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chap8.爛れた感情
143.複数の暗殺者
しおりを挟むバルジッカが男の握る短剣を弾いて、そのまま切り付けて終わるはずだった。しかし、男は突然、水のように溶けて消えてしまう。
「なっ……なんだ!?」
驚くバルジッカの、今度は背後に、突然天井から同じ影が降ってくる。
間一髪、バルジッカはそれが振り下ろした剣を受けるが、今度の剣は、まるで巨岩でものしかかってきたかのように重い。
恐らく、何かの術だろう。人族以外の者は、人族には為し得ない術を使うと聞いたことがある。その類を学んだ者かもしれない。力の使い方を学び、そういった術を操れるようになった敵と戦うのも、これが初めてではなかった。
バルジッカは、男の剣を受け止めながら、シグダードと、その腕にしがみついて震えているリューヌを見やった。
シグダードの方は、魔法は使えずとも襲ってくるものから身を守ることくらいはできる。しかし、リューヌがしがみついていては、それも難しくなる。
加えて、相手は奇妙な術を使う。ここにいて、彼らの方を狙われたら庇いきれるだろうか。
「どっ……けえっっ!!」
バルジッカは、力任せに相手の剣を弾き返す。重みで、腕が折れてしまいそうだ。
「行けっ!! シグ!!」
二人を部屋のドアの外に押しやり、正面から襲ってくる男の剣を受ける。
しかし、ドアを出たところにある階段からも、敵が迫っていた。
*
シグダードは、リューヌと共に、バルジッカにドアの外に突き飛ばされた。
逃げなくては。
シグダードとリューヌを庇いながらでは、バルジッカも戦いにくい。
しかし、ドアを出たところにある階段の下から、真っ白な服を着た異様な男が上がってくる。全身が汚れた水のようなものでできていて、動くたびに水が舞い散っていた。
シグダードは、リューヌを背中にかばい歯がみした。
今は武器がない。普段から常に魔法があったし、リブの店では、まさか剣を下げて接客するわけにもいかず、部屋に置きっぱなしだ。
階段を上がってきた水でできた男は、大きく湾曲した刃を振りかざし、シグダードに襲いかかる。
とっさに廊下の壁にかけてある照明を取り、男に投げつけた。
男の刃がそれを割る。炎が飛び散り男が怯んだ隙に、シグダードはリューヌを抱え上げ、男を蹴り付けた。
ほとんど体当たりのようにして、シグダードは男を胸から踏みつけ階段から滑り降りる。
抱えたリューヌは恐ろしくて声も出ないのか、じっとしていた。
今だけは、彼の驚くほどに軽い体がありがたい。
片手でリューヌを担ぎ廊下を駆け、突き当たりの窓が開いているのを見つけた。おそらく、その窓から男は侵入してきたのだろう。
「しっ……! シグ!! シグっっ!!」
担いだリューヌが叫び、シグダードは酒場の方からもう一人、さっきとそっくりな男が駆け寄ってくるのを見つけた。
横手にあった部屋に飛び込む。そこは、食料庫になっていた。
そして、恐らくワインを取りにきたのだろう、リブが立っている。
「シグ……一体なんの騒ぎだ? おい、何してんだ!!!!」
リューヌを担ぎ上げているのを見て驚くリブの手を取り、シグダードは走り出す。
背後から、食料庫のドアを蹴り飛ばし乱暴な足音が迫ってくる。敵が追ってきたのだ。
周りのものを叩き落とし敵の足を止めながら逃げる。当然それを備蓄していたリブが怒鳴るが、今はそれどころではない。
「おい! シグ!! 一体なんの真似だっっ!!」
「刺客だ! 酒より命の心配をしろ!!」
「はあっ!? 刺客だと!? 勘弁してくれ俺は関係ないだろっっ!! お前らは俺の店をつぶす気かあっっ!!」
リブは、シグダードの手を振り払い、背後から追ってくる男に向かって、手近な酒樽を投げつける。
樽は酒を撒き散らして男を押し潰した。
「酒代は給料から引くぞ!」
「投げたのはお前だろう!」
「嫌ならトラブルを持ってくるな! こっちだ!! 裏口から外へ出れる!! 大通りまで出れば兵士どもがいる!! 賊に首切られるよりマシだろ!」
リブはシグダードたちの先を走り、天井まで届く背の高い棚の間を抜け、奥にあった扉に手をかける。そして鍵の束を取り出し、一つを選んで鍵穴に差し込んだ。逃してくれるらしい。
狙われているのが義理もない二人なら、差し出してしまうこともできるはずなのに。
「すまん……恩に着る!」
「何回着てんだ! たまには返せっっ!!」
「戻ってきたら酒を運んでやる!」
「その程度か!! 一生ただで働くくらい言ってみろ!」
「まだ開かないのか!?」
「こっちはほとんど開けないんだ! くそっ……鍵が歪んで動かないっ……!」
リブに焦りが見える中、背後から、木を切り倒すような音が響いた。
追っ手は棚を切ったらしい。切られた棚は、シグダードのほうに落ちてくる。
「ぐっ……!」
リューヌを抱きしめそれから守る。廊下には棚が崩れ、破片がシグダードの背にぶつかった。
「開いたぞ! シグ!!」
叫んで、リブが扉を開く。
しかし、扉が開いた先に、外へ逃げる道はなかった。そこに立ち塞がるように立っていた男の凶刃が、飛び出したリブの腹に突き刺さる。
「ぐっ……!」
「リブ!!」
新手がいたのか。
判断ミスだった。敵は外にはいないと決めてかかっていた。ここは既に包囲されているのかもしれない。
「くそっ!!」
シグダードは、扉の先にいた男を外に蹴り飛ばす。
リブはよほど深く刺されたのか、よろめいてその場に膝をついてしまう。
「リブっ……!」
彼を呼ぶが、崩れた棚の向こうからは、酒塗れの男が迫ってきている。その男は、道を塞ぐ壊れた棚を蹴り飛ばし湾刀を掲げ、シグダードに襲いかかってきた。
「くそっ……!!」
男の刃を、落ちていた木箱の蓋でうける。
正面の敵の相手をするので精一杯なのに、背後の扉の外から、リブを切りつけた男が長剣を振り上げ迫ってくる。
「シグっ!!!!」
叫び声と共に扉が閉められ、男の剣が扉に阻まれ突き刺さる音がした。
咄嗟に体が動いたのだろうか。ドアを閉めたリューヌは真っ青になって震えながらも鍵を閉めて、長剣の男の侵入を防いでくれる。
まさか、彼が動けるとは思っていなかった。いつも震えるだけだったのに。しかし、この状況では、何よりの助けだ。
「リューヌ! リブを頼む!! 突破するぞ!」
「は、はい!!」
彼はリブに肩を貸し、何とか立ち上がる。これで、二人を支えず戦える。
シグダードは、湾刀を握り迫ってくる男に振り向き、木箱の蓋でその刃を受ける。
盾がわりにした蓋が一瞬男の視界を塞ぎ、シグダードは、壁を這っていた黒い塊を男の顔に押し付けた。シグダードの顔を焼いたのと同じものだ。
「ぎやああああああーーーーっっ!!」
押し付けられたものに顔を焼かれ、男が悲鳴を上げる。
その隙に、シグダードは男に飛びつこうとしたが、男は刃をめちゃくちゃに振るう。やけを起こしたのだろうか。振り回されるものから逃げて、後ろにさがるシグダードに男の刃が迫る。
大声を上げて切りかかってくる男に、背後から迫ったバルジッカが飛びかかった。
「シグ! 無事か!?」
「バル!!」
上の階の敵と戦った跡だろうか。彼は額から血を流しながらも、男を押さえ込む。
「大人しくしろっ……! シグ! 怪我は!?」
「私は無事だがリブがっ……! バル! 後ろだ!!」
「あっ!?」
バルジッカが振り向いた瞬間、そこにいた男が彼に殴りかかる。
しかし、シグダードの声で襲撃に気づいたバルジッカは、振り向きざまに男を殴りつけた。その拳が男の顔にめりこむと、男は水が弾けるようにして消えてしまう。
バルジッカが捕まえていた男も、これを好機とばかりに、酒場の方へ逃げ出した。
「待て!」
逃すものかと追うシグダード。背後からバルジッカが追うなと叫ぶが、シグダードの耳には届かなかった。
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