嫌われた王と愛された側室が逃げ出してから

迷路を跳ぶ狐

文字の大きさ
184 / 290
chap10.騒がしい朝

184.離せなくなりそうな手

しおりを挟む

 フィズは、ジャックたちに頭を下げた。

「あの……すみません……シグがシグで……き、協力してくれて、ありがとうございました……」

 すると、ジャックは首を横に振る。

「お前が謝ることねえよ。そいつがクズなだけだ!」

 そう言って笑うジャックの後ろに、ジェットが隠れている。彼は、ヴィザルーマの側室だったフィズに、どう接していいのか分からないようだ。ジャックの後ろに隠れて「思ってたより普通の人だ……」と呟いていた。

 すると、シグダードがフィズを抱き寄せ、二人から遠ざける。

「貴様らっ……あまり馴れ馴れしくするな!」

 フィズを抱きしめて離さないシグダードに、ジェットが半ば呆れたようにたずねる。

「……なんでシグはそんなに馴れ馴れしいの? フィズ……さまは、ヴィザルーマ様の側室で……」
「黙れ!! 余計なことをぬかすな!! 貴様はもういいから、安全なところへ行って隠れていろ!」
「……もうこの街に安全なところなんかないよ……下手に外に出たら食い殺されちゃう」
「……白竜や、例の鳥は街で暴れているのか?」
「あちこちで街を破壊しているみたい……は、白竜はあの鳥を追いかけてるみたいだけど、鳥の中には、ところ構わず雷撃を打ってるのもいるみたいで……商店街の屋根がやられたって! むしろ、早く竜たちにあれを壊してほしいって言ってる人までいる……」
「迷惑な鳥だ……チュスラスの奴、自分の街を破壊する気か?」

 それを聞いたジョルジュが、難しい顔をして言った。

「……以前、中庭で白竜どもが暴れたとき、あのクソバカ王はその場にいた兵士ごと魔法で薙払ってる。あいつのやり方はいつもそうだ」

 話していると、小屋に、一人の男が飛び込んできた。黒いフードを被り黒い服を着た背の高い男で、黒髪の間から、鋭い目が覗いていた。

「シグっ……! やっと見つけたぞ!!」
「お前っ……ヴァルケッド!? どこへ行っていたんだ!?」
「俺のことはいい! 一体どうなってるんだ!? あの鳥たちが手当たり次第雷撃ってて、手がつけられないっ!! それを追う白竜どもまで暴れてて……なんであの鳥が街を飛んでるんだ!? どれも制御できていないぞ!!」
「……チュスラスの馬鹿は、自分の街を破壊したいらしい」

 大通りには、それに面した店や住居が並んでいる。そんなところであの鳥が暴れれば、相当な被害が出る。

 シグダードが、ジャックたちに振り向いた。

「ジャック! お前はジェットと一緒に行けっ!! 大通りには近寄るなよ!」
「お前はどうすんだよ!」
「バルとジョルジュを連れて、この街を離れる! 白竜と私たちが出て行けば、チュスラスも鳥をしまうだろう」

 するとジャックは返事をして、まだ少し怯えているジェットを連れ、小屋から飛び出して行く。

 馬に乗ろうとするシグダードを、フィズはその服の裾を握って止めた。

「待ってくださいっ……! シグっっ!!」
「フィズ!? お前はここで待っていろっ……! せめて鳥どもを撃ち落としてからっ……!」
「嫌です!! 私もいきますっ!!」
「ダメだっ!! あの鳥は危険だっ……! 何をしてくるか、分からないんだぞ!!」
「嫌ですっ……! もうっ……もう二度とっ……離れたくありません!!」

 やっと会えたのだ。もう離れたくない。

 ぎゅっと抱きしめると、シグダードはフィズの想いを汲んでくれたのか、彼もフィズを強く抱きしめた。

「フィズっっ…………!!」
「二度とっ……離さないでください!! さ、寂しかったんです!! 危険で構いません! どうせ残ったところで殺されるっ……! それなら、撃ち殺されてもあなたと共にいたいんです!」
「…………っ!!」

 シグダードが、強くフィズを抱きしめてくる。体が折れてしまいそうなほどの力だった。フィズも、彼と同じくらいに彼を抱きしめた。

 シグダードは、ひどく苦しそうに馬に乗れと言った。

「一緒に行こうっ……! フィズ!!」

 フィズは頷き、シグダードと共に馬に飛び乗った。

 シグダードがリリファラッジに振り向く。

「リリファラッジ、リューヌを連れてこい! 私は大通りに向かう! 鳥の相手をしている間は、お前たちを守れない。通りの近くに隠れていろ!」
「……全く、世話の焼ける方です。連れて行くと決めたからには、フィズ様を守り抜いてくださいね」
「……貴様に言われるまでもないわっ!」
「…………その偉そうなところ、全く変わりませんね……もう諦められそうです」
「………………リリファラッジ」
「なんです? 何か文句でもあるんですか?」
「…………フィズを今まで守ってくれて、ありがとう……」
「……」

 急に真剣な顔になったシグダードを見て、リリファラッジは目を丸くしていた。けれどすぐに「気持ち悪い……」と言い出し、どう言う意味だとシグダードが彼を怒鳴りつける。

 シグダードは、フィズに振り向いた。

「つかまっていろ! フィズ!!」

 フィズは答えて、シグダードにしがみついた。彼と別れてから、ずっと一人だった。けれど今は、シグダードがいる。二人で戦えると思うと、力が湧いた。

 シグダードが手綱を握り、馬は小屋を飛び出す。
 明るい太陽の光で、目を焼かれそうだ。青い空に、異様な鳥が数羽飛んでいるのが見える。大通りのあたりだ。
 いくつも連なる屋根の向こうで、白竜のダラックが、雷撃を放つ鳥目掛けて飛びかかっていた。
 けれど、彼の爪がそれが届くより先に、鳥たちは雷を放つ。それに打たれたダラックは、地面に落ちていった。

「ダラックさんっ……シグ! 急いでっ!! このままじゃ彼らがっ……!」
「くそっ……! 元気な竜だっ!!」

 馬は路地を駆け抜け、通りを横断し、大通りに出る。
 すると、そこを飛んでいた鳥たちは一斉にフィズたちに振り向いた。次々に雷撃が放たれるが、どれも、狙っているとは思えない。街灯を貫き、石畳を破り、そばにあった無人の屋台を破壊して、民家の屋根を叩き割る。

 白竜たちが先に騒いでいたせいか、すでに街には人影は全くないが、このままでは街が破壊されてしまう。

「シグっ……! ど、どうやってあの鳥を破壊するんですか!?」
「策などない!」
「はっ……!? え? な、ないんですか!?」
「ない!! 一羽ずつ落とす! フィズ!! お前は隠れていろ!!」
「それは嫌だって言ったじゃないですか! 私だって、剣くらいなら使えるんです!」
「飛んでるんだぞ!」
「なんとかなります! あっ……あそこ!!」

 フィズは、黒焦げになった街灯の辺りを指す。そこでは、先に、白竜と鳥たちを抑えるために町中に向かって行ったバルジッカとジョルジュが倒れていた。

「バルっ!」

 叫んで、シグダードはバルジッカに駆け寄る。フィズも、彼のそばに倒れているジョルジュに駆け寄った。

「ジョルジュさんっ……! しっかりしてください!!」

 彼の体をゆすると、彼は苦しそうにうめいて目を開ける。

「フィズ……気を付けろ」
「歩けますか!? 鳥のこないところへっ……!」
「無理だ……後ろだ!!」

 叫んだジョルジュに言われて、フィズが振り向くと、何かが猛スピードで大通りを駆けてくる。それは、足と首が長くなった鳥のようなものだった。金色に輝くそれは、首はおかしな方に折れ曲がり、嘴も目もない。

 フィズは、とっさにそばに落ちていたジョルジュの剣を握り、向かってきたものを切り付けた。

 空に羽が舞う。

 羽を切られた鳥が、怒りに満ちた目でフィズに振り返る。それは、羽を切られたはずなのに、すぐに新しい羽が生えてきた。

「あ、あれっ……鳥ですか!?」

 叫んだフィズに、鳥が向かってくる。
 シグダードの方も、空から急降下してくる鳥たちを鷲掴みにしては、破壊された大通りに叩きつけていた。
 通りに面した民家の屋根にはダラックがいて、空を飛ぶ鳥に飛びかかっている。

 フィズは、剣を握り鳥を迎え撃った。しかし、空からも小さな鳥たちが雷撃を落としてくる。空から地から狙われたのでは戦えない。

「シグっ……!! 上をっ……! 上を頼みます!!」
「ダメだっ……! お前はさがっていろ!」
「そんなこと言ってる間にみんな死にます!」
「フィズっ……」

 シグダードが、フィズの腕を握る。こんなときになにを、と思ったが、彼はフィズを細い路地に連れていき、フィズを抱き寄せキスをする。強く抱きしめられると、フィズも言ってしまいそうになった。行かないで、と。

「……必ず、お前を自由にするっ……必ずだっ……!」
「シグっ……! 私はもうっ……」
「私は上をやる! いいか!! 無理だと思ったら私を呼べ!!! 何がっ……何があっても死なないでくれ!! お前を生かすためだけに、私はここにきたんだっ!!!」
「シグっ……」

 フィズは、もう一度シグダードを強く抱きしめた。それを最後にして、彼の体を離す。それ以上触れ合えば、もう離せなくなりそうだった。

「地上を走る鳥は私がやります。シグ! 気をつけてください! 白竜たちは、みんな殺気立っています! 魔法使いであることがバレれば、襲ってきます!」
「なんだと!?」
「絶対に魔法は使わないでください!! 約束です!!」
「ああ。もちろんだ。フィズ。そもそも使えない」
「まだ使えないんですか?」
「ああ……だが、必ずっ……」
「よかった……」
「なんだと!? お前は私が魔法を使えなくてよかったと、そう言うのか!?」
「はい。だってシグ、魔法が使えると、乱暴ばっかりするんだから……」
「ら、乱暴!? そんなことをした覚えはないぞ!!」
「覚えてなくてもしてます。シグっ……向こうをお願いします!」

 フィズは、シグダードに向かって叫んで、路地から飛び出した。

 シグダードも、同じように通りに出てきて、空を飛ぶ鳥を見上げる。そして、何を思ったか、近くの民家のドアを殴りつけた。

「おい! 開けろ!! 屋根にあがらせろ!」

 フィズは、慌てて彼を止めた。

「ちょっ……! シグ!! 何してるんですか!!」
「鳥は空を飛んでいるんだぞ!! 屋根にあがらなくては届かない!」
「だからって、人の家のドア殴らないでください! ……シグ!!」

 ついにシグダードは、玄関の扉を蹴破り中に押し入っていく。まるで強盗だ。
 フィズは、剣を握りながらも落胆した。彼の暴力的なところも、あまり変わっていないようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

処理中です...