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chap10.騒がしい朝
184.離せなくなりそうな手
しおりを挟むフィズは、ジャックたちに頭を下げた。
「あの……すみません……シグがシグで……き、協力してくれて、ありがとうございました……」
すると、ジャックは首を横に振る。
「お前が謝ることねえよ。そいつがクズなだけだ!」
そう言って笑うジャックの後ろに、ジェットが隠れている。彼は、ヴィザルーマの側室だったフィズに、どう接していいのか分からないようだ。ジャックの後ろに隠れて「思ってたより普通の人だ……」と呟いていた。
すると、シグダードがフィズを抱き寄せ、二人から遠ざける。
「貴様らっ……あまり馴れ馴れしくするな!」
フィズを抱きしめて離さないシグダードに、ジェットが半ば呆れたようにたずねる。
「……なんでシグはそんなに馴れ馴れしいの? フィズ……さまは、ヴィザルーマ様の側室で……」
「黙れ!! 余計なことをぬかすな!! 貴様はもういいから、安全なところへ行って隠れていろ!」
「……もうこの街に安全なところなんかないよ……下手に外に出たら食い殺されちゃう」
「……白竜や、例の鳥は街で暴れているのか?」
「あちこちで街を破壊しているみたい……は、白竜はあの鳥を追いかけてるみたいだけど、鳥の中には、ところ構わず雷撃を打ってるのもいるみたいで……商店街の屋根がやられたって! むしろ、早く竜たちにあれを壊してほしいって言ってる人までいる……」
「迷惑な鳥だ……チュスラスの奴、自分の街を破壊する気か?」
それを聞いたジョルジュが、難しい顔をして言った。
「……以前、中庭で白竜どもが暴れたとき、あのクソバカ王はその場にいた兵士ごと魔法で薙払ってる。あいつのやり方はいつもそうだ」
話していると、小屋に、一人の男が飛び込んできた。黒いフードを被り黒い服を着た背の高い男で、黒髪の間から、鋭い目が覗いていた。
「シグっ……! やっと見つけたぞ!!」
「お前っ……ヴァルケッド!? どこへ行っていたんだ!?」
「俺のことはいい! 一体どうなってるんだ!? あの鳥たちが手当たり次第雷撃ってて、手がつけられないっ!! それを追う白竜どもまで暴れてて……なんであの鳥が街を飛んでるんだ!? どれも制御できていないぞ!!」
「……チュスラスの馬鹿は、自分の街を破壊したいらしい」
大通りには、それに面した店や住居が並んでいる。そんなところであの鳥が暴れれば、相当な被害が出る。
シグダードが、ジャックたちに振り向いた。
「ジャック! お前はジェットと一緒に行けっ!! 大通りには近寄るなよ!」
「お前はどうすんだよ!」
「バルとジョルジュを連れて、この街を離れる! 白竜と私たちが出て行けば、チュスラスも鳥をしまうだろう」
するとジャックは返事をして、まだ少し怯えているジェットを連れ、小屋から飛び出して行く。
馬に乗ろうとするシグダードを、フィズはその服の裾を握って止めた。
「待ってくださいっ……! シグっっ!!」
「フィズ!? お前はここで待っていろっ……! せめて鳥どもを撃ち落としてからっ……!」
「嫌です!! 私もいきますっ!!」
「ダメだっ!! あの鳥は危険だっ……! 何をしてくるか、分からないんだぞ!!」
「嫌ですっ……! もうっ……もう二度とっ……離れたくありません!!」
やっと会えたのだ。もう離れたくない。
ぎゅっと抱きしめると、シグダードはフィズの想いを汲んでくれたのか、彼もフィズを強く抱きしめた。
「フィズっっ…………!!」
「二度とっ……離さないでください!! さ、寂しかったんです!! 危険で構いません! どうせ残ったところで殺されるっ……! それなら、撃ち殺されてもあなたと共にいたいんです!」
「…………っ!!」
シグダードが、強くフィズを抱きしめてくる。体が折れてしまいそうなほどの力だった。フィズも、彼と同じくらいに彼を抱きしめた。
シグダードは、ひどく苦しそうに馬に乗れと言った。
「一緒に行こうっ……! フィズ!!」
フィズは頷き、シグダードと共に馬に飛び乗った。
シグダードがリリファラッジに振り向く。
「リリファラッジ、リューヌを連れてこい! 私は大通りに向かう! 鳥の相手をしている間は、お前たちを守れない。通りの近くに隠れていろ!」
「……全く、世話の焼ける方です。連れて行くと決めたからには、フィズ様を守り抜いてくださいね」
「……貴様に言われるまでもないわっ!」
「…………その偉そうなところ、全く変わりませんね……もう諦められそうです」
「………………リリファラッジ」
「なんです? 何か文句でもあるんですか?」
「…………フィズを今まで守ってくれて、ありがとう……」
「……」
急に真剣な顔になったシグダードを見て、リリファラッジは目を丸くしていた。けれどすぐに「気持ち悪い……」と言い出し、どう言う意味だとシグダードが彼を怒鳴りつける。
シグダードは、フィズに振り向いた。
「つかまっていろ! フィズ!!」
フィズは答えて、シグダードにしがみついた。彼と別れてから、ずっと一人だった。けれど今は、シグダードがいる。二人で戦えると思うと、力が湧いた。
シグダードが手綱を握り、馬は小屋を飛び出す。
明るい太陽の光で、目を焼かれそうだ。青い空に、異様な鳥が数羽飛んでいるのが見える。大通りのあたりだ。
いくつも連なる屋根の向こうで、白竜のダラックが、雷撃を放つ鳥目掛けて飛びかかっていた。
けれど、彼の爪がそれが届くより先に、鳥たちは雷を放つ。それに打たれたダラックは、地面に落ちていった。
「ダラックさんっ……シグ! 急いでっ!! このままじゃ彼らがっ……!」
「くそっ……! 元気な竜だっ!!」
馬は路地を駆け抜け、通りを横断し、大通りに出る。
すると、そこを飛んでいた鳥たちは一斉にフィズたちに振り向いた。次々に雷撃が放たれるが、どれも、狙っているとは思えない。街灯を貫き、石畳を破り、そばにあった無人の屋台を破壊して、民家の屋根を叩き割る。
白竜たちが先に騒いでいたせいか、すでに街には人影は全くないが、このままでは街が破壊されてしまう。
「シグっ……! ど、どうやってあの鳥を破壊するんですか!?」
「策などない!」
「はっ……!? え? な、ないんですか!?」
「ない!! 一羽ずつ落とす! フィズ!! お前は隠れていろ!!」
「それは嫌だって言ったじゃないですか! 私だって、剣くらいなら使えるんです!」
「飛んでるんだぞ!」
「なんとかなります! あっ……あそこ!!」
フィズは、黒焦げになった街灯の辺りを指す。そこでは、先に、白竜と鳥たちを抑えるために町中に向かって行ったバルジッカとジョルジュが倒れていた。
「バルっ!」
叫んで、シグダードはバルジッカに駆け寄る。フィズも、彼のそばに倒れているジョルジュに駆け寄った。
「ジョルジュさんっ……! しっかりしてください!!」
彼の体をゆすると、彼は苦しそうにうめいて目を開ける。
「フィズ……気を付けろ」
「歩けますか!? 鳥のこないところへっ……!」
「無理だ……後ろだ!!」
叫んだジョルジュに言われて、フィズが振り向くと、何かが猛スピードで大通りを駆けてくる。それは、足と首が長くなった鳥のようなものだった。金色に輝くそれは、首はおかしな方に折れ曲がり、嘴も目もない。
フィズは、とっさにそばに落ちていたジョルジュの剣を握り、向かってきたものを切り付けた。
空に羽が舞う。
羽を切られた鳥が、怒りに満ちた目でフィズに振り返る。それは、羽を切られたはずなのに、すぐに新しい羽が生えてきた。
「あ、あれっ……鳥ですか!?」
叫んだフィズに、鳥が向かってくる。
シグダードの方も、空から急降下してくる鳥たちを鷲掴みにしては、破壊された大通りに叩きつけていた。
通りに面した民家の屋根にはダラックがいて、空を飛ぶ鳥に飛びかかっている。
フィズは、剣を握り鳥を迎え撃った。しかし、空からも小さな鳥たちが雷撃を落としてくる。空から地から狙われたのでは戦えない。
「シグっ……!! 上をっ……! 上を頼みます!!」
「ダメだっ……! お前はさがっていろ!」
「そんなこと言ってる間にみんな死にます!」
「フィズっ……」
シグダードが、フィズの腕を握る。こんなときになにを、と思ったが、彼はフィズを細い路地に連れていき、フィズを抱き寄せキスをする。強く抱きしめられると、フィズも言ってしまいそうになった。行かないで、と。
「……必ず、お前を自由にするっ……必ずだっ……!」
「シグっ……! 私はもうっ……」
「私は上をやる! いいか!! 無理だと思ったら私を呼べ!!! 何がっ……何があっても死なないでくれ!! お前を生かすためだけに、私はここにきたんだっ!!!」
「シグっ……」
フィズは、もう一度シグダードを強く抱きしめた。それを最後にして、彼の体を離す。それ以上触れ合えば、もう離せなくなりそうだった。
「地上を走る鳥は私がやります。シグ! 気をつけてください! 白竜たちは、みんな殺気立っています! 魔法使いであることがバレれば、襲ってきます!」
「なんだと!?」
「絶対に魔法は使わないでください!! 約束です!!」
「ああ。もちろんだ。フィズ。そもそも使えない」
「まだ使えないんですか?」
「ああ……だが、必ずっ……」
「よかった……」
「なんだと!? お前は私が魔法を使えなくてよかったと、そう言うのか!?」
「はい。だってシグ、魔法が使えると、乱暴ばっかりするんだから……」
「ら、乱暴!? そんなことをした覚えはないぞ!!」
「覚えてなくてもしてます。シグっ……向こうをお願いします!」
フィズは、シグダードに向かって叫んで、路地から飛び出した。
シグダードも、同じように通りに出てきて、空を飛ぶ鳥を見上げる。そして、何を思ったか、近くの民家のドアを殴りつけた。
「おい! 開けろ!! 屋根にあがらせろ!」
フィズは、慌てて彼を止めた。
「ちょっ……! シグ!! 何してるんですか!!」
「鳥は空を飛んでいるんだぞ!! 屋根にあがらなくては届かない!」
「だからって、人の家のドア殴らないでください! ……シグ!!」
ついにシグダードは、玄関の扉を蹴破り中に押し入っていく。まるで強盗だ。
フィズは、剣を握りながらも落胆した。彼の暴力的なところも、あまり変わっていないようだ。
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