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chap10.騒がしい朝
182.待ち望んだ手
しおりを挟む羽衣はめちゃくちゃな方向に飛んで、民家に飛び込もうとする。
街中を猛スピードで飛ぶフィズを何とか捕まえようと、ダラックは何度も飛びかかってきた。
あんな爪にやられてはたまらない。フィズは、その爪を避けるために必死に羽衣を操り、ダラックの攻撃を避け続けた。
「おいっ……!! 待て!! フィズ!!」
「ま、待ちますからっ……爪と牙をしまってください!!」
「勝った方が命を奪うんだ!! 牙と爪をしまう必要がどこにある!」
「い、命なんてっ……! そんな話、聞いてません!!」
フィズが叫んでも、ダラックは聞いていない。フィズを追う目に、だんだん狂気が滲んでくる。
「待てっ!!」
再び襲いかかってくる爪を避けて、フィズは、羽衣を握りしめた。羽衣はスピードを上げて飛んでいくが、その時、フィズの目の前に、大きな雷撃が落ちてきた。稲光を纏うそれは、フィズの目の前に落ちてきて、石畳に直撃して大穴をあける。
慌てて羽衣を取り去って、フィズは地面に降りた。突然の攻撃に、ダラックも足を止めて、雷が飛んできた方を見上げる。
「なんだ……あれは…………」
空を飛んでいたのは、不気味に光る鳥の形をしたものだった。それはフィズたちの方を狙って、再び雷撃を落としてくる。
「わっ……!」
フィズは羽衣を握り逃げ出すが、ダラックの方は目を輝かせている。
「…………すごい力だ……なんだあの力は……」
「ち、チュスラスの……雷……に似てます……」
「あれがっ……魔法使いか?」
「え? あ……ち、チュスラス本人ではありませんが……」
自信はないが、こんなことができるのは、チュスラスくらいだろう。それに、以前、城の庭でチュスラスが白竜たち目掛けて放った雷撃に似ている気がした。
逃げるフィズ目掛け、鳥は何度も雷を落としてくる。
「わっ……! あ、危ないっ……!」
「すごいっ……すごい力だっ!!」
ダラックは、嬉々として鳥に飛びかかっていく。フィズが危ないと叫んでも、全く聞いていない。魔法使いと戦うことを、彼らは楽しみにしていたようだし、止められそうにない。
「勝負だっ……! 魔法使いっっ……!!」
ダラックは、爪を振りかざして鳥を切り裂く。
鳥は存外簡単に砕け散るが、最後の一発とばかりに雷を落としてきた。それはダラックを狙っていて、フィズは彼に体当たりして、その雷から逃した。
雷撃が彼を貫くことはなんとか避けたが、ホッとしたのも束の間、ダラックが振り向き、フィズの服を咥えて走り出す。
「な、なに!? わっ!!」
焦るフィズの頬を、雷撃が掠めていく。もしも、ダラックがフィズを咥えて走りだしていなければ、フィズは黒焦げになっていたかも知れない。
フィズたちの周りには、いつの間にか何羽もの鳥が集まっていた。
「な、なんで……! こんなにたくさんっ……!!」
驚くフィズに、鳥はなおも電撃を放ってくる。狭い路地で狙い撃ちにされ、とても避けられるものではない。せめて、両手で頭を隠して体を守るフィズを、ダラックは咥えて持ち上げると、背中に乗せて、走り出した。
「フィズ!! お前との足の勝負は後だ!」
「そ、それのために……助けてくれるんですか!?」
「タスケル? なんだそれは!? あれは全部お前を狙っている。誘い出して一個ずつ破壊してやる!」
「……」
どうやらフィズは、あの鳥を誘うために使われているらしい。それでも、背中に乗せてもらえるのはありがたい。この際割り切ってそう考えることにしたフィズは、ダラックの体にしがみついた。
「わ、分かりました!! 私を振り落としたら、お、囮がいなくなっちゃうんだから、落とさないでください!」
「用が済んだら振り落とす!」
あっさり言って、ダラックは、そばの民家の壁に飛びつき、そこに足の爪を立て屋上まで飛び上がる。屋根より高く頭を出したダラックは、飛んでいた鳥を首から噛みちぎった。ダラックの牙を受け、鳥はあっさり破壊され、バラバラになって落ちていく。
「形だけかっ……魔法使いはどうしたああああっっ!?」
ダラックが喚くと、屋根の端から微かに、悲鳴のようなものが聞こえた。
フィズは、ダラックの体から降りて、すぐにそっちに駆け寄る。すると、煙突の影に、人がいた。
屋根に登っていたらしい男は、白竜に怯えているのか、怖くて動けないようだった。フィズたちを見上げて、がたがた震えている。
「ひっ……ふ、フィズ……」
「こんなところにいたら危ないですっ……雷が来ます! 下におりましょう!」
「くっ……くるな!」
男は、よほど怯えているらしい。フィズが手を伸ばしても、その手を振り払ってしまう。
「来るなっ……! は、反逆者!」
「私は反逆者じゃありませんっっ!!」
叫んだフィズ目掛けて、鳥が急降下してくる。このままでは、一緒にいる人まで雷で打たれてしまうと思ったフィズは、男の体を抱きしめ、屋根から飛び降りた。
男は、そのまま地面に激突すると思ったのだろう。悲鳴を上げて気絶してしまう。
フィズは彼を抱きしめ、羽衣の力を借りて、そっと石畳の上に、彼を下ろした。
怯えた男は目を覚さない。フィズが大通りに面したドアを何度も叩くと、ドアが開いて、中にいた者が男を中に引き摺り込み、フィズが何か言うより先に、激しい音を立ててドアを閉めてしまった。
フィズは、あたりを見渡した。窓からは何人もの人がこちらを見下ろしている。誰もが、白竜を恐れているのだと、そう思った。
未だ、空を飛ぶ鳥たちも、フィズたちを狙っている。
ダラックは、魔法使いの力の一端を見ることができて嬉しいのか、執拗にそれを追い回しては飛びかかっている。彼が破壊した鳥の破片が、何度もフィズの頭の上に降ってきて、彼のおかげで、周囲を飛んでいた鳥は全てなくなった。
チャンスだ。今ならまだ、逃げることができる。
「だ、ダラックさん!! 早くっ……街を出ましょう!! ここにいたら危険ですっ!」
「ああ? もうあの魔法使いが作った鳥はないのか?」
「い、今はないですっ……! トゥルライナーの破壊に成功すれば、きっとチュスラスだってっ……!」
喚くフィズだが、ダラックはほとんど聞いていない。民家の屋根の上で、まだ鳥が残っていないかと辺りを見渡している。
もう、羽衣で巻いて連れて行くしかないのかもしれない。ダラックはずっと涎を垂らしてあの鳥を探していて、このままでは、彼が鳥に気を取られたまま暴れて、街を破壊してしまう可能性すらあった。
フィズは、羽衣を体に巻きつけ飛びあがろうとした。しかしそれを、背後から走ってきた男が飛びついて止める。
「うわっ……!」
男と共に、地面に倒れるフィズ。何をするのかと思ったが、フィズに覆いかぶさった男のすぐ頭上を、雷撃が掠めて飛んでいく。彼がいなければ、フィズは死んでいただろう。
「こっちだっ……!」
「え……!?」
男は、フィズの手を引き、連れて行こうとする。しかし、まだダラックを屋根の上に置いたままだ。彼を置いては行けない。
「ま、待ってくださいっ……! まだっ……」
フィズは叫んで、男の手を振り払おうとした。フィズの手が、男が被ったフードを掠め、男の髪が見えた。金色の髪と、優しそうな口元。まさかと思った。彼がフィズを助けるなんて。
「ヴィザルーマ……さま??」
名前を呼んだフィズに、男は何も答えなかった。しかし、確かにヴィザルーマだ。彼は、答える代わりにフィズの腕を取って、連れて行こうとする。
「行くぞっ……チュスラスの鳥が来る前にっ……!」
「で、でもっ……! まだ白竜がっ……!」
ダラックをおいて行くわけにはいかない。街で暴れるかもしれない。そう思って、フィズは彼を振り払おうとした。しかし、男がフィズの腕を握る力も強い。
揉み合っていると、フィズに向かって、近くの民家の二階から、空になった瓶が落ちてきた。狙いは定まっておらず、それがフィズにぶつかることはなかったが、フィズの足元で大きな音を立てて割れてしまう。頭に当たっていれば、フィズもただでは済まなかっただろう。
瓶が飛んできた方を見上げると、おそらくそれを投げたであろう男が、今度はまた新しい瓶を振りかざし、フィズの方に投げつけてくる。
「こっちへくるな! お前がいると、あの不気味な鳥と白竜どもがやってくる! あっちへ行け!!」
男が喚いたのを皮切りに、また別の民家の窓からも、割れた皿が飛んできた。
突然の敵意を受けて、動けないフィズの手を、ヴィザルーマは握り連れて行こうとする。
そうしている間に、屋上であたりを見渡していたダラックが、こちらに気づいたようだ。彼は、屋根から飛び降りてくる。さすがに白竜に向かって攻撃を仕掛ける勇気はないらしく、民家からの投石も終わった。
ダラックはフィズを怒鳴りつける。
「おい、フィズ!! あの鳥はどこだっ……!」
「え……と、鳥はっ……私には分かりません! それより、急ぎましょう! こ、こんなところにいても、チュスラスは会ってくれません!!」
「俺はあの鳥を壊したい! あの鳥はどこだ!? 魔法使いはあの鳥の後で殺すっ!!」
喚き立てるダラックは、今にもフィズの頭を食いちぎってしまいそうだ。思わず耳を抑えたくなるが、フィズの耳に、懐かしい声が飛び込んできた。
「フィズっ……!」
叫んだ声は、すぐそばから聞こえた気がした。フィズを呼んだ、その声だけで、すぐに分かった。フィズがずっと待ち続けた男だ。
「シグっっ……!!」
声のした方に振り向く。
細い通りの方から、フィズに向かって、馬が駆けてきた。その背中には、顔と体のあちこちに包帯を巻いた男が乗っている。
フィズは、思いっきり手を伸ばした。待ち望んだ手は、フィズを捕まえて、馬の上に引き上げる。そのまま馬は、フィズを連れてその場を走り去って行った。
フィズは、馬の上から背後に振り向いたが、そこにはもう、フィズを助けたヴィザルーマの姿はなかった。
フィズは、馬上の男にしがみついた。安心したせいだろうか。次々涙が溢れてくる。もう、止められそうになかった。
「シグっ……!! シグっ……! ぶ、無事でよかった……」
「フィズ……」
「お、遅いっ……!! 遅いんです! シグはっ……!!」
つい、感情に任せて彼の体を殴りつけてしまう。
シグダードは、馬の手綱を握ったまま、フィズに「すまなかった」と謝り続けていた。
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