくそ兄貴だが、俺がいねえとどうしようもねえ奴らばっかりだからな!! てめえも俺と帰るんだよ!! 大人しく首やってねえで、最後に負け犬が牙の一つも剥いてやれ!!!!」
「……」

 無茶だと思った。今更自分に何ができるというのだ。先ほど、輝かしいスポットライトを浴びた男との差を見せつけられたばかりの自分に。

 しかし、目の前にバルジッカがいると、そんな諦めが薄れていく。
 そして、今一度、冷静になって考える。本当に自分は、ヴィザルーマやチュスラスの思いどおりに死ぬのかと。あれが眺める前で、惨めに首を切られて、それで満足かと。

 シグダードは顔を上げた。まだ迷いはある。しかし、抗う心が少し湧いてきた。

「ああ……そうだな…………」
「やっとやる気になったか。バカが」
「……馬鹿は余計だ」
「だが、キラフィリュイザに帰るには一つ問題があるんだ。国境沿いで暴れるトゥルライナーだよ」
「そんなもの、私が切り裂いてやる」
「言うじゃねえか。魔法は使えなくなったんじゃなかったのか?」
「それを言うな……なんとかなる。魔法もいずれ戻る。私を打ち落としたやつに、そう簡単に負けられるか」
「…………その決意がおせえんだよ!! それでこそシグだ!!」

 言われて、いつのまにかシグダードは、自分がいつもの調子を取り戻していることに気づいた。

 やはり、この男といると、自分が戻ってくる。幼い頃からそうだった。伝えたことはないが、彼がいてくれてよかったと、そう思った。

「……だが……バル。トゥルライナーの増殖は確かか? そんな話は聞いたことがない」
「……この町でも増えてんじゃねえのか? 街でたまに人が襲われているって聞いたぞ」
「それの対策には、一人の男が当たっている。どうしようもなく使えない男だが」
「国境沿いの話はどうした? まだここまでは来ていないが、放ってはおけないはずだ」
「そう言うが、国境沿いの話など、聞いたこともないぞ。今朝、新聞も読んだが、何も書いてなかった」
「……ますますおかしな話だな。国境を越えようとする奴らや、そのそばの村はどうしている? グラスとキラフィリュイザの国境近くにはほとんど集落もないが……確か一つ、辺境の村と狐妖狼族の縄張りがあったはずだぞ」
「……村? あったか?」
「……しっかりしろ、お前……つっても仕方ないか…………村っつっても、人もほとんどいない。付近を岩山に囲まれてるせいで、交易の中継地としてすら機能していない、ほとんど忘れられた村だ。確か……領主はヒッシュ家とか言ったか……」
「ヒッシュだと!?」
「あ、ああ……どうした? そっちは覚えていたか?」
「いいや。全く」
「全くかよ。知っとけ。国境のことだぞ!」
「……最近思い出した」
「嘘つけ!!」
「うるさい!! 最近その名前を聞いたのは本当だ!! 現領主の息子のジェレーが、シュラの客としてきている」
「シュラ? まさかあの、毒狂いのシュラか?」
「ああ……私はリューヌをジェレーから買う約束をしているんだが………………何かがおかしいんだ。ジェレーがシュラの客になる必要はないはずだが……っ!?」

 話している途中で、突然腕を掴まれて、シグダードは目を丸くした。リューヌがシグダードの腕にギュッとつかまっている。
 彼が、命じられていないことをしたのは初めてだった。がたがた震えながら、すがるようにシグダードを見上げ、何度も首を横に振っている。

「リューヌ? どうした??」

 シグダードがたずねても、リューヌは首を横に振るばかりで、歯の根の合わない口から、何か言葉を発しているようだが、知らない、という言葉以外、聞き取ることはできなかった。

 シグダードは彼を慰めようと手を伸ばす。しかし、その手が触れる前に、突然部屋を照らしていた情けない明かりが消えてしまう。

「なんだ……急にっ──っ!?」

 突然、バルジッカに後ろから抱きしめられ、口を塞がれる。何がどうしたのかと、状況が分からず振り払おうとしたシグダードに、バルジッカは耳打ちした。

「俺から離れんな。何かいる……」
「何か……だと……!?」

 それを聞いて、シグダードは緊張した。もしかしたら、自分がキラフィリュイザの王であることを知った輩が、自分を殺しにきたのかもしれない。

 息を殺し、あたりの気配をうかがう。

 せめてカーテンを開けておけばよかった。深夜の閉め切った部屋は、たった一つの明かりが消えると、何も見えないほどに暗い。

 かすかに聞こえるのは息遣いだけ。背後でシグダードを抱き止め、呼吸の音すら隠すバルジッカのものではない。シグダードの腕にすがりつく、怯えたままのリューヌの途切れてしまいそうなほどかすかな気配だ。

 自分が狙われているとすれば、リューヌは関係ない。彼は巻き込まれただけだ。

 背後から物音がする。

 バルジッカがそれに向かって皿を投げつけ、窓を叩き割る。

 そこから月の明かりが入ってきた。

 柔らかい光に照らされ、かすかに、存在しなかったはずの影が見える。

 バルジッカが投げた皿は、影の手の甲に命中したようだ。月明かりを反射する刃物が、床に落ちた。

 侵入してきたのは、背の高い男だった。その鋭い視線は、シグダードの方に向けられている。

 シグダードはリューヌの手を取った。

 バルジッカが侵入者に向かって剣を振るい、侵入してきた男も落とした短剣を拾い上げ、その剣を受けた。

 二つの刃がぶつかり合うが、その音は異常に軽い。

 月の明かりに映る男は、ひどく痩せていて、だいぶ身軽な男だと知れた。

 しかしバルジッカは違和感を覚えていた。剣が軽すぎる。まるで、体重などないように。弾いても、飛んできた羽を切っているかのようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...