嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap9.先へ進む方法

155.見つからないさがし物

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「リーイック……?」

 愛しい人の名前を呼んで、シュラ・スジック・イドライナは、自分の部屋のベッドで、目を覚ました。

 いつの間にか、眠っていたらしい。

 同じ朝に、リーイックが別の男の幻覚に手を伸ばしているとは、思いもしないシュラは、その朝は、やけに晴れやかな気分だった。

 薬が効いたのか、昨日はよく眠れた。こんなことは久しぶりだ。
 すぐそばでは、小さな竜が眠っている。ここ最近、シュラと一緒にいてくれている金竜を、シュラはずっと、リュー君と呼んでいた。彼がそばにいるからかもしれない。最近は、シュラも客からの話は全て断り、竜といる時間が増えていた。

 竜は、城に囚われたフィズを救うため、力が戻るのを待っているらしい。
 フィズのことは、シュラも助けたいと思っていたし、竜の願いが叶えばいいと思っていた。

 締め切っているはずのカーテンからは、朝の光が差し込んできている。鬱陶しい光だと思った。

 すぐに立ち上がり、カーテンを閉め直す。部屋が暗がりに落ちて、ほっとしたシュラは、しばらくベッドで横たわっていた。

「…………セディ……」

 呟くと、部屋のドアが開いて、セディが入ってくる。
 彼は、ベッドの上のシュラを見るなり、駆け寄ってきた。

「シュラ様……こんな朝早くから……まだ、お休みになっていてください」
「……もう起きたよ。今日は気分がいい……ねえ、リーイックは?」
「……出ていかれました」
「……なんで? どこに?」
「町外れの屋敷のようです」
「そう……僕が相手をしないから、拗ねちゃったのかな……」
「それと、シュラ様」
「……どうしたの?」
「例の執事が……」
「ヒッシュと一緒に来た奴? あれがどうかした?」

 シュラの客としてやってきた、ジェレー・ヒッシュ。彼はすでにシュラの手にかかり、この世にいない。しかし、確かリューヌという奴隷と、執事を連れていたはずだ。奴隷の方はいつの間にかいなくなり、気にもとめていなかった。執事のことも、どうせすぐに死ぬだろうと思い、すっかり忘れていたが、何かあったのか。

 首を傾げるシュラに、セディは淡々と告げる。

「……地下に潜り込んだようです」

 それを聞いて、シュラの顔色が変わる。

 地下の部屋は、シュラにとって大切な場所だ。決して他人が無断で潜り込むことのないよう、鍵を何重にもかけていたのに、どうやって入ったのか。

 シュラは、ベッドから起き上がった。







「くそっ……! ないっ……!! どこだっ……! どこにある!!!」

 怒鳴りながら、執事はずっと、いくつもある棚をひっくり返すようにして、目的のものを探していた。
 どれだけ探しても、目当てのものは見つからない。もう探していない部屋は、屋敷の奥に隠されるようにしてあった、この部屋だけのはずだ。

 ここは、シュラがいつも使っている部屋だった。大切なものを隠すなら、一番怪しい部屋ではあったが、最後にこの部屋を残したのは、偏に恐ろしいからだった。

 こんな場所へ入って、シュラに見つかれば、一巻の終わりだ。

 その部屋には、特段変わったものは見つからなかった。
 棚の中も本棚も、ベッドもクローゼットまで全て調べたが、何も出てこない。

 代わりに、奥にあったカーテンを開くと、扉があった。それには粗末な鍵がかかっていたが、少しいじってやると、簡単に開いた。

 執事は、そこに入り込んだ。

 扉の向こうには、地下へ向かう階段があって、そこを、頼りなげなランタンの明かり一つを手に降りていく。

 奥に進むと、更に扉があった。それも簡単に開く。何度か同じような扉を開いて、さらに階段を降りていくと、何かの研究室のような部屋に着いた。

 暗く狭い部屋に、大きな木製の機械が並んでいる。それは全て今は止まっていて、骨組みをいくつも絡まらせて作ったような、不気味な機械だった。

 その機械を避けるようにして、さらに奥へ行くと、壁から、鎖のようなものが垂れていて、そのさらに奥のテーブルに、小さな懐中時計が置いてあった。随分と古いものなのか、所々カビが生えている。

 探しているものだろうか。

 ゆっくりと近づく。

 先ほどつけたばかりのランタンの火が、ゆらゆら揺れて、だんだん明かりを小さくしていく。

 酷く、心許ない気になりそうだ。

 ゆっくりと、近づく。

 すると、そこにあった時計が、揺れた火に照らされ、微かに動いた気がした。

 さらに近づく。

 隙間風が吹いているのか、ひゅうひゅうと空気が通る音がした。

 さらに一歩、前に出る。

 するとそこにあった時計から、今度は小さな音がした。

 思わず声が漏れそうになり、慌てて、口元を押さえた。
 声を上げれば、シュラに気づかれる。そう思ったからだ。

 口は閉じた。もう声は漏れない。

 そのはずなのに。

 まだ、ひゅうひゅうと風の音がする。

 おかしいではないか。こんな密閉された地下空間で。

 風の音?

 何かが囁いている。耳元で。

 それは、言葉だった。

 人がいる。背後に。

 それを自覚した。

 けれど、振り向けない。そこにいるのが誰なのか、無意識に理解していたから。

 だからこそ、振り向けない。

 しかし、執事は恐怖を振り払う。こんなところで死ぬわけにはいかない。大切な任務があるのだから。

 意を決して、懐に忍ばせた短剣を抜き、振り向く。

 その首に、あっさりと太い針が突き刺さった。

 背後にいたシュラが振り上げたものに、首を刺されたのだ。

「あっ……」

 途端に体が痺れ、動けなくなる。

 床にへたり込む執事の目の前で、シュラの持つ針が、ランタンの火に照らされ、光っていた。
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