嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
182 / 290
chap10.騒がしい朝

182.待ち望んだ手

しおりを挟む

 羽衣はめちゃくちゃな方向に飛んで、民家に飛び込もうとする。
 街中を猛スピードで飛ぶフィズを何とか捕まえようと、ダラックは何度も飛びかかってきた。

 あんな爪にやられてはたまらない。フィズは、その爪を避けるために必死に羽衣を操り、ダラックの攻撃を避け続けた。

「おいっ……!! 待て!! フィズ!!」
「ま、待ちますからっ……爪と牙をしまってください!!」
「勝った方が命を奪うんだ!! 牙と爪をしまう必要がどこにある!」
「い、命なんてっ……! そんな話、聞いてません!!」

 フィズが叫んでも、ダラックは聞いていない。フィズを追う目に、だんだん狂気が滲んでくる。

「待てっ!!」

 再び襲いかかってくる爪を避けて、フィズは、羽衣を握りしめた。羽衣はスピードを上げて飛んでいくが、その時、フィズの目の前に、大きな雷撃が落ちてきた。稲光を纏うそれは、フィズの目の前に落ちてきて、石畳に直撃して大穴をあける。

 慌てて羽衣を取り去って、フィズは地面に降りた。突然の攻撃に、ダラックも足を止めて、雷が飛んできた方を見上げる。

「なんだ……あれは…………」

 空を飛んでいたのは、不気味に光る鳥の形をしたものだった。それはフィズたちの方を狙って、再び雷撃を落としてくる。

「わっ……!」

 フィズは羽衣を握り逃げ出すが、ダラックの方は目を輝かせている。

「…………すごい力だ……なんだあの力は……」
「ち、チュスラスの……雷……に似てます……」
「あれがっ……魔法使いか?」
「え? あ……ち、チュスラス本人ではありませんが……」

 自信はないが、こんなことができるのは、チュスラスくらいだろう。それに、以前、城の庭でチュスラスが白竜たち目掛けて放った雷撃に似ている気がした。

 逃げるフィズ目掛け、鳥は何度も雷を落としてくる。

「わっ……! あ、危ないっ……!」
「すごいっ……すごい力だっ!!」

 ダラックは、嬉々として鳥に飛びかかっていく。フィズが危ないと叫んでも、全く聞いていない。魔法使いと戦うことを、彼らは楽しみにしていたようだし、止められそうにない。

「勝負だっ……! 魔法使いっっ……!!」

 ダラックは、爪を振りかざして鳥を切り裂く。
 鳥は存外簡単に砕け散るが、最後の一発とばかりに雷を落としてきた。それはダラックを狙っていて、フィズは彼に体当たりして、その雷から逃した。

 雷撃が彼を貫くことはなんとか避けたが、ホッとしたのも束の間、ダラックが振り向き、フィズの服を咥えて走り出す。

「な、なに!? わっ!!」

 焦るフィズの頬を、雷撃が掠めていく。もしも、ダラックがフィズを咥えて走りだしていなければ、フィズは黒焦げになっていたかも知れない。

 フィズたちの周りには、いつの間にか何羽もの鳥が集まっていた。

「な、なんで……! こんなにたくさんっ……!!」

 驚くフィズに、鳥はなおも電撃を放ってくる。狭い路地で狙い撃ちにされ、とても避けられるものではない。せめて、両手で頭を隠して体を守るフィズを、ダラックは咥えて持ち上げると、背中に乗せて、走り出した。

「フィズ!! お前との足の勝負は後だ!」
「そ、それのために……助けてくれるんですか!?」
「タスケル? なんだそれは!? あれは全部お前を狙っている。誘い出して一個ずつ破壊してやる!」
「……」

 どうやらフィズは、あの鳥を誘うために使われているらしい。それでも、背中に乗せてもらえるのはありがたい。この際割り切ってそう考えることにしたフィズは、ダラックの体にしがみついた。

「わ、分かりました!! 私を振り落としたら、お、囮がいなくなっちゃうんだから、落とさないでください!」
「用が済んだら振り落とす!」

 あっさり言って、ダラックは、そばの民家の壁に飛びつき、そこに足の爪を立て屋上まで飛び上がる。屋根より高く頭を出したダラックは、飛んでいた鳥を首から噛みちぎった。ダラックの牙を受け、鳥はあっさり破壊され、バラバラになって落ちていく。

「形だけかっ……魔法使いはどうしたああああっっ!?」

 ダラックが喚くと、屋根の端から微かに、悲鳴のようなものが聞こえた。
 フィズは、ダラックの体から降りて、すぐにそっちに駆け寄る。すると、煙突の影に、人がいた。
 屋根に登っていたらしい男は、白竜に怯えているのか、怖くて動けないようだった。フィズたちを見上げて、がたがた震えている。

「ひっ……ふ、フィズ……」
「こんなところにいたら危ないですっ……雷が来ます! 下におりましょう!」
「くっ……くるな!」

 男は、よほど怯えているらしい。フィズが手を伸ばしても、その手を振り払ってしまう。

「来るなっ……! は、反逆者!」
「私は反逆者じゃありませんっっ!!」

 叫んだフィズ目掛けて、鳥が急降下してくる。このままでは、一緒にいる人まで雷で打たれてしまうと思ったフィズは、男の体を抱きしめ、屋根から飛び降りた。

 男は、そのまま地面に激突すると思ったのだろう。悲鳴を上げて気絶してしまう。

 フィズは彼を抱きしめ、羽衣の力を借りて、そっと石畳の上に、彼を下ろした。

 怯えた男は目を覚さない。フィズが大通りに面したドアを何度も叩くと、ドアが開いて、中にいた者が男を中に引き摺り込み、フィズが何か言うより先に、激しい音を立ててドアを閉めてしまった。







 フィズは、あたりを見渡した。窓からは何人もの人がこちらを見下ろしている。誰もが、白竜を恐れているのだと、そう思った。

 未だ、空を飛ぶ鳥たちも、フィズたちを狙っている。
 ダラックは、魔法使いの力の一端を見ることができて嬉しいのか、執拗にそれを追い回しては飛びかかっている。彼が破壊した鳥の破片が、何度もフィズの頭の上に降ってきて、彼のおかげで、周囲を飛んでいた鳥は全てなくなった。

 チャンスだ。今ならまだ、逃げることができる。

「だ、ダラックさん!! 早くっ……街を出ましょう!! ここにいたら危険ですっ!」
「ああ? もうあの魔法使いが作った鳥はないのか?」
「い、今はないですっ……! トゥルライナーの破壊に成功すれば、きっとチュスラスだってっ……!」

 喚くフィズだが、ダラックはほとんど聞いていない。民家の屋根の上で、まだ鳥が残っていないかと辺りを見渡している。
 もう、羽衣で巻いて連れて行くしかないのかもしれない。ダラックはずっと涎を垂らしてあの鳥を探していて、このままでは、彼が鳥に気を取られたまま暴れて、街を破壊してしまう可能性すらあった。

 フィズは、羽衣を体に巻きつけ飛びあがろうとした。しかしそれを、背後から走ってきた男が飛びついて止める。

「うわっ……!」

 男と共に、地面に倒れるフィズ。何をするのかと思ったが、フィズに覆いかぶさった男のすぐ頭上を、雷撃が掠めて飛んでいく。彼がいなければ、フィズは死んでいただろう。

「こっちだっ……!」
「え……!?」

 男は、フィズの手を引き、連れて行こうとする。しかし、まだダラックを屋根の上に置いたままだ。彼を置いては行けない。

「ま、待ってくださいっ……! まだっ……」

 フィズは叫んで、男の手を振り払おうとした。フィズの手が、男が被ったフードを掠め、男の髪が見えた。金色の髪と、優しそうな口元。まさかと思った。彼がフィズを助けるなんて。

「ヴィザルーマ……さま??」

 名前を呼んだフィズに、男は何も答えなかった。しかし、確かにヴィザルーマだ。彼は、答える代わりにフィズの腕を取って、連れて行こうとする。

「行くぞっ……チュスラスの鳥が来る前にっ……!」
「で、でもっ……! まだ白竜がっ……!」

 ダラックをおいて行くわけにはいかない。街で暴れるかもしれない。そう思って、フィズは彼を振り払おうとした。しかし、男がフィズの腕を握る力も強い。

 揉み合っていると、フィズに向かって、近くの民家の二階から、空になった瓶が落ちてきた。狙いは定まっておらず、それがフィズにぶつかることはなかったが、フィズの足元で大きな音を立てて割れてしまう。頭に当たっていれば、フィズもただでは済まなかっただろう。

 瓶が飛んできた方を見上げると、おそらくそれを投げたであろう男が、今度はまた新しい瓶を振りかざし、フィズの方に投げつけてくる。

「こっちへくるな! お前がいると、あの不気味な鳥と白竜どもがやってくる! あっちへ行け!!」

 男が喚いたのを皮切りに、また別の民家の窓からも、割れた皿が飛んできた。

 突然の敵意を受けて、動けないフィズの手を、ヴィザルーマは握り連れて行こうとする。

 そうしている間に、屋上であたりを見渡していたダラックが、こちらに気づいたようだ。彼は、屋根から飛び降りてくる。さすがに白竜に向かって攻撃を仕掛ける勇気はないらしく、民家からの投石も終わった。

 ダラックはフィズを怒鳴りつける。

「おい、フィズ!! あの鳥はどこだっ……!」
「え……と、鳥はっ……私には分かりません! それより、急ぎましょう! こ、こんなところにいても、チュスラスは会ってくれません!!」
「俺はあの鳥を壊したい! あの鳥はどこだ!? 魔法使いはあの鳥の後で殺すっ!!」

 喚き立てるダラックは、今にもフィズの頭を食いちぎってしまいそうだ。思わず耳を抑えたくなるが、フィズの耳に、懐かしい声が飛び込んできた。

「フィズっ……!」

 叫んだ声は、すぐそばから聞こえた気がした。フィズを呼んだ、その声だけで、すぐに分かった。フィズがずっと待ち続けた男だ。

「シグっっ……!!」

 声のした方に振り向く。

 細い通りの方から、フィズに向かって、馬が駆けてきた。その背中には、顔と体のあちこちに包帯を巻いた男が乗っている。

 フィズは、思いっきり手を伸ばした。待ち望んだ手は、フィズを捕まえて、馬の上に引き上げる。そのまま馬は、フィズを連れてその場を走り去って行った。
 フィズは、馬の上から背後に振り向いたが、そこにはもう、フィズを助けたヴィザルーマの姿はなかった。

 フィズは、馬上の男にしがみついた。安心したせいだろうか。次々涙が溢れてくる。もう、止められそうになかった。

「シグっ……!! シグっ……! ぶ、無事でよかった……」
「フィズ……」
「お、遅いっ……!! 遅いんです! シグはっ……!!」

 つい、感情に任せて彼の体を殴りつけてしまう。
 シグダードは、馬の手綱を握ったまま、フィズに「すまなかった」と謝り続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

処理中です...