嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

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chap9.先へ進む方法

159.あてにできない報酬

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 河原を後にしたシグダードは、ジャックの案内で、チュスラスの塔を作っているという場所に向かった。

 途中で、リューヌと自分の朝食を買い、ボロボロになっていた服の替えを買って、当分リーイックに頼れなくなったことを思い出し、自分で焼いた火傷が痛んだ時のための鎮痛剤を買った。

 郊外にある、廃屋のような場所に着く頃には、昼を回っていた。

 このあたりは、城下町の中でも、かなり荒んだ場所らしい。街とは川で阻まれ、まるで切り取られたような一角。そこに、ボロボロの廃屋が立っていた。

 おそらく、こうなる前は学校だったのだろう。門には、学園の名前らしきものが掘られいて、それは長く風雨に晒されて、崩れかけている。
 窓はほとんど割れ、建物にはヒビが入り、蔦が這い始めていた。

 倒壊寸前ではないかというほどの有様の建物を、なんとか維持するためだろう、ところどころが木材や鉄材で補強され、かなり歪なものになっている。とりわけ、廃屋を囲むように造られた柵が、やけに新しく見えた。柵の向こう側から、ボロボロの木材が立てかけてあったり、薄汚れた布がかかっていて、廃屋自体が外から見えにくくなっている。

 廃屋の向こうには、高い塀が造られていて、そちらの方から、作業をするような音が聞こえてきた。金属が擦れるような音や、何かを打ち付けるような音だ。

 空には、おかしな形の鳥が数羽飛んでいた。あれも試運転だろう。空からは、不気味な鳥の羽が軋む、ギーギーという音が響いていた。

 ジャックが、それを見上げて「気持ち悪……」と呟いた。リューヌの方は、相変わらず無言だったが、ギュッとシグダードの服を後ろから掴んで離さない。

 扉には、労働者募集中の張り紙があった。ここで仕事をする人を募っているらしい。正面玄関はボロボロだったが、扉は木材で補強してあって、真新しい板の上を、小さな蜘蛛が歩いて行った。

「なんか……気味悪いな……」

 ジャックは身震いしている。シグダードも、そう思った。このあたりには、あまり人は寄り付かないらしく、人の気配がない。塀の向こうからは、ただ作業を続ける音だけが聞こえてくる。

 シグダードは、意を決して扉の前に立った。

「気味が悪かろうがなんだろうが、金と情報がもらえるチャンスがあるはずだ。恐ろしくなったのなら、帰ればいい。誰もお前がツケを返すとは思っていない」
「思えよ! 少しは!! 行くに決まってるだろ!!」

 叫ぶジャックを連れて、シグダードは廃屋の扉を叩いた。

 中からはなんの返答もない。

 すると横からジャックが、すぐにドアに手をかけた。

「お前、無意味なところで育ちいいな。こんなもんに、ノックなんていらねえんだよ」

 そう言って、彼は扉を開く。

 中は、外から見るよりずっと広かった。

 壁際には、朽ち果てた椅子やテーブルが散らかり、ボールや幾つもの旗、壊れた木箱や腐った木材がぐちゃぐちゃに積み上げられている。

 その真ん中に、小さなテーブルが一つ。

 そこに、一人の男が座っている。

 机に突っ伏して寝ているようだった。

 シグダードは、怯える二人を置いてテーブルに近づき、起きろと声をかけた。

「ん……ああ……ああ、ここ、名前書いて」

 挨拶もなしに、男は、テーブルの上で頭の下敷きにしていた紙を突き出してくる。そこには、名簿という文字以外、何も書いていない。

「仕事の説明はないのか?」
「ないよ。表の張り紙読んだだろ。それだけ。あえて言えば……陛下の役に立てる仕事。やるの? やらないの?」
「……金は払うんだろうな?」
「……ああ。金の保証だけはする……あとは、お前次第だが……」
「……」

 シグダードは、無言でシグ、という名前を書いた。ジャックも同じようにして、文字の書けないリューヌの方は、シグダードが代筆した。

「はい。確かに……寝泊まりには、奥にある建物を使って。一応、寮ってことになってるから。持って入れるものはないよ。こっちに預けて」

 男は、背後に並んだ、木箱の山を指差した。木箱には、真新しい文字で名前が書いてある。
 シグダードとジャックも、それにならって、名前を書いた。

「おい、荷物は返してもらえるんだろうな」

 シグダードが男に聞くと、男はかなり面倒臭そうに、多分ね、と答える。

「そもそも、そんなに大事なもんがあるなら、この仕事はやめな。今なら、この紙破ってなかったことにしてやるから。な?」

 男は、今し方シグダードが記名したものを振りながら言う。しかし、ここでやめてしまえば、金を稼ぐ手立てはなくなってしまう。

 しぶしぶ、木箱に荷物を入れようとして気づいた。リューヌに荷物はないし、シグダードの方も、花や朝食、服と火傷のための鎮痛剤で、リブからもらった金を使い果たしてしまったので、預けるものなどない。代わりに、からになった袋だけを入れた。ジャックの方も、財布を入れてはいるが、中身はからだろう。

 準備を終えたシグダードたちに、男は振り向いて言った。

「じゃあ、あっちの廊下、まっすぐ行くと階段わきに扉があるから、そこから出て。そこに、案内係が待ってる。後、これ、地図。外に出て、川沿いに行けば、寮があるから。お前らは……二階の一番奥。十班ね。あとこれ。服につけておいて」

 男が渡して来たのは、汚れた名札。適当な作りのそれは、かなり歪んでいて、十という数字が書かれていた。

「……こんなものをつけなくてはならないのか?」

 うんざりしてシグダードが言うと、男はまたあの記名した紙を見せてくる。

「やめる? やめるなら今破るよ。ここに来たことは忘れな」
「…………金はどれだけ出る?」
「……外よりは出るよ。というか、もうここ以外に、仕事なんかないだろ……あー……いや、それでも、城下町から少し離れれば、少しは稼げると思うよ。金だけがあっても、使う自分が死んだら意味ないだろ? やめるなら今だよ?」
「お前は受付ではないのか? なぜそんなに私たちを追い払おうとする?」
「追い払おうなんてしてないよ……い、今の、中の監督官には絶対言うなよ!! 俺は何にも言ってないからな! ほら! もうさっさと行けよ! それもって早く行け! 俺が話したこと、誰かに話したら、監督官に規則違反だって言いつけるからな!」
「おい! 待て! 私は善良な浮浪者だぞ! なぜいきなり規則違反になるんだ!?」
「うるさーーい!! 早く行けよーー!!」

 追い立てられるようにして、シグダードはリューヌの手を引き、言われたとおりの方向に走り出した。

「ちっ……何だあの無礼な受付は!!」

 毒づくシグダードが走る後ろでは、ジャックが、やっぱり帰ろうかと呟いていた。







 指示された扉から外に出ると、扉の向こうには、新しく作ったのだろう、真新しい塀ができていた。にわか作りの木の塀は、左右に長く続いているようで、シグダードの身長の何倍も高い。作業の音は、その塀の向こうから聞こえてきているようだ。

 その塀の前に、別の男が立っている。疲れたような顔の男は、シグダードたちに振り向くと、来たか、と呟いた。

「仕事の内容を説明しながら歩く。ついて来い」

 言って、男はこちらの返事も待たずに、さっさと歩き出す。それについて行きながら、シグダードが「どこへ行くんだ?」とたずねると、男は振り向かないまま答えた。

「仕事場。ここは四区画に分かれていて、お前たちは四区。そこが一番遅れている。やることは、穴掘りだ」
「穴? 塔を作るんじゃなかったのか?」
「穴掘って、その中に塔を作る。だからまずは穴掘りからする。四区だけ、ひどく遅れている。約束の日に完成しなかったら、給料はなしだ」
「なんだと!? 聞いていないぞ、そんな話!」
「俺じゃなくて城に言え。俺がそうしてるんじゃない」

 言って、男は塀に作られた粗末な扉を開ける。

「俺が案内できるのはここまでだ。奥に行って穴を掘れ。規則を破るなよ」

 シグダードたちが扉の中に入ると、男は外から乱暴に扉を閉めて、鍵をかけてしまう。

「受付といい……ずいぶんな態度だな……」

 ぶつぶつ言いながら、シグダードは、リューヌとジャックを連れて、扉の奥に進んだ。そこは、暗いトンネルのようになっていて、先に歩いていくと、さらに扉がある。それを開くと、屋外の広場に出た。ここが作業場らしい。

 まるで監獄のように作られた高い塀の中で、何人もの人が、黙々と作業を進めている。シグダードと同じくらいの歳と思しき十数人だった。それが皆、スコップやクワで、ひたすら穴を掘っている。遅れているとは言っていたが、すでに、広場を埋め尽くすほどの大きな穴が、大人の男の二倍くらいの深さまで掘り進められている。

 新しく入ってきたシグダードたちに気づき、労働者たちを監督していた男が振り返った。

「お前たちっ!! 新しくきた奴らか!?」
「ああ。シグだ。こっちはジャック。こっちは」
「やめろ! 名前なんていい!! 早く仕事を始めろ!! ぐずがっ!!」

 その男は、シグダードたちに向かい、向こうのほうだと言いながら、早くしろと急かす。

 ずいぶんな態度だが、身元を深く聞かれないことはありがたかった。

 シグダードは、スコップを取って穴に近づいていく。
 穴の底では、何人も作業している人がいた。

 誰もいないあたりを探して、飛び降りる。ジャックも同じように隣に降りてきた。飛び降りることはできなさそうなリューヌは、シグダードが手を貸しておりた。

 地上からだいぶ低いところから見上げると、すでに日は傾きかけている。

「始めるか……やるぞ! ジャック! リューヌ!」

 後ろの二人に声をかけると、二人とも返事をして作業に取り掛かる。

 見上げた空には、あの鳥が飛んでいた。シグダードが見たものより、だいぶ小さい。高いところを飛んでいるからかもしれないが、降りてきても、おそらくシグダードの腕ほどの長さもないだろう。

 作業を続けていると、すぐそばで作業をしていた男が、地面に刺したスコップに寄りかかり始める。長い間働いていたのだろう。体は薄汚れ、顔は土だらけで、ひどく汗をかいていた。あのままでは倒れてしまうと思ったのだろう、ジャックが駆け寄っていく。

「おい……大丈夫っ──!?」

 ジャックの声は、空からの轟音にかき消され、空の鳥たちが放つ雷撃が、そこにいた男に襲いかかる。

「あぁーーっっ!!」

 悲鳴を上げた男は、その場に倒れてしまう。体が痺れたのか、逃げることもできずに倒れたままの男に、雷は何度となく襲いかかり、男は何度も悲鳴を上げて体をそらす。死なない程度のものではあるのだろうけれど、これではまるで拷問ではないか。

 シグダードはすぐに駆け寄ろうとしたが、その行く手を、空から降ってきた雷撃が塞ぐ。

 そうこうしている間に、男への拷問は終わり、鳥は空に去っていった。

 倒れた男を、監督官たちが引きずっていき、まるで何事もなかったかのように、作業が再開される。

「なんなんだ……一体……」

 呟いて、立ち尽くすシグダードに、監督官の怒声が飛んでくる。気になることは多いが、金がもらえなくては困る。渋々、シグダードは作業を再開した。





 日が暮れ、すでに深夜にも差し掛かろうという頃になって、やっと仕事は終わった。

 寮だと言われたところに案内されたが、それは廃屋を少し片付けて、作業で余ったものであろう、木材の切れ端などで壊れたところを補修しただけのものだった。

 少しのパンと水だけの食事を終え、シグダードは、自分に割り当てられた部屋に向かった。部屋は八人部屋。元は教室だったのかもしれないが、今は窓のほとんどが割れ、外から板で補修されただけの部屋だ。

 シグダードとリューヌ、ジャックの他に、三人がこの部屋を使っているらしく、そのうちの一人は、すでに部屋の端で布団にくるまって寝ていた。もう一人には挨拶をされたが、最後の一人はいつまで経っても戻ってこない。きけば、最後の一人は、あの鳥に拷問されていた男らしい。怪我が酷くて医務室で寝ているのかと思ったが、怪我はすでに治療され、部屋に戻ってくるはずのようだ。

 硬い床に、毛布と間違えそうなぺらぺらの布団を敷いて、シグダードは腕を組んだ。

「寝る前の晩酌すらできないのか……まるで監獄ではないか!」

 不満たらたら、洗ったばかりの髪を拭くシグダードに、同じように体を拭いているジャックが呆れたように言った。

「似たようなもんだろ。貴族の奴ら、俺らのこと人間だなんて思ってねえんだよ」
「ちっ……! こんなんで金は出るんだろうな!!」
「俺もここ来るまでは出るだろうと思っていたが、あてにできなくなってきたな……」
「何を諦めている!! だいたい、ろくに体も洗えず、風呂もない! 体を拭く時間も与えないとは何事だ!!」
「んなこと、俺に言うなよ……」
「そもそも、残りの一人はどこへいった!! まさか、一人で酒でも飲みにいったのではないだろうな!」
「酒が飲める状態には見えなかったぞ……」
「いいや! 腹が立った時は酒を飲みたくなるものだ!」

 シグダードは、そばにあった、鉄格子付きの窓に飛びついた。

「こうして外をのぞけば、おそらくその辺を……」

 狭い視界から外を覗くと、暗い中を走っていく影が見えた。

「おい!! そこの男!! 私たちと同室のものを見なかったか!?」

 叫ぶと、男は振り向いた。そしてすぐに顔を真っ青にして逃げていく。確かに、昼間、鳥の雷撃にやられていた男だ。

「いたぞ!」
「は!? おい! 待てよ!! どこ行くんだ!!! 勝手に部屋から出るな!」

 シグダードは、ジャックが止めるのも聞かずに走り出した。
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